震える唇を、小鳥のように小さく啄まれた。全部の神経がそこに集約されているのではないかと勘違いしそうな程、柔らかくて温かな感触が鮮明に伝わる。
触れ合ったのは1秒くらいのほんの短い時間だったというのに、伏せられた瞳と長いまつ毛も、唇に残る感触も生々しく脳に刻まれた。
「あ……」
唇が離れたと同時に、柳原の間の抜けた声が聞こえた。
「やっちまった」
「やっちまったって、君さぁ……」
「ああいや、うっかりではないな。この関係が崩れるのが怖くて言えなかったけど、ずっと秘めていた俺の本心だ。林檎のように真っ赤な可愛い顔であんなこと言われたらさぁ……もう我慢できないよ」
おいちょっと待て、僕はどんな顔をしていたんだ。
知りたいような知りたくないような……とりあえず心臓が落ち着くまで待ってほしかったが、今の柳原はそれすら許してくれないようだ。
「真雅、あんたが好きだ」
その言葉が来るとなんとなく予想できたのに、心臓が一際大きく跳ねた気がした。細胞全てに刻むかのように、耳の中で何度も反響しながら心に染み渡る。
「自覚したのは最近だけど、真雅にずっと恋をしている。だから絶対に毎週ここに来るよ。いや、金曜日以外も真雅と一緒に居たい。休憩時間に会いに行きたい、一緒に帰ってお菓子を買い食いしたい、またここに……触れたい」
柳原の細くて長い人差し指が、僕の唇をゆっくりとなぞる。唇の皺の僅かな凸凹も確認するかのようにじっとりとした動きに、思わず肩がぴくりと動く。
囁くような小さな声は、無視できない程の強烈な恍惚さを纏っている。心臓が鷲掴みされたかのように苦しい。精神の生死を握られているかのような執着心が見え隠れしている。本来なら恐ろしいはずなのに、この眼差しと指が気持ちを昂らせてくれる。
「返事を聞かせてくれないか?」
唇を撫でていた指先が首を伝うように胸へ降りていく。心臓がある位置に優しく手のひらを押し当てられ、また大きく鼓動を鳴らした。柳原が『ふっ……』と小さく笑った。手のひら越しにも伝わるほど、心臓がうるさくなっている事がバレてしまった。
僕も手を伸ばし、柳原の心臓の位置に手のひらを触れた。
彼の心臓もまた、僕に負けないくらい大きな音を立てて脈動している。嫌というほど、秘めた感情が伝わってくる。
「同じだ……」
「うん、俺も真雅と同じ状態だ。でも言葉で返事が聞きたい」
「僕はひねくれ者だ」
「うん」
「君は時々意地悪だ……」
「うん」
僕の答えはもう決まっている。だけど素直になるにはまだ時間がかかるようで、なかなか口から言葉が出てくれない。
だから僕は身を乗り出すように、自分の顔を柳原の顔に近づけた。驚いたように少し開かれた唇に、自分の唇を重ねる。自分の舌を差し入れて彼の舌をぺろりと舐めると、ざらりとした温かな感触と一緒に抹茶の苦味と練乳の甘みを感じた。
「甘っ……」
唇を離しながらぽつりと呟いた。
「もう少し舌が大人になったら付き合ってあげる」
「ええー!! 素直じゃないなぁもう……」
「うるさいっ!」
「まいっか。俺、真雅のそういうところも含めて大好きだから」
顔からボッと湯気が出るんじゃないかというくらい急激に熱くなる。クラクラする頭で柳原を見れば、面白そうにニヤニヤと笑っていた。
ああもう、やり返したつもりでいたのに、さっきから完全に柳原の手のひらの上で踊らされているようだ。それでも悪い気がしないのは、やはり僕も彼に相当惚れているからだろう。
「それでも良いよ。俺も真雅が好きな味を好きだと思えるようになりたいから。頑張って克服するから、もう少し待っていてくれ」
「……うん、ずっと待っている」
窓から差し込む夕日に照らされた柳原の笑顔が、胸の奥底まで焦がしていく。
君はすごいよ。君はいつも真っ直ぐ気持ちを伝えてくれる。僕には足りない力を持っている君に、ずっと前から憧れているし恋をしているんだ。
いつか僕も自分の心が導き出した大切な答えを、ただ一人君の為だけに伝えられる人間になりたいな。
口では言い表せない感情を少しでも伝えたくて、僕の胸に触れる柳原の手を両手に握る。柳原の手のひらに僕の手のひらを重ね合わせて指を絡めると、柳原も応えるかのように握り返してくれる。
手のひらに伝わる温もりは、とても熱くて心地良かった。
(完)
