君への恋は しのぶれど

 先日から降り続く雨は、今日になっても止む気配を見せなかった。

 授業中、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。雨に濡れた校庭の木々が、細いしずくをまとって揺れている。

 気づけば、チャイムが鳴っていた。ホームルームが終わり、クラスメイトたちが椅子を引く音を立てながら、次々と教室を出ていく。

 ああ。今日も、授業が終わってしまった。

 オレはのろのろと鞄を取り出し、帰り支度を始めた。



 那須くんへの気持ちを自覚してから、オレはずっと部活に行けていない。

 ダメだとわかっている。でも、部室に向かう勇気がどうしても持てなかった。

 いつも通りの感じで、何も聞かなかったふりをして、やり過ごすべきだ。けれど、たぶんそれは上手くいかない。那須くんを見たら、不器用なオレはきっと気持ちを隠し通すことができないだろう。

 鞄に教科書を詰めながら、ふと思う。こんな歌が百人一首にあったな、と。

 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は

 誰にも知られないよう心の中だけで思い始めていたのに、いつの間にか恋心が顔に出て、噂になってしまった──そんな歌だ。

 きっとオレは、那須くんを前にしたら隠し通せない。顔に出る。声に出る。この気持ちは、たぶんすぐ、ばれてしまう。

 そんなことをぼんやり考え事をしていたら、あっという間に玄関にたどり着いていた。今日もこのまま帰ろう。そう思って靴箱に手を伸ばしたときだった。

「おい、間宮!」
「ひえっ!」

 振り返ると、玄関の入り口にいつになく険しい顔をした那須くんが立っていた。肩が上下している。もしかして、ここまで走ってきたのだろうか。

 那須くんは大股でオレに近づくと、腕をがっと強い力で掴んだ。

「ちょっとこっちへ来い」
「えっ、ちょ、那須く──」

 有無を言わせない力で、廊下に引っ張っていかれる。ほどなくして連れてこられたのは、一階の階段の真下だった。階段裏はちょっとした物置のようになっていて、人通りはほとんどない。オレはそこに押し込まれるようにして、背中を壁につけさせられた。

「お前、どうして部活に来なくなったんだ」

 逃げられないよう両腕で壁に押さえつけられながら、那須くんがオレを見下ろしてくる。

「そ、それは……」

 視線を逸らす。うまく言葉が出てこない。

 すると那須くんは、後悔が滲んだような声で呟いた。

「まさか、お前……やっぱり、地区大会で負けたこと引きずってるのか」

 その問いかけに、どう答えていいか迷った。でも結局、オレは素直にうなずくことしかできなかった。

「……うん。だって、オレのせいで二回戦に負けたのは本当だから」

 那須くんが小さく「くそっ」と呟いた。

「バカ。桧山先輩も言ってたと思うけど、お前はよく頑張ったよ。一回戦に勝てただけでもよくやったほうだ」
「でも……」

 言葉が喉に詰まる。でも言わなきゃいけない。聞いてしまったのだから。

「でも、那須くん言ってたじゃないか……オレを団体戦に引き入れたせいで──って」

 那須くんの目が、一瞬大きくなった。

「何の話だ? ……って、ああ。もしかして、先輩と話してた会話、聞いてたのか」

 こくん、とうなずく。

 那須くんは頭を押さえて、深いため息をついた。

「あのなぁ。あれは続きがあるんだ」
「続き……?」
「お前を強引に引き入れたせいで、お前にも辛い思いをさせてしまった、って。そう言おうとしたんだ」
「え……それって、どういう……?」
「本当なら、お前は来年の団体戦に向けてしっかり育成してから出すつもりだったんだ。でも、俺がどうしても早くお前を実戦に出したくて、無理やり今年の団体戦に組み込んだ」

 那須くんの手が、壁を押さえていた力をわずかに緩めた。

「ほんとはもっとボロ負けでもおかしくなかったのに、お前はかなり健闘していた。そのせいで負けたことにすごく罪悪感を抱いてる感じだったから──俺はそのことに、後悔してたんだよ」

 つまり、那須くんが怒っていたのは、オレが部活に来なくなったことに対してじゃなかったのか。

「え、じゃあ那須くん……オレを引き入れたことを後悔してたんじゃないってこと……?」

 那須くんは、またため息をついた。でも今度のは、呆れと安堵が混じったような息だった。

「お前のことだからそういう誤解してそうだなとは思ったけど、違うに決まってるだろ」

 オレを見下ろす目が、まっすぐだった。

「というか、俺はお前とかるたがしたいって言ったろ。たかが一回負けたくらいで諦めるなよ」

 お前とかるたがしたい。

 那須くんが、まだそう言ってくれている。

 あの夜と同じ言葉を、もう一度、オレに向けてくれている。あの言葉は、まだこぼれ落ちてなんかいなかったんだ。

 嬉しかった。嬉しくて、胸がいっぱいになった。まだ那須くんの隣にいていいんだ。まだ一緒にかるたができるんだ。その気持ちが溢れて、止まらなくなって。

 気づいたときには、口が無意識に動いていた。

「オレ、那須くんのこと──好きだ」