城を出て街の中を行く馬車の中で、少女が鼻歌を歌っているのを、どこか不思議な気持ちでフォート伯は眺めていた。
魔法国ルピンシアのジュフレール家といえば、デンメア大陸で最強かつ最恐の魔女一族で有名だ。
ハーニー以降は名を聞かなかったが、まさかこの街にその末裔、ましてこんな少女が来るとは思わなかった。
「あのね、フォート伯、自分の好みの異性を見つけるためにはね、よりたくさんの人に会うことが大事なんだ」
リアが人差し指を立て、片目をつむる。
気取った仕草でとてもご機嫌なご様子。
たしか弟の娘が同じ年くらいだったな、とフォート伯は思い出した。
「私は色恋には疎い方ですが、リア様のおっしゃるとおりかもしれませんね」
道行く人が領主の馬車に気付き手を振ってくる。
微笑みながら手を振りかえし領民たちの好意に応えると、フォート伯は目の前に座ったリアに視線を戻した。
「多くの人との出会いは楽しくもあり、学びにもなります。恋多き人生もそれはそれで楽しいものでしょう」
「うん、でも私は浮気をするつもりなんてないからね。愛する人は一人いればいい。一人の人を生涯かけて愛する人生がいいんだ。だから相手選びはより慎重に、そして真剣になる」
相手の方にも選ぶ権利があるということを大人として教え諭した方がいいだろうか。とも思ったが、齢十二歳の子供の夢は壊さない方がいい。
領主は「なるほど」と微笑み姪っ子を見る目でリアを見た。
「告白した回数より振られた回数の方が多いですからね。リア様は」
が、そんな微笑ましい子供の夢に隣りの戦士、いや魔法使いが横槍を入れる。
「あのねロンネル、人に愛を伝えるのに自分が傷つくのが怖いから、とためらいたくないんだよ、私は」
「年上ばっかり狙うから子供扱いされて失敗するのでは?せめて同年代を狙えばいいでしょうに」
「うるさいな、私は知的なお兄さん系が好みなんだから仕方ないでしょ」
リアが顔を真っ赤にした。フォード伯がまあまあ、と割り込み仲裁する。城で二人が会ってからはずっとこんな調子で、今までの道中、どうやってきたのか不思議だ。
フォート伯は念のため彼女らの素性を確かめようと、魔法国ルピンシアに急ぎ使いを送っていた。
フォート伯おかかえの魔法使いの中にもルピンシア出身者はいる。その伝手を使って調べた結果「彼らの出生は本物」との報告があった。
あまりにも早い報告だったが、リアたちのことはルピンシアではかなり有名らしい。
ルピンシアでジュフレール家といえば古くからの名家で、リア本人が語ったとおり魔女一族。ジュフレール家の跡継ぎが旅に出ているということも周知の事実。隠してさえいない。
「リア・ジュフレール。幼少の頃から大好きだった隣家のご令息との婚約が破談し、現在は失恋旅に出ている」
これがリアについての報告で
「ロンネル・フォルト。フォルト家も由緒ある魔法使い一族。ただ魔法使いというより外見は戦士一族に見える」
というのがロンネルについての報告だった。どういった魔法を使う一族なのかはわからなかったが、仕方がない。特質魔法は秘密にしていることが多い。
「ところで今はどちらに向かわれているのです?」
ロンネルが馬車の外に目を移しフォート伯に訊く。
「ああ、この街の外れにある治癒院です。リア様がカレルに会いたいとのことでしたので」
リアが眠っている間、世話を任せていたのが彼だ。
この街の郊外の治癒院で働いている彼には、村で傷ついた者や兵士たちに治癒魔法を施すため一時的に城に来てもらっていた。リアが目覚めてからは治癒院に戻っている。
リアいわく、目覚めた後に顔を合わせたが、少し会話しただけでお礼もろくに言えなかったので、ぜひお礼を伝えに行きたい、とのことだが。
「フォート伯、彼は花は好きかな……?嫌いってことはないよね」
リアが目を輝かせながら尋ねてくる。
少し視線を下に下げると、膝の上に乗った色とりどりの花束を大事そうに抱えている。先ほど『ちょっと買い物してくる』と言って、途中下車し、花屋で大量に買ってきていた。
「聞いてる?」
もう一度問われてフォート伯はふと我に返った。
「え?ああ、失礼いたしました。カレルは……たしか花は好きだったと思いますよ。治療に薬草なんかも扱いますから。花も……たぶん」
花で気を惹くつもりだろうか……?
そんなフォート伯と同じ疑問を、ロンネルがリアに訊く。
「まさか花で気を惹くつもりですか?貢ぎ物で気を惹くならもっと高価な品の方がいいのでは?金魔石の腕輪とか、白銀狼の毛皮とか」
「そんなのいきなり贈られたら逆に怖いでしょ。これは単なる手土産。会話のきっかけを作るためのものだよ」
「どうせ相手の方はまた年上なんでしょう?リア様の口説き手法は子供じみています。大人には魔力、腕力、資金力。これをわかりやすく示すのが一番ですよ」
「それ示して集まってくるのは権力者のおっさんだけでしょ」
言い争う二人を見守りながらフォート伯は口を半開きにした。
やはり、聞いていた噂とはまるで違う。
——ジュフレールの魔女
姿を見た者は呪われるとか、死んでも生まれ変わるとか、骸骨を従えているとか、さすがにそう言った尾ひれのついた噂までは信じてはいなかったが、実際、大昔に闇の魔法で一国を滅ぼしたという記録は残っている。
もっと禍々しい魔女をイメージしていたのだが……。
最初、ジュフレールと聞いた時は驚いたものの、話してみれば、恋に憧れを抱くごく普通の少女。
従者にはすぐに追い出すよう進言されたが、恩を仇で返すわけにはいかない。協力できることはしたいと思う。
フォート伯はもう一度リアを見た。
仄かに赤い頬に大きな瞳はまだ幼さの面影を残している。
そういえば姪も騎士に熱を上げてはしゃいでいた頃があった。
子供の恋愛遊びへの付き合い方はどうしたらいいのやら……。
こんな時妻が生きていればと思い悩むうちに、馬車が目的地についた。
魔法国ルピンシアのジュフレール家といえば、デンメア大陸で最強かつ最恐の魔女一族で有名だ。
ハーニー以降は名を聞かなかったが、まさかこの街にその末裔、ましてこんな少女が来るとは思わなかった。
「あのね、フォート伯、自分の好みの異性を見つけるためにはね、よりたくさんの人に会うことが大事なんだ」
リアが人差し指を立て、片目をつむる。
気取った仕草でとてもご機嫌なご様子。
たしか弟の娘が同じ年くらいだったな、とフォート伯は思い出した。
「私は色恋には疎い方ですが、リア様のおっしゃるとおりかもしれませんね」
道行く人が領主の馬車に気付き手を振ってくる。
微笑みながら手を振りかえし領民たちの好意に応えると、フォート伯は目の前に座ったリアに視線を戻した。
「多くの人との出会いは楽しくもあり、学びにもなります。恋多き人生もそれはそれで楽しいものでしょう」
「うん、でも私は浮気をするつもりなんてないからね。愛する人は一人いればいい。一人の人を生涯かけて愛する人生がいいんだ。だから相手選びはより慎重に、そして真剣になる」
相手の方にも選ぶ権利があるということを大人として教え諭した方がいいだろうか。とも思ったが、齢十二歳の子供の夢は壊さない方がいい。
領主は「なるほど」と微笑み姪っ子を見る目でリアを見た。
「告白した回数より振られた回数の方が多いですからね。リア様は」
が、そんな微笑ましい子供の夢に隣りの戦士、いや魔法使いが横槍を入れる。
「あのねロンネル、人に愛を伝えるのに自分が傷つくのが怖いから、とためらいたくないんだよ、私は」
「年上ばっかり狙うから子供扱いされて失敗するのでは?せめて同年代を狙えばいいでしょうに」
「うるさいな、私は知的なお兄さん系が好みなんだから仕方ないでしょ」
リアが顔を真っ赤にした。フォード伯がまあまあ、と割り込み仲裁する。城で二人が会ってからはずっとこんな調子で、今までの道中、どうやってきたのか不思議だ。
フォート伯は念のため彼女らの素性を確かめようと、魔法国ルピンシアに急ぎ使いを送っていた。
フォート伯おかかえの魔法使いの中にもルピンシア出身者はいる。その伝手を使って調べた結果「彼らの出生は本物」との報告があった。
あまりにも早い報告だったが、リアたちのことはルピンシアではかなり有名らしい。
ルピンシアでジュフレール家といえば古くからの名家で、リア本人が語ったとおり魔女一族。ジュフレール家の跡継ぎが旅に出ているということも周知の事実。隠してさえいない。
「リア・ジュフレール。幼少の頃から大好きだった隣家のご令息との婚約が破談し、現在は失恋旅に出ている」
これがリアについての報告で
「ロンネル・フォルト。フォルト家も由緒ある魔法使い一族。ただ魔法使いというより外見は戦士一族に見える」
というのがロンネルについての報告だった。どういった魔法を使う一族なのかはわからなかったが、仕方がない。特質魔法は秘密にしていることが多い。
「ところで今はどちらに向かわれているのです?」
ロンネルが馬車の外に目を移しフォート伯に訊く。
「ああ、この街の外れにある治癒院です。リア様がカレルに会いたいとのことでしたので」
リアが眠っている間、世話を任せていたのが彼だ。
この街の郊外の治癒院で働いている彼には、村で傷ついた者や兵士たちに治癒魔法を施すため一時的に城に来てもらっていた。リアが目覚めてからは治癒院に戻っている。
リアいわく、目覚めた後に顔を合わせたが、少し会話しただけでお礼もろくに言えなかったので、ぜひお礼を伝えに行きたい、とのことだが。
「フォート伯、彼は花は好きかな……?嫌いってことはないよね」
リアが目を輝かせながら尋ねてくる。
少し視線を下に下げると、膝の上に乗った色とりどりの花束を大事そうに抱えている。先ほど『ちょっと買い物してくる』と言って、途中下車し、花屋で大量に買ってきていた。
「聞いてる?」
もう一度問われてフォート伯はふと我に返った。
「え?ああ、失礼いたしました。カレルは……たしか花は好きだったと思いますよ。治療に薬草なんかも扱いますから。花も……たぶん」
花で気を惹くつもりだろうか……?
そんなフォート伯と同じ疑問を、ロンネルがリアに訊く。
「まさか花で気を惹くつもりですか?貢ぎ物で気を惹くならもっと高価な品の方がいいのでは?金魔石の腕輪とか、白銀狼の毛皮とか」
「そんなのいきなり贈られたら逆に怖いでしょ。これは単なる手土産。会話のきっかけを作るためのものだよ」
「どうせ相手の方はまた年上なんでしょう?リア様の口説き手法は子供じみています。大人には魔力、腕力、資金力。これをわかりやすく示すのが一番ですよ」
「それ示して集まってくるのは権力者のおっさんだけでしょ」
言い争う二人を見守りながらフォート伯は口を半開きにした。
やはり、聞いていた噂とはまるで違う。
——ジュフレールの魔女
姿を見た者は呪われるとか、死んでも生まれ変わるとか、骸骨を従えているとか、さすがにそう言った尾ひれのついた噂までは信じてはいなかったが、実際、大昔に闇の魔法で一国を滅ぼしたという記録は残っている。
もっと禍々しい魔女をイメージしていたのだが……。
最初、ジュフレールと聞いた時は驚いたものの、話してみれば、恋に憧れを抱くごく普通の少女。
従者にはすぐに追い出すよう進言されたが、恩を仇で返すわけにはいかない。協力できることはしたいと思う。
フォート伯はもう一度リアを見た。
仄かに赤い頬に大きな瞳はまだ幼さの面影を残している。
そういえば姪も騎士に熱を上げてはしゃいでいた頃があった。
子供の恋愛遊びへの付き合い方はどうしたらいいのやら……。
こんな時妻が生きていればと思い悩むうちに、馬車が目的地についた。



