届かない言葉を空に

髪がなびいている。この髪にもし思いを乗せれるなら、どこまで行けるのだろうか。
そんな髪を追ってみようかな……なんて。
「こんな場所に一人かい?」
後ろから頬を冷たい風が掠めれば、後ろに広がる桜や人並みなんか気にならないほど、その存在に目を奪われた。
「先生……なんでここに」 
「ふらっと屋上に立ち寄ったらたまたま君がいたってだけさ。何をしようとしてるのかな」
先生。普段は無口だが、人気な先生で、誰が見ても目を引かれるくらい整った容姿をしている。
出会ったのは高校一年生の時で、何故か先生からよく話しかけてくる。その度に、とても不思議な話を沢山する。
なんで僕なのか。未だにわからないけど。
「……僕の大切な人、突然自殺しちゃいました。だから僕も一緒に行こうかなって」
「そうか。まあ悪くない。君が決めたことなら止めはしないよ」
肯定した。先生の口調は優しい。この先生にならなんでも話してしまうくらいに、その声に包まれる。
でも今日は、どこか寂しそうでその優しい声の裏腹に何かが見え隠れするような。どんな気がした。
「何か迷っているのかい?」
「……はい。このまま追いかけても、きっと笑ってくれないんじゃないかって」
「死者は笑うのか?」
「はい。きっと笑うと思います」
「優しいな」
先生はそういえばくるりと体の向きを変え、顔を隠した。普段なら見えなきゃ感じ取れないのに、今日はわかりやすく先生が何かを隠そうとする。死に関わるような話は普段からしてきた。だから普段と変わらないと思う。なのに、少しだけ普段と違う雰囲気を感じた。

先生は、何があったの?

「せっかくの機会だ。少しお話をしよう」
「お話ですか?いつもしているじゃないですか」
「君の大切な子のお話さ」
ゆっくりと、先生は少し黙った。僕に対して時間をくれているようには見えなかった。
果たして、先生に話していいのだろうか。自分の気持ちがわからなくなる。
「別に人に話すような話題じゃないですよ」
 口に出てしまっていた。あっ、と先生を見れば、いつの間にかこちらを向いていた。
「先生?」
「いいから」
優しい声に包まれる。先生はきっと何かを心に隠している。でも、僕のために今は隠している。
そう、その顔から確信した。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そういった口からは、次々と言葉があふれ出ていた。正直、自分でもここまで気持ちがこもっていたことに驚きを隠せない。
先生は聞いている最中、少しだけ顔を歪ませた。
「僕には、大切な女の子がいました」
「その子は昔から笑顔で、いつもキラキラしてて、こんな僕と一緒にいてくれる子でした」
「春には花見をして、夏にはお祭りに行って、花火を見て」
「とても楽しい毎日でした」
先生は真剣な眼差しでこちらをじっと見つめている。一言も喋らず、ただ話を聞くためだけに。
「ある日、喧嘩をしてしまって」
「じゃあ一緒になんていなくていい!って突き放してしまったんです」
ぽろぽろと涙が流れていく。
「苦しかった。あの子が死んだ後にわかったんです。あの時どれだけ傷をつけたか。元々僕が知らなかっただけで、いじめられてて。突然の自殺なんかじゃなかった。僕が突き放してしまったんです」
「僕は、人殺しなんです」
沈黙が流れる。先生は黙ってまだこちらを見ていた。
まだ話すことがあるんだろうと、その目には優しさが込められていた。
「何もしてあげられなかった」
「あの子の笑顔が崩れるのが怖くて。大丈夫?とでも言えていたら、変わっていたのかもしれない」
「僕は最低で、生きてる価値なんてないんです」
先生、何か言ってください。そうしないと、壊れてしまいそうだから
ずっと黙って聞いている先生は、きっとまだ話さない。自分はもうこれ以上言葉が詰まって出てこない。
「本当に、生きてる価値はないのかい?」
「なら、ここで死のうよ」
ゆっくりと、先生は口を開いた。死のうって。見逃してくれるなら、死んでいる。
何もわかってないじゃん。先生。
「でも、きっと死ねないんだろう?まだ何か伝えたいことが心の底で見え隠れしてるものがしている気がするよ」
「心の底...」
「君のことを全部知ってるわけじゃない。でも、経験してきたから」
チャイムが鳴る。きっとこの先はまだ話せないんだろう。チャイム終わりだと、そう告げている。
「おっと、もう終わりか。じゃあ、先に戻ってるよ。また、あとでね」
「またなんてないですよ」
「はは、どうかな。じゃあ、お先に」
「先生!」
「どうしたのかな」
「先生の話、聞かせてくださいね」
「……わかってたんだ。またがあったらね」
扉が閉まる。その見送った後ろ姿は大きいはずなのに、どこか小さく見えてしまった。
心の底にある吐き出したい気持ち。今なら吐き出せるのだろうか。
「伝えたいことなんて、たくさんあるのに」
「君は、どこまでも先に行く」
「孤独な僕を見つけてくれて、そこから毎日が本当に楽しくて、この気持ちが言葉にできないくらい幸せでした」
すらつらと、言葉がこぼれ落ちていく。まだ、生きたい。生きないといけないんだとそう思った。
ふと、口が止まる。その言葉は口から出そうとしても出なかった。
なら、この言葉は、次に会った時に取っておこう。だから
「透花。大好きだよ」
「また、会いに来るね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こんにちは」
「またがあったね。」
「先生のおかげですよ」
「俺は何もしてないさ。君が選んだだけ」
「はは。そういうことにしておきます」
「で、今度は何を話に来たのかな、透夜君」
「そうですね。まあ人に話す話題じゃないかもしれませんけど」

先生の話を聞くために。そして透花のために。
また悩んでいるかもしれない。でも、先生がいる。

「お言葉に甘えて」

今度は言葉が出る。きっと、未来ために。幸せのために。

「人生相談があります」
「聞いてくれますか?先生」