1ミニッツ短編集ボックス

 あの出来事は、まるで“奇跡の手品”みたいだった。
 期待されてこなかった昔の私は、うまく光ることもできず、ただ日々をやり過ごすだけだった。もしあのまま何も望まない人生を選んでいたなら、それはそれで気楽だったのかもしれない。

「……でも、どうしても諦めきれなくてさ」

 私は居酒屋のカウンターで、ついこぼしてしまう。
 手元の日本酒が揺れるたび、大将はおかしそうに私を眺めていた。

「夢を追う若い子ってさ。安全な場所から眺めてると、いっとう面白いんだよね」

 容赦ない大将の物言いは、要するに“力を抜いてもいいんだよ”ということなのだろう。
 そんなことは、ずっとわかっていた。

「世の中が求めるのはね、美しいもの、いいもの、すてきなもの、透明なもの……そういう輝きだよ。で、それがここで日本酒片手の人間から、ホイッと生まれると思う?」

 大将は苦笑いしながら、ふとビール瓶を手に取ると、ぽつりと漏らした。

「俺さ、ビールも日本酒も飲めないんだよ」

「え、そうだったの?」

 そういえば、大将が酒を飲んだところを見たことがない。この店に通って三年近くなるのに、そんなことすら気づけなかったとは。

「だから思うんだ。君がなかなか芽を出せない理由って、そういうところかもしれないね」

「……人のことを見てないってこと?」

 大将は首を横に振り、柔らかく笑った。

「違うよ。君はね――自分が“一晩で飲みほされる輝き”になるのが、ちょっと怖いんだ」