放課後ティータイムは、君と一緒にほろ苦い抹茶を

 
 柳原と初めて会ったのはおよそ半年前、文化祭の日だった。
 文化祭では各部活の部員がグループになって何かしらの出し物をやっており、学校外からも沢山の人々が来る賑やかな1日だ。出し物は各部活それぞれで決め、運動部は無難に唐揚げやフランクフルトなどの屋台を開き、吹奏楽部は体育館で演奏を披露する。そして茶道部では、訪れた生徒や先生たちに抹茶と茶菓子を振る舞っていた。

 文化祭の時は普段の茶道室ではなく野点を楽しむ。この日は運良く紅葉が見頃で、真っ赤な紅葉が地面を鮮やかに染めていた。
 一番沢山の葉を付けている木の下にテーブルを設置して、大きな番傘を差した。乾性油が光に反射して艶めく朱色の番傘だ。下から見上げる空は、紅葉と番傘の赤が映えてとても綺麗だったのを覚えている。

 自分が座るテーブルの前にお客様用の席を設置し、決して多くはないお客様に1杯1杯丁寧に茶をたてた。
 購買室で売られている500円のチケットを買って飲みに来てくれるのは、だいたい和菓子が好きな数人グループの女子生徒と年配の先生たちだ。だからこそ珍しく来た男子生徒である柳原の事はよく覚えていたのだ。その時は偶然、他のお客様は居なかった。

「これ貰ったから来たんだけど、場所はここで合っている?」

 そう言いながらチケットを渡してきた。本文化祭の催し物としてどこかの教室でじゃんけん大会があったらしく、その景品の1つがこの抹茶チケットだった。

 他に部員が居ないので、茶をたてるのは僕だ。先に茶菓子である練り切りを乗せた小皿を柳原の前のテーブルに置いた。その後は自分の定位置に戻り、いつも講師に教えてもらった通りお点前していく。
 各道具を何度も練習した手順で清め、適量の抹茶を掬い、湯を注いで茶筅で抹茶をたてる。手首を振るようにして抹茶の粉とお湯を混ぜていくと、きめ細かな泡をたてながら香り高い一杯が完成する。

 その工程を柳原はじっと見ていた。茶道を知らない者にとっては物珍しかったのだろう。僕は席を立ち上がると、出来上がった抹茶を両手に持って柳原の元へ運んだ。良い出来栄えだと、思わず口元に笑みを浮かべたよ。

「どうぞ」
「あっ、えっと、頂きます!」

 呆然と僕と抹茶を交互に見ていた柳原は、僕の一声でハッとしたように肩を揺らしながら両手を合わせた。

「ええっと……あんまり茶道の事は分からないけど、これって手前に茶碗を2度回して飲むんだよね?」
「あー、そうだね」

 茶道と言えばそのイメージがあるのか、茶碗を時計回りに2度回してから飲むのを知っている人は意外と多い。なぜ回すかは殆どの人が知らないが。

「でも野外でのお茶…… 野点はカジュアルに楽しむものだそうだ。細かい事は気にしなくて良いと思う」
「そっか、とりま頂きます!」

 柳原は一応茶碗を2度回した後、ゴクゴクと一気に飲み込む。茶碗を口から離した柳原は口をへの字に曲げて口をモゴモゴ動かしている。

「お、おお……めっちゃ濃いな……こんな濃い抹茶飲んだの初めてだ」
「茶道部ではこんなものだよ。だいたい抹茶好きな人が部活に入るし」
「まあ確かに、今まで食べた抹茶系の食べ物の中で一番抹茶だった……」
「なんだその意味不明なコメントは」

 抹茶が抹茶の味がするのは当たり前であろう。
 茶を淹れる作法が余程珍しかったのか、先に提供しておいた茶菓子を食べるのを忘れていたらしい。柳原は練り切りを串に刺すと一口でぱくりと食べた。

「それでその……どうだった?」

 他に誰も居ないから思わず聞いてしまった。この時の僕は、よっぽど男子生徒が抹茶に興味を持って来てくれたのが嬉しかったらしい。卒業した先輩も、講師の方も女性なのだ。正直少しだけ肩身が狭い気持ちを抱いていた。
 ちゃんと上手にたてられただろうか、お湯と粉のバランスは、泡の舌触りはどうだったか……そんな細かい事まで気にして飲んではいないだろうが、なんだか無性に味の感想が聞きたくなったのだ。

「あっ、えっと……凄かった!!」

 片手に串を持ったまま、柳原はそう言った。太陽のようにパッと眩しい笑顔を浮かべ、見開かれた瞳は感動したようにキラキラ煌めいている。興奮気味なのか声も先程より大きい。

「その……俺あんまり語彙力とかないから上手く言い表せないけど、えっと、その抹茶を立てる道具に付いた泡が、茶碗に零れる空気感とかも綺麗で……最後の一雫まで魂が宿っているみたいだった。あんたの目も真剣で凛としていて、すっごくドキドキした。茶道とか何も知らなかったのに一瞬で惹き込まれたよ!!」

 跳ねるように弾んだ声が、僕の鼓膜を通って胸を突き刺してくる。顔を僅かに赤く染めて力説する柳原の言葉に、何故かドクドクと胸の鼓動が早まっていく。

 まさかこんなにも抹茶を気に入ってくれるなんて思わなかった!!

 むしろ抹茶に対する想いは僕以上かもしれない。自分がたてた一杯を、こんなに気に入ってくれるなんて本当に嬉しい。僅かに開いた自分の唇が震え、そっと弧を描いていく。口元の笑みを見られないように僕は自分の口元に触れた。手から伝わる顔の温度がいつもより高い気がした。