古代魔道具(オートマギア)の伝承者となった俺、荒廃世界を旅する

 ロメールはなにもない、くそそのものの寒村だ。
 あるのはどこまでも続く岩だらけの荒野と、その間に拓かれたトカゲの額(ひたい)ほどの痩せた畑だけ。
 唯一の救いは地下に広がる迷宮があることくらいだろうか。
 と言っても、迷宮の財宝なんぞとっくに取り尽くされていて、目ぼしいお宝なんかありゃしねえ。
 だが迷宮には可食の魔物が出現するのだ。
 俺はレイ・グラン。
 毎日迷宮に潜り、命をかけて魔物を狩る狩人だ。
 と言っても、やりたくてはじめた仕事じゃない。
 それしか選択肢がなかったってだけの話である。
 ガキの頃からの知り合いも、ここではみんなが魔物相手の狩人をやっている。
 カメの歩みよりもゆっくりと流れる時間の中で、どうしようもない閉塞感を抱えて生きる毎日だ。
 まあ、魔物の肉でも食えるだけ他の村よりはましなんだけどな。
 そういうわけで、今日も俺は幼(おさな)馴(な)染(じみ)たちと一緒に迷宮にきていた。
「レイ、そろそろ時間だよ」
 几帳面なダバリムが狩りの終わりを俺に告げてきた。
 太陽の光が届かない迷宮では、時間の感覚が狂ってしまう。
 ダバリムの体内時計は俺たちの中ではいちばん正確だ。
「うし、撤退するか」
 だが、セウーゴが俺の決定にいちゃもんをつけてきた。
「少し早すぎねえか? もうちょっと欲張ろうぜ」
 昔からセウーゴはなにかにつけて俺に張り合ってくる。
 たぶん、こいつはリーダーになりたいタイプなのだ。
 みんなを仕切って、ちやほやされたいのだろう。
 だが、潮時を読み違えれば命の危険がある。
 体力が残っているうちに引き返すのがここでのセオリーだ。
「迷宮で欲をかくやつは死ぬ、大昔からの格言だぜ」
「そんなことばかり言ってるから、いつまでたっても俺たちは貧乏なんだよ。もう少し進めば大物が現れるかもしれねえじゃねえか」
 そんな保証こそどこにもないが、セウーゴは希望に縋(すが)りついている。
 夢見るのは自由だが、ありもしない幻想に命をベットするのはバカらしい。
 体を張るにはちょいとばかりロマンに欠けているってもんだ。
 勝負のときはいまじゃない。
「だったら多数決で決めよう。みんなはどうする?」
 わかっていたことだったが、セウーゴに賛成するやつはいなかった。
「チッ」
 自分が支持されない苛立ちを抱えてセウーゴは地面を蹴った。
 そんなところがリーダーになれない理由だと思ったが、口には出さない。
「まだ十二歳のやつもいる。もっと稼ぎたい気持ちはわかるが、今日はこれくらいにしておこうぜ」
「ああ……」
 不満そうなセウーゴを宥(なだ)めるのも俺の役目の一つだ。
 メンツを立ててやればセウーゴもそれ以上は言わない。
 ごね続ければ、俺との正面衝突は避けられなくなるからだ。
「帰って肉を分けよう。みんな、地上に出るまで気を抜くなよ」
 疲労が浸食して脚が重くなっている。
 それでも自分たちと家族の分の肉は確保した。
 これで数日は生き延びられるのだ。
 獲物の重量は軽かったが、俺たちは地上へと引き返した。

 地上に出ると雪が降っていた。
 もう春だというのに暖かな兆しはどこにもない。
 気のせいではなく年々春の到来が遅くなっているのだ。
 手に入れた魔物の肉を平等に分け、俺たちはそれぞれの家へと帰った。
「ただいま」
 扉を開けると、洗濯物をたたんでいるノーマばあちゃんと目が合った。
 年齢の割に若々しいけど、ここ数年ですっかり老けた気がする。
 いろいろあって俺はノーマばあちゃんと二人暮らしだ。
「おかえり、レイ。けがはないかい?」
「平気だよ。これ、少ないけど今日の得物」
「ご苦労様。ピアミットの肉だね。今夜はこれでシチューにしましょう」
 肉を受け取ると、ばあちゃんは身をかがめてかまどに薪を入れた。
 そうしておいて火炎魔法を繰り出す。
 だが、ばあちゃんの指先からあがる炎はロウソクの揺らめきのように小さい。
 若い頃は紅蓮の魔女という二つ名を持った高名な魔法使いだったらしいけど、いまでは見る影もない。
「また魔法の威力が落ちてきているわね。レイ、狩りに支障はないのかい?」
「俺が得意なのは身体強化系だからまだましだよ」
「それに比べて放出系はダメね……。これも空気中の魔素が減っているからなのでしょうね」
 ばあちゃんのため息にいら立ちを覚えてしまった。
「それ、死んだじいちゃんのたわごとだろ……」
「バカなことを言うんじゃありません。あの人は間違ったことなんて言っていませんからね。私はブライズを信じていますよ」
「…………」
 死んだブライズじいちゃんは宮廷魔術師だった。
 じいちゃんの説によると、この世界の地下にはマジックストリームという大きな魔素の流れがあるそうだ。
 近年、このマジックストリームの流れが滞り、空気中の魔素濃度はどんどん低下しているらしい。
 春の訪れが遅いのも、作物の収穫量の減少も、すべては魔素濃度の低下が原因だというのだ。
「だけど、じいちゃんが提唱したマジックストリームの制御ポイントなんて一つも見つかっていないんだぜ。自説を曲げず、宮廷魔術師の地位を剝(はく)奪(だつ)されてりゃ世話ねえよ」
 じいちゃんの説を支持する魔術師は誰もいなかったのだ。
 上司にたてついて首になった挙句、じいちゃんは北の辺境に移り住んだ。
 そして、死ぬまでここで研究を続けたのだ。
 愉快な人とは言えなかったけど、魔術に対する真(しん)摯(し)な態度は尊敬していた。
 俺にとっては祖父であると同時に魔術の師匠でもある。
 もっとも、俺が望んで教えを請うたわけじゃない。
 俺が喋れるようになると同時に、じいちゃんの魔術講義が始まってしまっただけ、という話だ。
 二年前に亡くなってしまったけど、俺が十四歳になるまで講義のない日はなかった。
 俺は優秀な生徒だったらしく、じいちゃんは自分の知識のすべてを俺に注ごうとしていた。
 どんなに貧しいときでも俺のために蔵書だけは売らないようにしていたくらいだ。
 それについては感謝しているけど、決められた道を歩まされたという反発は常にどこかにあった。
 もっとも、おかげで腕利きの狩人になれたという自覚はある。
 魔法知識が豊富な俺はこの村の中でも稼ぎ頭の狩人だ。
 それはじいちゃんの教えの影響が多分にある。
 もっとも、じいちゃんは俺に狩人になんてなってほしくなかっただろうな。
 ばあちゃんはどうなんだろう?
 両親がいなくなり、じいちゃんが死んでから、ばあちゃんは女手一つで俺を一人で育ててきた。
 いまより魔素が濃かった頃は老体に鞭を打って迷宮に入っていたのだ。
 そんなばあちゃんも迷宮最下層で強力な魔物にエンカウントして大けがを負い、狩人を引退した。
 口には出さないけど、それもこれも俺に魔術を究めてほしくてだったと思う。
 蔵書の維持、実験道具や素材の購入費用と、魔術にはかねがかかるのだ。
 祖父母には抱えきれないほどの恩がある。
 せめて役に立とうと狩人になったけど、ばあちゃんが望んだものとも違う気がする。
 それに、なにより俺自身はどうなんだろう……。
 太陽は沈み、部屋の中の闇が濃さを増した。
 ノーマばあちゃんはランプに火を灯して明り取りの窓に手をかけた。
 外では残光に照らされ、氷で覆われた小さな畑が見えている。
「じいちゃんも、わざわざこんな寒いところを選ばなくてもよかっただろうに……」
「昔は秋になると、この辺りでも麦の穂で黄金色に染まったものよ。もう一度見てみたいわね……」
 ばあちゃんはそう言うけど、俺にその記憶はない。
 ここでとれるのはしなびたジャガイモくらいのものだ。
「貯えておいたジャガイモももうすぐなくなるわね……」
「雪解けは間近だぜ。そのうちなんとかなるさ」
 くすぶっていた薪が燃え上がり、ようやくかまどに赤々と火が灯(とも)った。
 なにも変わらない夜がまた始まろうとしていた。