後悔してますかと問われた。途中に覚えたなにかは見透かされていたらしい。
充足感と多幸感と、その下に潜む拭い切れない罪悪感。けれど、折原のせいで抱いたものではない。
好きだと言って、セックスして、そのあとのベッドでする会話じゃないと笑いたかったが、言わせているのが自分だとわかっていた。
「してる」
だからこそ、嘘は吐かなかった。
「でも、こうしてないほうが、もっと後悔してた」
それもきっと事実だ。手を伸ばしたことを悔やんでいるわけではない。
沈黙のあとで、「そうですか」と折原が呟いた。良いのか悪いのかわからないでいると、だったらよかったと吐息に似た声が続く。
どこかぼんやりとした頭で、静かな横顔を窺う。随分と前に、よく見た顔だった。学生だった当時の折原は、ほかに誰かがいると騒々しかったのに、ふたりきりになるとこんな横顔を見せることがあった。余計なことを喋らない、ゆっくりとした時間。
俺は、その時間が嫌いではなかった。普段は無理をしているのだろうか。そう思ってもいたが、まぁ、いいかと最終的には結論づけていた。傲慢に。俺といるときにリラックスできているのなら、それでいいと。
仄暗い独占欲じみた思考に蓋をして、そう決めて。なんの対策も打ってやらなかった。
その場所で、俺がいなくなってからの時間を、折原はどう過ごしてきたのだろう。意識しないようにしていたことを、考えそうになってしまった。
――荒れてた、か。
以前、監督が言っていたことだ。似たようなことは富原からも聞いたことがある。佐倉のような荒れ方とも違ったのだろうが、どんなふうかは想像できなかった。俺にとってその時代は、どこまでも遠いものだった。
その時期に見切ればよかったのに。そうも思うのに、折原がするはずがないとどこかで高を括っている。あいかわらず、俺のなかは矛盾だらけだ。
「先輩」
手の甲の上から手のひらが重なる。あたたかい体温は昔から変わらない。
「俺、一度向こうに戻りますね」
今の生活基盤のあるところに。当たり前のことを告げられて、しばらくしてから「あぁ」と頷いた。
当たり前のことだった。たまたま一ヶ月ほど日本に滞在していただけで、ドイツで日々を過ごしているのだ。その距離に戻るだけなのに、遠いなと思ってしまった。当たり前すぎて言う気にもなれなかったけれど。
それなのに折原が「今までは思わなかったのに、飛行機が長く感じそう」なんて言う。
黙った俺に気を悪くするでもなく、折原は指のかたちをなぞって遊んでいる。深山にいたころもこうやって触れて喜んでいた記憶があるから、触れ合うコミュニケーションが好きなのだろう。
べつに邪魔でもなかったので放っておくと、先輩が優しいと困惑に満ちた声。
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、なにって」
なんでそこで言葉に詰まるんだ。思ったが、俺の今までの言動のせい以外のなにものでもない。小さく吐いた溜息に、慌てたように声が和らぐ。
「じゃあ、お願いしてもいいですか」
いつだったかも聞いた台詞だった。視線を向けると、そっと口づけられる。優しい瞳にふいに苦しくなった。
「もう少し、一緒にいてください」
ささやかすぎるわがままに頷いて、日曜日の夕方まで一緒に過ごした。帰るとなったときに折原から渡されたのは、この家の合鍵だった。
妹からは回収しますと、一拍置いて続いた台詞に笑ってしまった。嫌なわけではないが、本人のいないところで遭遇したくはない。向こうも固まるのが関の山だ。
プライベートな空間にいつ入ってもいいと許されるだけの信頼と好意。
四年前、そこまでのことは考えずに、合鍵を渡した。折原が大事にすると鍵をなぞっていたときの気持ちが、今になって少しわかった。
充足感と多幸感と、その下に潜む拭い切れない罪悪感。けれど、折原のせいで抱いたものではない。
好きだと言って、セックスして、そのあとのベッドでする会話じゃないと笑いたかったが、言わせているのが自分だとわかっていた。
「してる」
だからこそ、嘘は吐かなかった。
「でも、こうしてないほうが、もっと後悔してた」
それもきっと事実だ。手を伸ばしたことを悔やんでいるわけではない。
沈黙のあとで、「そうですか」と折原が呟いた。良いのか悪いのかわからないでいると、だったらよかったと吐息に似た声が続く。
どこかぼんやりとした頭で、静かな横顔を窺う。随分と前に、よく見た顔だった。学生だった当時の折原は、ほかに誰かがいると騒々しかったのに、ふたりきりになるとこんな横顔を見せることがあった。余計なことを喋らない、ゆっくりとした時間。
俺は、その時間が嫌いではなかった。普段は無理をしているのだろうか。そう思ってもいたが、まぁ、いいかと最終的には結論づけていた。傲慢に。俺といるときにリラックスできているのなら、それでいいと。
仄暗い独占欲じみた思考に蓋をして、そう決めて。なんの対策も打ってやらなかった。
その場所で、俺がいなくなってからの時間を、折原はどう過ごしてきたのだろう。意識しないようにしていたことを、考えそうになってしまった。
――荒れてた、か。
以前、監督が言っていたことだ。似たようなことは富原からも聞いたことがある。佐倉のような荒れ方とも違ったのだろうが、どんなふうかは想像できなかった。俺にとってその時代は、どこまでも遠いものだった。
その時期に見切ればよかったのに。そうも思うのに、折原がするはずがないとどこかで高を括っている。あいかわらず、俺のなかは矛盾だらけだ。
「先輩」
手の甲の上から手のひらが重なる。あたたかい体温は昔から変わらない。
「俺、一度向こうに戻りますね」
今の生活基盤のあるところに。当たり前のことを告げられて、しばらくしてから「あぁ」と頷いた。
当たり前のことだった。たまたま一ヶ月ほど日本に滞在していただけで、ドイツで日々を過ごしているのだ。その距離に戻るだけなのに、遠いなと思ってしまった。当たり前すぎて言う気にもなれなかったけれど。
それなのに折原が「今までは思わなかったのに、飛行機が長く感じそう」なんて言う。
黙った俺に気を悪くするでもなく、折原は指のかたちをなぞって遊んでいる。深山にいたころもこうやって触れて喜んでいた記憶があるから、触れ合うコミュニケーションが好きなのだろう。
べつに邪魔でもなかったので放っておくと、先輩が優しいと困惑に満ちた声。
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、なにって」
なんでそこで言葉に詰まるんだ。思ったが、俺の今までの言動のせい以外のなにものでもない。小さく吐いた溜息に、慌てたように声が和らぐ。
「じゃあ、お願いしてもいいですか」
いつだったかも聞いた台詞だった。視線を向けると、そっと口づけられる。優しい瞳にふいに苦しくなった。
「もう少し、一緒にいてください」
ささやかすぎるわがままに頷いて、日曜日の夕方まで一緒に過ごした。帰るとなったときに折原から渡されたのは、この家の合鍵だった。
妹からは回収しますと、一拍置いて続いた台詞に笑ってしまった。嫌なわけではないが、本人のいないところで遭遇したくはない。向こうも固まるのが関の山だ。
プライベートな空間にいつ入ってもいいと許されるだけの信頼と好意。
四年前、そこまでのことは考えずに、合鍵を渡した。折原が大事にすると鍵をなぞっていたときの気持ちが、今になって少しわかった。



