夢の続きの話をしよう(下)【期間限定再録】

「なんでこんなところにいるんだ、おまえ」
 受け持ちの授業が終わって準備室に戻る途中で遭遇した長身に、うんざりとした声が喉を突いた。向こうも向こうで、げっという表情を隠しもしない。
「佐倉」
 呼びかけると、かっこいいけど怖いと遠巻きにされている顔に軽薄な笑みが乗る。いつもの人を小馬鹿にしたそれだ。
 スポーツ特進科は、普通科よりも一時間早く授業が終わる。その分の時間を部活動にあてているからだ。つまり、六時間目が終了したこのタイミングで、制服姿のまま校舎内に居残っている道理はない。
 ――おまけになんで、施錠されているはずの空教室から出てくるんだ、こいつは。
 問い詰めたくなかったので、気づかなかったことにする。これ以上、面倒な事実は知りたくない。
「今日は絶対に顔出せって監督も言ってただろ」
「あー、あれでしょ。あれが来るからだ。あのホモ」
「……」
「全国に進んだからその激励ってわけでもなし、こんな時期に来なくていいのに」
「折原選手」
 違和感のある呼称を、噛んで含めるようにして言い聞かす。
「ここのOBだろうが。おまえの先輩だ、先輩。少しくらい敬意を払え」
「はいはい、先輩は先輩かもね。ここの出身なら」
「今日来てくれたのだって、監督がおまえらのために呼んでくれたからだろ。いい刺激になればって」
「それって、誰の刺激になんの?」
 背ばかり高い子どもに、監督の親心は微塵も伝わっていないらしい。俺はどうでもいいんだけどな。薄情なことを考えながら、窓の外に視線を向ける。部室棟に急ぐ普通科の生徒たちが見えた。
 ――今からなら、間に合うか。
「だから絶対に出ろとか言われても、うるせぇなぁとしか」
「だったら、もっと俺に気がつかれないところにいろよ。見つけたら説教するしかなくなるだろうが」
「はは、すっげぇ面倒くさそう」
 本当に面倒なんだよとの本音を呑み込んで、がりがりと頭を掻く。
 なんだ、佐野。せっかく折原が来るのに部活に顔を出せんのか。仕事があるのでと告げたときの、残念そうな監督の声がよみがえる。
 あの人のなかで、俺と折原は仲のいい先輩後輩でとまっているのだ。
「いいから着替えろ。着替えは? 寮か、部室か」
「あるよ。誰も頼んでないのに、時枝が朝から俺の鞄に練習着つっこんだから」
「おまえ、あいつに面倒かけるのも大概にしとけよ」
 心の底から時枝が気の毒になって、窘める。
「だって、あいつが勝手にしてるだけじゃん」
「おまえなぁ」
 そうやって時枝の親切の上で胡坐かいてると、いざ捨てられたときに泣くぞ。言ってやろうかと思ったが、甘えている自覚がなければ意味がない。
「いや、なんでもない。ほら行くぞ、部室。早く準備しろ」
「げ。ついてくんの? 生徒のこと信用しろよなぁ」
「信用してほしかったら、結果を積み上げてからものを言え」
「監督みてぇ」
 そりゃ、あの人に育ててもらったからな。心のなかで応じて、その背を押す。
 今から急いで準備をすれば、普通科に在籍している部員が合流するタイミングで混ざれるはずだ。段取りは聞いていないが、監督は一軍だけをひいきはしない。部員全員が揃ってから紹介するだろう。
 ――できれば、顔は見たくなかったんだけどな。
 そう思っていることは事実だが、あくまで俺の都合だ。タイミング悪く顔を合わせたとしても今日だけのことだ。俺が無難にやり過ごしさえすれば、終わる話。
 まぁ、あいつも俺の顔なんて見たくないだろうけどな。やる気なく歩く佐倉を急かしながら、溜息を呑み込む。
 俺が会いたくない理由とは、まったく違うものではあるだろうけれど。