ジュフレールの魔女と星屑の天秤

 翌日の夜、『千年祭』と称して街は賑わっていた。

 祭りの名の由来は街の象徴、千年樹からで、この街も千年先まで栄えてほしいという願いが込められているらしい。
 ロンネルの話だとこの街は将来発展するらしいから、勢いがある街はこうでなきゃね……。


「そう落ち込まないでください、アルラウネは封印しましたし、大事にならず良かったじゃないですか」

 湖に向かってしゃがんでいじけているリアの背後に立ち、ロンネルが慰める。

「良くなんかない。こんなことなら頑張るんじゃなかった」

「そんなこと言わずに。この街は将来大きな街になります。その礎《いしずえ》となる伝説が残せたと思えば」

「振られるくらい大したことじゃないって?」

 振り返りロンネルを恨めしげに見上げる。

 あの後………。
 アルラウネを魔法で封印した後、街に戻るとカレルが出迎えてくれた。カレルだけじゃなく、フォート伯も三賢者のおじいちゃんたちも、街の人たちも。

 大魔法使いの帰還、みたいになってわりといい気分だった。ベロック村の人を治癒して救っただけじゃなく、古代の魔物からも街を護った大魔女。

 街の人々の尊敬と羨望の眼差しを一心に集めた今。
 告白するなら今しかないと思った。
 カレルの手を取り、こっそりと耳打ちした。

「あとで二人きりで話が……」

 そう言いかけた時、わっと歓声が上がった。
 歓声というより歓迎?
 みんなの視線の先には、街に入ってきた兵士の集団。

「帰投が遅くなり申し訳ございません。ベロック村で魔獣に襲われた者はすべて別の村に移し終えました。そしてこの街から村に行っていた者を一緒に連れ戻りました」

 リーダーらしき青年兵士が、フォート伯の前に(ひざまず)き報告をする。

 街の人たちが一斉に戻ってきた人に駆け寄る。
 みな涙ながらに抱き合った。
 ああ、そうか。
 街からベロック村に行っていた人もたくさんいたんだね。近いもんね。
 そんな風に呑気に思っていたら。

  カレルが私の手からすっと離れた。
 そして吸い寄せられるように青年兵士たちの後ろにいた女性に駆け寄る。そして。

「ニナ……!生きていたんだね!」

 一人の女性に抱きついた。

「カレル……!」

 女性の髪をそっとカレルが愛おしそうに撫でる。
 その光景に頭の中が真っ白になった。

 え……?

 しかもその女性、見覚えがある。
 薬草屋で狼魔獣に襲われた人だ。



 私は石を一つ取り湖へと投げた。
 特に意味はない。いじけてるだけ。

「まさかカレルの恋人が生きてたなんて。はあ……。無駄な時間、無駄な労働、無駄な恋だったな」

「すべてが無駄というわけではないのでは……」

「しかもその彼女は私がベロック村で助けた女性!よりによって恋敵を助けてたなんて!なんで予見魔法で教えてくれなかったわけ?」

「それは八つ当たりもいいとこです」

 日が暮れて後ろの街からは賑やかな音楽も聞こえてきた。

「リア様、明日の朝にここを発ちましょう。旅はまだ始まったばかりじゃないですか」

 ロンネルの声が妙に優しい。
 ああ、気づかれてんのね。

 ポロポロと涙が地面に落ちてゆく。
 悔しさなのか、寂しさなのか、やるせなさなのかわからないけど。


 ——失恋って心が痛い。


 許嫁に振られた時もすごくショックで、剣か槍で胸を貫かれ、その上魂を抜かれたみたいになった。
 あの時と同じ痛み。全然、慣れやしない。


 あと何回こんな想いをしたら、運命の人に出会えるのかな。


 顔を上げた。


 涙が溢れて止まらなくて、鼻水も止まらない。
 ぬっと後ろから布を差し出されて、見上げると、ロンネルが街の方を向いたまま言う。

「運命の相手に出会うまで、付き合いますから」

「邪魔しますから、の間違いじゃないの?」

 ぐすりと鼻を啜って立ち上がる。憎まれ口を叩いたら少しすっきりした。

 丘から街を見下ろす。
 街の真ん中にある樹は、アルラウネから漏れ出た魔力を吸って大きくなっていた。

 真っ暗な大きな樹のシルエットの周りには星屑を散らしたように、屋台や家々の窓から漏れ出る灯火が輝いている。その隙間を街の人々が持ち歩くランタンがゆらゆら移動して眩い。

 すごく綺麗で、楽しげな笑い声も聞こえてきて。
 自分の求めた理想とは違うし、他人の幸福見て満足できるほど寛大でもないけど。


 ——まあ良かったのかな。