その村に着いた時にはもう手遅れだった。
粉塵、崩れた防壁、獣の匂い。倒れた人。
「ああ、嫌だ。空気のきれいなところでゆっくり愛を語りたいと思って遥々やって来たのに。これじゃ望んでいる場所と真逆じゃない」
愚痴りながらも倒れた村人に手をかざす。
魔獣の群れに襲われた村。こんなところに、探している人はいるはずもないのに。
治癒魔法を終え立ち上がると、黒いローブを翻し悠々と村の中を歩いてゆく。
やっぱり東に行くべきだったかな。
つか、ロンネルどこいった。あいつがうさん臭い天秤占いで西だって言うから。早く戻ってこ……。
ふと思考を切って振り返る。
長い髪が不穏な風にふわりとなびく。
魔獣の気配。
グルルルルルルッ……!!
通り過ぎた背後の家から、唸り声と狼魔獣が姿を現した。
全部追っ払ったと思ったのに、まだ居たんだ。
鋭い牙を剥き出し、口からは血が滴り落ちている。
こいつ、今しがた人を襲ったな。
不快に目を細める。
魔獣がこちらに気づいた。狂気じみた赤い眼と目が合う。
顎を引き、切り揃えた前髪の下から金色の瞳で睨み返した。
ゆったりと距離を詰めてくる狼魔獣に向け、手を前に突き出す。
「この私を喰おうなんて、百年早い」
手の先に黒い靄の渦が生まれる。
狼魔獣が地を蹴り、襲いかかってきた。
黒霧から指輪をつけた骨の手がぬっと現れたかと思うと、渦は大きく広がり骸骨の頭、胴、足、最後に手にした巨大な鎌。異様に背が高く、長い外套には華美な装飾。
「男爵、やっちゃって」
霧の渦から召喚したのは、大鎌を持った骸骨不死人。
ガアァァ……!
眼前に現れた不死人に真っ直ぐ突っ込む形になった狼魔獣は、口を大きく開け飛びかかる。
が、不死人が振り下ろした鎌の方が早かった。
狼魔獣は大鎌にスッパリと切り裂かれ、地に落ちた。
「ありがとう、男爵」
不死人に黒霧に帰還いただいて、改めて狼魔獣を見下ろす。
「魔獣にしてはなんか様子が変だったな」
魔獣は悪い精霊が憑いて凶暴化した生き物の総称。だから凶暴化してるのは不思議じゃない。でも狼魔獣はもう少し知性的だったような……。
「だ……誰か、助けて……」
狼魔獣の亡骸の前にしゃがんで小首を傾げていると、微かに人の声が聞こえた。
助けを求める女性の声。
この狼魔獣が出てきた家からだ。
家に近づきドアを開ける。
苦いような、青臭いような、独特の匂いが鼻を突く。
木製のカウンターがあり、その向こうに大きな棚。
そこかしこに乾燥した草が散らばっている。
——薬草屋か。
カウンターの向こうに回り込むと人が頭を垂れ座り込んでいた。
髪の長い二十歳前後くらいの女性で、押さえた腕から血が流れている。
カウンターの下には地下収納用の扉が開いている。
ここに身を隠していて、騒ぎが鎮まって出てきた所を、さっきの居残り魔獣に見つかって襲われたんだな。
「はあ……。しょうがないなあ」
女性の側に膝をつき、手をかざした。
魔法を詠唱すると手が淡い光に包まれる。その光が傷ついた女性の腕の傷をみるみるうちに塞いてゆく。
「うっ……」
顔を上げた女性が驚いた顔をしたのは、目の前にいたのがまだ年端もいかない少女だからか。
「あなたはいったい……だれ……いや、どなたですか」
逆光でシルエットしか見えない。が、少女の口の端がわずかに上がったように見えた。
「私が誰かって?」
よくぞ聞いてくれた、とばかりに。
さっきまでのため息をついていたトーンとは違い、声色が明るくなる。
「私は大魔法使いリア・ジュフレール様だ。今後歴史に残る偉大な魔女の名だ。よーく覚えておくように。そして子々孫々伝えていくように」
粉塵、崩れた防壁、獣の匂い。倒れた人。
「ああ、嫌だ。空気のきれいなところでゆっくり愛を語りたいと思って遥々やって来たのに。これじゃ望んでいる場所と真逆じゃない」
愚痴りながらも倒れた村人に手をかざす。
魔獣の群れに襲われた村。こんなところに、探している人はいるはずもないのに。
治癒魔法を終え立ち上がると、黒いローブを翻し悠々と村の中を歩いてゆく。
やっぱり東に行くべきだったかな。
つか、ロンネルどこいった。あいつがうさん臭い天秤占いで西だって言うから。早く戻ってこ……。
ふと思考を切って振り返る。
長い髪が不穏な風にふわりとなびく。
魔獣の気配。
グルルルルルルッ……!!
通り過ぎた背後の家から、唸り声と狼魔獣が姿を現した。
全部追っ払ったと思ったのに、まだ居たんだ。
鋭い牙を剥き出し、口からは血が滴り落ちている。
こいつ、今しがた人を襲ったな。
不快に目を細める。
魔獣がこちらに気づいた。狂気じみた赤い眼と目が合う。
顎を引き、切り揃えた前髪の下から金色の瞳で睨み返した。
ゆったりと距離を詰めてくる狼魔獣に向け、手を前に突き出す。
「この私を喰おうなんて、百年早い」
手の先に黒い靄の渦が生まれる。
狼魔獣が地を蹴り、襲いかかってきた。
黒霧から指輪をつけた骨の手がぬっと現れたかと思うと、渦は大きく広がり骸骨の頭、胴、足、最後に手にした巨大な鎌。異様に背が高く、長い外套には華美な装飾。
「男爵、やっちゃって」
霧の渦から召喚したのは、大鎌を持った骸骨不死人。
ガアァァ……!
眼前に現れた不死人に真っ直ぐ突っ込む形になった狼魔獣は、口を大きく開け飛びかかる。
が、不死人が振り下ろした鎌の方が早かった。
狼魔獣は大鎌にスッパリと切り裂かれ、地に落ちた。
「ありがとう、男爵」
不死人に黒霧に帰還いただいて、改めて狼魔獣を見下ろす。
「魔獣にしてはなんか様子が変だったな」
魔獣は悪い精霊が憑いて凶暴化した生き物の総称。だから凶暴化してるのは不思議じゃない。でも狼魔獣はもう少し知性的だったような……。
「だ……誰か、助けて……」
狼魔獣の亡骸の前にしゃがんで小首を傾げていると、微かに人の声が聞こえた。
助けを求める女性の声。
この狼魔獣が出てきた家からだ。
家に近づきドアを開ける。
苦いような、青臭いような、独特の匂いが鼻を突く。
木製のカウンターがあり、その向こうに大きな棚。
そこかしこに乾燥した草が散らばっている。
——薬草屋か。
カウンターの向こうに回り込むと人が頭を垂れ座り込んでいた。
髪の長い二十歳前後くらいの女性で、押さえた腕から血が流れている。
カウンターの下には地下収納用の扉が開いている。
ここに身を隠していて、騒ぎが鎮まって出てきた所を、さっきの居残り魔獣に見つかって襲われたんだな。
「はあ……。しょうがないなあ」
女性の側に膝をつき、手をかざした。
魔法を詠唱すると手が淡い光に包まれる。その光が傷ついた女性の腕の傷をみるみるうちに塞いてゆく。
「うっ……」
顔を上げた女性が驚いた顔をしたのは、目の前にいたのがまだ年端もいかない少女だからか。
「あなたはいったい……だれ……いや、どなたですか」
逆光でシルエットしか見えない。が、少女の口の端がわずかに上がったように見えた。
「私が誰かって?」
よくぞ聞いてくれた、とばかりに。
さっきまでのため息をついていたトーンとは違い、声色が明るくなる。
「私は大魔法使いリア・ジュフレール様だ。今後歴史に残る偉大な魔女の名だ。よーく覚えておくように。そして子々孫々伝えていくように」



