◇
梅雨入りを迎えた校舎の外は、しとしとと雨が降り続けていた。窓から差し込む光が弱くて、廊下全体が薄暗い。
部室、ちょっと行きづらいなぁ。
そんなことを思いながら、オレは普段よりずっと重い足取りで廊下を歩いていた。
オレは先日にあった競技かるたの地区大会のことを、まだ引きずっていた。
結果は、二回戦敗退。
初戦の相手は、あまり大会に慣れていない学校だったようで、お手つきが多かった。加えて自陣の札にオレの知っている句が多かったこともあり、なんとか勝つことができた。
でも二回戦は、地元の強豪校に当たった。
桧山先輩と那須くんは、さすがだった。二人とも自分の試合をしっかり勝ち切っていた。
対して、オレの試合は序盤から終始相手のペースで進んで、焦ってミスを連発してしまった。お手つきで相手に札を送ってしまったり、取れるはずの札を迷って見送ったり。かなりの差をつけられて、オレは負けた。
チームの戦績は二勝三敗。団体戦は五人制で、三人勝てば勝ちだ。
つまり、オレが負けたせいで、チームは次に進めなかった。
二人とも大会の後にすぐ「気にしなくていい」と言ってくれた。桧山先輩は笑って肩を叩いてくれたし、那須くんも「初出場で一勝できただけでも上出来だ」と言ってくれた。
でも、やっぱり気にしてしまう。オレさえ勝っていれば、次の試合に進めたのに。
そうこうしているうちに、部室の前までたどり着いた。
オレが扉に手をかけたとき、中から声が聞こえてくるのに気づいた。
「すいません、先輩。最後の機会だったのに……全国大会を、逃しちゃって」
那須くんの、謝るような声。
それが聞こえてきて、オレは思わず、扉を開けようとした手を止めてしまった。盗み聞きはいけないと思いつつ、足がその場から動かなくなる。
「仕方ないよ。うちの部はまだ弱小部だったんだから。みんなと一緒に公式戦に出られただけでも満足だよ」
桧山先輩は相変わらず、やさしい口調だった。
でも、続く那須くんの声を聞いて、オレは息が止まった。
「でも、俺があいつ──間宮を団体戦のメンバーに無理やり引き入れたりしたせいで……」
間宮を引き入れたせいで。
その言葉を聞いた瞬間、扉にかけた手が震えたのがわかった。呼吸が浅くなっていく。耳の奥で自分の心臓の音がドクドクと鳴り響いて、その後に桧山先輩が何を言ったのかは聞こえなかった。
そうだ。
オレのせいで負けたのだ。
わかっていた。でもそれを那須くんの口から聞いてしまった。那須くん自身が、オレを引き入れたことを後悔していた。
気づいたときには、走っていた。
廊下を駆ける。薄暗い廊下を、前も見ずに走る。角を曲がって階段を駆け下りて、走って走って──気がついたら、玄関の靴箱の前に立っていた。
上履きを脱いで靴に履き替え、外を見上げる。雨は相変わらず、しとしとと降り続けていた。灰色の空から落ちてくる細かい雨粒が、玄関先のコンクリートを濡らしている。
……あ。今日は折りたたみ傘を持ってきたけど、教室に置いてきちゃった。
取りに行こうか。そう考えて、廊下を振り返る。
でも──あの廊下に戻るのが、どうしてだか、すごく怖かった。
オレは振り返った首を戻して、雨の中に踏み出していた。途端に、冷たい雨が全身を濡らしていく。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。悲しくて、情けなくて、感情がまとまらない。
せっかく那須くんが、オレのことをあんなに「いいもの」みたいに言ってくれたのに。お前と競技かるたがやりたかったんだって。
なのに結局、オレはだめだった。那須くんが褒めてくれた言葉が、オレの両手から、ぜんぶ、ぽろぽろとこぼれ落ちていくみたいだ。
期待に応えたかった。那須くんが褒めてくれた通りの自分でいたかった。
オレは那須くんの隣に立ちたかったのだ。那須くんがオレを認めてくれたみたいに、オレだって那須くんの支えになりたかった。
そこまで考えて──唐突に、気づいた。
ああ、そうか。
オレは、那須くんにもっと好きになってもらいたかったんだ。
友達として、じゃない。友達よりもっともっと、好きになってほしかった。オレの隣でいてほしかった。
自覚した途端、自分でもその感情の重さに驚いた。
そうか。──オレ、那須くんのことが、好きなんだ。
でも、ちょっと、笑えてしまう。自覚したのはいいけど、好き、なんて。こんな感情、今さらだ。
雨はやむ気配がなかった。制服はもうどこもかしこもびしょ濡れで、前髪から雫がぽたぽた垂れている。
オレは持っていた鞄を頭の上にのせた。傘代わりにはまるでならないけど、何かで顔を隠したかった。泣いてるのか雨なのか、自分でもわからなくなっていたから。
そして、未練を断ち切るように走り出した。
梅雨入りを迎えた校舎の外は、しとしとと雨が降り続けていた。窓から差し込む光が弱くて、廊下全体が薄暗い。
部室、ちょっと行きづらいなぁ。
そんなことを思いながら、オレは普段よりずっと重い足取りで廊下を歩いていた。
オレは先日にあった競技かるたの地区大会のことを、まだ引きずっていた。
結果は、二回戦敗退。
初戦の相手は、あまり大会に慣れていない学校だったようで、お手つきが多かった。加えて自陣の札にオレの知っている句が多かったこともあり、なんとか勝つことができた。
でも二回戦は、地元の強豪校に当たった。
桧山先輩と那須くんは、さすがだった。二人とも自分の試合をしっかり勝ち切っていた。
対して、オレの試合は序盤から終始相手のペースで進んで、焦ってミスを連発してしまった。お手つきで相手に札を送ってしまったり、取れるはずの札を迷って見送ったり。かなりの差をつけられて、オレは負けた。
チームの戦績は二勝三敗。団体戦は五人制で、三人勝てば勝ちだ。
つまり、オレが負けたせいで、チームは次に進めなかった。
二人とも大会の後にすぐ「気にしなくていい」と言ってくれた。桧山先輩は笑って肩を叩いてくれたし、那須くんも「初出場で一勝できただけでも上出来だ」と言ってくれた。
でも、やっぱり気にしてしまう。オレさえ勝っていれば、次の試合に進めたのに。
そうこうしているうちに、部室の前までたどり着いた。
オレが扉に手をかけたとき、中から声が聞こえてくるのに気づいた。
「すいません、先輩。最後の機会だったのに……全国大会を、逃しちゃって」
那須くんの、謝るような声。
それが聞こえてきて、オレは思わず、扉を開けようとした手を止めてしまった。盗み聞きはいけないと思いつつ、足がその場から動かなくなる。
「仕方ないよ。うちの部はまだ弱小部だったんだから。みんなと一緒に公式戦に出られただけでも満足だよ」
桧山先輩は相変わらず、やさしい口調だった。
でも、続く那須くんの声を聞いて、オレは息が止まった。
「でも、俺があいつ──間宮を団体戦のメンバーに無理やり引き入れたりしたせいで……」
間宮を引き入れたせいで。
その言葉を聞いた瞬間、扉にかけた手が震えたのがわかった。呼吸が浅くなっていく。耳の奥で自分の心臓の音がドクドクと鳴り響いて、その後に桧山先輩が何を言ったのかは聞こえなかった。
そうだ。
オレのせいで負けたのだ。
わかっていた。でもそれを那須くんの口から聞いてしまった。那須くん自身が、オレを引き入れたことを後悔していた。
気づいたときには、走っていた。
廊下を駆ける。薄暗い廊下を、前も見ずに走る。角を曲がって階段を駆け下りて、走って走って──気がついたら、玄関の靴箱の前に立っていた。
上履きを脱いで靴に履き替え、外を見上げる。雨は相変わらず、しとしとと降り続けていた。灰色の空から落ちてくる細かい雨粒が、玄関先のコンクリートを濡らしている。
……あ。今日は折りたたみ傘を持ってきたけど、教室に置いてきちゃった。
取りに行こうか。そう考えて、廊下を振り返る。
でも──あの廊下に戻るのが、どうしてだか、すごく怖かった。
オレは振り返った首を戻して、雨の中に踏み出していた。途端に、冷たい雨が全身を濡らしていく。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。悲しくて、情けなくて、感情がまとまらない。
せっかく那須くんが、オレのことをあんなに「いいもの」みたいに言ってくれたのに。お前と競技かるたがやりたかったんだって。
なのに結局、オレはだめだった。那須くんが褒めてくれた言葉が、オレの両手から、ぜんぶ、ぽろぽろとこぼれ落ちていくみたいだ。
期待に応えたかった。那須くんが褒めてくれた通りの自分でいたかった。
オレは那須くんの隣に立ちたかったのだ。那須くんがオレを認めてくれたみたいに、オレだって那須くんの支えになりたかった。
そこまで考えて──唐突に、気づいた。
ああ、そうか。
オレは、那須くんにもっと好きになってもらいたかったんだ。
友達として、じゃない。友達よりもっともっと、好きになってほしかった。オレの隣でいてほしかった。
自覚した途端、自分でもその感情の重さに驚いた。
そうか。──オレ、那須くんのことが、好きなんだ。
でも、ちょっと、笑えてしまう。自覚したのはいいけど、好き、なんて。こんな感情、今さらだ。
雨はやむ気配がなかった。制服はもうどこもかしこもびしょ濡れで、前髪から雫がぽたぽた垂れている。
オレは持っていた鞄を頭の上にのせた。傘代わりにはまるでならないけど、何かで顔を隠したかった。泣いてるのか雨なのか、自分でもわからなくなっていたから。
そして、未練を断ち切るように走り出した。

