恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛

 それからというもの、桐生さんは毎日のように声をかけてきた。

 最初は、ただ私をからかっているだけだと思った。
 だから避けた。

 けれど、一週間ほど経ったころ、さすがにおかしいと思い始めた。

 いい加減な気持ちや遊びなら、こんなに続くはずがない。
 そもそも彼はモテる。黙っていても女性のほうから寄ってくるだろうし、女性関係で苦労しているとも思えない。
 それなのに、どうして私なのか。理由がまったくわからなかった。

 ある日、覚悟を決めた私は、声をかけてきた桐生さんの前で足を止めた。

「ちょっと、お話しましょうか?」

「え! いいの?」

 予想外の反応に驚きながらも肩の力が抜ける。
 本当に嬉しそうに笑うから、また勘違いしそうになってしまう。

 ……ほんと、どうなってるの。謎は深まるばかりだ。


 昼休み、私は桐生さんと連れ立って会社からほど近いカフェにやって来た。
 いつもは社内食堂を使っているけれど、あそこでは周りの目が気になって落ち着いて話なんてできない。

 ここなら会社の人も少ないだろうと思ったのに、昼時ということもあって店内は思った以上に混み合っていた。

 案内された席に向かい合って腰を下ろす。

 小さな店だけど、お洒落でメニューもそれなりに豊富。
 雰囲気もいいし、ひとりで来たかったかも。……なんて、桐生さんに失礼かな。

 通りすがる女性たちの視線が自然と彼に向かっているのが目に入る。
 ほら、これだ。
 選び放題なのに、どうして私なのか。さっぱりわからない。

 探るようにじっと見つめていると、視線に気づいた桐生さんがふわりと優しく笑った。

「どうしたの? そんな怖い顔して」

「え! な、なんでもありません」

 視線を逸らしたあと、はっとする。
 違う。なんでもなくない。聞かなきゃ。

 そう思い直して指先をぎゅっと握り、もう一度彼を見る。

「あ、あの」

「うん?」

 軽い調子で返され、ちょっとだけ腹が立った。
 絶対、緊張してないでしょ。私はこんなにしてるのに。

「あの、なんでそんなに構うんですか? 私に、その……好意があるって言ったり、毎日のように声をかけてきたり」

 だんだん声が小さくなっていく。
 自意識過剰みたいで頬が熱くなる。

「変かな?」

 桐生さんはあっけらかんと首をかしげた。

「変ですよ! だって桐生さん、モテるじゃないですか。
 私より綺麗で可愛い女性なんていくらでもいるのに。なんで、私なんか……」

 その言葉に、彼はふっと納得したように頷いた。

「ああ、望月さん。もしかして、自分の魅力に気づいてないのか」

「はい?」

「望月さんは、とても魅力的な女性だよ」

 そう前置きして、彼は穏やかな口調で言葉を重ねる。

「いつも一生懸命で仕事もちゃんとできる。
 前にも言ったけど、周りのことをよく見てるし、人のことを考えて動ける。他の人が嫌がる仕事も率先してやるし、悪口を言ってるところを見たことがない。
 それに……とても優しいしね」

 きらきらした笑顔で、まっすぐにそう言われた。

 ほ、褒められてる……。
 衝撃で喉が詰まった。

 そういえば、合コンの帰りにも似たようなことを言われた気がする。
 あの時は完全にその場のノリだと思っていた。口説くための決まり文句みたいなものだと。

 でも、改めて言われると。どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。

 冗談なのか本気なのかは、まだわからない。
 それでも、嘘をついているようには感じられなかった。というかそう思いたくなかった。

 顔がかあっと熱くなる。

「照れてるの? 可愛いね。
 そういう初心(うぶ)なところもいいな。純粋で……」

 どこか艶を含んだ視線が刺さり、胸がざわつく。
 身じろぎして、視線の置き場に困った。

 やっぱり、からかわれてる?
 というか、やっぱり桐生さんってチャラいのでは。

 疑うように見つめると、今度は彼のほうが慌てた。

「ああ、違う! 誤解しないで。変な意味じゃなくて、そういう純粋さが素敵だなって思ってて。
 可愛いなって本気で思ったんだよ」

 なにを言ってるの、この人。

 理解が追いつかず、私は彼を凝視した。
 けれど、その眼差しはいたって真面目で、とてもからかっているようには見えない。

 本気なの?
 本当に、桐生さんみたいに素敵な男性が、私に好意を持ってるって?

 ……そんなの、信じられるわけない。

 だめ。鵜呑みにしちゃだめだ。

 こういう男性は、女性が何を言われたら喜ぶかをよく知っているって聞くし。
 もしかして、私を虜にしてお金を奪おうとする詐欺なんじゃ。ロマンス詐欺とかあるし。

 訝しげに睨むと、桐生さんは困ったように苦笑した。

「あれだよね……望月さんって、本当に疑り深いね。
 これだけはっきり言ってるのになあ」

 ふぅと息をつく彼を、私はなおも疑うように見つめた。

「だって、信じられないんです。
 今まで好きだって言われたことも、まして告白されたことなんてなくて。
 男性とあまり話したこともないし……付き合ったことだってないんですよ。
 それなのに、いきなりそんな……」

 話しているうちに、恥ずかしさが込み上げてくる。声もだんだん小さくなった。

 どうして私は、こんな過去を暴露してるんだろう。
 そもそも、なんでこんなこと言わなきゃいけないの。恥をさらしてるみたいじゃない。

 視線を落として指先をもじもじさせていると、桐生さんがくすっと笑った。

「そういうところも可愛い。ますます気に入った。
 俺が、初めての彼氏になりたいな」

 熱のこもった視線が、まっすぐ私を射抜く。

 全身が燃えるように熱くなった。

「へっ? な、なに言って……」

 やっぱりおかしい。変だよ。
 もう無理、限界。

 勢いよく立ち上がった瞬間、くらりと視界が揺れる。

「おっと」

 桐生さんがふわりと抱き留めた。
 密着する体、至近距離で合う視線、触れそうなほど近い唇。

 触れ合った感覚が、頭の中を真っ白にした。

 必死に彼の腕を振りほどく。

「す、す、すみません! 私のことは、放っておいてください!」

 それだけ叫んで、駆け出した。

 心臓はバクバク身体はふらふら。それでも懸命に走る。彼から逃げるように。

 彼が本気なのか、からかっているのか。わからないままだ。
 それを確かめるために来たのに。

 私は……いったい、何をやっているんだろう。