恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛

 その後も、桐生さんはめげることなく私に接触を試みてきた。

 どれだけ拒絶の意思や態度を示しても、まったくへこたれない。
 廊下ですれ違うたびに、会釈や一言を欠かさず距離の取り方も変わらない。

 その様子にある意味すごいなあと感心してしまう。

 イケメンって、こういうところタフだったりするのかな。
 んー……よくわからない。

 これは、いったいどう捉えればいいんだろう。ほんとうに本気なの?
 彼が、私に……?

 信じられないと何度も思った。
 けれど同時に、淡い期待が胸の奥に芽生えてしまうのも否定できなかった。

 私だって乙女だ。モテたこともないし、男性と付き合ったこともないけれど、
 それでも人並みに恋愛というものに憧れたことくらいはある。

 あんな男性から言い寄られて、冷静でいられるわけがない。

 それに、彼はとても優しくていい人だった。
 まだそんなに知っているわけではないけど、最近は話す機会が多い。
 書類を渡すとき、短い雑談を交わすときにふと近づく距離。その小さな触れ合いの積み重ねで、自然とそう感じるようになっていた。

 仕事ができて見た目もいいのに、それをひけらかしたり偉ぶったりしない。
 そして、私がいちばん惹かれたのは、その明るく前向きな性格だった。

 私とは違う。

 人は時に自分にないものに惹かれる。
 そんな話を聞いたことがあるけれど、あれは本当なのかもしれない。

 まあ自分と同じものに惹かれることもあるけど。今回は違ったようだ。

 いつの間にか彼を目で追ってしまう。視線が合うと逸らしてしまうのに、胸は高鳴る。
 彼がふわりと笑うたび、ときめきが走って目が離せなくなる。

 やばい。これが恋ってやつなのかな。

 わからない。いや、ちがう。
 これは、あの積極的な態度や甘い言葉のせい。
 そうよ、絶対。

 そう思い込もうとしていた。


 * * *


 そして、なぜか私は女性社員に取り囲まれていた。

 廊下の一角。人通りも少なく、ちょうど死角になっている場所だ。
 三人から放たれる威圧感。鋭い視線がいっせいに突き刺さる。

 こ、こわい。なんでこんなことに。

 少し前、昼食を取るために席を立ったときのこと。
 彼女たちに声をかけられた。

 私は……ちょっとだけ浮かれていた。もしかしてお昼に誘われたのかと思ったから。
 でも、現実はこれだった。

 ――やっぱり期待はしない方がいい。

「ねえ、聞いてるの?」

 棘のある声が耳を突く。
 長い髪を払いながら強気に言い放つ彼女に、恐る恐る視線を向けた。

 すっごい睨まれてるんですけど。

「最近、桐生さんと仲いいよね?」

 もうひとりの女性がずいっと距離を詰めてくる。
 ショートカットの、これまた目つきの鋭いお姉さまだ。

「どういう関係?
 まさか、付き合ってるとかじゃないよね?」

 壁際に追い詰められた私のすぐ横を、バンッと叩きつけられる。
 その音に肩がビクッと跳ねた。

 もうひとり。
 鬼のような形相で、私に迫ってくる女性。

 この人は知っている。うちの部署の鈴木さんだ。
 ほかの二人は知らないけど、確か鈴木さんはあの合コンにもいた。

 視線を外せずにいると、ぎろりと睨み返された。

「答えなさいよ!」

 こ、こわいよぉ。なんでこんな目にあわないといけないの。
 やっぱりイケメンと関わるとろくなことがない。というか、男性と関わるとかな。もう、どっちでもいいけど。

 ひとまず、ここを乗り切らないと。

「あ、あの。何か、勘違いしてませんか?」

「あ?」

 鈴木さんがぐっと迫ってくる。
 その圧に押されながら、必死に声を絞り出した。

「桐生さんとは、そんな関係じゃありません。付き合ってもいないし、何もありません」

「ほんとう?
 なら、なんで最近よく話してるのよ。桐生さんと一緒にいるでしょ?」

「そ、それはっ……よくわかりません。あれは、桐生さんが……」

 その先は口をつぐんだ。
 桐生さんから寄ってくるなんて言えば、火に油を注ぐ。でも、それが事実だった。
 私は嘘をつくのが得意じゃない。

「彼が、なんだって?」

 鈴木さんが掴みかかろうとした、その瞬間。

「あーーー!」

 大きな声が響いた。
 みんないっせいに振り返る。

 彼女たちが壁になっていて、私からは様子が見えない。

「なによ?」

 鈴木さんが問いかけると、向こうから声が返ってきた。

「さっき、鈴木さんのこと、桐生さんが探してましたよ」

「え! マジでっ」

 鈴木さんがとたんに慌てる。その頬が、ほんのり赤く染まった。

「やだ、どうしよう」
「はやく行こうよ」
「やったじゃん!」

 はしゃぐ鈴木さんを、ほかの二人がはやし立てる。
 きゃっきゃとはしゃぎながら、彼女たちは走り去っていった。

 その背中を見送ってから、ふと前を見る。

 ひとりの男性が立っていた。

 一瞬だけ目が合い、それからすぐに彼もその場を離れてしまう。

「え……」

 私はただひとり、その場で呆然と立ち尽くした。

 いったい、何だったの?
 あの男性は……知らない人だった。会社の人だよね? まあ、部署が違えば顔なんてわからないか。

「ふぅー」

 大きく息を吐く。
 それにしても、助かった。

 胸を撫で下ろしながら、心の中でそっと彼に感謝した。

 誰かわからないけど、ありがとう。

 縁があればまた会うこともあるだろう。そのときは、お礼が言えたらいいな。