夢の続きの話をしよう(下)【期間限定再録】

「ねぇ、先輩」
 どこか色を含んだ声が、いつもの呼び名に乗る。
 それがあのころの合図だった。
 今になって思うと、場所は選んでいるようで選んでいなかった。
 同室者のいない寮室であったこともあれば、寮の非常階段だったこともある。自分たち以外に誰もいない部室だったこともあった。
 誰に見られてもおかしくなかった場所で秘密を重ねていた。見つからなかったことが、おそらくは幸運だった。知っていたという富原は、見たことがあったのかもしれない。気がつかないふりをしてくれていただけで。
 俺は、その誘いのほとんどを断らなかった。
 折原が望むから。どうせ、今だけだから。それだったら、べつに。
 言い訳を並べて、受け身のまま流されることをよしとしていた。あらためて考えなくとも、ひどい「先輩」だった。すべてを折原の一存に任せていた。
 そのくせに最後、秘密を持つことが許された箱を出るとなったときに、折原の言葉を聞かなかった。それが正しいと信じて、我を通した。
 いつか忘れる。いつか。いつか、思い出になる。そう言い聞かせて。
 けれど、十年経って、なにが変わったのだろう。
「浴びますか、シャワー」
「……」
「そのままでよかったら、俺はそのままでいいんですけど」
 見慣れた表情で笑って、折原が身体を起こした。離れていく体温に安堵するのと同時に、喪失感を覚えて戸惑う。そのどちらとも同じくらい、緊張もしていた。
「明日って仕事なんですか」
「いや、違う、けど」
「なら、泊まっていきます?」
 世間話のような気軽さに、ぎこちなく頷く。頭が回っていないことは自分でもわかっていた。それとも、深く考えないままに流されたいと願っているのだろうか。
 思い当たると、罪悪感が湧いた。
「先輩?」
「……なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないですけど。でも、そうですね」
 すべてわかっている顔で、折原が静かにほほえんだ。
「いいんですよ、先輩がいやなら」
 優しいくせに、突き放すような声だった。
「俺は、先輩が望むとおりでいいんで」
 それは俺がずっと強いていたものだった。手を引かれる楽さに甘え切っていた。
「借りる」
 逡巡の末に選ぶ。自分で自分を追い込まないと、逃げたくなりそうだった。
「どうぞ」
 変わらない顔が笑って頷く。その顔は見たことがあるようで、やはりあまりないものだった。知らないままでいるつもりだった、大人の顔。
「待ってますから」