「復讐……?」
「あいつは競技カかるたが上手かった。かるた教室の中でも腕前はトップクラスで、俺も当時はほとんど勝てたことがなかった。だから逆に、そいつを公式戦で打ち負かしてやろうと考えたんだ」
那須くんの顔は笑っていた。でも、その笑顔が、見るからに無理をしているのが分かって、オレは辛くなった。
「それで……那須くんは、勝ったの?」
「ああ。俺はそれから、わざと県外のかるた教室に通って、黙々と一人でかるたの練習をした。そして中学のとき、地元の公式戦で、わざとそいつと同じ大会に出たんだ。あいつは驚いてたけど、俺は無視した。そして」
那須くんが、感情を抑えた声で続ける。
「圧倒的な差をつけて、俺はそいつに勝った」
静かな声だった。勝利を語る声とは思えなかった。
「俺に負けたそいつは、呆然とした顔をしてた。俺はそれを見て、ざまあみろって思ったよ。……けど」
そこで、那須くんは小さく息を吐いた。
「それから俺は、すっかりかるたに興味をなくしてしまったんだ」
そこまで、那須くんが話すのを聞いていたら──いつの間にか、オレの目から、ぽろりと涙がこぼれていた。
「おい、なんでお前がそこで泣くんだよ」
那須くんが少し慌てた声を出す。
「だ、だって……」
うまく言葉にならなかった。那須くんが辛かったことが悲しい。ひとりで練習してたことが悲しい。復讐で勝ったのに、楽しくなかったことが悲しい。全部が悲しくて、涙が止まらない。
那須くんの手が伸びてきて、ぽんぽんとオレの頭を撫でた。慰めるような、やわらかい手つきだった。
「まあでも、その公式戦を当時の桧山先輩が見てたらしくて。高校に入ったとき、先輩に今のかるた部に誘われたんだ」
なるほど。だから那須くんは、一年のとき途中からかるた部に入ってきたのか。
涙声で鼻をすすりながら、オレは尋ねた。
「じゃあ、なんで那須くん、かるた部に入ろうと思ったの?」
那須くんは少し笑った。さっきまでの冷たい笑い方じゃない、もっとやわらかい笑みだった。
「部活の見学をさせてもらったとき、ちょうどお前が中で誰かと対戦してるのが見えたんだ」
「オレ?」
「そう。お前、そのとき相手にぼろ負けだったのに、すごく真剣でさ」
那須くんの目がまっすぐオレを見た。
「お前のこと見てたら、ああ──楽しそうだなって。忘れてた感覚を、思い出したんだ」
那須くんはオレをみて、優しく微笑んだ。
その瞬間、オレの心臓が、どくん、と大きく跳ねる。
「だからオレは、お前とかるたがやってみたいと思って、かるた部に入部を決めた。だけど肝心のお前は競技かるたにまるで興味がなさそうで、なかなか誘う機会がなかった。そんなときに団体戦メンバーに欠員が出て──いい機会だと思って、半ば強引にお前のことを誘ったんだ」
そこまで聞いたら、さっきとは別の涙があふれてきた。
さっきのは那須くんの辛さを思って流れた涙だ。でも今の涙は違う。胸がいっぱいになって、温かくて、どうしようもなくて流れる涙だった。
「うぇぇぇっ、な、那須くん……っ!」
「な、なんだよ、いまいい話だったろ。なんでそんな泣くんだよ」
「だ、だって」
オレは、しゃくりあげながら、なんとか言葉を絞り出した。
「那須くん、なんでオレのことそんなに『いいもの』みたいに言うの? オレ、バカだしかるただってそんな上手くないし。那須くんにそんなに褒めてもらえるほど、オレはすごくなんてない……!」
そうだ。頭がよくて、かるたも上手くて、何もかもが圧倒的な那須くんと比べて、オレは何にもできない。褒めてもらえるのは嬉しい。嬉しいけど──オレはそんなに褒めてもらえるだけの価値がある人間じゃない。
そんなオレに、那須くんがさらに言葉を続ける。
「お前、いつもそうやって自分を卑下するけどさ」
那須くんは、静かに、でもきっぱりと言った。
「お前はもっと自信を持っていいと思う。少なくとも俺は、お前とかるたがしたいって思うよ」
一拍、間を置いて。
「他の誰よりも」
その言葉は、オレの胸の奥底に深く刺さった。
嬉しかった。今まで言われたどんな褒め言葉よりも、ずっとずっと嬉しかった。
それと同時に──こんなにもオレを「いいもの」みたいに褒めてくれた那須くんに、恥じない自分になりたい。そんな気持ちが、どんどん強くなってくる。
オレは、溢れてくる涙を、強引にパジャマの袖でぐいっと拭って、那須くんに向き合った。
「うん。なら、オレも頑張る」
声が、少し震えた。それでも、はっきりと告げた。
「那須くんの隣に立てるぐらい──オレ、かるた、上手くなってみせるよ」
「お前……」
那須くんの目が見開かれた。
その目の端に、きらりと何かが光った気がした。でも那須くんはその顔をすぐに隠して、オレに意地悪な笑みを浮かべてくる。
「ならお前、来年までにかなり頑張らなくちゃならないことになるな」
「どういうこと?」
「お前、俺の隣に立ちたいんだろ。だったら団体戦で、お前は俺の次の実力者にならないとな。今年は無理だが、来年はまだ間に合う」
「え、え?」
「来年の団体戦は桧山先輩が抜けて、たぶん俺が主将になるだろうから。隣に立ちたかったら──お前、副将にならないとダメだな」
「副将……!?」
あまりに高すぎる目標に、オレは思わずめまいを覚えた。自分で言い出したこととはいえ、ハードルがあまりに高すぎる。
でも──那須くんはそんなオレを見て、本当に嬉しそうに笑っていた。
その顔を見てたら胸の奥がまたじんわりと温かくなってきて、オレは無茶でも無謀でも、やっぱり那須くんの隣に立てるよう頑張ろうと心の底から思った。
「あいつは競技カかるたが上手かった。かるた教室の中でも腕前はトップクラスで、俺も当時はほとんど勝てたことがなかった。だから逆に、そいつを公式戦で打ち負かしてやろうと考えたんだ」
那須くんの顔は笑っていた。でも、その笑顔が、見るからに無理をしているのが分かって、オレは辛くなった。
「それで……那須くんは、勝ったの?」
「ああ。俺はそれから、わざと県外のかるた教室に通って、黙々と一人でかるたの練習をした。そして中学のとき、地元の公式戦で、わざとそいつと同じ大会に出たんだ。あいつは驚いてたけど、俺は無視した。そして」
那須くんが、感情を抑えた声で続ける。
「圧倒的な差をつけて、俺はそいつに勝った」
静かな声だった。勝利を語る声とは思えなかった。
「俺に負けたそいつは、呆然とした顔をしてた。俺はそれを見て、ざまあみろって思ったよ。……けど」
そこで、那須くんは小さく息を吐いた。
「それから俺は、すっかりかるたに興味をなくしてしまったんだ」
そこまで、那須くんが話すのを聞いていたら──いつの間にか、オレの目から、ぽろりと涙がこぼれていた。
「おい、なんでお前がそこで泣くんだよ」
那須くんが少し慌てた声を出す。
「だ、だって……」
うまく言葉にならなかった。那須くんが辛かったことが悲しい。ひとりで練習してたことが悲しい。復讐で勝ったのに、楽しくなかったことが悲しい。全部が悲しくて、涙が止まらない。
那須くんの手が伸びてきて、ぽんぽんとオレの頭を撫でた。慰めるような、やわらかい手つきだった。
「まあでも、その公式戦を当時の桧山先輩が見てたらしくて。高校に入ったとき、先輩に今のかるた部に誘われたんだ」
なるほど。だから那須くんは、一年のとき途中からかるた部に入ってきたのか。
涙声で鼻をすすりながら、オレは尋ねた。
「じゃあ、なんで那須くん、かるた部に入ろうと思ったの?」
那須くんは少し笑った。さっきまでの冷たい笑い方じゃない、もっとやわらかい笑みだった。
「部活の見学をさせてもらったとき、ちょうどお前が中で誰かと対戦してるのが見えたんだ」
「オレ?」
「そう。お前、そのとき相手にぼろ負けだったのに、すごく真剣でさ」
那須くんの目がまっすぐオレを見た。
「お前のこと見てたら、ああ──楽しそうだなって。忘れてた感覚を、思い出したんだ」
那須くんはオレをみて、優しく微笑んだ。
その瞬間、オレの心臓が、どくん、と大きく跳ねる。
「だからオレは、お前とかるたがやってみたいと思って、かるた部に入部を決めた。だけど肝心のお前は競技かるたにまるで興味がなさそうで、なかなか誘う機会がなかった。そんなときに団体戦メンバーに欠員が出て──いい機会だと思って、半ば強引にお前のことを誘ったんだ」
そこまで聞いたら、さっきとは別の涙があふれてきた。
さっきのは那須くんの辛さを思って流れた涙だ。でも今の涙は違う。胸がいっぱいになって、温かくて、どうしようもなくて流れる涙だった。
「うぇぇぇっ、な、那須くん……っ!」
「な、なんだよ、いまいい話だったろ。なんでそんな泣くんだよ」
「だ、だって」
オレは、しゃくりあげながら、なんとか言葉を絞り出した。
「那須くん、なんでオレのことそんなに『いいもの』みたいに言うの? オレ、バカだしかるただってそんな上手くないし。那須くんにそんなに褒めてもらえるほど、オレはすごくなんてない……!」
そうだ。頭がよくて、かるたも上手くて、何もかもが圧倒的な那須くんと比べて、オレは何にもできない。褒めてもらえるのは嬉しい。嬉しいけど──オレはそんなに褒めてもらえるだけの価値がある人間じゃない。
そんなオレに、那須くんがさらに言葉を続ける。
「お前、いつもそうやって自分を卑下するけどさ」
那須くんは、静かに、でもきっぱりと言った。
「お前はもっと自信を持っていいと思う。少なくとも俺は、お前とかるたがしたいって思うよ」
一拍、間を置いて。
「他の誰よりも」
その言葉は、オレの胸の奥底に深く刺さった。
嬉しかった。今まで言われたどんな褒め言葉よりも、ずっとずっと嬉しかった。
それと同時に──こんなにもオレを「いいもの」みたいに褒めてくれた那須くんに、恥じない自分になりたい。そんな気持ちが、どんどん強くなってくる。
オレは、溢れてくる涙を、強引にパジャマの袖でぐいっと拭って、那須くんに向き合った。
「うん。なら、オレも頑張る」
声が、少し震えた。それでも、はっきりと告げた。
「那須くんの隣に立てるぐらい──オレ、かるた、上手くなってみせるよ」
「お前……」
那須くんの目が見開かれた。
その目の端に、きらりと何かが光った気がした。でも那須くんはその顔をすぐに隠して、オレに意地悪な笑みを浮かべてくる。
「ならお前、来年までにかなり頑張らなくちゃならないことになるな」
「どういうこと?」
「お前、俺の隣に立ちたいんだろ。だったら団体戦で、お前は俺の次の実力者にならないとな。今年は無理だが、来年はまだ間に合う」
「え、え?」
「来年の団体戦は桧山先輩が抜けて、たぶん俺が主将になるだろうから。隣に立ちたかったら──お前、副将にならないとダメだな」
「副将……!?」
あまりに高すぎる目標に、オレは思わずめまいを覚えた。自分で言い出したこととはいえ、ハードルがあまりに高すぎる。
でも──那須くんはそんなオレを見て、本当に嬉しそうに笑っていた。
その顔を見てたら胸の奥がまたじんわりと温かくなってきて、オレは無茶でも無謀でも、やっぱり那須くんの隣に立てるよう頑張ろうと心の底から思った。

