「先輩」
熱をはらんだ声には、たまらない抗いがたさがあった。引きずられたいと願うのと同時に、から恐ろしくなるような、そんな感覚。
「先輩」
それ以上を言わせたくなくて、キスを重ねていた。何度も、何度も。
背中越しに見た空に、満天の星が輝いていたことを覚えている。非常階段だった。このままでは駄目だと、何度目かに思ったことも。
折原には、この夜空のような光り輝く未来が待っているだろうに。俺と違って、一心に夢に向かって歩んでいける先があるだろうに。
こんなことで、汚してはならない。そんなことをいつも頭の片隅で考えていた。
「……先輩?」
野生の本能に近い聡さで、折原は異変を察知する。まだ俺自身が言葉にできていないようなことも。
「なんでもない」
今だけだったら、許されるのだろうか。卒業したら、連絡を取らなくなったら。いつか、薄れていくのだろうか。いつか。
そのいつかの未来は、簡単に想像ができた。俺の未来と違って、折原のものは明確に浮かぶ。プロの選手になって、日本を代表する選手になって、世界へ羽ばたいていく。
それだけの未来を、折原は持っていた。
「ねぇ、先輩」
いつのまにか、いろいろな感情が交じるようになった声が呼ぶ。好きだと思い込んでいる調子で。まずいなとわかっていたのに、在学中、最後まで俺は捨てることができなかった。
「俺は」
聞きたくなかった。認めたくはないから。留まりたくはないから。近い将来、手を放してやらないといけないから。義務ばかりが占めていく脳内で、それを代弁する声が出た。
「寝る」
そのことにひどく安堵した。踏みとどまれる。あと一年なら、こうしてやり過ごしていける。高校サッカー選手権の本大会を目前に控えていたころだった。
いつだったか、来年も本戦に進むと当たり前の顔で折原は言っていた。けれど、そこに俺がいる保証はない。いつだってそうだ。最後の試合かもしれないと思いながら、やるべきことをひたすらにこなしていた。周囲の才能に押しつぶされそうになりながら。
それでもこの競技が好きなのだと、半ば己に言い聞かせるようにしながら。
「勝ちましょうね」
またなにかを呑み込んだ顔で、それでいて、含みのないような顔で折原が笑った。
俺は、苦しかったのだと思う。このときですでに。だから、すべてを放り出したのは、もう限界だと悟っていたからだ。
屈折した折原への感情も、サッカーへの憧憬も。そのすべてから逃げ出して、向き直るまでに十年がかかった。
折原の活躍を視界から除外していた期間をもったいなかったと感じる余裕も生まれたけれど、あの空白は必要な時間だったのだと思っている。少なくとも、俺にとって。
熱をはらんだ声には、たまらない抗いがたさがあった。引きずられたいと願うのと同時に、から恐ろしくなるような、そんな感覚。
「先輩」
それ以上を言わせたくなくて、キスを重ねていた。何度も、何度も。
背中越しに見た空に、満天の星が輝いていたことを覚えている。非常階段だった。このままでは駄目だと、何度目かに思ったことも。
折原には、この夜空のような光り輝く未来が待っているだろうに。俺と違って、一心に夢に向かって歩んでいける先があるだろうに。
こんなことで、汚してはならない。そんなことをいつも頭の片隅で考えていた。
「……先輩?」
野生の本能に近い聡さで、折原は異変を察知する。まだ俺自身が言葉にできていないようなことも。
「なんでもない」
今だけだったら、許されるのだろうか。卒業したら、連絡を取らなくなったら。いつか、薄れていくのだろうか。いつか。
そのいつかの未来は、簡単に想像ができた。俺の未来と違って、折原のものは明確に浮かぶ。プロの選手になって、日本を代表する選手になって、世界へ羽ばたいていく。
それだけの未来を、折原は持っていた。
「ねぇ、先輩」
いつのまにか、いろいろな感情が交じるようになった声が呼ぶ。好きだと思い込んでいる調子で。まずいなとわかっていたのに、在学中、最後まで俺は捨てることができなかった。
「俺は」
聞きたくなかった。認めたくはないから。留まりたくはないから。近い将来、手を放してやらないといけないから。義務ばかりが占めていく脳内で、それを代弁する声が出た。
「寝る」
そのことにひどく安堵した。踏みとどまれる。あと一年なら、こうしてやり過ごしていける。高校サッカー選手権の本大会を目前に控えていたころだった。
いつだったか、来年も本戦に進むと当たり前の顔で折原は言っていた。けれど、そこに俺がいる保証はない。いつだってそうだ。最後の試合かもしれないと思いながら、やるべきことをひたすらにこなしていた。周囲の才能に押しつぶされそうになりながら。
それでもこの競技が好きなのだと、半ば己に言い聞かせるようにしながら。
「勝ちましょうね」
またなにかを呑み込んだ顔で、それでいて、含みのないような顔で折原が笑った。
俺は、苦しかったのだと思う。このときですでに。だから、すべてを放り出したのは、もう限界だと悟っていたからだ。
屈折した折原への感情も、サッカーへの憧憬も。そのすべてから逃げ出して、向き直るまでに十年がかかった。
折原の活躍を視界から除外していた期間をもったいなかったと感じる余裕も生まれたけれど、あの空白は必要な時間だったのだと思っている。少なくとも、俺にとって。



