部室の前にたどり着いた時、中から声が聞こえてきた。
札を読み上げる声と、バシッ、と札を払う鋭い音。それが廊下にまで響いてくる。
中間テストが終わって、いよいよ競技かるたの地区大会に向けての練習が、本格的に始まったのだろう。
今までだったら、その音を聞いても「すごいなぁ」と他人事みたいに思うだけだった。
でも、いまは違う。テスト期間が終わった今、オレはいよいよ、競技かるたの練習に本格的に移ることになるのだから。
「お、お疲れ様です」
普段よりちょっとだけ緊張しながら教室に入る。すると、真っ先にオレに気づいてくれたのは桧山先輩だった。
「あ、間宮。お疲れ」
先輩は右手を軽く上げて、それからオレの顔を見て首をかしげた。
「どうした、そんなに緊張して」
「あ、あの、その……那須くん、もうこっちに来てますか?」
「那須はまだ来てないよ。確か委員会の仕事が終わってから来るって言ってたな」
あ、委員会。そうか、那須くんって委員会もやってるのか。
そう思った瞬間、ふと気づいた。オレ、那須くんのことあんまり知らないな、と。
オレはこの高校に入ってすぐ、このかるた部に入った。でも那須くんは確か、去年の今ぐらいの時期に、遅れて入部してきたんだったか。確か、桧山先輩が勧誘してきたらしい。
競技かるたの経験者だった那須くんは、一年の途中から入部したにもかかわらず、あっという間に団体戦のメンバーに選ばれた。入りたての一年がいきなり団体戦に出ることに、当時は若干の反発もあったらしい。
でも、那須くんの実力が圧倒的だったから、すぐに誰も文句を言わなくなった。
那須くんはそういう人だ。部活の中では圧倒的で、そしてどこか近寄りがたい。
主将の桧山先輩は気さくで、下級生のオレでも話しかけやすい。なのに那須くんは、同じ学年なのに、なんだか話しかけづらいオーラがあった。
でも。最近はそれをあんまり感じなくなった。
勉強会で一緒に過ごす時間が増えたせいだろう。いまのオレは知っている。あの威圧的な態度の裏で、那須くんがとにかく、めちゃくちゃ面倒見がいいってことを。
そもそも、いくらオレを団体戦に出させるためとはいえ、ほぼ毎日、人の勉強に付き合うなんて。よっぽどの世話好きじゃなきゃできない芸当だと思う。
まあ、本人にそう言ったら、絶対に否定されそうだけど。
そんなことを考えていたら、隣にいた桧山先輩が再びオレに話しかけてきた。
「ああ、そっか。今日は中間テストの結果が出る日だったな」
先輩はそう言って、にこっとオレを見た。
「その結果を、那須に伝えたかったんだろう?」
「あ、は、はい。そうです」
「そうか。その顔を見るに結果は悪くなさそうだけど……先に結果、聞いてもいい?」
桧山先輩の何気ない質問に、オレははたと考え込む。
そうだよな。オレのテスト結果次第で、団体戦のメンバー入りが決まるんだから、先輩には聞く権利がある。
でも──なぜか、それがちょっとためらわれた。
できるなら、この結果は……まず、那須くんに、真っ先に聞いてほしい。褒めてもらうのも、できれば那須くんが一番はじめがいい。
「あ……う……」
返事に詰まって口から変な声が漏れてしまった、そのときだった。
「おい間宮。入り口に立つな、邪魔だぞ」
「ひえっ!?」
背後にぬっと那須くんが現れていて、オレは思わず飛び上がってしまった。
「な、なんだよ。幽霊でも見たみたいな悲鳴あげやがって」
那須くんはそう言って、呆れたように肩をすくめる。それから、何かを思い出したように「あ、そうだ」と続けた。
「今日は中間テストの結果が発表されただろう。ほら、とっとと答案を出せ」
那須くんは部室に入るなり、オレの鞄をひったくって、今すぐ答案を出せと催促してきた。
「は、はい。これ」
「どれどれ……」
那須くんが答案を受け取り、一枚一枚確認していく。その横顔を、オレはどきどきしながら見つめた。
「社会はオーケー。数学は……おお、ギリギリだな。国語は、へぇ、そこそこいい点じゃん。次は……」
めくる手が、最後の一枚まで進む。
そして全部を確認し終えたあと──那須くんが、オレを見て、くしゃくしゃっ、と頭を撫でてきた。
「頑張ったじゃん! よくやったな」
その瞬間、オレはなぜか胸がいっぱいになった。
那須くんに認めて貰った。その事実がすごく誇らしくて、無性に嬉しくなってきた。こんなオレでも価値があるものみたいに思えてきて、なんだか胸がポカポカしてくる。
「……ふへっ、ふへへへっ」
その様子を見ていた桧山先輩が、しみじみと呟いた。
「お前たち、本当に仲がよくなったよなぁ」
「こいつ、単純だから褒めれば褒めただけ調子に乗ってくれるんで。やりやすいんですよ」
「そ、そんな言い方しないでよぉ」
「だって本当のことだろ」
「それは、そうだけど……」
桧山先輩が堪えきれずに笑い出した。
「はいはい、君たちが仲いいのはよくわかったよ。それより間宮、テスト頑張ったね」
そこで、ふいに先輩の声が真剣なものに変わった。
「さて。これで君は、胸を張って競技かるたの大会に出られるようになったわけだ」
そう言って、先輩はオレの肩に軽く手を添える。
「改めて聞くけど──覚悟はいいね?」
「は、はいっ」
「いい返事だ」
桧山先輩はそう言って、満足そうにうなずいた。
「じゃあ、君には今日から早速、競技かるたの練習に入ってもらう。教えるのは……」
「まあ、当然、俺だよな」
言いかけた先輩の言葉を引き取って、那須くんがオレのほうをじっと見つめてくる。
「嫌とは言わせないぞ」
「は、はい。よろしくお願いします」
オレは反射的に返事していたが、実際のところ、本当に嫌という気持ちは全然なかった。
なんならまた那須くんに教えてもらえることに嬉しさまで感じていて、そんな自分がちょっとだけおかしく感じた。
札を読み上げる声と、バシッ、と札を払う鋭い音。それが廊下にまで響いてくる。
中間テストが終わって、いよいよ競技かるたの地区大会に向けての練習が、本格的に始まったのだろう。
今までだったら、その音を聞いても「すごいなぁ」と他人事みたいに思うだけだった。
でも、いまは違う。テスト期間が終わった今、オレはいよいよ、競技かるたの練習に本格的に移ることになるのだから。
「お、お疲れ様です」
普段よりちょっとだけ緊張しながら教室に入る。すると、真っ先にオレに気づいてくれたのは桧山先輩だった。
「あ、間宮。お疲れ」
先輩は右手を軽く上げて、それからオレの顔を見て首をかしげた。
「どうした、そんなに緊張して」
「あ、あの、その……那須くん、もうこっちに来てますか?」
「那須はまだ来てないよ。確か委員会の仕事が終わってから来るって言ってたな」
あ、委員会。そうか、那須くんって委員会もやってるのか。
そう思った瞬間、ふと気づいた。オレ、那須くんのことあんまり知らないな、と。
オレはこの高校に入ってすぐ、このかるた部に入った。でも那須くんは確か、去年の今ぐらいの時期に、遅れて入部してきたんだったか。確か、桧山先輩が勧誘してきたらしい。
競技かるたの経験者だった那須くんは、一年の途中から入部したにもかかわらず、あっという間に団体戦のメンバーに選ばれた。入りたての一年がいきなり団体戦に出ることに、当時は若干の反発もあったらしい。
でも、那須くんの実力が圧倒的だったから、すぐに誰も文句を言わなくなった。
那須くんはそういう人だ。部活の中では圧倒的で、そしてどこか近寄りがたい。
主将の桧山先輩は気さくで、下級生のオレでも話しかけやすい。なのに那須くんは、同じ学年なのに、なんだか話しかけづらいオーラがあった。
でも。最近はそれをあんまり感じなくなった。
勉強会で一緒に過ごす時間が増えたせいだろう。いまのオレは知っている。あの威圧的な態度の裏で、那須くんがとにかく、めちゃくちゃ面倒見がいいってことを。
そもそも、いくらオレを団体戦に出させるためとはいえ、ほぼ毎日、人の勉強に付き合うなんて。よっぽどの世話好きじゃなきゃできない芸当だと思う。
まあ、本人にそう言ったら、絶対に否定されそうだけど。
そんなことを考えていたら、隣にいた桧山先輩が再びオレに話しかけてきた。
「ああ、そっか。今日は中間テストの結果が出る日だったな」
先輩はそう言って、にこっとオレを見た。
「その結果を、那須に伝えたかったんだろう?」
「あ、は、はい。そうです」
「そうか。その顔を見るに結果は悪くなさそうだけど……先に結果、聞いてもいい?」
桧山先輩の何気ない質問に、オレははたと考え込む。
そうだよな。オレのテスト結果次第で、団体戦のメンバー入りが決まるんだから、先輩には聞く権利がある。
でも──なぜか、それがちょっとためらわれた。
できるなら、この結果は……まず、那須くんに、真っ先に聞いてほしい。褒めてもらうのも、できれば那須くんが一番はじめがいい。
「あ……う……」
返事に詰まって口から変な声が漏れてしまった、そのときだった。
「おい間宮。入り口に立つな、邪魔だぞ」
「ひえっ!?」
背後にぬっと那須くんが現れていて、オレは思わず飛び上がってしまった。
「な、なんだよ。幽霊でも見たみたいな悲鳴あげやがって」
那須くんはそう言って、呆れたように肩をすくめる。それから、何かを思い出したように「あ、そうだ」と続けた。
「今日は中間テストの結果が発表されただろう。ほら、とっとと答案を出せ」
那須くんは部室に入るなり、オレの鞄をひったくって、今すぐ答案を出せと催促してきた。
「は、はい。これ」
「どれどれ……」
那須くんが答案を受け取り、一枚一枚確認していく。その横顔を、オレはどきどきしながら見つめた。
「社会はオーケー。数学は……おお、ギリギリだな。国語は、へぇ、そこそこいい点じゃん。次は……」
めくる手が、最後の一枚まで進む。
そして全部を確認し終えたあと──那須くんが、オレを見て、くしゃくしゃっ、と頭を撫でてきた。
「頑張ったじゃん! よくやったな」
その瞬間、オレはなぜか胸がいっぱいになった。
那須くんに認めて貰った。その事実がすごく誇らしくて、無性に嬉しくなってきた。こんなオレでも価値があるものみたいに思えてきて、なんだか胸がポカポカしてくる。
「……ふへっ、ふへへへっ」
その様子を見ていた桧山先輩が、しみじみと呟いた。
「お前たち、本当に仲がよくなったよなぁ」
「こいつ、単純だから褒めれば褒めただけ調子に乗ってくれるんで。やりやすいんですよ」
「そ、そんな言い方しないでよぉ」
「だって本当のことだろ」
「それは、そうだけど……」
桧山先輩が堪えきれずに笑い出した。
「はいはい、君たちが仲いいのはよくわかったよ。それより間宮、テスト頑張ったね」
そこで、ふいに先輩の声が真剣なものに変わった。
「さて。これで君は、胸を張って競技かるたの大会に出られるようになったわけだ」
そう言って、先輩はオレの肩に軽く手を添える。
「改めて聞くけど──覚悟はいいね?」
「は、はいっ」
「いい返事だ」
桧山先輩はそう言って、満足そうにうなずいた。
「じゃあ、君には今日から早速、競技かるたの練習に入ってもらう。教えるのは……」
「まあ、当然、俺だよな」
言いかけた先輩の言葉を引き取って、那須くんがオレのほうをじっと見つめてくる。
「嫌とは言わせないぞ」
「は、はい。よろしくお願いします」
オレは反射的に返事していたが、実際のところ、本当に嫌という気持ちは全然なかった。
なんならまた那須くんに教えてもらえることに嬉しさまで感じていて、そんな自分がちょっとだけおかしく感じた。

