休み明けの月曜日の放課後、僕はグラウンドに置かれていた真っ赤な三角コーンを回収していた。
最後の授業に体育をやっていたどこかのクラスが、回収し忘れていたらしい。しわ寄せが部外者である僕にやってきたのは不快な事この上ないが、時間がかかるものでもないので応じた。
三角コーンなどの道具は体育館内部にある倉庫の中に仕舞う。
そういえば今日はバスケ部が他校のバスケ部を呼んで練習試合する日だと聞いたっけ。柳原はバスケ部のエースである事は知っている。しかしクラスが違うから授業では関わらないし、運動している彼がどんな様子かは見た事ない。
柳原は毎週金曜日に茶道室に来るが、逆に僕は彼の部活動での様子を一切知らないと気付いた。
◆◆◆
そう考えている間に体育館に着いて入口の扉を開けると、外に漏れ出ていた歓声とボールが床に叩きつけられる音がより一層大きく響いた。
館内にある中央のコート全面を使って試合を行っている。そのコートを囲むように、周りには控えの選手やマネージャーが声を張り上げて応援していた。得点版を挟んで右側が同じ学校の生徒、左側が他校の生徒のようだ。ユニフォームが違うから分かりやすい。その他僕以外にも、観戦に来た生徒たちが離れた位置で様子を見ている。
三角コーンを定位置に戻して倉庫を出ると、正面に柳原がドリブルしながら走っていく姿が見えた。力強い足取りで駆け抜けていく。すかさずディフェンスしようとする他校の生徒を潜り抜け、ゴール下に居た味方にパスを渡す。見事な連係プレイで2点獲得した。
観客と控えに居るチームメイトから歓声が上がり、柳原とゴールを決めた生徒は拳をコツンと合わせてニカッと笑った。
「2点差か……」
得点板の点数を見れば、相手チームの方が点数が多い。さっき2点入れたが、まだ追いつかない。残り時間を示すボードが1/2に切り替わり、『残り1分!』と審判が声を上げた。
コートに居る2色のユニフォームが、右へ左へとせわしなく動いていく。これだけ人が入り乱れている状況でも、僕の目は無意識に柳原を追っていた。何故かその一挙一動を見逃したくなかった。相手が立ちはだかる度に頑張れと心の中で呟き、彼がボールを手に取るたびにゴクリと唾を飲む。
どちらとも決定的なシュートは打てず、時間はさらに1/4へ切り替わった。割と絶望的な状況だが目の前を走り抜ける柳原の目には不屈の闘志が宿っている。
相手と自分のチームメイトの配置を確認しながら、ただ真っすぐゴールを見ている。その横顔はこんな状況でも楽しんでいるように見えた。彼はきっとこのまま負けてしまっても、全力でプレー出来た事に満足するだろう。
「でもなんとか、せめて延長戦まで行ってほしい」
バスケ部の練習試合を観戦するのは初めてなのに、なんだかそう思ってしまった。
敵陣で相手のゴールを阻止した味方チームが、柳原にパスを回した。それとほぼ同時にボードが0に切り替わり、誰かが『残り15秒!』と叫んだ。
途端に、柳原の口元が覚悟を決めたかのようにきゅっと閉じられる。床を叩くボールのドリブル音が鼓膜を揺さぶる。ボールを叩く手の指先まで目に焼き付ける様に、彼から視線が離せない。
そして柳原がより一層足を強く踏み込むと、ゴールからかなり離れた位置で思い切りジャンプをした。
鳥が大きな翼を広げて飛び立つように、軽やかに宙に浮く。両手でボールを持ち、ゴールを真っすぐ見据える瞳は獲物を見定めた鷹のように鋭く雄々しい。相手チームはディフェンスが間に合わず、今の柳原を遮るものは何もない。皆の視線が彼に釘付けになった。
「行け、柳原……!」
僕はそう呟いていた。
柳原はスリーポイントラインの外側からロングシュートを放った。力強い投擲なのに長い指先の動きは繊細で、ボールが手から離れるその瞬間まで美しい完璧なフォームだった。ゴールめがけて飛んでいくボールは、美しい弧を描いてゴールネットの中に吸い込まれていった。残り時間僅かかつ2点差の状況で、柳原は見事な3Pシュートを決めた。
その瞬間、ワッと味方チームから大きな歓声が上がった。
そのまま試合は終了し、ホイッスルの高い音が響く。柳原は見事試合に勝利した。相手チームと握手をした後、味方チームの面々が柳原を囲ってハグをしている。
「うおおおお、やったな柳原!! お前やる時はやるじゃん!!」
「日向テメー、なんだその言い方は! 俺はこのチームのエース様だぞ、もっと敬え!!」
「はー? お前が寄こしたパスで俺が華麗なシュート決めなければ1点差で負けてたがー?」
柳原の頭をわしゃわしゃと掻いている男子生徒は、残り1分になる少し前にゴールを決めた生徒のようだ。日向という名前らしい。柳原も仕返しのように日向さんの頭を乱暴に掻く。口調も僕と居る時よりやや荒々しい。これがきっと彼の素の表情なのだろう。僅かな苛立ちと呆れが混ざった顔は、僕が見た事のない表情だった。
「……うん?」
あれ……なんでだろう、今胸の奥がチクっと痛んだ気がした。針の先端がちょんと触れたかのような痛み。気のせいかなと思ったけど、何故かチームメイトに囲まれている柳原を見ると再び痛みが走る。
「そっか……僕は1人だけど、君には沢山のチームメイトが居る」
いや、僕は何を言っているんだ。バスケはチーム競技なので仲間が沢山居て当たり前だ。彼からたまにチームメイトの話は聞いていたけど、いざ目の前で沢山の人に囲まれている柳原を見てなんだか無性に寂しくなった。
彼には僕が居なくても沢山の人が周りに居る……僕には君くらいしか一緒に部活に付き合ってくれる生徒は居ないのに……。
「あっ!! 真雅じゃーん!!」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、沈みかけていた意識が引き戻される。俯いていた顔を上げると、柳原が僕に大きく手を振っていた。その顔は明るく爽やかな、何度も見た僕がよく知っている笑顔だった。
