「僕……は……」
重たい沈黙が続く部屋で、俺は冴吹から視線を逸らさずにいた。
逸らしたら……この機を逃したら、二度とコイツが捕まらない気がして。
外を走るバイクの音。
時折強く吹く風の音。
そして……俺の呼気と……冴吹がごくりと息を呑む音がした。
「僕は……」
冴吹が目を伏せる。
再び顔をあげた時、その瞳は水色に染まっていた。
そしてさっきみたいに縦に割れていく瞳孔。
正座を崩して俺に近づいてくる冴吹の顔を、俺は……。
「んぶふっ?!」
手元にあった枕で思い切り殴った。
「ちょ?! 何するの?!」
「うるせぇ! お前また変な力使って誤魔化そうとしただろう! いい加減にしやがれっ!」
振りぬいた枕を頭上でブンブン振り回す。
次やったら容赦なくぶつけてやろうと考えてる俺の殺気を感じたのか、冴吹がオロオロしたまま俺から距離を取った。
「おらっ! しっかり話しやがれっ! ことと次第によっては納得してやるよっ!」
俺の言葉に……冴吹は一瞬ポカンとした表情になった後……。
「……ふはっ! なん……なんだよそれ……ホントに……もう……っ!」
くつくつと笑い出した。
何がおかしいのか、ラグに突っ伏して笑っている。
変なイラストの描かれたTシャツを着た背中が小刻みに揺れていた。
つか、それどこで買ったんだよ。イケメンだから許されるってやつだぞそれ……。
しばらくして笑いの発作が治まったのか、冴吹が顔をあげた。
本気で笑っていたらしく、その黒曜石みたいな黒い瞳が印象的な目には涙が滲んでいた。
「本当に君たちは……お人好しだ……」
冴吹の言葉に、俺は片眉をあげるだけの反応を返したのだった。
「んで? 結局お前はなにもんで、俺になんで関わってくるんだ?」
ようやく笑いの発作が治まった冴吹に単刀直入に切り出す。
もう誤魔化されるのも、わけのわかんねぇ状況に陥るのも御免だった。
「……僕はね、とある山奥の湖に棲んでる龍なんだけど……」
どこか緊張した面持ちの冴吹が口にした言葉は、特に驚くようなものではなかった。
夢の中で、自分を巫女だと宣った女性がコイツによく似た存在をコイツと同じ名前で呼んでいたからだ。
「……見た目に寄らずずいぶんジジィなんだなお前」
「いうに事欠いて第一声がソレ?! 僕けっこう驚くようなことを言ったと思うんだけど?!」
冴吹の張りつめていた表情が瓦解した。
それにどこか安堵しながら、俺は種明かしをすることにした。
「ちょっと夢で……な。飛鳥時代っぽい服着たお前によく似たヤツを見たんだ」
俺の言葉に今度は驚愕の表情を浮かべる冴吹。
自分はあんな訳わかんない力を振っておいて、俺の予知夢擬きに驚き過ぎじゃないか?
「あぁ、俺は、つか俺じゃない誰かん中に俺がいる感じなんだが、自分を巫女だと言ってる女で名前は阿女だったかな」
俺がその名を告げた途端、冴吹がくしゃりと表情を崩した。
まるで懐かしい名前を聞いたように。大事な存在を思い出したように。
切なげに眉を寄せる冴吹を見て、阿女という存在はずいぶんとコイツにとって重要な存在だったらしいと察せられた。
その事実を目の当たりにして……胸がチクリと痛んだことに気付かないふりをする。
「つーわけで、お前が見た目よりじじいだっつーことは理解ってる。わかんねぇのはお前がわざわざこんなとこまで出張ってきた理由と、変な力を使ってまで俺の側にいる理由だ」
……いや、これは嘘だ。
コイツが俺の側にいる理由はわかってる。
恐らくきっと……。
「……お前が俺を生贄として喰いてぇと思ってんなら……諦めてもらうしかねぇよ?」
じっと冴吹の目を見つめる。
黒い瞳には俺の顔が映っていた。
少しだけ青みがかった黒髪。光にかざすとほんの少し青が滲む。染めた訳でない天然の髪。
成長期を諦めていない身長は170センチと微妙で、大きくて丸い目と相まって年より下に見られることが多かった。
……中学生ならまだしも、小学生に間違われるのは甚だ遺憾だ。
そんなことを考えていると、ガッと腕を掴まれた。
この場でそんなことをするヤツは一人しかいない。
いよいよ食われるかと拳を握り締めてると、意外と近くに冴吹の整った顔があった。
がっつりと目を見開いていて、ちょっと怖い。なんなら瞳孔も開いてる。だいぶ怖い。
「……んだよ」
「ぼ、僕のほうこそなんだよ! だよっ! 生贄って何?! なんで僕が君を食べることになってるの?! そんなこと……しな……いやしてないとは言わないけど、そんな恐ろしいことしないよ!」
「いや、どっちだよ」
食うのか食わんのかどっちなんだーい! と頭の中で筋肉ムキムキな人が訴える。
いやホントどっちだよ。
事と次第によっては、頭突きの一つもかまして逃げる所存だが。
「だから食べないって! いやちょっと分けて欲しいんだけどそれは食べるんじゃなくてちょっと舐めさせてっていうか! 齧らせてっていうか……!」
「ちょっと落ち着け」
ぐんぐんと近づいてくる血走った目にビビって、冴吹の顔面を思い切り押し返す。
俺の手のひらに押され、冴吹の整った顔が歪んで面白い顔になる。が、血走った目がそのままなんでちょっと怖い。
「だって……っ! 君が……っ!」
今度は泣きそうになる冴吹。情緒の乱高下が激しいヤツだな。
「わかったわかった。お前は俺を食わない。それはいいな?」
コクコクと頷く冴吹。
コイツ、龍ってよりは犬じゃね?
なんて失礼なことを思いつつ、次の質問に移る。
「じゃあなんで俺の意識を操って? たぶん俺の意識か記憶を操ってんだよな? そんなことしてお前は何がしたいんだ?」
じっと冴吹の目を見つめる。
俺の記憶に、意識に残ってなかった冴吹との記憶。
それはぜってぇコイツが何かしてんだが、方法も目的もさっぱり心当たりがない。
うろうろと視線を泳がせていた冴吹は諦めたように俺と向き合った。
「あの……ね。僕は君の遠いご先祖様、君が阿女って呼んだ巫女と契約しててね……」
「阿女が、阿女の一族の女性がお前に力を渡すってやつか?」
俺の言葉にキョトンとする冴吹。
「その通りなんだけど……よく知ってるね」
「まぁ……な。夢で見た。んだが……その契約で行くとやっぱり俺はお前の生贄にならなきゃいけねぇんじゃないのか?」
「ち、違うよ! ほ、本当に僕は力を分けてもらえれば良くて……っ! だいたい生贄ってアレのことだろう? 僕のいる湖に無理やり……っ! あんなことされたら僕に力をわけてもらえないじゃないか!」
必死な冴吹を後目に、俺の頭には疑問符が飛び跳ねる。
曾祖母の恐怖の対象であったオヤシロ様。
それは今俺の目の前にいるコイツのことなんだろう。
オヤシロ様の生贄になって命を落とすことがないよう、曽祖父は曾祖母の手をとって住んでた村から逃げ出してきたはずだ。
日記の中でもそう書かれていたし、俺が見続けてる夢も……そう言うことなんだろう。
なのに、湖に生贄を沈めることはオヤシロ様の望みじゃなかった?
……なんだそれは……?
何かがおかしい。
夢で見た感じだと、オヤシロ様への生贄と称してずいぶんな人数が湖に落とされている。
結果、曾祖母の家は衰退の一途をたどり、曾祖母がその家最後の子どもだったはずだ。
だからこそ、曾祖母は村が衰退することを承知のうえで逃げてきたはずだ。
それが……オヤシロ様の望みじゃなかった?
「えっと……?」
自分の思考に沈んでいた俺に、遠慮がちな声がかかる。
相手はもちろん……。
「オヤシロ様は、生贄を望んでなかった……?」
俺の疑問にこくりと頷きを返すオヤシロ様、いや冴吹。
「あんな形でなんて僕は望んでないよ。だって僕は……君たちから力をわけてもらう約束だったから。死んじゃったら……もらえないだろう?」
納得できるようなできないような……。
うんうんと悩む俺を後目に、冴吹がぐっと距離を詰めてきた。
いつの間にかソファに置いていた手が、冴吹の手に包まれている。
「だから……ね? こうやって君の力を分けて欲しいんだ」
冴吹がそう告げた瞬間、手から何かが抜けて冴吹へと流れていく気配がした。
コイツのわけわかんねぇ力で曖昧されていたが、確かに記憶になかった昼飯時にも同じようなことをしていた……ような気がする。
「っと。あんんまり貰いすぎると、また君が倒れちゃう」
パッと手を離す冴吹。
その言葉に、嫌な予感がした。
「なぁ……。もしかして俺に無理やりキスしたのも、俺から力とやらを奪うためじゃあ……」
俺の言葉に冴吹が気まずそうに目を逸らす。
「その後、俺が毎回気絶してんのも、力を奪いすぎたからとかじゃあ……」
とうとう顔ごと背けた冴吹の細い顎を掴む。
無理やりに俺のほうを向かせた冴吹の目は、面白いほどに泳いでいた。
「いや……っ! あのねっ!? ちょっとね?! ほぼ百年ぶりくらいに力を分けてもらってるから……ね? あと君からこっそり力を分けてもらったり、そもそもこうして君の側にいるために色々力を使ってるせいでね? ちょっと足りないっていうか? 吸い上げ過ぎちゃうっていうか? 君の力が特別僕に合うとか?! そんな色々な事情があってね?」
俺にあごを掴まれたまま、わちゃわちゃと弁解を繰り返す冴吹。
何一つ弁解になっていないことに気付いているんだろうか、コイツは……。
つか、夢の中のヤヒロとはずいぶん違うな。あっちは厳かというか神性を感じるほどなのに、目の前のコイツは単なるポンコツにしか見えない。
……神性どこに捨ててきた?
オロオロしながら、チラチラ俺に視線を投げるコイツを見てると……なんか笑えてきた。
「ふはっ……っ! おま……っ! いちおう湖の主っつーか、龍神とかそっち系の存在なんじゃねぇの? んだよそれ……。威厳とかどこに捨ててきたんだよ、まったく……」
遠慮なく大笑いし続ける俺に、最初はポカンとしていた冴吹はだんだんムカついてきたらしい。
整った顔を不満で膨らませ、俺に伸し掛かってきた。
それでも笑いが止まらない俺は、いつしか冴吹を見上げる状態で拘束されていた。
ご丁寧に俺の腰辺りに跨り、両手は冴吹の片手一本で頭上に拘束されている。
さすがにそこまでされては、笑ってる場合じゃなかった。
「んだよ……」
「もう! 笑いすぎなんだよっ! だいたい契約を破ったのはそっちじゃないかっ! 君たちが来なくなって僕は……っ!」
見上げた先には真剣な顔。どこか歪んだその顔を見ても、冴吹の本心までは伺えない。
「……悪かったよ。笑いすぎた」
「……笑いすぎた罰として……キスしていい?」
口の端を吊り上げて無理やりに笑みを形どる。
その表情は無理をしてるのがまるわかりだった。
まるで泣きそうな……泣く寸前のその表情に、俺はあっさりと絆されてしまった。
コクンと頷きを返した瞬間、重なり合う唇。
男の唇のくせにやわらけぇなとか、ちょっと体温低いんだなっとか、そんな詮無いことが頭の中を通り過ぎていった。
おずおずと伸ばされた冴吹の舌が俺の唇をなぞる。
ささやかな刺激にもかかわらず、背中から腰に掛けてぞわぞわとした疼きが広がっていった。
それがなんだか面白く無くて、冴吹の舌先にカプリとかみついた。
ピクリと跳ねた冴吹の身体。
してやったり……! と笑えたのはそこまでだった。
「ふぅ……んっ……」
突如として激しくなる口付け。
冴吹の長い舌が我が物顔で俺の口内を蹂躙する。
注ぎ込まれた唾液に溺れそうになって、慌てて嚥下を繰り返しても間に合わない。
唇の端から零れ落ちた唾液を追いかけるようにして、冴吹の舌が這う。
ぞわぞわする感覚と、ぞくぞくする刺激。
どこか相反するソレがどうにも心地よくて。
もっともっととねだってしまう。
「ははっ……。とろんってしてる……」
かぁわいい。
可愛いのはお前だろう。
なんて気持ちで相手の顔を睨みつける。
元々整っていた顔をしていたが、紅潮した頬に艶めかしく色づく唇。欲に染まった目に見つめられてしまえば……。
もうどうしようもなかった。
ねだるように舌を突き出して、冴吹を誘う。
あっという間に叶えられた希望に縋るようにして、俺は冴吹とのキスに溺れていったのだった。
重たい沈黙が続く部屋で、俺は冴吹から視線を逸らさずにいた。
逸らしたら……この機を逃したら、二度とコイツが捕まらない気がして。
外を走るバイクの音。
時折強く吹く風の音。
そして……俺の呼気と……冴吹がごくりと息を呑む音がした。
「僕は……」
冴吹が目を伏せる。
再び顔をあげた時、その瞳は水色に染まっていた。
そしてさっきみたいに縦に割れていく瞳孔。
正座を崩して俺に近づいてくる冴吹の顔を、俺は……。
「んぶふっ?!」
手元にあった枕で思い切り殴った。
「ちょ?! 何するの?!」
「うるせぇ! お前また変な力使って誤魔化そうとしただろう! いい加減にしやがれっ!」
振りぬいた枕を頭上でブンブン振り回す。
次やったら容赦なくぶつけてやろうと考えてる俺の殺気を感じたのか、冴吹がオロオロしたまま俺から距離を取った。
「おらっ! しっかり話しやがれっ! ことと次第によっては納得してやるよっ!」
俺の言葉に……冴吹は一瞬ポカンとした表情になった後……。
「……ふはっ! なん……なんだよそれ……ホントに……もう……っ!」
くつくつと笑い出した。
何がおかしいのか、ラグに突っ伏して笑っている。
変なイラストの描かれたTシャツを着た背中が小刻みに揺れていた。
つか、それどこで買ったんだよ。イケメンだから許されるってやつだぞそれ……。
しばらくして笑いの発作が治まったのか、冴吹が顔をあげた。
本気で笑っていたらしく、その黒曜石みたいな黒い瞳が印象的な目には涙が滲んでいた。
「本当に君たちは……お人好しだ……」
冴吹の言葉に、俺は片眉をあげるだけの反応を返したのだった。
「んで? 結局お前はなにもんで、俺になんで関わってくるんだ?」
ようやく笑いの発作が治まった冴吹に単刀直入に切り出す。
もう誤魔化されるのも、わけのわかんねぇ状況に陥るのも御免だった。
「……僕はね、とある山奥の湖に棲んでる龍なんだけど……」
どこか緊張した面持ちの冴吹が口にした言葉は、特に驚くようなものではなかった。
夢の中で、自分を巫女だと宣った女性がコイツによく似た存在をコイツと同じ名前で呼んでいたからだ。
「……見た目に寄らずずいぶんジジィなんだなお前」
「いうに事欠いて第一声がソレ?! 僕けっこう驚くようなことを言ったと思うんだけど?!」
冴吹の張りつめていた表情が瓦解した。
それにどこか安堵しながら、俺は種明かしをすることにした。
「ちょっと夢で……な。飛鳥時代っぽい服着たお前によく似たヤツを見たんだ」
俺の言葉に今度は驚愕の表情を浮かべる冴吹。
自分はあんな訳わかんない力を振っておいて、俺の予知夢擬きに驚き過ぎじゃないか?
「あぁ、俺は、つか俺じゃない誰かん中に俺がいる感じなんだが、自分を巫女だと言ってる女で名前は阿女だったかな」
俺がその名を告げた途端、冴吹がくしゃりと表情を崩した。
まるで懐かしい名前を聞いたように。大事な存在を思い出したように。
切なげに眉を寄せる冴吹を見て、阿女という存在はずいぶんとコイツにとって重要な存在だったらしいと察せられた。
その事実を目の当たりにして……胸がチクリと痛んだことに気付かないふりをする。
「つーわけで、お前が見た目よりじじいだっつーことは理解ってる。わかんねぇのはお前がわざわざこんなとこまで出張ってきた理由と、変な力を使ってまで俺の側にいる理由だ」
……いや、これは嘘だ。
コイツが俺の側にいる理由はわかってる。
恐らくきっと……。
「……お前が俺を生贄として喰いてぇと思ってんなら……諦めてもらうしかねぇよ?」
じっと冴吹の目を見つめる。
黒い瞳には俺の顔が映っていた。
少しだけ青みがかった黒髪。光にかざすとほんの少し青が滲む。染めた訳でない天然の髪。
成長期を諦めていない身長は170センチと微妙で、大きくて丸い目と相まって年より下に見られることが多かった。
……中学生ならまだしも、小学生に間違われるのは甚だ遺憾だ。
そんなことを考えていると、ガッと腕を掴まれた。
この場でそんなことをするヤツは一人しかいない。
いよいよ食われるかと拳を握り締めてると、意外と近くに冴吹の整った顔があった。
がっつりと目を見開いていて、ちょっと怖い。なんなら瞳孔も開いてる。だいぶ怖い。
「……んだよ」
「ぼ、僕のほうこそなんだよ! だよっ! 生贄って何?! なんで僕が君を食べることになってるの?! そんなこと……しな……いやしてないとは言わないけど、そんな恐ろしいことしないよ!」
「いや、どっちだよ」
食うのか食わんのかどっちなんだーい! と頭の中で筋肉ムキムキな人が訴える。
いやホントどっちだよ。
事と次第によっては、頭突きの一つもかまして逃げる所存だが。
「だから食べないって! いやちょっと分けて欲しいんだけどそれは食べるんじゃなくてちょっと舐めさせてっていうか! 齧らせてっていうか……!」
「ちょっと落ち着け」
ぐんぐんと近づいてくる血走った目にビビって、冴吹の顔面を思い切り押し返す。
俺の手のひらに押され、冴吹の整った顔が歪んで面白い顔になる。が、血走った目がそのままなんでちょっと怖い。
「だって……っ! 君が……っ!」
今度は泣きそうになる冴吹。情緒の乱高下が激しいヤツだな。
「わかったわかった。お前は俺を食わない。それはいいな?」
コクコクと頷く冴吹。
コイツ、龍ってよりは犬じゃね?
なんて失礼なことを思いつつ、次の質問に移る。
「じゃあなんで俺の意識を操って? たぶん俺の意識か記憶を操ってんだよな? そんなことしてお前は何がしたいんだ?」
じっと冴吹の目を見つめる。
俺の記憶に、意識に残ってなかった冴吹との記憶。
それはぜってぇコイツが何かしてんだが、方法も目的もさっぱり心当たりがない。
うろうろと視線を泳がせていた冴吹は諦めたように俺と向き合った。
「あの……ね。僕は君の遠いご先祖様、君が阿女って呼んだ巫女と契約しててね……」
「阿女が、阿女の一族の女性がお前に力を渡すってやつか?」
俺の言葉にキョトンとする冴吹。
「その通りなんだけど……よく知ってるね」
「まぁ……な。夢で見た。んだが……その契約で行くとやっぱり俺はお前の生贄にならなきゃいけねぇんじゃないのか?」
「ち、違うよ! ほ、本当に僕は力を分けてもらえれば良くて……っ! だいたい生贄ってアレのことだろう? 僕のいる湖に無理やり……っ! あんなことされたら僕に力をわけてもらえないじゃないか!」
必死な冴吹を後目に、俺の頭には疑問符が飛び跳ねる。
曾祖母の恐怖の対象であったオヤシロ様。
それは今俺の目の前にいるコイツのことなんだろう。
オヤシロ様の生贄になって命を落とすことがないよう、曽祖父は曾祖母の手をとって住んでた村から逃げ出してきたはずだ。
日記の中でもそう書かれていたし、俺が見続けてる夢も……そう言うことなんだろう。
なのに、湖に生贄を沈めることはオヤシロ様の望みじゃなかった?
……なんだそれは……?
何かがおかしい。
夢で見た感じだと、オヤシロ様への生贄と称してずいぶんな人数が湖に落とされている。
結果、曾祖母の家は衰退の一途をたどり、曾祖母がその家最後の子どもだったはずだ。
だからこそ、曾祖母は村が衰退することを承知のうえで逃げてきたはずだ。
それが……オヤシロ様の望みじゃなかった?
「えっと……?」
自分の思考に沈んでいた俺に、遠慮がちな声がかかる。
相手はもちろん……。
「オヤシロ様は、生贄を望んでなかった……?」
俺の疑問にこくりと頷きを返すオヤシロ様、いや冴吹。
「あんな形でなんて僕は望んでないよ。だって僕は……君たちから力をわけてもらう約束だったから。死んじゃったら……もらえないだろう?」
納得できるようなできないような……。
うんうんと悩む俺を後目に、冴吹がぐっと距離を詰めてきた。
いつの間にかソファに置いていた手が、冴吹の手に包まれている。
「だから……ね? こうやって君の力を分けて欲しいんだ」
冴吹がそう告げた瞬間、手から何かが抜けて冴吹へと流れていく気配がした。
コイツのわけわかんねぇ力で曖昧されていたが、確かに記憶になかった昼飯時にも同じようなことをしていた……ような気がする。
「っと。あんんまり貰いすぎると、また君が倒れちゃう」
パッと手を離す冴吹。
その言葉に、嫌な予感がした。
「なぁ……。もしかして俺に無理やりキスしたのも、俺から力とやらを奪うためじゃあ……」
俺の言葉に冴吹が気まずそうに目を逸らす。
「その後、俺が毎回気絶してんのも、力を奪いすぎたからとかじゃあ……」
とうとう顔ごと背けた冴吹の細い顎を掴む。
無理やりに俺のほうを向かせた冴吹の目は、面白いほどに泳いでいた。
「いや……っ! あのねっ!? ちょっとね?! ほぼ百年ぶりくらいに力を分けてもらってるから……ね? あと君からこっそり力を分けてもらったり、そもそもこうして君の側にいるために色々力を使ってるせいでね? ちょっと足りないっていうか? 吸い上げ過ぎちゃうっていうか? 君の力が特別僕に合うとか?! そんな色々な事情があってね?」
俺にあごを掴まれたまま、わちゃわちゃと弁解を繰り返す冴吹。
何一つ弁解になっていないことに気付いているんだろうか、コイツは……。
つか、夢の中のヤヒロとはずいぶん違うな。あっちは厳かというか神性を感じるほどなのに、目の前のコイツは単なるポンコツにしか見えない。
……神性どこに捨ててきた?
オロオロしながら、チラチラ俺に視線を投げるコイツを見てると……なんか笑えてきた。
「ふはっ……っ! おま……っ! いちおう湖の主っつーか、龍神とかそっち系の存在なんじゃねぇの? んだよそれ……。威厳とかどこに捨ててきたんだよ、まったく……」
遠慮なく大笑いし続ける俺に、最初はポカンとしていた冴吹はだんだんムカついてきたらしい。
整った顔を不満で膨らませ、俺に伸し掛かってきた。
それでも笑いが止まらない俺は、いつしか冴吹を見上げる状態で拘束されていた。
ご丁寧に俺の腰辺りに跨り、両手は冴吹の片手一本で頭上に拘束されている。
さすがにそこまでされては、笑ってる場合じゃなかった。
「んだよ……」
「もう! 笑いすぎなんだよっ! だいたい契約を破ったのはそっちじゃないかっ! 君たちが来なくなって僕は……っ!」
見上げた先には真剣な顔。どこか歪んだその顔を見ても、冴吹の本心までは伺えない。
「……悪かったよ。笑いすぎた」
「……笑いすぎた罰として……キスしていい?」
口の端を吊り上げて無理やりに笑みを形どる。
その表情は無理をしてるのがまるわかりだった。
まるで泣きそうな……泣く寸前のその表情に、俺はあっさりと絆されてしまった。
コクンと頷きを返した瞬間、重なり合う唇。
男の唇のくせにやわらけぇなとか、ちょっと体温低いんだなっとか、そんな詮無いことが頭の中を通り過ぎていった。
おずおずと伸ばされた冴吹の舌が俺の唇をなぞる。
ささやかな刺激にもかかわらず、背中から腰に掛けてぞわぞわとした疼きが広がっていった。
それがなんだか面白く無くて、冴吹の舌先にカプリとかみついた。
ピクリと跳ねた冴吹の身体。
してやったり……! と笑えたのはそこまでだった。
「ふぅ……んっ……」
突如として激しくなる口付け。
冴吹の長い舌が我が物顔で俺の口内を蹂躙する。
注ぎ込まれた唾液に溺れそうになって、慌てて嚥下を繰り返しても間に合わない。
唇の端から零れ落ちた唾液を追いかけるようにして、冴吹の舌が這う。
ぞわぞわする感覚と、ぞくぞくする刺激。
どこか相反するソレがどうにも心地よくて。
もっともっととねだってしまう。
「ははっ……。とろんってしてる……」
かぁわいい。
可愛いのはお前だろう。
なんて気持ちで相手の顔を睨みつける。
元々整っていた顔をしていたが、紅潮した頬に艶めかしく色づく唇。欲に染まった目に見つめられてしまえば……。
もうどうしようもなかった。
ねだるように舌を突き出して、冴吹を誘う。
あっという間に叶えられた希望に縋るようにして、俺は冴吹とのキスに溺れていったのだった。


