朝、目覚めるとベッドサイドに置いていた飲みかけの水が凍っていた。
春というのに例年より気温は低く、今年はさらに種まきが遅くなりそうだ。
農作業ができるようになるまで、俺たちは危険な迷宮へ潜り続けなければならない。
表に出ると、陽だまりで暖をとりながら幼馴染のラミが俺を待っていた。
「おはよう、レイ。今朝も寒いね。夜中にまた少し雪が降ったみたい」
そんなことを言いながらラミは体を寄せてくる。
近いんだよな……。
「なにか用でもあったのか?」
「なんでそんなことを聞くの?」
「集合は迷宮の前だろ? ラミの家からだと俺の家は遠回りじゃないか」
「べつに……。二人で迷宮まで行こうと思っただけだよ」
ラミはかわいく拗(す)ねてみせた。
俺だって朴念仁ではないから、ラミの気持ちには気づいている。
最近はボディータッチが多くなったし、言動も露骨になってきたから、嫌でもわかってしまうほどだ。
ラミは俺と付き合いたいと思っているのだろう。
ただ、俺にその気はない。
たしかに村の幼馴染の中だとラミはいちばんかわいい。
性格だって悪くなく、料理も上手くて働き者だ。
年齢を問わず、ラミに憧れているやつは多いと思う。
セウーゴだってそうだ。
あいつが俺に突っかかってくるのはラミのことがあるからかもしれない。
そんな中でラミは俺を選んだようだけど、だからといって安易に飛びつくことはできない。
ここは田舎だ。
【付き合う】と【婚約】は同義になるのだから。
結婚ねえ……。
ほのかな憧れすらないと言えば嘘になる。
ラミは尽くしてくれそうだし、俺だってそれなりに稼ぐ自信はある。
ささやかな家庭というのも悪くないだろう。
それに俺ももう十六歳だ。
女の体に興味だって……。
「ねえ、聞いてるの?」
ラミに腕を揺すられて我に返った。
「なに?」
「もう! 雪が解けたら二人で山菜を取りに行こうって言ってるの」
「あ、ああ……。山菜か……」
デートのお誘いだな。
いよいよ態度をはっきりさせないとダメだろう。
この村を出ていきたい気持ちはあるが、ノーマばあちゃんを一人にはできない。
だったらラミと付き合って、家庭を築くのもいいだろう。
でも、果たしてそれで幸せになれるのだろうか?
俺だけでなくラミの問題でもある。
だけど……。
考えは堂々巡りになり、思考が何周かしているうちに、俺たちは迷宮にたどり着いてしまった。
すでに幼馴染の何人かは迷宮前に集まっていた。
「おはよう、レイ。今日はラミと一緒に来たんだね」
「おはよう、ダバリム。たまたまな」
おそらくラミはこうやって既成事実を積み上げているんだろうな。
「セウーゴ、おはよう」
「ああ……」
今朝のセウーゴは機嫌が悪い。
ラミのことで俺に嫉妬だな。
こいつも嘘がつけないタイプだ。
こういうゴタゴタも俺にとっては悩みの種だ。
小さな集落だから、俺たちは嫌でもどこかで折り合いをつけなくてはならない。
まだ幼いメンバーが俺に質問してきた。
「レイ、今日はどうするの?」
「そうだな、久しぶりに地下三階のエリア4へ行ってみよう。罠も仕掛けてあるし、なにかかかっているかもしれないからな」
「わかった!」
この子は尊敬と信頼に満ちた目で俺を見ている。
愛されて悪い気はしない。
頼られて悪い気だってしない。
だけど、ときどき息が詰まりそうになる。
本気で愛したわけじゃない女と家庭を持ち、離れられない幼馴染たちとなんとか関係をたもってこの土地で暮らしていくのか、俺は?
ぼんやりしていると、セウーゴがとげのある声で聞いてきた。
「レイ、地下三階へはどうやって行くつもりだ?」
「第二階段を使う予定だけど?」
「奥の第五階段を使った方が早いだろ?」
セウーゴは自分を偉く見せようと必死だ。
だけど、頭から否定するわけにもいかない。
「あっちは使うやつも少なく、危険が多いぞ」
「だからチャンスなんじゃないか。獲物が多いかもしれないだろ?」
今日は深く潜るわけじゃない。
表層部だけなら多少の強敵が現れても対処できるだろう。
「わかった。セウーゴの提案に乗っかるよ」
計画を少し修正して、俺たちは狩りに出かけた。
今日は朝から幸先がよく、偵察先行した俺はディロップと呼ばれるトカゲ型の魔物を発見した。
迷宮の床にじっとうずくまったディロップはかなりの大物だ。
もともと可食部分が大きい魔物だけど、こいつなら三十キロを超える肉が手に入るだろう。
牛や豚にはかなわないけど、肉が柔らかく、味もいいとされる魔物である。
食料にしてよし、塩漬けにして街で売るもよし、ありがたい獲物なのだ。
すっかりうれしくなった俺はそっとみんなのもとへ引き返した。
「この先にでかいディロップがいる」
「マジか!」
「シッ、はしゃぐんじゃない」
思いがけない幸運にみんなが湧きたっている。
「まあ落ち着けって。いつも通りにやるぞ。俺が囮(おとり)になるから、みんなはここで待機していてくれ」
ガキの頃から一緒に育ち、ともに狩りをしてきたメンバーだ。
多くを語らなくても話は通じてしまう。
「ここの仕切りはセウーゴに任せるぞ」
「おう!」
セウーゴもすっかり機嫌を直してやる気を見せていた。
攻撃はみんなに任せて俺は囮役に徹するとしよう。
俺が得意としているのは身体強化魔法だから逃げ足は誰より速いのだ。
もっとも攻撃力だって本当は俺がいちばんだ。
だけど、危険な役目を他の誰かに押し付けるのも嫌なので、自然とこのスタイルが俺たちの定番になった。
単身で魔物のところへ向かう俺の背中にラミが声をかけてきた。
「レイ、無理はしないでね」
「…………」
気づかいは嬉しいが、狩りの最中に色恋事は持ち出さないでほしい。
何気ない一言が誰かを傷つけ、チームの和が乱れることだってあるのだ。
俺は軽く手を振って、ディロップのもとへ向かった。
「よぉ、トカゲさん! こんな日陰で昼寝かい?」
「グゥウウウ……」
一瞬の間をおいてディロップは高速で俺の方へと這(は)ってきた。
巨体に似つかわしくない素早さである。
だが、俺もすでに身体強化魔法を発動済みだ。
もちろん戦うためじゃない。
やってやれないこともないけど、けがのリスクが大きすぎる。
こんな田舎に治癒士はいない。
けがをすれば、その間は狩りに出かけられなくなる。
大きく後ろへとんでディロップの噛みつきを避けると、俺は一目散に逃げだした。
「ここまで来てみろ。俺の肉は美味いぞ!」
そんな挑発をしなくてもディロップはしっかりとついてきている。
これならはぐれることはないだろう。
あとは仲間が待機しているポイントまでおびき出すだけである。
「ガッ!」
ギリギリで攻撃をかわして俺は逃げ続ける。
くっ……、いつもより体のキレが悪い。
体調がよくないのか、はたまた魔素濃度のせいなのか……。
すぐ後ろに魔物の息遣いを感じながら俺は仲間たちが潜む十字路を駆け抜けた。
「来るぞ!」
通路の暗がりに潜んだ仲間たちがディロップに矢を射かけた。
俺の背中しか見ていなかったディロップは思いがけない攻撃を受けてもんどりうつ。
「手を止めるな! 攻撃を続けるんだ!」
手負いの魔物は恐ろしい。
奴らは最後まで生きることと殺すことを諦めない。
攻撃過多で肉が多少不味くなろうとも、完全に動きを止めるまで油断はできない。
それが魔物という生き物なのだ。
ようやく動きを止めたディロップを俺が確認した。
「もう大丈夫だ。血抜きをしよう」
仲間たちの顔に安(あん)堵(ど)の色が広がっている。
魔物の肉はかなりの重量になりそうだ。
十二人で分けても一人の取り分が五キロを下回ることはないだろう。
「みんな、俺に感謝してくれよ!」
セウーゴが胸を張っている。
「こっちのルートを選んだのは俺なんだ。レイの言うとおりのコースをたどってたらディロップには巡り合わなかったんだからな」
「だけど、いちばん危険な囮役をやってくれたのはレイだよ」
「なんだよ、ダバリム。文句あんのか!?」
やれやれ、セウーゴはいつまでたってもガキである。
「それくらいにして解体を手伝えよ。それと気をつけろよ」
「なんにだよ?」
「この辺りは昔から行方不明者が多いんだ。おそらくトラップがあるんだろう」
「トラップ? そんなの聞いたことねえぜ。うちの親父は何度もこの道を通ったって言ってた。だいたいトラップなんて――」
ガコッ!
セウーゴの振り回した拳が迷宮の壁に当たった。
ただそれだけだった。
だが次の瞬間、俺たちはまばゆい光に包まれて別の場所へ転移していた。
春というのに例年より気温は低く、今年はさらに種まきが遅くなりそうだ。
農作業ができるようになるまで、俺たちは危険な迷宮へ潜り続けなければならない。
表に出ると、陽だまりで暖をとりながら幼馴染のラミが俺を待っていた。
「おはよう、レイ。今朝も寒いね。夜中にまた少し雪が降ったみたい」
そんなことを言いながらラミは体を寄せてくる。
近いんだよな……。
「なにか用でもあったのか?」
「なんでそんなことを聞くの?」
「集合は迷宮の前だろ? ラミの家からだと俺の家は遠回りじゃないか」
「べつに……。二人で迷宮まで行こうと思っただけだよ」
ラミはかわいく拗(す)ねてみせた。
俺だって朴念仁ではないから、ラミの気持ちには気づいている。
最近はボディータッチが多くなったし、言動も露骨になってきたから、嫌でもわかってしまうほどだ。
ラミは俺と付き合いたいと思っているのだろう。
ただ、俺にその気はない。
たしかに村の幼馴染の中だとラミはいちばんかわいい。
性格だって悪くなく、料理も上手くて働き者だ。
年齢を問わず、ラミに憧れているやつは多いと思う。
セウーゴだってそうだ。
あいつが俺に突っかかってくるのはラミのことがあるからかもしれない。
そんな中でラミは俺を選んだようだけど、だからといって安易に飛びつくことはできない。
ここは田舎だ。
【付き合う】と【婚約】は同義になるのだから。
結婚ねえ……。
ほのかな憧れすらないと言えば嘘になる。
ラミは尽くしてくれそうだし、俺だってそれなりに稼ぐ自信はある。
ささやかな家庭というのも悪くないだろう。
それに俺ももう十六歳だ。
女の体に興味だって……。
「ねえ、聞いてるの?」
ラミに腕を揺すられて我に返った。
「なに?」
「もう! 雪が解けたら二人で山菜を取りに行こうって言ってるの」
「あ、ああ……。山菜か……」
デートのお誘いだな。
いよいよ態度をはっきりさせないとダメだろう。
この村を出ていきたい気持ちはあるが、ノーマばあちゃんを一人にはできない。
だったらラミと付き合って、家庭を築くのもいいだろう。
でも、果たしてそれで幸せになれるのだろうか?
俺だけでなくラミの問題でもある。
だけど……。
考えは堂々巡りになり、思考が何周かしているうちに、俺たちは迷宮にたどり着いてしまった。
すでに幼馴染の何人かは迷宮前に集まっていた。
「おはよう、レイ。今日はラミと一緒に来たんだね」
「おはよう、ダバリム。たまたまな」
おそらくラミはこうやって既成事実を積み上げているんだろうな。
「セウーゴ、おはよう」
「ああ……」
今朝のセウーゴは機嫌が悪い。
ラミのことで俺に嫉妬だな。
こいつも嘘がつけないタイプだ。
こういうゴタゴタも俺にとっては悩みの種だ。
小さな集落だから、俺たちは嫌でもどこかで折り合いをつけなくてはならない。
まだ幼いメンバーが俺に質問してきた。
「レイ、今日はどうするの?」
「そうだな、久しぶりに地下三階のエリア4へ行ってみよう。罠も仕掛けてあるし、なにかかかっているかもしれないからな」
「わかった!」
この子は尊敬と信頼に満ちた目で俺を見ている。
愛されて悪い気はしない。
頼られて悪い気だってしない。
だけど、ときどき息が詰まりそうになる。
本気で愛したわけじゃない女と家庭を持ち、離れられない幼馴染たちとなんとか関係をたもってこの土地で暮らしていくのか、俺は?
ぼんやりしていると、セウーゴがとげのある声で聞いてきた。
「レイ、地下三階へはどうやって行くつもりだ?」
「第二階段を使う予定だけど?」
「奥の第五階段を使った方が早いだろ?」
セウーゴは自分を偉く見せようと必死だ。
だけど、頭から否定するわけにもいかない。
「あっちは使うやつも少なく、危険が多いぞ」
「だからチャンスなんじゃないか。獲物が多いかもしれないだろ?」
今日は深く潜るわけじゃない。
表層部だけなら多少の強敵が現れても対処できるだろう。
「わかった。セウーゴの提案に乗っかるよ」
計画を少し修正して、俺たちは狩りに出かけた。
今日は朝から幸先がよく、偵察先行した俺はディロップと呼ばれるトカゲ型の魔物を発見した。
迷宮の床にじっとうずくまったディロップはかなりの大物だ。
もともと可食部分が大きい魔物だけど、こいつなら三十キロを超える肉が手に入るだろう。
牛や豚にはかなわないけど、肉が柔らかく、味もいいとされる魔物である。
食料にしてよし、塩漬けにして街で売るもよし、ありがたい獲物なのだ。
すっかりうれしくなった俺はそっとみんなのもとへ引き返した。
「この先にでかいディロップがいる」
「マジか!」
「シッ、はしゃぐんじゃない」
思いがけない幸運にみんなが湧きたっている。
「まあ落ち着けって。いつも通りにやるぞ。俺が囮(おとり)になるから、みんなはここで待機していてくれ」
ガキの頃から一緒に育ち、ともに狩りをしてきたメンバーだ。
多くを語らなくても話は通じてしまう。
「ここの仕切りはセウーゴに任せるぞ」
「おう!」
セウーゴもすっかり機嫌を直してやる気を見せていた。
攻撃はみんなに任せて俺は囮役に徹するとしよう。
俺が得意としているのは身体強化魔法だから逃げ足は誰より速いのだ。
もっとも攻撃力だって本当は俺がいちばんだ。
だけど、危険な役目を他の誰かに押し付けるのも嫌なので、自然とこのスタイルが俺たちの定番になった。
単身で魔物のところへ向かう俺の背中にラミが声をかけてきた。
「レイ、無理はしないでね」
「…………」
気づかいは嬉しいが、狩りの最中に色恋事は持ち出さないでほしい。
何気ない一言が誰かを傷つけ、チームの和が乱れることだってあるのだ。
俺は軽く手を振って、ディロップのもとへ向かった。
「よぉ、トカゲさん! こんな日陰で昼寝かい?」
「グゥウウウ……」
一瞬の間をおいてディロップは高速で俺の方へと這(は)ってきた。
巨体に似つかわしくない素早さである。
だが、俺もすでに身体強化魔法を発動済みだ。
もちろん戦うためじゃない。
やってやれないこともないけど、けがのリスクが大きすぎる。
こんな田舎に治癒士はいない。
けがをすれば、その間は狩りに出かけられなくなる。
大きく後ろへとんでディロップの噛みつきを避けると、俺は一目散に逃げだした。
「ここまで来てみろ。俺の肉は美味いぞ!」
そんな挑発をしなくてもディロップはしっかりとついてきている。
これならはぐれることはないだろう。
あとは仲間が待機しているポイントまでおびき出すだけである。
「ガッ!」
ギリギリで攻撃をかわして俺は逃げ続ける。
くっ……、いつもより体のキレが悪い。
体調がよくないのか、はたまた魔素濃度のせいなのか……。
すぐ後ろに魔物の息遣いを感じながら俺は仲間たちが潜む十字路を駆け抜けた。
「来るぞ!」
通路の暗がりに潜んだ仲間たちがディロップに矢を射かけた。
俺の背中しか見ていなかったディロップは思いがけない攻撃を受けてもんどりうつ。
「手を止めるな! 攻撃を続けるんだ!」
手負いの魔物は恐ろしい。
奴らは最後まで生きることと殺すことを諦めない。
攻撃過多で肉が多少不味くなろうとも、完全に動きを止めるまで油断はできない。
それが魔物という生き物なのだ。
ようやく動きを止めたディロップを俺が確認した。
「もう大丈夫だ。血抜きをしよう」
仲間たちの顔に安(あん)堵(ど)の色が広がっている。
魔物の肉はかなりの重量になりそうだ。
十二人で分けても一人の取り分が五キロを下回ることはないだろう。
「みんな、俺に感謝してくれよ!」
セウーゴが胸を張っている。
「こっちのルートを選んだのは俺なんだ。レイの言うとおりのコースをたどってたらディロップには巡り合わなかったんだからな」
「だけど、いちばん危険な囮役をやってくれたのはレイだよ」
「なんだよ、ダバリム。文句あんのか!?」
やれやれ、セウーゴはいつまでたってもガキである。
「それくらいにして解体を手伝えよ。それと気をつけろよ」
「なんにだよ?」
「この辺りは昔から行方不明者が多いんだ。おそらくトラップがあるんだろう」
「トラップ? そんなの聞いたことねえぜ。うちの親父は何度もこの道を通ったって言ってた。だいたいトラップなんて――」
ガコッ!
セウーゴの振り回した拳が迷宮の壁に当たった。
ただそれだけだった。
だが次の瞬間、俺たちはまばゆい光に包まれて別の場所へ転移していた。


