「ってなんでだよっ!」
いつもの学校。いつもの昼休み。
売店で買ったあんぱんの袋を引きちぎるようにしながら、俺は自分自身にツッコミを入れた。
「え? 何? 急にどうしたの?」
突然の俺の大声に、キョトンとした表情を浮かべるのは冴吹だ。
今日も今日とて俺の隣に座っている。
右手だけで持ったサンドイッチを器用に齧ってる冴吹をじとりと睨む。
ちなみに冴吹の左側は、隙間なくピッタリと俺の右側にくっ付いていた。
つか、狭い。邪魔だ。俺たちの逢瀬の場(笑)となってから滅多に人が来なくなった裏庭は文句なしに広いはずだ。
それなのに俺たちは、まるで一秒でも離れがたいと言わんばかりにピッタリとくっ付いている。
それが色んな憶測を孕んだ噂として学校内に蔓延してるのは百も承知だ。
「だって君に触れてないと力が貰えないし? 君がキスするの嫌だっていうから仕方ないじゃん?」
それとも……キスして欲しいってお誘いだった?
女が見てたら、いや男でもくらりとしそうな色気を纏って、冴吹が俺の口元へと指を伸ばす。
校舎の向こうから歓喜を含んだ悲鳴が聞こえてきたが、出来れば気のせいだと思いたい。
「しねぇってバカ!」
ぐっと冴吹を押し返せば、残念っとかほざきながら指先にチロリと赤い舌を伸ばした。
その指先はさっきまで俺の唇に触れていた……。
今度こそ遠くから悲鳴が聞こえてきた。間違いない。
「だから何して……っ!」
「あんこついてたよ? ホント粒あん好きだねぇ」
チロリと舌を出す冴吹はどこか子どもっぽい。じじいのくせに……っ!
何となく何も言えなくなって、俺はあんぱんの残りを無理やりに口へと詰め込むことしかできなかった。
「でも真面目な話……。できれば週に一回くらいはキスで力を分けて欲しいんだけど……」
さっきとは打って変わって真面目な顔でそう宣う冴吹に、俺は言葉に詰まることしかできない。
とりあえずサンドイッチを食べ終わっていた冴吹の手を握り締める。
少しだけ背筋を伸ばして、悲鳴が聞こえてきたほうから冴吹の姿が見えないように。
……別に冴吹とのキスは嫌じゃない。
人命救助だと思えば割り切れる……はずだった。
誤算というか当然の帰結というか……。
なんどもキスを繰り返すうちに、俺が冴吹のことを……。
「って、だからなんでだよっ!」
八つ当たり気味に今度は焼きそばパンのパッケージを引きちぎる。
大口あけて齧り付けば、ソースの香りとパンの香ばしさがぱっと口いっぱいに広がった。
「さっきからどうしたの?」
不思議そうに俺を見つめる冴吹の疑問は、口いっぱいに頬張った焼きそばパンのせいにして回答を拒否した。
「相変わらず仲良しだねぇ。君たちは」
昼休みが終わって教室に戻ると、自席で本を読んでいたイインチョにそう声をかけられた。
「……そんなんじゃねー」
何となく素直に認められなくて、自分でもわかるほど拗ねた口調になった。
そんな俺のことなどお見通しだと言わんばかりにイインチョが微笑む。
「だーから違うって! ……ところでイインチョ、何読んでんの?」
どうあがいても自分の首を絞めそうで、話題を逸らすためにイインチョが持っていた文庫本を指差す。
丁寧にブックカバーが掛けられていて、中身をうかがい知ることはできない。
「ん? これ? 今話題の作品でね。ホラー小説なんだけど、日本の風土記について深く掘り下げられてて面白んだよ」
「ふぅん……?」
読む? と差し出された文庫本をペラペラとめくる。
そこに書かれた『因習村』の言葉が何となく目を引いた。
「なぁ、イインチョ。『因習村』って……何?」
何となく気になってイインチョに訊ねる。
この本の持ち主で、これ以外にもいろんな本を読んでるイインチョなら答えを知ってると確信していた。
「ん? 『因習村』? あー、なんていうのかなぁ? 昔の日本、いや今もあるかもだけど。どこか閉鎖的な村だけにある習慣のことだね。だいたいがあまり良い物じゃないって言われてるよ」
諳んじるイインチョに頷きを返すことしかできない。
何故かその言葉にぞくぞくとした悪寒を感じたからだ。
「……それってさ、例えばとある場所に生贄を捧げるって習慣も入んの?」
俺の言葉に目を瞬かせるイインチョ。
「うん、それこそまさに因習村だね。閉鎖的な村で行われてたら確定・因習村だよ」
イインチョのよくわからない言い回しに気を取られつつ、なんとなく嫌なモノを感じて俺は慌ててイインチョに文庫本を返した。
文庫本を突き返される形になったイインチョだったけど、ちょうど入ってきた数学の先生に気を取られていたらしい。
俺の動揺に気付くことはなかった。
眠気を堪えながら、黒板に書かれていく数式を追いかける。
……追いかけるふりをして、脳裏に浮かぶのは見続ける俺じゃない誰かたちの夢と……曾祖母の日記だ。
冴吹は俺の血族から力をわけてもらうだけだと言っていた。
だけど曾祖母は生贄として湖に投げ込まれるのを嫌がって曽祖父と駆け落ちしたはずだ。
……この差異は……なんだ?
そもそも夢を見続けるのは何故だ?
冴吹はどうして俺に近づいてきたんだ?
……どうやってここに来たって言っていた?
先日の話し合いで、肝心な部分を聞いていなかったことに今更ながらに気付いた。
チラリと離れた席へ視線を向ける。
そこには窓から差し込む光のせいで輝いて見える髪を風に遊ばせている冴吹がいた。
心地よさげに風を受けながら窓の外を見つめるアイツをしっかりと見据える。
「……これは……も一回問い詰めるしかねぇな?」
俺の小さな呟きは、教室にいる人間の耳には届かなかった。
「つーわけで、話を聞かせてもらおうか?」
その日の放課後。
善は急げとばかりに冴吹の部屋に押しかけた俺は、逃がさねぇと言わんばかりに冴吹を玄関の壁に押し付けていた。
「いや待って? 何か僕に聞きたいことがあるのは気付いてたけど、流石に早いよ! せめて靴は脱ごう?!」
妙に焦る冴吹の顔を見上げ、ふんと一つ鼻を鳴らす。
「わかってんなら話は早ぇ。洗いざらい吐いてもらおうかっ!」
「こわいこわいっ! 急に何?! イインチョくんと話してたことが原因?!」
「……なんだ、聞いてたんか。つかあの距離聞こえるか?」
俺とイインチョは隣同士だが、冴吹は転入生の定番で窓際の一番後ろだったはずだ。
教室のほぼ中央に陣取っている俺たちの会話は……聞こえないことはないだろうが、教室内が静まり返ってたらって前提が必要なくらいは離れている。
「ほら……僕いちおう人じゃないから……」
困ったように笑う冴吹を見て、言葉に詰まる。
普段冗談交じりにコイツをじじいだなんだと称してるが、冗談ではなく目の前の男は正真正銘の人外なんだろう。
不老長寿なのか、不老不死なのかはわかんねぇが、とりあえず人ではないんだ。
その事実を改めて突き付けられ、何故か俺は胸が痛んだ。
「……ほら、靴脱いで? 麦茶でいい? あ、その前にちゃんと手洗ってね?」
俺の前に跪いてまで靴を脱がす冴吹はとても神として奉られていた存在には思えなかった。
無言になってしまった俺の手を引いて、冴吹があれこれ世話を焼く。
気が付けば俺は、冴吹と並んで座り心地のいいソファに背を預けていた。
「で、何が訊きたいの?」
穏やかな冴吹の声に促されるように視線をあげる。
声と同じくらい穏やかに微笑む冴吹はどこからどう見ても俺と同じ高校生に見えた。
「……なぁ、お前はなんで俺を探しにきたんだ? 契約があるからか? でも阿女と交わした契約は、阿女の血族に連なる長女、つまり女だけだろう? 男である俺じゃあ契約の対象にならないんじゃないか?」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
聞きたくても聞けなかった。何故か聞けなかった。
……聞けなかった理由はたぶん……。
「なぁ? 俺は本当にお前の力になれてるのか? 条件から外れる俺じゃ本当はダメなんじゃないか?」
現に……。
俺から力を貰ってるはずの冴吹が、不意に銀髪で水色の瞳を持った姿になることが増えている。それは明らかだ。
あの体調不良で休んだ日も冴吹は龍が持つ色彩に変化していた。俺に触れたことによって、黒目黒髪に戻っていたが……。
さっきの昼休みだって。ふわりと風にあおられた冴吹の髪が銀色に変化したのは、光の加減だけじゃないはずだ。
だからたぶん……。
冴吹が人の姿を保つのも、ありきたりな黒目黒髪を偽るためにも、俺の力が必要なんだろう。
あの日から俺は進んで……とまでは言えないが、冴吹が俺に触れることを許容している。
俺の記憶をいじることに力を使わなくなったから、以前より力を渡す頻度を下げていいはずなんだ。
それなのに……。
見上げた先にいたのは、銀髪に水色の瞳をした男だった。
「……戻ってる……」
「……え?」
冴吹が首を傾げる。
本当に気づいてなさそうな態度に苛立ちがつのる。
「だから銀髪キラキラヤロウに戻ってるってんだよ! どこの漫画の登場人物だよっ!」
「っ?!」
俺の言葉に、心底驚いた表情を浮かべる冴吹。
……あれ? これってマジで気づいてなかったパターンか?
「……え? ちょ、ちょっと待って……? えっと……」
ツンツンと髪を引っ張る冴吹。
俺より長めに整えているとはいえ、それじゃ見ることはできないだろう。
「ん……」
スマホのカメラを起動し、インカメにして渡す。
「ありがと」
スマホを受け取らず、そのまま覗き込んできた。
スマホの画面には、とんでもなく浮世離れした銀髪のイケメンとどこまでも凡庸な男が写っている。
皆まで言わずともだが、凡庸な男が俺だ。
「ほら……な?」
「……え? 慈雨くんは今の僕が銀髪に見えるの?」
カメラという証拠があるにも関わらず往生際の悪いことをいう冴吹を横目でジトリと睨む。
「いやどう見たってそうだろがよ。ほらカメラだって……。あれ?」
再び覗き込んだスマホには、顔面力はそのままだが黒目黒髪の冴吹が写っていた。
「……あれ?」
「あー……」
俺の疑問に答えるように、冴吹がため息を吐いた。
「……たぶんだけど、君は僕の契約相手だから術の効きが悪いんだと思う」
片手で顔を覆って天井を仰いでしまったヤツを、やっぱり俺はジト目で睨むことしかできない。
「効きが悪いって……。ってそういえば、お前が転入生として初めて教室に来た時もそんなことがあったような……?」
確かそんなやり取りをイインチョとした気がする。
「えー? そんな最初からだったの? 早く言ってよ」
「言えるかバーカ」
なんとなく気恥ずかしそうな冴吹。
その心理がよくわかんないままとりあえずツッコミを入れる。
「つか、見えてんのが俺だけだとしても、その姿に戻る頻度が高くなってんのは確かだよ。だから……俺じゃ十分に力を渡せてないんじゃねぇか? なんなら……」
正真正銘の直系長女である母親を紹介するのもやぶさかではない。
生贄として湖に放り込まれるのは断固拒否だが、しばらく息子の友人の手を握るくらいなら許される気がする。
「今日の昼休みだって……」
「え? もしかして急に手を繋いでくれた時?! そんな……! 貴重な慈雨くんのデレに内心盛り上がってたのに!?」
「っ! アホかっ!」
本当にショックを受けてそうな冴吹の後頭部を叩く。
なかなかいい音がしたそれを、いててと押さえる冴吹。
どこかのんびりした、緊張感のない様子に、俺の苛立ちはますます高まっていく。
「真面目に聞けって! なぁ……本当に……」
本当に大丈夫なのか?
訊きたい言葉が喉の奥で詰まる。
ときおり姿がブレて見えるのも、きっと気のせいじゃない。
もしかして……。もしかしたら……。
嫌な予感だけが俺の脳裏を占めていく。
俯いてしまった俺の視界に、冴吹の手がフェードインしてきた。
ほっそりと長い指は、男のくせに綺麗だった。
決して女性的ではないが、どこか美しい。
繊細に動きそうな手を眺めていると、その手が持ち上がり……俺の頬に触れた。
「……そんな表情しないで? ……我慢できなくなる」
「……そんな顔ってどんなだよ。俺はいつだって平凡な顔をしてるんだよ。ついでに我慢ってなんだよ! 我慢してお前がいなくなったら……っ!」
思わず口にしてしまった本音に気付いて、慌てて口を塞ぐ。
ついでに冴吹から距離を取ろうとしても、俺の頬を撫でる冴吹の手は離れていかなかった。
「大丈夫……とは言い切れないんだけど……。そうだね。僕が我慢してることと、慈雨くんが知りたいことは一致してると思うから……。全部話そうか」
それでも僕を……受け入れてくれる?
泣きそうな顔で落とされた言葉に、俺は小さく頷いた。
いつもの学校。いつもの昼休み。
売店で買ったあんぱんの袋を引きちぎるようにしながら、俺は自分自身にツッコミを入れた。
「え? 何? 急にどうしたの?」
突然の俺の大声に、キョトンとした表情を浮かべるのは冴吹だ。
今日も今日とて俺の隣に座っている。
右手だけで持ったサンドイッチを器用に齧ってる冴吹をじとりと睨む。
ちなみに冴吹の左側は、隙間なくピッタリと俺の右側にくっ付いていた。
つか、狭い。邪魔だ。俺たちの逢瀬の場(笑)となってから滅多に人が来なくなった裏庭は文句なしに広いはずだ。
それなのに俺たちは、まるで一秒でも離れがたいと言わんばかりにピッタリとくっ付いている。
それが色んな憶測を孕んだ噂として学校内に蔓延してるのは百も承知だ。
「だって君に触れてないと力が貰えないし? 君がキスするの嫌だっていうから仕方ないじゃん?」
それとも……キスして欲しいってお誘いだった?
女が見てたら、いや男でもくらりとしそうな色気を纏って、冴吹が俺の口元へと指を伸ばす。
校舎の向こうから歓喜を含んだ悲鳴が聞こえてきたが、出来れば気のせいだと思いたい。
「しねぇってバカ!」
ぐっと冴吹を押し返せば、残念っとかほざきながら指先にチロリと赤い舌を伸ばした。
その指先はさっきまで俺の唇に触れていた……。
今度こそ遠くから悲鳴が聞こえてきた。間違いない。
「だから何して……っ!」
「あんこついてたよ? ホント粒あん好きだねぇ」
チロリと舌を出す冴吹はどこか子どもっぽい。じじいのくせに……っ!
何となく何も言えなくなって、俺はあんぱんの残りを無理やりに口へと詰め込むことしかできなかった。
「でも真面目な話……。できれば週に一回くらいはキスで力を分けて欲しいんだけど……」
さっきとは打って変わって真面目な顔でそう宣う冴吹に、俺は言葉に詰まることしかできない。
とりあえずサンドイッチを食べ終わっていた冴吹の手を握り締める。
少しだけ背筋を伸ばして、悲鳴が聞こえてきたほうから冴吹の姿が見えないように。
……別に冴吹とのキスは嫌じゃない。
人命救助だと思えば割り切れる……はずだった。
誤算というか当然の帰結というか……。
なんどもキスを繰り返すうちに、俺が冴吹のことを……。
「って、だからなんでだよっ!」
八つ当たり気味に今度は焼きそばパンのパッケージを引きちぎる。
大口あけて齧り付けば、ソースの香りとパンの香ばしさがぱっと口いっぱいに広がった。
「さっきからどうしたの?」
不思議そうに俺を見つめる冴吹の疑問は、口いっぱいに頬張った焼きそばパンのせいにして回答を拒否した。
「相変わらず仲良しだねぇ。君たちは」
昼休みが終わって教室に戻ると、自席で本を読んでいたイインチョにそう声をかけられた。
「……そんなんじゃねー」
何となく素直に認められなくて、自分でもわかるほど拗ねた口調になった。
そんな俺のことなどお見通しだと言わんばかりにイインチョが微笑む。
「だーから違うって! ……ところでイインチョ、何読んでんの?」
どうあがいても自分の首を絞めそうで、話題を逸らすためにイインチョが持っていた文庫本を指差す。
丁寧にブックカバーが掛けられていて、中身をうかがい知ることはできない。
「ん? これ? 今話題の作品でね。ホラー小説なんだけど、日本の風土記について深く掘り下げられてて面白んだよ」
「ふぅん……?」
読む? と差し出された文庫本をペラペラとめくる。
そこに書かれた『因習村』の言葉が何となく目を引いた。
「なぁ、イインチョ。『因習村』って……何?」
何となく気になってイインチョに訊ねる。
この本の持ち主で、これ以外にもいろんな本を読んでるイインチョなら答えを知ってると確信していた。
「ん? 『因習村』? あー、なんていうのかなぁ? 昔の日本、いや今もあるかもだけど。どこか閉鎖的な村だけにある習慣のことだね。だいたいがあまり良い物じゃないって言われてるよ」
諳んじるイインチョに頷きを返すことしかできない。
何故かその言葉にぞくぞくとした悪寒を感じたからだ。
「……それってさ、例えばとある場所に生贄を捧げるって習慣も入んの?」
俺の言葉に目を瞬かせるイインチョ。
「うん、それこそまさに因習村だね。閉鎖的な村で行われてたら確定・因習村だよ」
イインチョのよくわからない言い回しに気を取られつつ、なんとなく嫌なモノを感じて俺は慌ててイインチョに文庫本を返した。
文庫本を突き返される形になったイインチョだったけど、ちょうど入ってきた数学の先生に気を取られていたらしい。
俺の動揺に気付くことはなかった。
眠気を堪えながら、黒板に書かれていく数式を追いかける。
……追いかけるふりをして、脳裏に浮かぶのは見続ける俺じゃない誰かたちの夢と……曾祖母の日記だ。
冴吹は俺の血族から力をわけてもらうだけだと言っていた。
だけど曾祖母は生贄として湖に投げ込まれるのを嫌がって曽祖父と駆け落ちしたはずだ。
……この差異は……なんだ?
そもそも夢を見続けるのは何故だ?
冴吹はどうして俺に近づいてきたんだ?
……どうやってここに来たって言っていた?
先日の話し合いで、肝心な部分を聞いていなかったことに今更ながらに気付いた。
チラリと離れた席へ視線を向ける。
そこには窓から差し込む光のせいで輝いて見える髪を風に遊ばせている冴吹がいた。
心地よさげに風を受けながら窓の外を見つめるアイツをしっかりと見据える。
「……これは……も一回問い詰めるしかねぇな?」
俺の小さな呟きは、教室にいる人間の耳には届かなかった。
「つーわけで、話を聞かせてもらおうか?」
その日の放課後。
善は急げとばかりに冴吹の部屋に押しかけた俺は、逃がさねぇと言わんばかりに冴吹を玄関の壁に押し付けていた。
「いや待って? 何か僕に聞きたいことがあるのは気付いてたけど、流石に早いよ! せめて靴は脱ごう?!」
妙に焦る冴吹の顔を見上げ、ふんと一つ鼻を鳴らす。
「わかってんなら話は早ぇ。洗いざらい吐いてもらおうかっ!」
「こわいこわいっ! 急に何?! イインチョくんと話してたことが原因?!」
「……なんだ、聞いてたんか。つかあの距離聞こえるか?」
俺とイインチョは隣同士だが、冴吹は転入生の定番で窓際の一番後ろだったはずだ。
教室のほぼ中央に陣取っている俺たちの会話は……聞こえないことはないだろうが、教室内が静まり返ってたらって前提が必要なくらいは離れている。
「ほら……僕いちおう人じゃないから……」
困ったように笑う冴吹を見て、言葉に詰まる。
普段冗談交じりにコイツをじじいだなんだと称してるが、冗談ではなく目の前の男は正真正銘の人外なんだろう。
不老長寿なのか、不老不死なのかはわかんねぇが、とりあえず人ではないんだ。
その事実を改めて突き付けられ、何故か俺は胸が痛んだ。
「……ほら、靴脱いで? 麦茶でいい? あ、その前にちゃんと手洗ってね?」
俺の前に跪いてまで靴を脱がす冴吹はとても神として奉られていた存在には思えなかった。
無言になってしまった俺の手を引いて、冴吹があれこれ世話を焼く。
気が付けば俺は、冴吹と並んで座り心地のいいソファに背を預けていた。
「で、何が訊きたいの?」
穏やかな冴吹の声に促されるように視線をあげる。
声と同じくらい穏やかに微笑む冴吹はどこからどう見ても俺と同じ高校生に見えた。
「……なぁ、お前はなんで俺を探しにきたんだ? 契約があるからか? でも阿女と交わした契約は、阿女の血族に連なる長女、つまり女だけだろう? 男である俺じゃあ契約の対象にならないんじゃないか?」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
聞きたくても聞けなかった。何故か聞けなかった。
……聞けなかった理由はたぶん……。
「なぁ? 俺は本当にお前の力になれてるのか? 条件から外れる俺じゃ本当はダメなんじゃないか?」
現に……。
俺から力を貰ってるはずの冴吹が、不意に銀髪で水色の瞳を持った姿になることが増えている。それは明らかだ。
あの体調不良で休んだ日も冴吹は龍が持つ色彩に変化していた。俺に触れたことによって、黒目黒髪に戻っていたが……。
さっきの昼休みだって。ふわりと風にあおられた冴吹の髪が銀色に変化したのは、光の加減だけじゃないはずだ。
だからたぶん……。
冴吹が人の姿を保つのも、ありきたりな黒目黒髪を偽るためにも、俺の力が必要なんだろう。
あの日から俺は進んで……とまでは言えないが、冴吹が俺に触れることを許容している。
俺の記憶をいじることに力を使わなくなったから、以前より力を渡す頻度を下げていいはずなんだ。
それなのに……。
見上げた先にいたのは、銀髪に水色の瞳をした男だった。
「……戻ってる……」
「……え?」
冴吹が首を傾げる。
本当に気づいてなさそうな態度に苛立ちがつのる。
「だから銀髪キラキラヤロウに戻ってるってんだよ! どこの漫画の登場人物だよっ!」
「っ?!」
俺の言葉に、心底驚いた表情を浮かべる冴吹。
……あれ? これってマジで気づいてなかったパターンか?
「……え? ちょ、ちょっと待って……? えっと……」
ツンツンと髪を引っ張る冴吹。
俺より長めに整えているとはいえ、それじゃ見ることはできないだろう。
「ん……」
スマホのカメラを起動し、インカメにして渡す。
「ありがと」
スマホを受け取らず、そのまま覗き込んできた。
スマホの画面には、とんでもなく浮世離れした銀髪のイケメンとどこまでも凡庸な男が写っている。
皆まで言わずともだが、凡庸な男が俺だ。
「ほら……な?」
「……え? 慈雨くんは今の僕が銀髪に見えるの?」
カメラという証拠があるにも関わらず往生際の悪いことをいう冴吹を横目でジトリと睨む。
「いやどう見たってそうだろがよ。ほらカメラだって……。あれ?」
再び覗き込んだスマホには、顔面力はそのままだが黒目黒髪の冴吹が写っていた。
「……あれ?」
「あー……」
俺の疑問に答えるように、冴吹がため息を吐いた。
「……たぶんだけど、君は僕の契約相手だから術の効きが悪いんだと思う」
片手で顔を覆って天井を仰いでしまったヤツを、やっぱり俺はジト目で睨むことしかできない。
「効きが悪いって……。ってそういえば、お前が転入生として初めて教室に来た時もそんなことがあったような……?」
確かそんなやり取りをイインチョとした気がする。
「えー? そんな最初からだったの? 早く言ってよ」
「言えるかバーカ」
なんとなく気恥ずかしそうな冴吹。
その心理がよくわかんないままとりあえずツッコミを入れる。
「つか、見えてんのが俺だけだとしても、その姿に戻る頻度が高くなってんのは確かだよ。だから……俺じゃ十分に力を渡せてないんじゃねぇか? なんなら……」
正真正銘の直系長女である母親を紹介するのもやぶさかではない。
生贄として湖に放り込まれるのは断固拒否だが、しばらく息子の友人の手を握るくらいなら許される気がする。
「今日の昼休みだって……」
「え? もしかして急に手を繋いでくれた時?! そんな……! 貴重な慈雨くんのデレに内心盛り上がってたのに!?」
「っ! アホかっ!」
本当にショックを受けてそうな冴吹の後頭部を叩く。
なかなかいい音がしたそれを、いててと押さえる冴吹。
どこかのんびりした、緊張感のない様子に、俺の苛立ちはますます高まっていく。
「真面目に聞けって! なぁ……本当に……」
本当に大丈夫なのか?
訊きたい言葉が喉の奥で詰まる。
ときおり姿がブレて見えるのも、きっと気のせいじゃない。
もしかして……。もしかしたら……。
嫌な予感だけが俺の脳裏を占めていく。
俯いてしまった俺の視界に、冴吹の手がフェードインしてきた。
ほっそりと長い指は、男のくせに綺麗だった。
決して女性的ではないが、どこか美しい。
繊細に動きそうな手を眺めていると、その手が持ち上がり……俺の頬に触れた。
「……そんな表情しないで? ……我慢できなくなる」
「……そんな顔ってどんなだよ。俺はいつだって平凡な顔をしてるんだよ。ついでに我慢ってなんだよ! 我慢してお前がいなくなったら……っ!」
思わず口にしてしまった本音に気付いて、慌てて口を塞ぐ。
ついでに冴吹から距離を取ろうとしても、俺の頬を撫でる冴吹の手は離れていかなかった。
「大丈夫……とは言い切れないんだけど……。そうだね。僕が我慢してることと、慈雨くんが知りたいことは一致してると思うから……。全部話そうか」
それでも僕を……受け入れてくれる?
泣きそうな顔で落とされた言葉に、俺は小さく頷いた。


