古代魔道具(オートマギア)の伝承者となった俺、荒廃世界を旅する

 まだ眩(くら)む目を押さえながら状況を確認する。
「全員無事か? いなくなっている奴はいないか?」
 ありがたいことに仲間は全員そろっていたし、すぐ近くに魔物もいなかった。
 だけど、震える手が俺の腕を引っ張る。
「レ、レイ……」
「どうした、ダバリム?」
「あ、あれを……」
 ダバリムが指さす方向には金属製のプレートが貼られていた。
 この迷宮ではよく見かけるもので、昔からある案内板だ。
 この案内板をみれば、自分が迷宮のどこにいるのかがわかるようになっている。
 問題はダバリムが見つけた案内板の内容だった。
「地下……七階だと……?」
 つまり、俺たちはワープトラップによって迷宮の最下層へやってきてしまったということか。
「セウーゴが余計なことをするから!」
「そ、そんなつもりじゃ!」
 泣きながら言い争いをはじめたラミとセウーゴを止めた。
「大きな声を出すな。魔物に気づかれたらおしまいだぞ」
 ラミもセウーゴも瞬時に言葉を飲み込む。
 それくらい最下層の魔物は危険なのだ。
 あれほど強かったノーマばあちゃんが引退を強いられるほどの強敵がゴロゴロいるのだから。
 全盛期のばあちゃんの足元にも及ばない俺たちがまともにやり合えば全滅も免れないだろう。
「どうしよう、レイ。このまま死ぬしかないの?」
 冷静さを失ったラミが俺に抱き着いてくる。
「お、おい」
「いやだ。私、死にたくない!」
 誰もが絶望の色を顔に浮かべていたけど、俺は自分でも驚くほど冷静だった。
 最深部に来るのははじめてだったけど、迷宮の地図ならすべて頭に入っている。
「ラミ、落ちつけって。みんなも聞いてくれ。俺たちは死なない。たしかにここは最深部だけど第三地区だ。一ブロック先まで歩けば地下三階まで行けるエレベーターがある」
 地下三階までたどり着ければ、そこは俺たちの主戦場だ。
 危険ではあるが日常の一部でもある。
「レイ、本当に帰れるんだろうな?」
 青ざめたセウーゴが口を開いたが、仲間たちはそんな彼を責め立てた。
「偉そうに言うなよ。こんなことになったのはセウーゴのせいなんだぞ」
「そうだ、そうだ」
「なっ! 俺が悪いって言うのかよ?」
「他に誰がいる?」
 これはよくない状況だ。
「みんな、やめろ」
「そうだよ、あれは事故だ。責任の追及より、いまは協力してここを脱出しなきゃ」
 普段は地味だけど、いざというときに冷静なダバリムが俺に同調してくれた。
 昔からそうだけど、ピンチのときほどダバリムは強くなる。
 幼馴染の中では俺がもっとも信頼を寄せている友だちだ。
「よし、行こう。俺が先行するからついてきてくれ。もし……、もし俺が襲われても出てくるなよ。物陰に潜んでやり過ごすんだ」
 張りつめた空気の中で、俺は強(こわ)張(ば)る足を一歩前に出した。

 最下層は俺たちが知る迷宮とは雰囲気がまるで違っていた。
 表層はごつごつとした洞穴みたいな造りなのに対し、ここは床も壁も磨き上げられたかのようにピカピカである。
 そのうえ壁と天井の一部がほのかに光っており、迷宮特有の不気味さは感じない。
 もともと迷宮は古代遺跡だったなんて言う人もいるけど、まんざら嘘でもないのだろう。
 定期的に現れる透かし彫りの紋章は、じいちゃんの蔵書で見た古代文明のものと同じだ。
 毎日迷宮に潜っていたというのに、こんな場所があるとは知らなかった。
 ブライズじいちゃんの専門は古代文明の魔法だったから、ここの存在を知ったら飛び上がって喜んだだろうな。
 きっと年がら年中入り浸っていたに違いない。
 俺もいつかはきちんと研究してみたいものだ。
 もっとも、そんな余裕はいまないけれど……。
 通路に魔物がいないことを確認してからハンドサインで仲間たちを呼びよせた。
「エレベーターまでもう少しだ。みんな頑張れよ」
「レイ、この音はなんなの? 私、怖い」
 ラミに言われるまでもなく、俺もさっきから気になっている。
 ここに来たときから重い振動音が続いていて、それがだんだんと大きくなっているのだ。
「いまは脱出のことだけ考えよう。もう少しだからな」
「うん……」
 ラミを宥めて俺はまた先行する。
 ありがたいことに魔物の気配はまったくない。
 だが、気になるのはこの振動音だ。

 ウィーン! ウィーン! ウィーン!

 なんだ、この音は!?
 突如、非常事態を知らせるような不吉な音が迷宮の最下層に響いた。
 これは機械が発する音か?
 ヒトや魔物がだす声とは思えない。
 足を速めて先を急いだ俺が見たのは信じられない光景だった。
 そこにいたのはエルフの女だった。
 エルフ自体はそれほど珍しい存在じゃない。
 人間の集落にはめったに姿を現さないが、互いの存在は認知している。
 問題は、そのエルフが迷宮の最下層で大きな機械装置をいじっていることだった。
 エルフは少し高くなった台の上で装置をいじっている。
 これは……まさか、ブライズじいちゃんが言っていたマジックストリームの制御装置……じゃないのか……?
 巨大な魔素のうねりであるマジックストリームは世界に点在する制御装置で管理されている。
 じいちゃんの計算によると、この国だけでも六か所の大きな制御装置があるようだ。
 他にも小さな制御装置が各地に点在しているらしい。
 これらの装置は古代人が作り出したものだ。
 ただ、この制御装置の術式には欠陥があり、長い間にエラーが積み重なって現在の停滞を引き起こしている、というのがブライズじいちゃんの立てた説だった。
 いま、エルフの少女が操っているのはじいちゃんの蔵書にあった挿絵にそっくりな機械である。
 ということは、こここそがじいちゃんの探していた制御ポイントの一つということだ。
「おい! あんた、なにをしているんだ?」
 魔物のことも忘れて俺は目の前のエルフに声をかけていた。
 機械ががなる大きな音がうるさく、こちらも声を張りあげざるをえない。
 だがエルフは忙しそうに機械をいじっており、こちらを振り返ろうともしない。
 ポニーテイルにしたブロンドのロングヘアー、白い肌、そして尖(とが)った耳、エルフらしいエルフである。
 俺の声が聞こえたのだろう、後ろにいた仲間たちもやってきた。
「なにがあったんだ、レイ?」
「チッ、エルフかよ!」
「縁起でもねえな……」
 背後で仲間たちがそんな囁(ささや)きを交わしている。
 人間とエルフは昔から仲が悪いのだ。
 歴史的にいろいろとあり、いまでは互いに干渉しないようになっているのだが、それがかえってこのような事態を引き起こしているのかもしれない。
 あのエルフにしてもヒト族を嫌っているのだろう。
 だが、俺は確かめなくてはいけない。
 すでに半分は確信している。
 これはマジックストリームを制御するために作られた古代文明の機械で間違いない。
「教えてくれ、それはマジックストリームの制御装置なのか?」
 はじめてエルフがこちらを振り向いた。
 瞳は驚(きょう)愕(がく)に見開かれていたけど、きれいな顔立ちだった。
「制御装置を知っているの?」
「やっぱりそうなのか。こいつがじいちゃんの言っていた……」
「それはともかく、早く逃げた方がいいわよ」
 エルフは冷たく言い放って再び制御装置の方を向いた。
「おい、逃げろってどういうことだ?」
 エルフのそばまでいって制御装置を覗(のぞ)き込む。
 取り付けられた石板には無数の文字や数字が浮かんでいた。

【マジックストリームの圧力が上昇しています。圧力計の操作、または制御術式をリセットしてください】

「あんた、なにをやらかした!?」
「わからない……」
 な、泣いてる!?
 クールに見えたエルフが目に涙をためていた。
 こいつ、やらかしちまったんだな……。
 きっと、よくわからないまま動かしてしまったのだろう。
「どいてくれ」
 俺はエルフに代わって制御装置をいじってみることにした。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」
「あんたがやるよりましだ。実物を触るのははじめてだが知識だけはある」
 じいちゃんの蔵書には古代遺跡から見つかった似たような制御装置の図解があったのだ。
 じいちゃんの目的はマジックストリームの正常化だったので、制御装置の操作方法と術式についてはガキの頃から叩き込まれている。
「まずいな、圧力が限界を超えてるじゃねえか! 爆発まで推定時刻は四分だと!? みんな、エレベーターまで走れ!」
「だ、だけど……」
 セウーゴがもじもじしている。
「ウダウダ言っている暇はねえ。お前がみんなを連れて行くんだ!」
 ラミが俺の腕に手をかけた。
「レイも行こうよ! エルフなんて放っておこう!」
「離してくれ。この装置だけは俺がなんとかしなくちゃいけないんだ。下手したらここは跡形もなく吹き飛ぶ。走れ!」
 幼馴染たちはみんな動き始めたが、ダバリムだけはその場を動かなかった。
「行け、ダバリム」
「僕も残るよ。手伝えることがあるかもしれない」
「手伝えることなんてない。それよりもノーマばあちゃんに伝えてくれ。じいちゃんの説は間違っていなかった。ブライズ・グランは正しかったってな! 必ずだ」
「わかった……」