デンメア大陸の西方に位置するフォート地方という領地を代々納めてきたのが、元貴族の領主、フォート伯。
元貴族ってのは、爵位を剥奪されたとかじゃなくて、デンメア大陸は元々はデンメア帝国っていう一つの大きな国だったんだけど、今から数十年前に国が崩壊してなくなっちゃったから。
街の南西にある山で採れる魔鉱石が主産物で、最近では交易中継の街としても栄えてきている。
そんなところに、魔獣たちが急に襲ってきた。
時々森から魔獣が出てきて村近くにくることはあっても、あれほど一斉に襲ってくることは今まではなかったそう。領内の村が襲われて助けに行かねば、と思っていたところに。
「私たちが居合わせたってわけだ」
テーブルの向こうに座った領主フォート伯が頷く。
ここは食堂、そして目の前のテーブル上にはご馳走。
細長い大きめのテーブルの端と端に座ってるからフォート伯と会話するにはちょっと遠い。
「貴方たちがいなければ被害はもっと大きくなっていたかもしれません。村から魔獣を追い払って下さっただけでなく、治癒魔法で村人を助けてくださり、心から感謝します」
「正確には魔獣追い払ったのは私の連れで、治癒魔法を使ったのが私だけど」
「お連れの方も魔法使いですか?」
あれは魔法使いっていうのかな。
少し考えてから「一応」と答えた。
「となると、やはり魔法国ルピンシアから来られたのでしょうか?」
口にチーズを入れ「そう」と軽く応じた。
ルピンシアに国王はいないし、正確に言うと国じゃないんだけど、古くから魔法使いたちが多く住んでる土地だからそう呼ばれている。名の通った大魔法使いはだいたいここ出身。
「では」
フォート伯が一度言葉を切り、身をわずかに乗り出す。
「貴方はかの魔法使い一族のジュフレール家の方ということでしょうか」
「ふぉう」
パンを頬張りながら頷く。
「ジュフレール……」
「あ、知ってる?わりと有名な魔法一族だからね、うちは。ハーニーあたりが名が通ってるかな」
「まさか彼女の生まれ変わりで?」
ちょうど食いちぎって飲み込んだ肉が喉に詰まり、思いっきりむせ慌てて胸を叩く。
「生ま……ごほっ、生まれ変わってない。というか、私が生まれた時、ハーニーひいおばあちゃんはまだ生きてたから」
フォート伯が後ろに控えていた従者と小声で何か話す。
「デンメア帝国のハーニー宮廷魔法使いの血縁者……」
フォート伯がそう呟いて厳しい目でもう一度こちらを見る。
私はピンときた。
フォート伯は、私が元デンメア帝国を指示しているんじゃないかってことを警戒してるんだ。
大魔法使いハーニーは、大陸最強と謳われた宮廷魔法使いだったから。
デンメア帝国が滅んだ原因は、国王の理不尽な支配に耐えかねた各地領主が結託して謀反を起こしたから。
察するにフォート伯か、あるいは先代が謀反側に加担してたんだろう。当時甘い汁をすっていた者の中には、今もその謀反を起こした領主たちを逆恨みしている人もいる。
「あの、ひとつ言っておくね。私の家はもともとその筋では有名な魔法一家。宮廷魔法使いなんて肩書きは大したものと思ってないし、義理もなにもない。だからフォート伯が心配するような関係じゃないよ。それに帝国が崩壊したのはひいおばあちゃんが宮廷魔法使いを引退した後だし」
引退というか、仕事が忙しくてひいおじいちゃんとの時間が取れないことにハーニーひいおばあちゃんがブチ切れて一方的に辞めてきたんだけど。
「そ、そうでしたか。それは知らないこととはいえ、大変失礼しました」
「家族の名前が世間で知られてるってのは嬉しいね。フォート伯は家族はいないの?」
「え、ああ、妻がいましたが三年前に病死しました。息子が一人いて、今は外交の勉強に出ています。あとは私には兄弟が三人とその家族が領内で暮らしていますよ」
「ふうん、そっか。こんな大きなお城だと家族いないと寂しいね」
部屋を見回した。
石造りのお城は古くてボロいけどすごく雰囲気がいい。石のテーブルに絹のテーブルクロス、銀食器に銀の燭台。領主の服の趣味はともかく、城内は無駄な華美さは排して清廉で厳かな雰囲気がある。
うちも歴史ある大きな家だけど、魔女一族だからか、ドクロとか蛇の瓶詰めとかあんまりいい趣味とは言えない物がわんさか置いてある。そこいくと、このお城はとても趣味がいい。
「お気に召されたのなら、ゆっくりしていってください。せめてものお礼です」
「ほんと?私も旅の目的にはちょうどいいからその言葉甘えちゃおうかな」
「そういえば旅の目的を伺っていませんでしたね。魔法の修行か何かでしょうか」
ちっちっち、と人差し指を立て左右に振った。
「いや、恋人探し」
「こ、恋人探し……?」
大きく頷くと、領主は目をぱちぱちさせた。
いまいち話が飲み込めてないみたい。
「目的地は特に定めてない。失恋……いや、放浪の旅だから。旅を通して色んな人に出会うのが目的。もっと具体的に言うと運命の人と知り合って、付き合って、結婚すること」
「……失礼を承知で伺いますが、リア様は今おいくつでいらっしゃいますか?」
「十二歳だけど?」
私は首を傾げた。何か問題でも?
フォート伯が真顔で見つめてくる。仕方ないな。
「最初から説明しないとわかんないかもな。ちょっと長くなるけど聞く?」
「ぜひ」
フォート伯が力強く顎を引く。
「うちは古くからの魔法使い一族って言ったたよね。で、そういう魔法一族にはその家独自の特質魔法が伝わってるんだけど、うちに伝わるその魔法ってのが、なんていうか、便利魔法の一種なんだよ」
「便利魔法、ですか」
「うん。ご先祖様の中にすごく面倒くさがりの人がいて、人に魔法教えるが面倒くさいから、覚えた魔法を丸ごと受け継げる魔法を作ったの。今まで覚えた魔法は親から子へ、強力な魔法と魔力がまるごと代々伝えられる。そういう特質魔法」
さっきフォート伯は生まれ変わりかって訊いてきたけど、あれはまったくの間違いってわけじゃない。人格的なものは受け継がないだけで、先代が覚えた魔法を使えるわけだから似たようなものだ。
「ただ、うちは闇の魔法家系。もうありとあらゆる呪いやら闇魔法が、さっきの特質魔法で代々受け継がれてる」
フォート伯が蒼白な顔でごくりと唾を飲む。
「ほら、その反応。闇の魔法って怖いし気味悪いでしょ。皮肉にもご先祖様は人から嫌われるほどに闇の魔法が上達した。悪い魔女と石を投げられ、人里離れた山奥でひっそりと生きる。私はそんな人生は嫌だね。素敵な恋人を作って幸せになる。だから私は恋人を探す旅に出ることにしたってわけ」
「な、なるほど……。長い話しどころかわりと簡潔でしたね」
「いや、本題はここからで——」
そう言いかけたその時、城内がにわかに騒がしくなった。
元貴族ってのは、爵位を剥奪されたとかじゃなくて、デンメア大陸は元々はデンメア帝国っていう一つの大きな国だったんだけど、今から数十年前に国が崩壊してなくなっちゃったから。
街の南西にある山で採れる魔鉱石が主産物で、最近では交易中継の街としても栄えてきている。
そんなところに、魔獣たちが急に襲ってきた。
時々森から魔獣が出てきて村近くにくることはあっても、あれほど一斉に襲ってくることは今まではなかったそう。領内の村が襲われて助けに行かねば、と思っていたところに。
「私たちが居合わせたってわけだ」
テーブルの向こうに座った領主フォート伯が頷く。
ここは食堂、そして目の前のテーブル上にはご馳走。
細長い大きめのテーブルの端と端に座ってるからフォート伯と会話するにはちょっと遠い。
「貴方たちがいなければ被害はもっと大きくなっていたかもしれません。村から魔獣を追い払って下さっただけでなく、治癒魔法で村人を助けてくださり、心から感謝します」
「正確には魔獣追い払ったのは私の連れで、治癒魔法を使ったのが私だけど」
「お連れの方も魔法使いですか?」
あれは魔法使いっていうのかな。
少し考えてから「一応」と答えた。
「となると、やはり魔法国ルピンシアから来られたのでしょうか?」
口にチーズを入れ「そう」と軽く応じた。
ルピンシアに国王はいないし、正確に言うと国じゃないんだけど、古くから魔法使いたちが多く住んでる土地だからそう呼ばれている。名の通った大魔法使いはだいたいここ出身。
「では」
フォート伯が一度言葉を切り、身をわずかに乗り出す。
「貴方はかの魔法使い一族のジュフレール家の方ということでしょうか」
「ふぉう」
パンを頬張りながら頷く。
「ジュフレール……」
「あ、知ってる?わりと有名な魔法一族だからね、うちは。ハーニーあたりが名が通ってるかな」
「まさか彼女の生まれ変わりで?」
ちょうど食いちぎって飲み込んだ肉が喉に詰まり、思いっきりむせ慌てて胸を叩く。
「生ま……ごほっ、生まれ変わってない。というか、私が生まれた時、ハーニーひいおばあちゃんはまだ生きてたから」
フォート伯が後ろに控えていた従者と小声で何か話す。
「デンメア帝国のハーニー宮廷魔法使いの血縁者……」
フォート伯がそう呟いて厳しい目でもう一度こちらを見る。
私はピンときた。
フォート伯は、私が元デンメア帝国を指示しているんじゃないかってことを警戒してるんだ。
大魔法使いハーニーは、大陸最強と謳われた宮廷魔法使いだったから。
デンメア帝国が滅んだ原因は、国王の理不尽な支配に耐えかねた各地領主が結託して謀反を起こしたから。
察するにフォート伯か、あるいは先代が謀反側に加担してたんだろう。当時甘い汁をすっていた者の中には、今もその謀反を起こした領主たちを逆恨みしている人もいる。
「あの、ひとつ言っておくね。私の家はもともとその筋では有名な魔法一家。宮廷魔法使いなんて肩書きは大したものと思ってないし、義理もなにもない。だからフォート伯が心配するような関係じゃないよ。それに帝国が崩壊したのはひいおばあちゃんが宮廷魔法使いを引退した後だし」
引退というか、仕事が忙しくてひいおじいちゃんとの時間が取れないことにハーニーひいおばあちゃんがブチ切れて一方的に辞めてきたんだけど。
「そ、そうでしたか。それは知らないこととはいえ、大変失礼しました」
「家族の名前が世間で知られてるってのは嬉しいね。フォート伯は家族はいないの?」
「え、ああ、妻がいましたが三年前に病死しました。息子が一人いて、今は外交の勉強に出ています。あとは私には兄弟が三人とその家族が領内で暮らしていますよ」
「ふうん、そっか。こんな大きなお城だと家族いないと寂しいね」
部屋を見回した。
石造りのお城は古くてボロいけどすごく雰囲気がいい。石のテーブルに絹のテーブルクロス、銀食器に銀の燭台。領主の服の趣味はともかく、城内は無駄な華美さは排して清廉で厳かな雰囲気がある。
うちも歴史ある大きな家だけど、魔女一族だからか、ドクロとか蛇の瓶詰めとかあんまりいい趣味とは言えない物がわんさか置いてある。そこいくと、このお城はとても趣味がいい。
「お気に召されたのなら、ゆっくりしていってください。せめてものお礼です」
「ほんと?私も旅の目的にはちょうどいいからその言葉甘えちゃおうかな」
「そういえば旅の目的を伺っていませんでしたね。魔法の修行か何かでしょうか」
ちっちっち、と人差し指を立て左右に振った。
「いや、恋人探し」
「こ、恋人探し……?」
大きく頷くと、領主は目をぱちぱちさせた。
いまいち話が飲み込めてないみたい。
「目的地は特に定めてない。失恋……いや、放浪の旅だから。旅を通して色んな人に出会うのが目的。もっと具体的に言うと運命の人と知り合って、付き合って、結婚すること」
「……失礼を承知で伺いますが、リア様は今おいくつでいらっしゃいますか?」
「十二歳だけど?」
私は首を傾げた。何か問題でも?
フォート伯が真顔で見つめてくる。仕方ないな。
「最初から説明しないとわかんないかもな。ちょっと長くなるけど聞く?」
「ぜひ」
フォート伯が力強く顎を引く。
「うちは古くからの魔法使い一族って言ったたよね。で、そういう魔法一族にはその家独自の特質魔法が伝わってるんだけど、うちに伝わるその魔法ってのが、なんていうか、便利魔法の一種なんだよ」
「便利魔法、ですか」
「うん。ご先祖様の中にすごく面倒くさがりの人がいて、人に魔法教えるが面倒くさいから、覚えた魔法を丸ごと受け継げる魔法を作ったの。今まで覚えた魔法は親から子へ、強力な魔法と魔力がまるごと代々伝えられる。そういう特質魔法」
さっきフォート伯は生まれ変わりかって訊いてきたけど、あれはまったくの間違いってわけじゃない。人格的なものは受け継がないだけで、先代が覚えた魔法を使えるわけだから似たようなものだ。
「ただ、うちは闇の魔法家系。もうありとあらゆる呪いやら闇魔法が、さっきの特質魔法で代々受け継がれてる」
フォート伯が蒼白な顔でごくりと唾を飲む。
「ほら、その反応。闇の魔法って怖いし気味悪いでしょ。皮肉にもご先祖様は人から嫌われるほどに闇の魔法が上達した。悪い魔女と石を投げられ、人里離れた山奥でひっそりと生きる。私はそんな人生は嫌だね。素敵な恋人を作って幸せになる。だから私は恋人を探す旅に出ることにしたってわけ」
「な、なるほど……。長い話しどころかわりと簡潔でしたね」
「いや、本題はここからで——」
そう言いかけたその時、城内がにわかに騒がしくなった。



