可愛いものが似合うには

 作るお守りのデザインは、俺と柳井イチ推しのこのお守りに決まった。
 俺たちは家が同じ方面らしく、それなら帰りがけに材料の買い出しに行こうという話になった。
 数時間前までは、こんな何の共通点も無い奴と、しばらく二人の時間を過ごすなんてと思っていたが、今では彼への興味の方が勝っていた。

「裁縫はしたことある?」
「あー実は……最近ちょっとやってる」
「なんで? どういうきっかけ?」
「動けなくて暇だったから。なんか裁縫ってマインドフルネス? みたいな感じでメンタル安定するらしい。早く練習に戻りたいけど安静にしとけって言われて落ち着かなかったからはじめてみた」
「でも、他のことでも紛らわせるでしょ」
「色々やってみたけど、やっぱり野球のこと考えちゃってダメで。裁縫って無心で手を動かせるからいい」
「わかる。無心になれるよね。ってかさ、何作ってんの?」
「何も作ってない」
「布をひたすら縫うみたいな感じ? だったら何か作った方が良くない?」
「別に何作っててもいいだろ」
「やっぱりなんか作ってんだ。なんだろうなぁ」
 
 商店街をぬけて少し歩くと、目当ての店がある。
「そうこうしているうちに着きましたよ! じゃーん!」
 俺が指差すピンク色の店舗用ビニールテントを、柳井が眉をしかめて見上げる。太陽が眩しかったのかもしれないし、俺のテンションがウザかったのかもしれない。
「……岸田手芸店?」
「そう、俺のおばあちゃんの店。まあ、俺んちの一部がおばあちゃんの店って感じ?」
 棒立ちの柳井の背中を押して、ガラス戸を引くと中に声をかける。
「おばあちゃーん。いる?」
 しばらくすると奥の部屋の障子が開き、おばあちゃんが顔を出す。
 おばあちゃんは腰が曲がっていて、最近は足も痛いとこぼすが、自分の店を切り盛りできるくらいには元気だ。それに、おばあちゃんは手芸の達人でもある。
「あーどうした?学校帰り?」
 障子から一段下に降りると、そこは店の床。無造作に置いてあるスリッパを履きながらレジがあるところまでゆっくりと歩いてくる。
「今日は買い物があるんだ」
「友達も一緒?」
 柳井は礼儀正しくお辞儀をして、「こんにちは」と言った。
「えらく男前を連れてきて」
 おばあちゃんがしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑う。確かに柳井は、今どきの女子にモテるかはわからないが、おばあちゃん世代にはモテそうな顔をしている。いわゆる昭和のスターみたいな顔。
「これを作ろうと思って」
 俺がスマホでさっきのお守りの画像を見せる。おばあちゃんも老眼鏡を持ってきて、スマホの画面を覗き込んだ。予算のことも含め、柳井からも説明してもらった方がいいだろうと後ろを見ると、いない。
「あれ? 柳井?」
 俺はおばあちゃんにスマホを渡すと、狭い店の中で柳井の姿を探す。
 六畳もない店内に、所狭しと手芸の道具や材料が並んでいる。昔ながらの什器には毛糸や布。色褪せたプラスチックのケースには小さな手芸用品。蛍光灯に白く照らされた色とりどりの商品たち。
 少し埃っぽいけど、小さな頃から慣れ親しんだ俺の大好きな場所だ。

 俺が什器の脇を覗くと、柳井がいた。
 彼がじーっと見ている目線の先には、おばあちゃん手作りのテディベア。ここでは手芸用品の他に、おばあちゃんが作ったものも売っている。バッグや生活雑貨、そしてぬいぐるみ。彼が今見ているテディベアは、おばあちゃんがずっと作り続けているぬいぐるみのシリーズだ。俺のリュックに付いているピンキーは、このシリーズの第一号。その後、色んな色のテディベアが生まれている。
 俺が何も言わず陰から見ていると、柳井の手がテディベアにのびる。ピンキーと同じ、ピンク色の子を持ち上げると、両手で包んだ。背中に右手、お尻に左手を添える。よく見ると、微かに彼の口角が上がっている。
「柳井」
 俺が声をかけると、彼がこちらを向く。また、真っ赤になって恥ずかしがるかと思った。もしくは「こっち見んな」と怒られるかと思った。
 でも違った。
「これ、おばあちゃんの手作り?」
 柳井に近寄り、隣に並ぶ。
「そう。型紙から全部手作り」
「すごいな」
 そう、おばあちゃんはすごい。
「俺のリュックにもこのテディベアが……」
「いるな」
 柳井が俺の方を見る。
「リュックの真ん中におんなじやつがいるよな」
 知ってたんだ。俺のリュックになんか興味ないと思っていた。
「俺が手芸を極めたいって思ったきっかけの子なんだ」
 そう言って、なんで俺はこんなことを柳井に言ったんだろうと思った。
 手芸をはじめたきっかけは、手芸部のメンバーにしか話していない。これは俺の大事な話だから、本当に信頼した人にしか話していない。
 でも、柳井がその続きを催促するように目線を送ってくる。少し迷ったけど、自分で話し始めたんだし、最後まで話すか。俺はゆっくりと口を開く。
「あのリュックの子の名前はピンキーっていうんだけど。俺が小学生の時におばあちゃんにもらったんだ。お気に入りで、どこに行くにも一緒だった。でもある日、どっかで落としちゃって、必死に探した。その時の俺は号泣して大変だったらしい。で、結局見つかったんだけど、落としてた場所が屋外で、しかも雨まで降ってて悲惨な状態。汚れてるし、腕とか足とかもげて綿が見えてて。それでさらに号泣。でもさ、おばあちゃんは『大丈夫』って言って、綺麗に洗って毛並みを戻して、綿を足して縫い合わせて、元の状態に戻してくれた」
 俺が話している間、柳井は視線を俺の顔と、手にしたテディベアを行ったり来たりしていた。
「それですごいって思って。俺もこんな風に裁縫がうまくなりたいって思ってはじめたんだ。ちなみに、俺のリュックについてる子は最近は俺が手入れしてるからね」
「そうなんだ」
そしてふと、昔おばあちゃんにきいた話を思い出した。
「テディベアってさ、無表情でしょ?」
 俺は什器に並ぶ無表情な色とりどりのテディベアを指さす。つぶらな真っ黒い瞳と少し口角が下がり気味に縫われた口。
「初めてテディベアを作った人が、わざと無表情にしたって説があるらしい。子供達が喜怒哀楽どんな気持ちの時でも寄り添ってあげられるようにって。だからテディベアって嬉しい時に見たら喜んでる顔にも見えるし、悲しい時に見たら一緒に泣いてくれてるようにも見える」
「なるほどな」
 そう言って俺に向けた柳井の目は、すごく優しかった。
 怖い印象だった三白眼も、よく見たらただただ眠そうな目に見えてくる。
 まだテディベアを持ったままの柳井を見て、俺は自然と言葉が出ていた。
「そのテディベア好き?」
「えっ、何で?」
「だって、そんな風に大事そうにぬいぐるみを持つ人はきっと好きな人だよ」
 俺は、大切なものを包むようにしている柳井の無骨な手を指差した。
「柳井も可愛いもの好きなんじゃない?」
 軽い調子で聞いてみる。真面目に聞いて、拒否されるのが怖かった。まだ柳井のことを信用しきれていない。でも、信用できる人だと思いたい。
 俺は無理やり笑顔を作ったまま、柳井の顔を覗き込む。
「……どうだろ」
 柳井はそう呟いて、テディベアを棚に戻そうとした。
 また俺の口から自然と言葉がこぼれる。
「それあげる」
「えっ、あげる? これ商品なんだろ」
「俺がお金払っとくから」
「でもこれ三千円だろ? そんな金額のもの貰えない」
 しまった。何でこんなこと言ったんだろう。もしかしたら柳井は、いらないから値段を口実に断っているのかもしれない。
 好意を持った人へ押し付けがましい感情をぶつける俺の性格はいつも災いの元となる。
「いらな……かった? ごめん。いらなかったら」
「いる」
 柳井の低い声が、ずんと響く。
「いるけど、お金は俺が払う」
「いや、いいって。お金は俺が」
「だって、俺が欲しいから俺が買う」
 柳井の顔を恐る恐る見る。
「岸田と同じピンクにするよ」
 やっぱり優しい顔をしていた。
(俺たちお揃いだ)
 そう思ったが口には出さなかった。お揃いが嬉しいだなんてまだ言える距離感じゃないと感じた。柳井にキモいと思われたくなかった。
 柳井はピンクのテディベアをレジ横に置いた。
 おばあちゃんがレジを打ちながら「誰かへのプレゼント?」と聞いた。
 柳井は少し笑いを含んだ声で、「自分用です」と言った。

 幸い、お守り作りに必要な材料は店の中で全部揃った。
 土台と野球ボールに使う白地と、背番号に使う黒地のフェルト。野球ボールの縫い目と背番号を刺繍するための赤と黒の刺繍糸。そして最後に、首元に結んで護符糸っぽくする太めの赤い糸。
 レジ台に並べたそれらの購入金額を計算していく。柳井は肩からかけていたスポーツバッグから封筒を取り出して、中から出したお札で精算していた。多分、部費を預かっていたのだろう。
「これで作れるねぇ」
 おばあちゃんが老眼鏡越しに目を細めながら言った。
「そうだね。でも柳井が裁縫初心者だからなぁ」
 俺は冗談半分で言ってみたが、柳井は本当に不安そうだった。
「……まぁ」
 そう言って黙った柳井を見て、ある考えが浮かぶ。
「時間があれば、今おばあちゃんに習ったら? 教えるの上手いし」
 俺がそう言うと、柳井は少しだけ迷ったあと「お願いします」と頭を下げた。
 確かにおばあちゃんは裁縫を教えるのが上手い。柳井がお守りを作るのに役立つと思った。でも、半分はもう少し柳井と一緒にいたいと思って、咄嗟に出た言葉だった。

 そこから店の奥で、即席の裁縫教室が始まった。
 おばあちゃんは最近は特に細かい字なんか見えづらそうで、値札を読む時も老眼鏡を何回もかけ直している。
 でも、針を持つと別人だった。
「そこは玉結びしてから通して」
「糸引っ張りすぎ。フェルトが縮む」
「針は布に対して真っ直ぐ」
 長年培ってきた感覚で、手が迷いなく動く。
 一方、柳井は最悪だった。
「痛っ」
「指刺した?」
「いや……まぁ」
 でかい手で小さなフェルトを押さえるものだから、見ているこっちが不安になる。刺繍糸もすぐ絡まるし、玉結びも妙にでかい。
 でも柳井は途中で投げ出さない。無骨な指で、一針一針、真面目に縫っていく。柳井の手はまめや傷跡があって、指先もささくれている。
 本当に野球が好きで、練習を頑張ってきたんだと思うと、胸がぎゅっとなる。
「柳井くん不器用だねぇ」
 おばあちゃんが笑う。
「……すみません」
「でも丁寧だから上手くなるよ」
 柳井は少しだけ照れくさそうに、「はい」と返事をした。

 見本でおばあちゃんが一つのお守りを作りあげた頃にはすっかり外は暗くなっていた。裁縫教室もお開きになった。
 柳井がスポーツバッグを肩に掛けて外に出る。見送るために、その背中を追う。
 店の外へ出ると、ぬるい夜風が吹く。初夏が終わりかけている。もうすぐ本格的な夏が来る。
 俺たちは店先で、別れの挨拶をするために向かい合ったが、なかなか言葉が出てこずに少しだけ黙ったままだった。でも、それは心地よい沈黙だった。
「テディベアを買ってくれてありがとう」
 俺がそう言うと、柳井は「おう」と軽く言って、肩に掛けている大きなスポーツバッグをぽんぽんと叩いた。そこにビニール袋に入ったテディベアが入っている。
「修理するときは頼むな」
 それは、これから先も付き合いは続くということだろうか。このお守りを作り終わっても。
「じゃあ……」
 と言って柳井は右手を挙げようとして、「痛っ」と顔をしかめた。
「俺、肘やってんの忘れていた」
 柳井がそう言って笑ったから、俺もつられて笑った。
「柳井がテディベアだったら、俺がその肘も治してあげるのに」
 ついそんなことを言ってしまった。でもこの発言は、だいぶ無神経だったかもしれない。
 野球一筋で努力してきたのに怪我をして、ずっと目標にしていた大会に出られないかもしれないのだ。自分には想像もできないくらいの苦痛に違いない。
 俺は慌てて謝る。
「あっ、ごめん。無神経だったね」
 でも、恐る恐る見た柳井の顔は、さっきと同じく優しく笑っていた。
「いや、ちょっと俺の腕が解体されて縫い直されてるとこ想像した」
 俺も想像して、二人で笑う。
 そして柳井が少し息を吐いて続ける。
「正直、ずっと目指してた場所に挑戦できるって時に何で?って思って、マジで腹たった。でも起きたことはしょうがないから。今は野球の神様が休んで別のことやれって言ってたのかもしれない。まぁ、新しい趣味もできたし、前向きに考えようと思う」
 柳井的に、そう思わないとやってられないのかもしれない。でもそう言ってくれることが嬉しかった。なんだか俺まで救われた気がした。
「今日おばあちゃんに教えてもらってどう? 一人で作れそう?」
 柳井が持っている、お守りの材料が入っているビニール袋を指差した。
「あっ……うん、頑張ってみるよ。また教えて欲しいところがあったら聞く」
 俺は言おうかどうか迷って、ゆっくり口を開く。
「……あのさ、今週末、暇?よかったら俺の家で一緒に作らない?」
 また二人で、誰の目も気にせず話したいと思った。
 手芸部の女の子たちとおしゃべりするのは楽しい。でも、性別の違いでわかりあえないこともあるし、やっぱり彼女たちが俺と一線引いていると思う時もある。かといって、男子たちのこの時期特有のノリにはついていけない。柳井はその誰とも違うと感じていた。
 彼は少し考えるように目を伏せた。断られるかも、と一瞬思う。
「……いいよ。日曜日は? 昼ごはん食べてから一時くらいとかどう?」
 その返事に、思わず口元が緩む。
「いいよ。じゃあ連絡先交換する?」
「……そうだな」
 スマホを取り出しながら、俺はまた思う。
 今日の俺はずっと変だ。
 俺は自分の大切な部分に軽々しく踏み込んで欲しくないから、いつも警戒している。ピンクのリュックで威嚇している。あれは可愛いリュックであり、俺を守る盾だ。
 それなのに、柳井とは今日はじめてまともに喋ったのに、おばあちゃんの店に案内して、手芸をはじめるきっかけまで話して、お揃いのテディベアまで持つことになった。
 ずっとソワソワして、ドキドキして、柳井のことを試すようなことばかりを言っている。しかも期待通りの反応をくれるから、嬉しくてまた試すようなことを言ってしまう。
 そうだ、俺はずっと彼を試している。どこかで拒絶されるんじゃないかって怯えてる。
 これから先、期待を裏切るなら今裏切ってくれないかと思っている。
 本当に俺はずるくて臆病だ。

「じゃあまた」
「うん、また」
 肩に掛けたスポーツバッグでバランスをとるように、柳井がのそのそ歩いていく。
 その大きな背中を見ながら、柳井って熊みたいだと思った。俺は柳井くらいでっかいテディベアの怪我した腕を、一生懸命直している自分を想像した。



                     ※



 中学三年生の時だった。
 多分、一月か二月くらいだったと思う。ほとんどの生徒が進路も決まり、クラス中にゆるい空気が流れていた。
 あの日のことは、忘れたくても忘れられない。俺の生き方を変えた出来事だった。
 当時の俺は、まだ可愛いものが好きなことを隠して生きていた。ある日、ふとした拍子に通学カバンから布袋が落ちて、中からピンキーが転がり出た。
「あれ、なんだこれ」
 拾ったのは、クラスを仕切ってる野球部の男子だった。
「うわ、ピンクじゃん」
「岸田ってこんなの好きなの?」
 面白くもないことなのに、ゲラゲラ笑う。周りのクラスメイトたちも、空気につられるみたいにくすくす笑っていた。
 俺も慌てて笑った。
「えー、なんでだろ。誰かが入れたのかな」
 教室の真ん中で、俺だけが笑いものになっていた。
 早く終われ。早く忘れてくれ。そう思いながら、へらへら笑って縮こまっていた。
 そして願い通り、次の日からその話をしてくるやつはいなくなって、ほっとした。
 ところが休み時間、一人の男子が話しかけてきた。昨日笑っていた野球部の一人だった。
「実は俺もぬいぐるみ好きなんだ」
 そいつは周りを気にするみたいに声を潜めた。
「あいつらといるとこんなこと言えないけど」
 男子からそんなことを言われたのは初めてだった。嬉しくて、俺は舞い上がった。好きなぬいぐるみの話をして、可愛い雑貨の話をして、気づけばたくさん喋っていた。
 それで、ピンキーと同じシリーズのテディベアをプレゼントしようと思った。俺とお揃いのやつ。きっと喜んでくれるはず。
 でもタイミングが合わなくて、なかなか学校で渡せなかった。放課後に渡そうと思ったら、彼はいつのまにかいなくなっていた。仕方がないから帰ろうと、昇降口を出たあたりで彼の声が聞こえた。そちらへ行くと、野球部の部室の前で、いつものメンバーとたむろしていた。
 今はやめておこう。
 そう思って引き返しかけた、その時だった。

「お前、罰ゲームちゃんと続けてんじゃん」
「もうマジできついって」
「いい友達できてよかったねぇ」
「いや、きもいって。あの変なピンクのくまとか、年季入りすぎて呪いの人形かと思ったわ」
「あはは、言えてる」

 一瞬で俺が置かれている状況を理解した。
 頭の中で、ぷつんと音がした。
 気づけば俺はそこに向かって走っていた。俺の足音に気づいて振り向いた彼らの笑い声が止まる。俺の顔を見て、表情が変わる。
 でも、もう止まれなかった。
 俺は通学カバンを振り回して、あいつらを滅茶苦茶にぶん殴った。騒ぎになって、先生が来て、止められて。そのあと色々聞かれたけど、俺は何も答えなかった。ただ、カバンの中に入っていたピンキーとプレゼント用だったテディベアにだけ、小さく「ごめん」と謝った。
 進路が決まったばかりの時期に何やってるんだ、と先生たちは呆れていた。大きな怪我もなくて、結局、喧嘩両成敗みたいな扱いで終わった。
 あいつらも言い訳しなかった。
 できるわけない。お前たちが受けた痛みより、俺の方がずっと痛い思いをした。
 
 でも、俺にも悪いところはあった。
 あの時、最初にピンキーを見られた時、どうして言えなかったんだろう。
「そうだよ。この子が好きで、いつも持ち歩いてる」って。
 だから舐められたんだ。だからピンキーがバカにされた。
 その時、俺は決めた。
 俺はもう隠さない。好きなものを好きだと言う。俺は堂々と大好きな可愛いものに囲まれて生きていく。 
 そのためには、強くならないといけない。
 可愛いものを好きでいるなら、笑われても、馬鹿にされても、自分で跳ね返す。
 それが唯一、俺が可愛いものを持つための資格になる気がした。



                    ※



「それにしても、今日一緒に来てた子は男前だったね」
 おばあちゃんのその一言から、その日の夕飯は柳井の話題で持ちきりになった。
 お父さんとお母さんが身を乗り出して聞いてくる。
「で、どんな子なんだ?」
「おんなじクラスの子?」
 矢継ぎ早に聞いてくる両親に、おばあちゃんが答える。
「同じクラスで、野球部らしいよ」
 俺はあまり柳井のことを突っ込まれたくなくて、味噌汁をすすりながら目線を外した。
 その俺の態度を見て、おばあちゃんが笑いながら、俺の代わりに答える。
「今度の地方予選のお守りを作るんだって。その材料を買いに来たついでに、ちょっと作り方を教えてあげたんだよ。それで今週の日曜日もうちで一緒にお守り作るんだよね?」
「へぇー!」
 お母さんの顔がぱっと明るくなる。ふて腐れている俺をよそに、おばあちゃんがしみじみ言う。
「私が女学生だった頃にあんな顔をした俳優がいっぱいいたよ」
「私も会いたいなぁ」
「野球部かぁ……僕も昔は野球部でさ」
「もう、お父さんの昔話はいいの!」
 お母さんが呆れたように笑って、それから急に真面目な顔になる。
「でも、あの部屋に案内するの?」
 俺の箸が止まった。
「大丈夫? せっかく男の子の友達できたのに」
 胸の奥が少しざわつく。大丈夫かどうかなんて、俺にもわからない。でも、少なくとも柳井は、今まで会った奴らとは違う。
 違うはずだ。
 ……でも。
 本当に?
 俺が何か言おうとした時だった。
「大丈夫」
 おばあちゃんが先に口を開いた。
「柳井くんはいい子だから」
 俺は少しだけ肩の力が抜けた。おばあちゃんの言葉はいつだって俺を安心させてくれる。



 夕飯を食べて、風呂に入って、自分の部屋に戻る。
 ドアを開けた瞬間、そこは別世界になる。
 ピンク色の壁紙に、ピンク色のカーテン。天井には星や月を形どったきらきらしたモビールが吊り下がっていて、棚の上にはぎゅうぎゅうに可愛いものたちが並んでいる。
 テディベア、ウサギ、猫。キラキラした小物ケース。大好きな原宿系インフルエンサーの「モモコ」のグッズ。モモコはロリータ系ファッションをベースに、独自の着こなしやメイクを発信している人気インフルエンサーだ。俺の憧れの人でもある。
 机の上には作りかけの刺繍と裁縫道具。ベッドの上には大きな花のクッション。床はふわふわの絨毯が敷いてある。
 この部屋は、小学校一年生の時にひとり部屋をもらってから、こつこつ作ってきた。あの頃から好きだったものが全部ある。どんなに嫌なことがあった日も、この部屋に帰ってくれば全部吹き飛んで、自分の世界に入れる。
 普通の人が見たら、たぶん引く。でも、俺はこの部屋が好きだ。この部屋の中だけは、誰にも何も言われない。俺の「好き」が全部詰まってる。
 部屋の隅に置いていたリュックを拾い上げて、椅子の背にかける。シャカシャカ、ちゃらちゃらといつもの音がする。リュックのピンキーは、心なしか少し微笑んでいるように見えた。
 ピンク色のベッドに寝転んで、今日のことを思い出す。
 柳井が「可愛い」って言ったこと。おばあちゃんの店に来たこと。ピンクのテディベアを抱えていた姿。大きな手で真剣に小さなフェルトを縫っていた姿。別れた時に見送った大きな背中。そして優しい笑顔。
 思い出した瞬間、ふっと心が温かくなる。
 部屋の中には俺の好きなものしかないはずなのに、今日はそこに柳井が入り込んでいる気がした。不思議としっくりきた。
 
「……本当にうちに呼んでよかったのかな」
 あの時はとっさに言葉が出た。でも、ゆっくり考えてみると、さすがにこの部屋にはドン引きするかもしれないと不安になりはじめた。その反面、この部屋まで受け入れてくれたら、本当に彼とは信頼できる仲になれそうな気もしていた。
 天井をじっと見つめる。モビールがエアコンの風でゆらゆらしていて、俺を応援しているようだった。
 今週末、柳井がこの部屋に来る。
 そう思っただけで、胸が変にそわそわした。不安は期待に変わり、それが高まるとまた不安に変わる。
 そんな気持ちを、俺はなんと表現していいのかわからないでいた。