放課後ティータイムは、君と一緒にほろ苦い抹茶を

 
「えっと……あんた、名前は?」

 口元を隠して何も言わない僕に、柳原は首を傾げながら尋ねてくる。

「えっ、僕? 真雅(まみやび)心一(しんいち)だよ」
「真雅か! 俺は柳原(やなぎはら)(つばさ)だ、よろしくな!! 俺の事は遠慮なく呼び捨てで『柳原』と呼んでも構わないぞ。俺もそうするから!!」

 串を投げ捨てる様に皿に戻した柳原が僕の両手を握ってグイッと近づいてくる。お……おお、随分とガツガツと来るんだな。
 その後も少し話を聞いていくと、彼は別のクラスだが僕と同じ学年の生徒らしい。僕は普段休憩時間は教室に引きこもっているし、クラスが離れているため今まで関わる事もなかったのだろう。

「あー、その……よろしくね。えっと、柳原」
「おう! ところで、さっきのあんた格好良かったぞ! あの、あれだ、クールジャパンって感じで!!」
「ふはっ、何だそれ」

 僕は思わず噴き出して笑ってしまった。意味がよく分からない感想だが彼の顔は真剣で、必死に良さを伝えようとしているのは感じ取った。
 いつも講師の方以外と茶道や抹茶に関する話をしていなかったから、必死に熱意をぶつけてくれる様子に温かい気持ちになった。ドキドキといつもより早くなる心臓は、なかなか鎮まってくれない。

「あんたそんな顔で笑うんだな」

 くすくすと笑っていると、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面の柳原が小さく呟いた。

「なんだ、僕だって笑う時は笑うぞ」
「いや、まあそうだろうけど……チケットを渡した時も茶を淹れている時もずっと感情を押し殺したスン……ってした澄ました顔だったから、意外と可愛い顔で笑うんだなって……」
「は? 最後に雑に口説けば貶して良いってもんじゃないぞ」
「ああいや、そんなつもりは……すまん!!」

 思わず眉間に皺が寄って低い声が出る。柳原は慌てたように僕の手を放して、首をブンブン振って謝罪をする。しかしさっきから動きに落ち着きがなくて面白い奴だな。

「まあ、別に良いけど。ところでさ、提案があるんだけど……あー……」

 脳にぼんやりと浮かび上がった提案を口にしようとして、一瞬理性がブレーキをかける。言うか言わぬか口をモゴモゴさせている僕に、柳原はニカっと爽やかな笑みを浮かべた。

「うん、どうした? 言ってみ?」
「その……差し出がましい事だとは重々承知だが……」

 なんだか全身がこそばゆいような感じに落ち着かず、両手の指を絡めるようにそわそわと動かす。ここで柳原がこれ以上催促したら『やっぱ、なんでもない!』と突っぱねていたところだろうが、意外にも柳原は僕が話すのをニコニコ笑いながら待っていた。
 ええい、どうにでもなれ……!

「その……気に入ったなら茶道室に来ればまた抹茶をたてるよ」
「えっ、マジで!?」

 今までそれなりの数の人にお茶を淹れてきた。部活動の一環で、役場で開催された小さな茶会にもゲストとして参加したことがある。
 だが彼ほど瞳を輝かせて感動してくれた人は他に居ない。こういう人にこそ淹れてあげたいと思うこと自体は普通だと思う。だから、誘ってしまった。部活動的にそれはOKなのか確認も出来ていないというのに。
 ……また僕が淹れた抹茶で、喜んでくれている顔が見たい。

「毎週水曜日部活をやっている。僕くらいしか部員は居ないから来てくれると、えっと……全然お菓子も抹茶も余るし、廃棄ロスがなくて助かる」

 ああもう、僕はなんでそこで素直に『嬉しい』と言えないのだろう。

「水曜日かぁ……俺バスケ部なんだけど金曜日以外は部活あるんだよな。バスケも頑張りたいし、あんまり行けないと思う」

 それを聞いて胸がざわりとした。がっかりしたと言うか残念で寂しいと言うか。しかしこの学校の生徒の大半は何かしらの部活動に参加しているし、そちらを優先するのは当たり前である。
 諦めるべきなのは分かっている、だが何故か彼とここで切れる関係にはなりたくなかった。

「あー……実は部活動ではないけど、金曜日も自主練しているんだ! だから来てくれないか?」

 咄嗟に嘘をついてしまった。言ったそばから『やってしまった……』と背筋に冷や汗が流れた。心臓がやけにうるさく鳴り響く。返事を待つ僅かな時間が、とても長く感じた。

「えっ、それなら行く行く!! よっしゃ、来年の文化祭まで見られないと思ったわ!」

 ニカッと爽やかに輝く笑顔が、胸にへばりついた嫌な緊張感をほぐしてくれた。入れ替わるように湧きあがる高揚感で、胸の奥が温かくなっていく。拳をグッと握る仕草が、本当に喜んでいるのだとひしひしと伝えてくれた。

「とりあえず金曜日に茶道部の部室に行ったらいい? 俺が直接真雅が居る教室行った方がいいか?」
「うーん、部室にしてくれる方が助かるかな」
「了解! いやーしかし、そっちから誘ってくれるのは予想外だわ。金曜日がちょっと楽しみになった」
「いや、貴重な抹茶好き仲間が出来て僕も嬉しいから」
「へ……抹茶好き仲間?」

 柳原はポカンと口を開けて首を傾げている。

「さっき『どうだった?』って聞いてすごく味を褒めてくれたじゃん。じゃあまた淹れてあげたいなって思って」
「あ、あれそっちの意味……」

 柳原は口元に手を当てて少し気まずそうに視線を逸らした。
 もしや今更照れているのだろうか、面白い奴め。

「茶道部さ、僕1人なんだ。しかも卒業した先輩も講師の人も、全員女性。だから同じ男子高校生で抹茶好きの仲間が出来てとても嬉しい」
「あ、うん。えっと……」
「僕も楽しみにしている。ちょっと良い茶菓子用意して待っているから」

 言葉にするとより一層温かい気持ちが全身に広がっていくのを感じた。男子生徒を茶道室に招待するのは初めてだ。いつもの練習の時とは違う放課後になる予感がする。さて、なんの菓子を買おうかな、そう考えるだけでも遠足前の小学生のようにワクワクする。
 そんな僕を見て、柳原は何かを言おうとしていた口を閉じた。