昼休みの教室は、いつもならあちこちから笑い声やら推しの話やらが飛び交ってにぎやかなのだけど、この時期ばかりは少し空気が違う。いつも通りおしゃべりしているグループに混じって、机をくっつけ合ってノートを見せ合っている真面目な人たちの姿がちらほら。
もうテスト三日前か。
オレは筆箱の中に突っ込んでいた単語カードに手を伸ばしかけて、そこでぴたりと手が止まってしまった。
頭ではちゃんとわかっている。こういう隙間時間にこそ勉強しなきゃいけないって。けど、ご飯を食べた後のこの時間はどうしても眠い。
いや、いっそ潔く寝たほうが頭がすっきりするのではなかろうか?
そんな言い訳を脳内でこねくり回していたときだった。
「まみやん、また隣のクラスの奴から呼び出し」
声の主は仲のいいクラスメイトだ。教室の入り口を見ると、廊下に那須くんが立っていた。腕を組んで、じっとこっちを見ている。
ひっ! まさか休み時間にちゃんと勉強してるかどうか、監視しに来たのか……!?
オレは慌てて、さっき筆箱に戻したばかりの単語カードをもう一度引っ張り出そうとした。やってますアピールだ。いや、やってなかったけど。
すると、呼びに来てくれたクラスメイトが、ふいにこんな質問をしてきた。
「お前、あいつ──那須と仲いいの?」
「うん、那須くんとは同じ部活だから」
そう答えると、クラスメイトはなぜか眉をひそめた。そして、オレのほうにぐっと顔を寄せて、耳打ちしてくる。
「あんまりあいつと関わらないほうがいいと思うぜ。だってあいつん家、噂では──」
「おい間宮! 呼び出したのに、なんで早く来ないんだ!」
「ひえっ!?」
クラスメイトが何か言い終わるより先に、那須くんがいつの間にか背後に立っていた。いつの間に。さっきまで廊下にいたよね?
クラスメイトのほうも那須くんの登場に驚いたみたいで、何か言いかけたまま、さっとオレたちのあいだから離れていってしまった。
えっと、結局なんの話だったんだ?
気にはなったけど、目の前の那須くんのほうがそれどころじゃない。
「な、那須くん、何の用……?」
「用ってか、今日の放課後の相談に来たんだ。今日からテスト週間で部活が停止になるからな。部室が使えないから、どこで勉強するか相談しに来た」
「あ、そうか。今日から部室使えないのか」
すっかり忘れてた。テスト週間に入ると部活動停止になるのは毎年のことなのに、なんで毎回忘れるんだろう、オレ。
「で、勉強会だけど、どこでやるのがいい」
「うっ……場所がないなら、もう中止にしたり、は……」
「残念だが、お前はまだいくつか暗記が怪しい科目があるからな。中止はなしだ」
ですよね。
「場所は、駅前のファミレスでいいか?」
「ううっ……わかりました」
しぶしぶ承諾したものの、改めて考えると、ファミレスで勉強会なんて初めてだ。部室とは違う場所でふたりで勉強するって、なんか……うん、ちょっとだけわくわくする。
そんなことを考えていたら、不意に頭の上にぽん、と手が置かれた。
「まあ、勉強会始めた頃と比べれば、お前、だいぶマシになってるよ。あと三日、頑張れよ」
「フヒッ!」
唐突に褒められて、教室の真ん中で変な声が出た。周りの視線がちらっとこっちに集まる。さすがにちょっと恥ずかしい。
「お前、ほんと褒めるたびに面白い反応するよな。見てて飽きない」
「それ、褒めてる……?」
「そうだな、褒めてるよ」
那須くんはそう言って、ふっと笑った。
うわ、那須くんが笑った。珍しい。
黒縁眼鏡の奥のつり目がやわらいで、いつものきつい印象がちょっとだけ柔らかくなる。なんだろう、この感じ。妙にこそばゆい。
「ところで」
しかし次の瞬間、那須くんの声色が変わった。
彼は急に、ずいとオレのほうに距離を詰めてきた。さっきまでの雰囲気とまるで違って、なんだか妙に緊張する。
「──さっきお前に耳打ちしてた奴。なんか俺のこと、話したりしてたか?」
その声には、さっきまでの軽さがなかった。さすがのオレでも、その声色から那須くんが何かを探っているのだということぐらいはわかる。
確かに、さっきクラスメイトに那須くんのことを言われた。ええと……なんだっけ。
「その……那須くんとは、あんまり関わらないほうがいい、みたいなこと、言われた」
「へぇ」
那須くんの眼鏡の奥の瞳が、すっと細くなった気がした。その目がちょっと怖くて、オレはびくっと肩を竦めてしまう。
や、やばい。正直に言いすぎたかな……?
でも、那須くんはすぐにオレから身体を離すと、彼らしくない苦笑を浮かべて言った。
「変なこと聞いたな。……話してくれて、サンキュな」
それだけ言って、那須くんは教室を出て行ってしまった。
その背中を見送りながら、さっきの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
関わるな、って、どういう意味だったんだろう。那須くんはなんとなくその理由を察してたみたいだったけど。
ちらりと教室を見回すと、もうさっきのクラスメイトの姿はなかった。
とはいえ、あのクラスメイトにまた尋ねるのも何か違う気がする。たぶん、これは那須くん本人から聞いたほうがいいだろう。
けれど、肝心の那須くんはもういない。だからオレは結局、なんだかモヤモヤした気持ちを残したまま残りの休み時間を過ごすハメになってしまった。
もうテスト三日前か。
オレは筆箱の中に突っ込んでいた単語カードに手を伸ばしかけて、そこでぴたりと手が止まってしまった。
頭ではちゃんとわかっている。こういう隙間時間にこそ勉強しなきゃいけないって。けど、ご飯を食べた後のこの時間はどうしても眠い。
いや、いっそ潔く寝たほうが頭がすっきりするのではなかろうか?
そんな言い訳を脳内でこねくり回していたときだった。
「まみやん、また隣のクラスの奴から呼び出し」
声の主は仲のいいクラスメイトだ。教室の入り口を見ると、廊下に那須くんが立っていた。腕を組んで、じっとこっちを見ている。
ひっ! まさか休み時間にちゃんと勉強してるかどうか、監視しに来たのか……!?
オレは慌てて、さっき筆箱に戻したばかりの単語カードをもう一度引っ張り出そうとした。やってますアピールだ。いや、やってなかったけど。
すると、呼びに来てくれたクラスメイトが、ふいにこんな質問をしてきた。
「お前、あいつ──那須と仲いいの?」
「うん、那須くんとは同じ部活だから」
そう答えると、クラスメイトはなぜか眉をひそめた。そして、オレのほうにぐっと顔を寄せて、耳打ちしてくる。
「あんまりあいつと関わらないほうがいいと思うぜ。だってあいつん家、噂では──」
「おい間宮! 呼び出したのに、なんで早く来ないんだ!」
「ひえっ!?」
クラスメイトが何か言い終わるより先に、那須くんがいつの間にか背後に立っていた。いつの間に。さっきまで廊下にいたよね?
クラスメイトのほうも那須くんの登場に驚いたみたいで、何か言いかけたまま、さっとオレたちのあいだから離れていってしまった。
えっと、結局なんの話だったんだ?
気にはなったけど、目の前の那須くんのほうがそれどころじゃない。
「な、那須くん、何の用……?」
「用ってか、今日の放課後の相談に来たんだ。今日からテスト週間で部活が停止になるからな。部室が使えないから、どこで勉強するか相談しに来た」
「あ、そうか。今日から部室使えないのか」
すっかり忘れてた。テスト週間に入ると部活動停止になるのは毎年のことなのに、なんで毎回忘れるんだろう、オレ。
「で、勉強会だけど、どこでやるのがいい」
「うっ……場所がないなら、もう中止にしたり、は……」
「残念だが、お前はまだいくつか暗記が怪しい科目があるからな。中止はなしだ」
ですよね。
「場所は、駅前のファミレスでいいか?」
「ううっ……わかりました」
しぶしぶ承諾したものの、改めて考えると、ファミレスで勉強会なんて初めてだ。部室とは違う場所でふたりで勉強するって、なんか……うん、ちょっとだけわくわくする。
そんなことを考えていたら、不意に頭の上にぽん、と手が置かれた。
「まあ、勉強会始めた頃と比べれば、お前、だいぶマシになってるよ。あと三日、頑張れよ」
「フヒッ!」
唐突に褒められて、教室の真ん中で変な声が出た。周りの視線がちらっとこっちに集まる。さすがにちょっと恥ずかしい。
「お前、ほんと褒めるたびに面白い反応するよな。見てて飽きない」
「それ、褒めてる……?」
「そうだな、褒めてるよ」
那須くんはそう言って、ふっと笑った。
うわ、那須くんが笑った。珍しい。
黒縁眼鏡の奥のつり目がやわらいで、いつものきつい印象がちょっとだけ柔らかくなる。なんだろう、この感じ。妙にこそばゆい。
「ところで」
しかし次の瞬間、那須くんの声色が変わった。
彼は急に、ずいとオレのほうに距離を詰めてきた。さっきまでの雰囲気とまるで違って、なんだか妙に緊張する。
「──さっきお前に耳打ちしてた奴。なんか俺のこと、話したりしてたか?」
その声には、さっきまでの軽さがなかった。さすがのオレでも、その声色から那須くんが何かを探っているのだということぐらいはわかる。
確かに、さっきクラスメイトに那須くんのことを言われた。ええと……なんだっけ。
「その……那須くんとは、あんまり関わらないほうがいい、みたいなこと、言われた」
「へぇ」
那須くんの眼鏡の奥の瞳が、すっと細くなった気がした。その目がちょっと怖くて、オレはびくっと肩を竦めてしまう。
や、やばい。正直に言いすぎたかな……?
でも、那須くんはすぐにオレから身体を離すと、彼らしくない苦笑を浮かべて言った。
「変なこと聞いたな。……話してくれて、サンキュな」
それだけ言って、那須くんは教室を出て行ってしまった。
その背中を見送りながら、さっきの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
関わるな、って、どういう意味だったんだろう。那須くんはなんとなくその理由を察してたみたいだったけど。
ちらりと教室を見回すと、もうさっきのクラスメイトの姿はなかった。
とはいえ、あのクラスメイトにまた尋ねるのも何か違う気がする。たぶん、これは那須くん本人から聞いたほうがいいだろう。
けれど、肝心の那須くんはもういない。だからオレは結局、なんだかモヤモヤした気持ちを残したまま残りの休み時間を過ごすハメになってしまった。

