「どうだ、最近。佐倉の面倒を見てくれているんだろう」
監督に問われたのは、練習が終わった直後だった。夜間照明の下で片付けに動く生徒たちを視界に収めたまま、曖昧に頷く。気にかけてくれていたらしい。
やる気はなさそうだが、生徒の一群から少し離れたところに問題児の姿もある。
「前にお伝えしたとおりで。あいつの担任に泣きつかれたので、留年しないようにケツを叩いてるだけです。部活のほうは時枝が頑張ってくれていますから」
そっちは、俺がなにをしたわけでもない。
「時枝にひっぱられるかたちではありますけど。最近は参加が続いてますし」
よかったですねと続けると、監督が小さく肩をすくめた。
「そうなると、次は時枝のガス抜きだな」
「まぁ、大丈夫じゃないですか」
佐倉と違って、部内に友人もいる。水倉とも親しくしているようだし、ストレスは溜まるだろうが、ガスを抜いてくれる相手はいるはずだ。
「あぁ、そっちもおまえがやってくれると言っていたな、そういえば」
本当にそういえばだが、そんなことを請け負っていた。黙った俺に、監督は他意のない顔で笑う。
「無理のない範囲で構わんが、気にかけてくれると助かる。あまり働かせ過ぎるわけにはいかんが」
「家に帰ってなにをするわけでもないので。気にしないでください」
「そうは言っても、連日この時間だと疲れも溜まるだろう」
「まぁ、どうせ独り身ですし」
「こっちの仕事ばかりさせとる弊害だな。その気になれば、彼女のひとりやふたりできるだろうに」
「ふたりもできたら問題でしょう」
盆休みに顔を合わせる親戚のような言い草だ。苦笑いで流したのに、監督は真面目な調子を崩さなかった。
「親御さんも安心されるだろう。早々に孫の顔でも見せてやれば」
「気が早いですよ、さすがに。……でも、そうですね。うちは姉がすでにひとり産んでいるので。母はそっちで忙しそうです」
娘の子だから気兼ねがないと、母は楽しそうに世話を焼いている。あんたが結婚しても、産むのはあんたじゃないからねとも笑っていたが。俺がいつか結婚することも、子どもをつくることもまったく疑っていない顔で。
当たり前。目の前にあるべき普通。その道を俺も歩んできたつもりだ。
そうかと頷いて監督が部員たちを見やる。最後にその視線がとまったのは、時枝に話しかけられている佐倉のところだった。
「折原が」
「あいつがどうかしましたか?」
「いや、このあいだ来てくれたときにな、また顔を出してもいいと言ってくれていただろう。次の土曜に時間が空くから、約束どおり行くと言ってくれたんだが」
あいかわらず律儀なことだ。話が出ていたのは酒の席だったはずだが、その場しのぎにはしなかったらしい。
「どうだろうな、佐倉は」
少しでも刺激になればいいのだがと言っていたのは監督だった。どうだろうなと空をあおぐ。
折原が来た日のいつも以上に苛立っていた言動と、数日前のやりとり。監督の求める効果は期待できそうにない。
「どうでしょうね。その、あまりいい印象がないようで。選手としてどうのこうのという以前のものなんですが」
濁して告げた内容は、正確に伝わったらしい。あぁと監督が眉を下げた。
「あいつは、人間性も含めて一流の選手だと思うんだがな」
その言葉に、わけもなくほっとした。俺もそう思いますとは言わなかったけれど。身びいきもあると理解している。それでも、俺は今でもあいつのことを、俺が知る最高のサッカー選手だと思っている。
だから悪く評されたくなかったのだと思うことにした。監督に断って先にグラウンドを離れる。一度、校舎内に戻って明日の授業の準備をして、時間になれば寮で佐倉の相手をして。
忙しないルーチンだが、慌ただしく過ぎていく時間が今の自分にはありがたかった。その行動が、いつかの自分と同じだと気づいてはいたけれど。四年前の冬だ。終わらせないといけないとわかっていたのに、決断し切れなくて逃げていた。
会って早々に、変わっていないと折原は言った。そのとおりだ。俺は、あのころからなにも変わっていない。わかっている。だから、会いたくなかったんだ。
監督に問われたのは、練習が終わった直後だった。夜間照明の下で片付けに動く生徒たちを視界に収めたまま、曖昧に頷く。気にかけてくれていたらしい。
やる気はなさそうだが、生徒の一群から少し離れたところに問題児の姿もある。
「前にお伝えしたとおりで。あいつの担任に泣きつかれたので、留年しないようにケツを叩いてるだけです。部活のほうは時枝が頑張ってくれていますから」
そっちは、俺がなにをしたわけでもない。
「時枝にひっぱられるかたちではありますけど。最近は参加が続いてますし」
よかったですねと続けると、監督が小さく肩をすくめた。
「そうなると、次は時枝のガス抜きだな」
「まぁ、大丈夫じゃないですか」
佐倉と違って、部内に友人もいる。水倉とも親しくしているようだし、ストレスは溜まるだろうが、ガスを抜いてくれる相手はいるはずだ。
「あぁ、そっちもおまえがやってくれると言っていたな、そういえば」
本当にそういえばだが、そんなことを請け負っていた。黙った俺に、監督は他意のない顔で笑う。
「無理のない範囲で構わんが、気にかけてくれると助かる。あまり働かせ過ぎるわけにはいかんが」
「家に帰ってなにをするわけでもないので。気にしないでください」
「そうは言っても、連日この時間だと疲れも溜まるだろう」
「まぁ、どうせ独り身ですし」
「こっちの仕事ばかりさせとる弊害だな。その気になれば、彼女のひとりやふたりできるだろうに」
「ふたりもできたら問題でしょう」
盆休みに顔を合わせる親戚のような言い草だ。苦笑いで流したのに、監督は真面目な調子を崩さなかった。
「親御さんも安心されるだろう。早々に孫の顔でも見せてやれば」
「気が早いですよ、さすがに。……でも、そうですね。うちは姉がすでにひとり産んでいるので。母はそっちで忙しそうです」
娘の子だから気兼ねがないと、母は楽しそうに世話を焼いている。あんたが結婚しても、産むのはあんたじゃないからねとも笑っていたが。俺がいつか結婚することも、子どもをつくることもまったく疑っていない顔で。
当たり前。目の前にあるべき普通。その道を俺も歩んできたつもりだ。
そうかと頷いて監督が部員たちを見やる。最後にその視線がとまったのは、時枝に話しかけられている佐倉のところだった。
「折原が」
「あいつがどうかしましたか?」
「いや、このあいだ来てくれたときにな、また顔を出してもいいと言ってくれていただろう。次の土曜に時間が空くから、約束どおり行くと言ってくれたんだが」
あいかわらず律儀なことだ。話が出ていたのは酒の席だったはずだが、その場しのぎにはしなかったらしい。
「どうだろうな、佐倉は」
少しでも刺激になればいいのだがと言っていたのは監督だった。どうだろうなと空をあおぐ。
折原が来た日のいつも以上に苛立っていた言動と、数日前のやりとり。監督の求める効果は期待できそうにない。
「どうでしょうね。その、あまりいい印象がないようで。選手としてどうのこうのという以前のものなんですが」
濁して告げた内容は、正確に伝わったらしい。あぁと監督が眉を下げた。
「あいつは、人間性も含めて一流の選手だと思うんだがな」
その言葉に、わけもなくほっとした。俺もそう思いますとは言わなかったけれど。身びいきもあると理解している。それでも、俺は今でもあいつのことを、俺が知る最高のサッカー選手だと思っている。
だから悪く評されたくなかったのだと思うことにした。監督に断って先にグラウンドを離れる。一度、校舎内に戻って明日の授業の準備をして、時間になれば寮で佐倉の相手をして。
忙しないルーチンだが、慌ただしく過ぎていく時間が今の自分にはありがたかった。その行動が、いつかの自分と同じだと気づいてはいたけれど。四年前の冬だ。終わらせないといけないとわかっていたのに、決断し切れなくて逃げていた。
会って早々に、変わっていないと折原は言った。そのとおりだ。俺は、あのころからなにも変わっていない。わかっている。だから、会いたくなかったんだ。



