【長編版】舐めて齧って残さず食べて

「……ふぅ」

 日記を閉じて、ぎゅっと目を瞑る。
 夢中になって読んだ曾祖父の日記は情報が多すぎて頭の中が大渋滞している。

 目頭を揉んで目を開ければ、部屋の中には西日が射していた。
 途中気づいてエアコンをつけたから、この部屋は心地よい温度に保たれているが、窓の外はそうではないようだ。
 日中のうだるような暑さの名残が、陽炎のように揺れている。
 そう言えば今年も猛暑で、熱中症に対する注意喚起が叫ばれていたような気がする。

「……腹……減った……」

 俺の独り言に答えるように、腹の虫がぐぅとなった。
 よく考えたら朝食も食べずにこの部屋に来たような?
 ときおりトイレと水分補給はしていたが、それだけだ。

 曾祖父の日記片手にリビングダイニングへと顔を出す。
 ダイニングテーブルにはぴっちりとラップの掛けられた朝食が残されていた。

 とりあえず冷蔵庫から新しい水のペットボトルを取り出す。
 冷えた水を一息に流し込めば、喉を流れ落ちていく冷たさが心地よい。

 一息ついて朝食に手を付ける。食べなかったと知ったら母親にどやされそうだ。
 冷めきってパサついたトーストをかじりながら、もたらされた情報について考える。

 曾祖父母が駆け落ちしたのは知っていたが、その手段はずいぶんと乱暴なものだったらしい。

「……そりゃ、恨まれるわなぁ」

 いやでも、村長はともかく村人を殺したのは……。

「……どちらも子孫であることには変わりないのか……」

 一人でいるとひとりごとが増えて困る。

「さて……どうしたものか……」

 曾祖母が閉じ込められていた地下の座敷牢にめちゃくちゃ心当たりがある。
 夢で見た八尋が閉じ込められていたあの場所。そして八尋の近くにいた手かせをつけられた少女はもしかしなくとも曾祖母だろう。

「行って……みるか?」

 だが、村はダムへと沈んだはず。
 そもそも村自体は燃え尽きたんだから、座敷牢が残ってるとは思えない。
 それに……。

「場所、どこだよ……」

 ダム建設が盛んだったころ、いくつもの村がダムの底に沈んだと習った気がする。
 曾祖父の日記にも、曾祖母の日記にも、村の場所は書いていない。
 本来であれば戸籍謄本なりを取り寄せればいいんだろうが、どうも曽祖父は戸籍を改ざんしてそうな雰囲気がある。
 果たして村の場所はわかるんだろうか……。

「探すしか……ねぇよなぁ」

 そう。
 八尋と再び逢いまみえるためにも、俺は問題のダムを探す必要があるのだ。

「……さて、どうしたもんかな?」

 ぼんやり考えていると、母親が帰ってくる気配がした。

「あら? 慈雨ここにいたの? 体調はどう? ……ってもしかしてこのご飯、今食べたの?」

 ジトリと睨まれて、慌てて皿を片付ける。
 用意してもらった朝食を、夕食の差し迫るこの時間に食べたっていうのはさすがに気まずい。

 「いや、あー、その……。ごめんなさい」

 ジト目で睨む母親の圧に負け、素直に謝った。
 ため息一つで謝罪を受け入れた母親は、手に持っていたエコバックの中身を冷蔵庫に仕舞っていく。

「今日の夕食はお魚だけど構わないわね?」

 あまり魚料理が好きではない俺に対する牽制だろう。
 じろりと言われてしまえば、コクリと頷くしかない。

 それに……。

 訊きたいことがあるから、母親の機嫌を損ねるのは得策ではない。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど……」

「なぁに?」

 料理の手を止めないまま、母親が首を傾げる。

「ひいばあちゃんたちのさ、故郷の村がどこにあったか知らん?」

 俺の質問に虚を突かれたような顔をする母親。

「……ホント、あんた最近どうしたの?」

 滅茶苦茶不審がられてしまった。
 まぁ、俺でも最近の俺はちょっとどうかと思う。

 だけど、今はなりふり構ってる場合じゃない。

「んー、まぁ、ちょっと興味があって?」

 不審を拭えるようないい言い訳も思い浮かばず、そのまま直球を告げてしまう。
 訝し気な母親の目線が居た堪れない。
 視線を逸らしたら負けだと、少しだけ睨みつけるように母親を見つめてしまった。

「……母さんも知らないのよ。おじいちゃんもおばあちゃんも昔のことはほとんど話さなかったし……。特におじいちゃんが嫌がったからね」

 日記の感じからして曾祖母の反応はそんなものだろう。
 だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。
 曾祖父母と実際に話をしたことあるのは、もうこの目の前の母親しかいないんだから。

「なんかちょっとでも覚えてない? 俺、行ってみたいんだよね、そこに……。ほら、もうすぐ夏休みじゃん? 自分のルーツを探る……なんつって」

「……受験生がそんな暇あるの?」

 ジトリと睨まれ、思わず目を逸らしそうになってぐっとこらえた。

「……大丈夫。頑張る」

 ちょっとカタコトになってしまったのは仕方ない。

「そんなことしてたらオヤシロ様に見つかっちゃうわよ?」

 母親の言葉にドクリと心臓が跳ねる。
 ついでに心の中でだけ、母親に言い訳する。

 ごめんだけど、もうオヤシロ様には見つかってます。
 なんなら一度見つかって、いなくなってしまったオヤシロ様を探しに行きたいんです。

 そんなことを馬鹿正直に告げる訳も行かず、曖昧に笑う。
 
「……そうねぇ」

 母親が手を止め、自分の記憶を探るように視線を流した。

「……あぁ、そう言えば……」

「なに?! 母さん思い出した?!」

 キッチンとダイニングを分けているカウンターに身を乗り出し母親に詰め寄る。
 どうか……! どうか有益な情報であってくれ!

「……母さんが若い頃って心霊特集みたいな番組が多かったんだけどね、母さん好きでよく見てたのよ。そしたらね……」

 ぐっと声を落とす母親。
 内緒話でもするような声色に、俺はさらにカウンターから身を乗り出した。

「その時流行ったのが、幻の村だったんだけど……。都市伝説と怪談を掛け合わせたみたいなヤツよね。それを見てたらね……おじいちゃんが大激怒して……」

 あれは怖かった……と肩を竦める母親。
 だけど俺からすれば期待しかない。

「そ、それで?! その村の名前は?!」

「確か……村の名前は偽名だったのよ……。幻の村とか呼ばれてて……。あぁ、そうそう。その村は番組の中で○○県にあるって言われてたんだけど……。その後ね、お父さんがその件に転勤する話が出たことがあって……。まだ慈雨が生まれる前だったから、もちろん私もついてくつもりでいたんだけど、何故かおじいちゃんが大反対してね。結局その話は流れたんだけど……」

 言われてみれば、俺自身○○県に足を踏み入れたことがない。

「……もしかして死んだばーちゃんも母さんも○○県に行くことをひいばあちゃんたちに止められたりしてる?」

「うーん……言われてみればそうかも? 旅行とかでも行ったことないわねぇ。って慈雨?! 何処に行くの?!」

 おっとりと喋る母親の声を背後に聞きながら、俺は自分の部屋へと駆けこんだのだった。

 部屋に戻ってスリープ状態だったパソコンの目を覚ます。
 検索バーに叩きつけるようにして文字を打ち込んだ。

『○○県 幻の村 ダム』

 ずらりと並ぶ検索結果。
 母さんが言ってた村はやはり心霊スポットとして有名らしい。
 色々な懸賞サイトや、その場所に凸する心霊系Vtuberの動画が並んでいた。

 いくつかサイトをクリックしてダムの写真を見る。
 『幻の村』だと言われている場所もあった。
 だけど……。

「……これは違う。これでもない……。こっち? うーん」

 なかなかピンとくるものがなかった。
 ピンとくるもなにも、その場所を知ってるわけじゃないし、夢で見たのもダムになる前の景色だ。
 だからほとんど直感に頼って探し出す。

「これ……は全然別の県じゃん。まぜんなよ。こっちは……違う」

 何度か検索ワードを変えて、探し続ける。
 途中母さんから食事の用意ができたと呼ばれ、しぶしぶ作業を中断する。
 今後、どうなるかわからないから、親の機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。

 明日は学校に行けるのかと聞かれたので、曖昧に頷いておく。
 場所が分かったらすぐにでも現地に向かいたいところだが、学生の身ではそうもいかないだろう。
 幸いあと三日ほど登校すれば夏休みだ。
 色々片がついたら勉強も頑張るということで……。

 そんな言い訳をしながら、魚の煮つけを食べ終えた俺は、早々に部屋へと引っ込んだ。

「……さて……。ダム、ダム……。○○県……。……あった……」

 深夜を回る頃、俺は目的の場所を……見つけた。

「八束ダム……。水没した村は八束村……」

 次々とクリックしてはブクマする。
 しばらくその作業を続けていれば、だいぶ情報は集まってきた。

「……今行けば、村の跡も見れるっぽいない」

 どうやらダムの辺りはずっと雨が降ってないらしい。
 降っても微量で、ダムの貯水率がだいぶ落ちていた。
 ほぼリアルタイムで確認できるサイトでも渇水を示す水量になっている。

 さらに、ダム愛好家というかそう言った人々が、渇水した八束ダムの写真をいくつか載せていた。
 そこには廃墟となり水没した村の残骸が、水面から顔を覗かせている写真なんかもあった。

 その写真を最大限引き伸ばす。
 モニタいっぱいに映っている村は、やはり水没だけでは説明がつかないほどに崩れ落ちていた。

 今度は、心霊系のサイトを漁る。
 いくつかのサイトを巡ってわかったのは、八束村周辺はダムになる前からそう言った心霊現象の噂が絶えなかったらしい。
 恐らく八尋の棲み処で、八束ダムの元になった八束湖も、その周辺でもいくつかの決まった心霊現象が起きていたみたいだ。
 曰く。
 夜遅くに八束湖を訪れると、湖の上を光の玉がいくつも滑っているとか。
 廃墟と化している八束村へ行くと、誰もいないはずなのにどこからともなく視線を感じるとか。
 時には黒い影が視界の端に映るとか。
 それ以外にも、全然別の場所にナビを設定していたにも関わらず、ナビが勝手に八束ダムへ案内するとか。

 心霊ネタとしてはありきたりだけど、かなりの確実でナニカが起きる場所として有名らしい。

 さらに心霊スポット凸系Vtuberの動画を見る。
 真っ暗な山道を歩くVtuber。
 ざわざわと騒ぐ梢の音と、緊張したVtuberの荒い息がマイクに拾われている。
 そして……荒い息に交ざって……何かを叫ぶ人の声が入っていた。
 Vtuberには聞こえていないんだろうか? コメント欄を遡っても誰も触れていない。

 何度か動画を戻して、声が聞こえた箇所を確認する。
 確かに声は入っていた。

『もど……れ……も……どれ……かえ……せ……かえせ……にえを……』

 ヘッドフォン越しのはずなのに、直接脳に流し込まれているような錯覚を覚える。
 しかもどんどん大きくなってきてる気がする。

 慌てて動画を止め、ヘッドフォンを外した。その瞬間。

『か え せ っ!』

「ひっ?!」

 思わず椅子からひっくり返る。
 部屋を揺るがすような大声は、一人だけの声じゃなかった。
 恨みがましい男女の声が幾重にも重なって、ビブラートのような余韻を残した。

 バクバクと跳ねる心臓をなんとか落ち着かせ、部屋の中を見回す。
 もちろん誰かいる訳じゃない。
 もう夜も深い。両親も寝ているだろう。

 それなのに聴こえた声。知らない声。
 じわりと額を濡らす冷や汗が、エアコンの風に吹かれて冷えていく。

「……ちっ! 返してほしいのは……こっちのセリフだっ!」

 倒れた椅子を元に戻す。
 苛立ちのままマウスを操作して、配信を止めた。
 ちょうどVtuberが何か見つけたのか、その顔には驚愕の表情が浮かんでいる。

 何を見たのかが気になってもう一度動画を再生する。
 ……なんのことはない。小動物が飛び出してきただけだった。
 
「ちっ。なんだよ……」

 その後もいくつか動画を漁ったが、みんな同じような物だった。
 心霊現象が起きる訳でなく、無駄に恐怖を煽りながらダムまで行って帰ってくる。
 ただ……それだけだった。

「……行くしかねぇか……」

 ○○県まで行くとなると、日帰りはキツい。
 小遣いとちょっと前までやってたバイトの残金を計算して、まぁなんとかなるかと楽観視しながら、俺は八束ダムへの行き方を調べるのだった。

「……ぜってぇ……返してもらうかんな……」

 俺の切実な呟きは、深まった夜の闇に吸い込まれるようにして消えていった。