君への恋は しのぶれど

 放課後を告げるチャイムが鳴り終わると同時に、「起立、礼」の号令が教室に響いた。

 五月だってのに、今日はやけに汗ばむ陽気だ。シャツの袖を腕までまくり上げた連中が、待ちかねたみたいに教室を出て行く。

 オレ──間宮(まみや) 侑斗(ゆうと)はというと、鞄を片手にぶら下げたまま、自分の席でぼんやり彼らの背中を眺めていた。

 言っておくけど、オレは学校が嫌いってわけじゃない。

 むしろ好きなほうだと思う。昼休みに机をくっつけて弁当を食う時間とか、誰かのしょうもない話に教室中がどっと笑う瞬間とか。

 ただ、授業はダメだ。というか、勉強がとにかく無理なのだ。

 テストの赤点回数なら学年の歴代記録を更新中だし、母さんに「牛乳とたまご買ってきて」って頼まれて、帰ってきたら手にプリンだけ握ってたこともある。それぐらいオレはバカなのである。

 だから放課後のチャイムが鳴ると、いつもオレは心の底から思う。

 終わった──! と。

 で、普段ならこのあとは、大好きな部室に一直線ってのがオレの日課だ。

 オレの所属してる部活は、勉強がからっきしのオレでも人よりちょっとだけ得意なことができる『特別な場所』なのだ。

 まあ、得意とはいっても、競技大会に出られるほどの才能はないんだけど。

 でも、それは別にいい。バカなオレにも居場所があるってだけでありがたいんだから。

 でも今日は、その部室に行きたくなかった。なぜなら、行けば確実に「あいつ」が待ち構えているから。

 いっそこのままサボって、まっすぐ帰っちゃおうか。そんなことを考えていたときだった。

「まみやーん、お前にお迎えが来てるぞー」

 クラスメイトの一人が、にやにやしながらそう告げてきた。

 ……お迎え?

 その単語の意味を理解した瞬間、背筋がぞわっとした。

 しまった、教室まで「あいつ」が来たんだ!

 さっさと出ておけばよかった。後悔したけど、もう完全に後の祭りだ。教室の入り口に視線を向けると、廊下のほうから見覚えのある人影がこっちに向かって早足で歩いてくる。

「おい間宮! まさかお前、今日の勉強会サボって帰るつもりじゃないだろうな!?」

 近づくなり、彼はオレの腕をガッと掴んでくる。しかも次の瞬間には、手にしていた鞄をひょいっと取り上げられていた。

 速い。さすが、競技大会のレギュラーに選ばれるだけのことはある。

「そ、そんな……サボろうなんて、してないよ……」

 オドオドと言い訳するオレを、あいつ──那須(なす)孝行(たかゆき)くんは、じろりと見下ろしてくる。

「ほう。じゃあ、この机の中に入ってる教科書の山はなんだ?」

 あろうことか、那須くんはオレの机の中を勝手にあさり始めた。そして、机の中で眠っていた教科書たちを、ずるずると引っ張り出してくる。

「勉強会に来るなら、教科書を鞄に入れておかなきゃ意味がないんじゃないのか? それとも、手ぶらで部室に行って、何を勉強するつもりだったんだ?」

 ぐっ。正論すぎて何も言い返せない。

 そう、白状すると、オレはいつも通り教科書を机に置き去りにして、しれっと帰るつもりだった。それを、こうもあっさり見破られるとは。

「な、那須くん、鞄返して……っ!」
「ダメだ」

 即答だった。

「これは俺が、教科書と一緒にちゃんと持って行ってやる。だからお前は、おとなしく俺と一緒に部室に来い」

 オレより頭半分──たぶん十センチは高いところから、那須くんが黒縁眼鏡の奥の目で、オレをぎろっと睨んでくる。

 うっ、こわい。

 いや、別に殴られるとかそういうのじゃないんだけど、この目で見られると、なんだか胃のあたりがきゅっとなってしまう。

 オレは奪われた鞄を恨めしく眺めながら、心の中で深くため息をついた。