「高浜っ! 危ないっ!?」
「……へっ?」
校庭から昇降口へと向かう途中、クラスメイトの悲鳴じみた声に振り返れば、視界の端を何かが通り過ぎていった。
そしてガチャンと何かが割れる音。
「……へ?」
恐る恐る音のしたほうを見下ろせば、そこには粉々に砕けたレンガが落ちていた。
「……へ?!」
慌てて見上げる。
物音に気付いた生徒が何人か、教室の窓から顔を出していた。
「誰だよ落としたヤツ! 下手したら死んでんぞっ!」
駆けつけてきたクラスメイトが上に向かって声を張り上げる。
だけど、誰も名乗り出ようとしない。
「……おいっ! マジで出てこいよっ! こんなん洒落になんねーぞっ!」
怒り狂ったクラスメイトの声に、ようやく状況が飲み込めた。
どうやらこのレンガは俺の頭めがけて落ちてきてて、クラスメイトの制止がなければ俺の頭に直撃してたんだろう。
死ぬかもしれない事態が目前まで迫っていたことに、改めて背筋が冷えた。
「おいっ!」
ますますヒートアップするクラスメイトの声に、最上階の教室から顔を覗かせていた生徒が、恐る恐る反論した。
「あの……それ、たぶん屋上から……」
「んな訳あるかよっ!」
噛み付くクラスメイトを慌てて押し留める。
屋上から落ちてきたと言った生徒は、教室の位置から見て一年生だろう。
三年生であるクラスメイトに怒鳴られて怯えている。
だが、屋上は施錠されていて、教師の同伴がなければ入れないのも確かだ。
チラリとレンガに視線を落とせば、僅かに土がこびり付いていた。
だからおそらく……。
「……俺のために怒ってくれてあんがとな。でもこのレンガが屋上からっていうのも合ってるっぽいぞ?
たぶんこれ……何年か前からずっと屋上に放置されてる花壇のレンガじゃないか?」
いまだ鼻息の荒いクラスメイトの意識をレンガに向けさせる。
クラスメイトの意識が逸れた瞬間、一年生はそそくさと教室の中に姿を消していった。
「……ちっ、マジかよ。授業かなんかで屋上に行った誰かがイタズラでズラしたんか?」
苛立たしげにレンガを蹴るクラスメイト。
「だろうな。……あんがとな、助かった。お前が声かけてくんなかったら、俺ヤバかったわ」
クラスメイトの肩をポンと叩く。
「……おう、感謝しやがれ」
「————っ! 慈雨くんっ!?」
「……八尋? って……ぐえっ!?」
昇降口から上履きのまま血相変えて飛び出してきた八尋は、その勢いのまま俺を抱きしめた。
「じじじ慈雨くん!? 大丈夫!? 怪我してない!?」
「ちょ!? 八尋っ!? やめ——っ!?」
ぎゅうぎゅう抱きしめながら器用に俺の身体を触り続ける八尋。
つかやめろ! クラスメイトが変な顔してんじゃねーかっ!
「八尋……っ! 大丈夫! 大丈夫だから離せっ!」
「ほ……ホントに……?」
情けなく眉を下げる八尋に強く頷きを返せば、当事者である俺より酷く青を通り越して蒼白になっていた顔に、少しだけ赤みがさした。
その表情の変化を見ていたクラスメイトが僅かに吹き出す。
「高浜、ずいぶん懐かせたな」
「犬じゃねぇんだから……」
感心したように呟くクラスメイトに、八尋の名誉を守るため反論してもあまり効果はないだろう。
何故なら八尋自身が、主人を守ろうとする忠犬よろしく俺を抱きしめてるからだ。
つか、さっきの騒ぎで人目を集めてんのに、これは恥ずい。
「おら、とっとと教室戻んぞ」
八尋を巻きつけたまま、俺はその場を後にした。
俺を抱きしめていた八尋が、レンガの破片に鋭い一瞥を投げたことに気付かないまま。
「高浜くん……君、お祓いにいったほうがいいんじゃない?」
隣の席のイインチョが、心配そうに俺を見やる。
「そうかぁ?」
まぁ、確かに最近小さな不幸が続いてるが……。
「うん。ちょっと最近のアレコレを見てると、ツイてないだけじゃすまない気もするよ?」
イインチョの言葉に、ここ最近のあれやこれやを思い出す。
まずはレンガだろ? 体育の時間には誰が投げたかわかんねぇバスケットボールが俺へと飛んできた。
零れていた水に足をとられて階段から落ちかけたこともある。
小学生の乗っていたチャリが俺に突っ込んできて、なんなら車も突っ込んできた。
すべて未遂で済んでて、怪我一つしてないのは不幸中の幸いだろう。
それほどまでに色々なことが立て続けに起こっていた。
「んぁ……。さすがに多い……か?」
「多いよ」
「多いねぇ」
いつの間にか八尋も俺の机の側に来ていて、イインチョに同意を示す。
「冴吹くんもそう思うよねぇ」
「そうだね。ちょっと……」
中途半端に言葉を切った八尋が俺をじっと見つめる。
「……おい! 八尋!」
じわりと黒い瞳から色が抜けていくのを見て、慌てて八尋の眼前で手を振る。
「……あ、ごめん……」
夢から覚めたみたいな反応をして、八尋が俺を見た。その目はすでに黒へと色を変えていた。
「ホントに……よお……」
気を取り直したらしい八尋がイインチョとどこの神社へお祓いに行くのがいいかアレコレ語ってるのを後目に、俺はここ最近の……八尋にも告げていないことについて思案する。
誰かに見られてるような気がするのと、ときおり視界の端に黒い影が映ることだ。
気のせいだと言われてしまえばそれまでの内容だけに、なんとなく八尋に打ち明けることもしていない。
「なんだかなぁ?」
椅子の背もたれを軋ませながら教室の天井を仰ぐ俺を、八尋がどこか心配そうに見つめていた。
そして夜。
「う……ぅ……」
俺はうなされていた。
目をつぶっているのに、何故か部屋の様子がわかる。
誰かが……見てる……。
ベッドの周りをナニカが取り囲んでいる……。
眠ったまま、目も開けてないのにそれがわかる。
「うっ……うぅ……」
逃げ出したい。
早く早く動け。
そう願って、意識の上では身を捩ってるのに、自分の身体は言うことを聞かない。
「うう……う……」
声を上げてるつもりなのに、うめき声しか出ない。
これは……この状況はなんだ? 金縛りってやつか?
何もわからず身動きも取れないまま、ナニカの気配に見つめられている。
そのうち、声のようなものが聞こえてきた。
けど、鼓膜を通しての音じゃない気がする。
(ミツ……ケタ……)
(……ツケ……タ……)
(ウラギリ……モノ……)
(ナゼ……ナゼ……)
(ナゼ……コロシタ……)
(ナゼ……ステタ……)
(コロ……ス……コ……ロス……コロス……コロス……コロスコロスコロスコロスコロス……)
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
ガバリと身を起こす。
昨日閉め方が甘かったのか、カーテンの隙間から朝日が覗いている。
明るい部屋の中はいつもと変わらない。
俺の部屋だ。パソコンの置いてあるデスク。色んな本が雑多に押し込まれた本棚。
子どもの頃から使ってるタンスと、カーテンレールにかけてある高校の制服。
どれも見覚えのあるソレらは確かに俺のものだった。
そして俺の部屋にはもちろん、俺しかいない。
夢の残滓を振り払うように、額の汗を拭う。
最近寝苦しい夜が続いていることから、エアコンをつけて寝たはずなのに、今は何故か止まっていた。
いつもリモコンを置いてある枕元に手を伸ばしても、リモコンの気配はない。
「……ちっ」
慌てて周囲を見回せば、何故かベッドの下からリモコンが覗いていた。
寝てる間に落としたのかと、ベッドから身を乗り出してリモコンをとる。
その時チラリとベッドの下が視界に入った。
「っ!?」
そこには……黒い影が蟠っていた。
もわもわとしたソレは俺が見ていることに気付いたのか、霧散した。
「……んだよ。まったく……」
慌てて頭をあげれば、くらりと眩暈に襲われた。
チカチカと明滅する視界を落ち着かせようと目を閉じる。
俺は痺れを切らした母親が飛び込んでくるまで、動くことができなかった。
きっと変な夢を見たせいだと、気のせいだと自分に言い聞かせながらも、じわりと心を黒く染める恐怖に囚われ、逃げることができないでいた。
「……へっ?」
校庭から昇降口へと向かう途中、クラスメイトの悲鳴じみた声に振り返れば、視界の端を何かが通り過ぎていった。
そしてガチャンと何かが割れる音。
「……へ?」
恐る恐る音のしたほうを見下ろせば、そこには粉々に砕けたレンガが落ちていた。
「……へ?!」
慌てて見上げる。
物音に気付いた生徒が何人か、教室の窓から顔を出していた。
「誰だよ落としたヤツ! 下手したら死んでんぞっ!」
駆けつけてきたクラスメイトが上に向かって声を張り上げる。
だけど、誰も名乗り出ようとしない。
「……おいっ! マジで出てこいよっ! こんなん洒落になんねーぞっ!」
怒り狂ったクラスメイトの声に、ようやく状況が飲み込めた。
どうやらこのレンガは俺の頭めがけて落ちてきてて、クラスメイトの制止がなければ俺の頭に直撃してたんだろう。
死ぬかもしれない事態が目前まで迫っていたことに、改めて背筋が冷えた。
「おいっ!」
ますますヒートアップするクラスメイトの声に、最上階の教室から顔を覗かせていた生徒が、恐る恐る反論した。
「あの……それ、たぶん屋上から……」
「んな訳あるかよっ!」
噛み付くクラスメイトを慌てて押し留める。
屋上から落ちてきたと言った生徒は、教室の位置から見て一年生だろう。
三年生であるクラスメイトに怒鳴られて怯えている。
だが、屋上は施錠されていて、教師の同伴がなければ入れないのも確かだ。
チラリとレンガに視線を落とせば、僅かに土がこびり付いていた。
だからおそらく……。
「……俺のために怒ってくれてあんがとな。でもこのレンガが屋上からっていうのも合ってるっぽいぞ?
たぶんこれ……何年か前からずっと屋上に放置されてる花壇のレンガじゃないか?」
いまだ鼻息の荒いクラスメイトの意識をレンガに向けさせる。
クラスメイトの意識が逸れた瞬間、一年生はそそくさと教室の中に姿を消していった。
「……ちっ、マジかよ。授業かなんかで屋上に行った誰かがイタズラでズラしたんか?」
苛立たしげにレンガを蹴るクラスメイト。
「だろうな。……あんがとな、助かった。お前が声かけてくんなかったら、俺ヤバかったわ」
クラスメイトの肩をポンと叩く。
「……おう、感謝しやがれ」
「————っ! 慈雨くんっ!?」
「……八尋? って……ぐえっ!?」
昇降口から上履きのまま血相変えて飛び出してきた八尋は、その勢いのまま俺を抱きしめた。
「じじじ慈雨くん!? 大丈夫!? 怪我してない!?」
「ちょ!? 八尋っ!? やめ——っ!?」
ぎゅうぎゅう抱きしめながら器用に俺の身体を触り続ける八尋。
つかやめろ! クラスメイトが変な顔してんじゃねーかっ!
「八尋……っ! 大丈夫! 大丈夫だから離せっ!」
「ほ……ホントに……?」
情けなく眉を下げる八尋に強く頷きを返せば、当事者である俺より酷く青を通り越して蒼白になっていた顔に、少しだけ赤みがさした。
その表情の変化を見ていたクラスメイトが僅かに吹き出す。
「高浜、ずいぶん懐かせたな」
「犬じゃねぇんだから……」
感心したように呟くクラスメイトに、八尋の名誉を守るため反論してもあまり効果はないだろう。
何故なら八尋自身が、主人を守ろうとする忠犬よろしく俺を抱きしめてるからだ。
つか、さっきの騒ぎで人目を集めてんのに、これは恥ずい。
「おら、とっとと教室戻んぞ」
八尋を巻きつけたまま、俺はその場を後にした。
俺を抱きしめていた八尋が、レンガの破片に鋭い一瞥を投げたことに気付かないまま。
「高浜くん……君、お祓いにいったほうがいいんじゃない?」
隣の席のイインチョが、心配そうに俺を見やる。
「そうかぁ?」
まぁ、確かに最近小さな不幸が続いてるが……。
「うん。ちょっと最近のアレコレを見てると、ツイてないだけじゃすまない気もするよ?」
イインチョの言葉に、ここ最近のあれやこれやを思い出す。
まずはレンガだろ? 体育の時間には誰が投げたかわかんねぇバスケットボールが俺へと飛んできた。
零れていた水に足をとられて階段から落ちかけたこともある。
小学生の乗っていたチャリが俺に突っ込んできて、なんなら車も突っ込んできた。
すべて未遂で済んでて、怪我一つしてないのは不幸中の幸いだろう。
それほどまでに色々なことが立て続けに起こっていた。
「んぁ……。さすがに多い……か?」
「多いよ」
「多いねぇ」
いつの間にか八尋も俺の机の側に来ていて、イインチョに同意を示す。
「冴吹くんもそう思うよねぇ」
「そうだね。ちょっと……」
中途半端に言葉を切った八尋が俺をじっと見つめる。
「……おい! 八尋!」
じわりと黒い瞳から色が抜けていくのを見て、慌てて八尋の眼前で手を振る。
「……あ、ごめん……」
夢から覚めたみたいな反応をして、八尋が俺を見た。その目はすでに黒へと色を変えていた。
「ホントに……よお……」
気を取り直したらしい八尋がイインチョとどこの神社へお祓いに行くのがいいかアレコレ語ってるのを後目に、俺はここ最近の……八尋にも告げていないことについて思案する。
誰かに見られてるような気がするのと、ときおり視界の端に黒い影が映ることだ。
気のせいだと言われてしまえばそれまでの内容だけに、なんとなく八尋に打ち明けることもしていない。
「なんだかなぁ?」
椅子の背もたれを軋ませながら教室の天井を仰ぐ俺を、八尋がどこか心配そうに見つめていた。
そして夜。
「う……ぅ……」
俺はうなされていた。
目をつぶっているのに、何故か部屋の様子がわかる。
誰かが……見てる……。
ベッドの周りをナニカが取り囲んでいる……。
眠ったまま、目も開けてないのにそれがわかる。
「うっ……うぅ……」
逃げ出したい。
早く早く動け。
そう願って、意識の上では身を捩ってるのに、自分の身体は言うことを聞かない。
「うう……う……」
声を上げてるつもりなのに、うめき声しか出ない。
これは……この状況はなんだ? 金縛りってやつか?
何もわからず身動きも取れないまま、ナニカの気配に見つめられている。
そのうち、声のようなものが聞こえてきた。
けど、鼓膜を通しての音じゃない気がする。
(ミツ……ケタ……)
(……ツケ……タ……)
(ウラギリ……モノ……)
(ナゼ……ナゼ……)
(ナゼ……コロシタ……)
(ナゼ……ステタ……)
(コロ……ス……コ……ロス……コロス……コロス……コロスコロスコロスコロスコロス……)
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
ガバリと身を起こす。
昨日閉め方が甘かったのか、カーテンの隙間から朝日が覗いている。
明るい部屋の中はいつもと変わらない。
俺の部屋だ。パソコンの置いてあるデスク。色んな本が雑多に押し込まれた本棚。
子どもの頃から使ってるタンスと、カーテンレールにかけてある高校の制服。
どれも見覚えのあるソレらは確かに俺のものだった。
そして俺の部屋にはもちろん、俺しかいない。
夢の残滓を振り払うように、額の汗を拭う。
最近寝苦しい夜が続いていることから、エアコンをつけて寝たはずなのに、今は何故か止まっていた。
いつもリモコンを置いてある枕元に手を伸ばしても、リモコンの気配はない。
「……ちっ」
慌てて周囲を見回せば、何故かベッドの下からリモコンが覗いていた。
寝てる間に落としたのかと、ベッドから身を乗り出してリモコンをとる。
その時チラリとベッドの下が視界に入った。
「っ!?」
そこには……黒い影が蟠っていた。
もわもわとしたソレは俺が見ていることに気付いたのか、霧散した。
「……んだよ。まったく……」
慌てて頭をあげれば、くらりと眩暈に襲われた。
チカチカと明滅する視界を落ち着かせようと目を閉じる。
俺は痺れを切らした母親が飛び込んでくるまで、動くことができなかった。
きっと変な夢を見たせいだと、気のせいだと自分に言い聞かせながらも、じわりと心を黒く染める恐怖に囚われ、逃げることができないでいた。


