ロンネルは治療院から来たカレルとフォート伯と共に、城の端にある高く突き出た塔へと移動していた。
塔の上の見晴り台からは魔蟲の集まる山がよく見渡せる。
ロンネルは横に立ったカレルを見た。ここならリアの活躍もよく見えるだろう。
空に蓋をするように深紫色の分厚い雲が重く垂れ込めている。その雲の中は稲光が走っていた。山頂では魔力が増幅している。
「ちゃんと本気を出したようですね」
ロンネルが腕を組み、湿った風に向かって立つ。
甘やかされわがままに育ったものだから、気分が乗らないといって戻ってくることもあり得た。
『家族だけでなく、他者にも思いやりと慈しみを持てる子になってほしい』
というのが彼女の両親の願いではあるが、家系が家系だけに難しいものだ。
リアのことだ。死んだら不死人魔法で生き返らせればいい、などと思ってそうだ。
「恐ろしいくらいの魔力をあの山に感じます」
カレルの言葉にロンネルは内心、感心した。
あの魔力がどれほどのものかわかるのなら、カレルもそこそこの魔法使いなのだろう。
「縁もゆかりもないこの土地を救おうとしてくださるのだから、あなた方には感謝してもしきれない」
天変地異のような光景を目の当たりにし、もはや自分たちの力だけでは対処しようがないことを悟ったのか、フォート伯がロンネルに言う。
「縁とゆかりはこれからできるので、ご心配なく。それに感謝にはまだ早い。リア様が今後我々にとって味方になるか、敵になるかはまだわからないので」
「今後?」
フォート伯がロンネルにどういうことか問い返そうとした時、山の上の雲に巨大な魔法陣が現れた。
くっきりと黒い円状に古代魔法文字が浮かび上がっている。
「あ、あれは……、魔法陣……!?」
カレルとフォート伯が塔から身を乗り出すようにして目を凝らす。
「封印の魔法陣……?」
ロンネルは首をひねった。
元凶がなんであれ、大きな魔法を元凶にぶち込んで終わりだろうと思っていた。わざわざ手のかかる封印魔法を使うということは。
「ああ、どうやら元凶は封印されていた古代の植物系の魔物だったみたいですね。そういえば魔力を持つ花が大昔に存在したと記録で見たことがあります。ベロック村に現れた魔獣の原因もこれでわかりました。大地に根を張る魔物ですから、その魔力に周辺の魔獣たちが反応して騒ぎ出していたんでしょう。魔獣や魔蟲たちは魔力に敏感ですから」
「植物系の魔物というと、花や木ということですか?」
カレルが驚いた顔でロンネルを振り返る。
「ええ。かなり巨大なね。根を生やす古代の植物魔物はやっかいでね。毒で農作物を枯らすし人でも動物でも何でも喰う。倒しても根が生きているといくらでも再生する。だから我々の先祖は根絶やしにするのではなく、地中に封印する魔法を用いたと言い伝えられています。そして長い年月をかけて、地の精霊に浄化させる」
「そんなおぞましいものに近づいて、リア様は大丈夫なのでしょうか……」
カレルが不安げな面持ちで遠く空をみつめた。
「心配には及びません。あの魔法陣は、リア様が目覚めかけた魔花を再び古の魔法で地に封印するためのものですので」
「リア様は治癒魔法士ではなかったのですか?」
これはいい食いつきようだ。案外、脈があるかもしれない。
「彼女はまだ若いですが、とても優秀な魔法使いで、ありとあらゆる魔法の使い手です。この大陸一、歴史に名を残す大魔法使いになる方です」
そしてロンネルは声を落とし、カレルだけに聞こえるよう囁く。
「ここだけの話、彼女はこの大陸で新たにできる国の宮廷魔道士になる方です」
「新たにできる国……?宮廷魔道士……?」
「はい。我が一族は先々を魔法で予見することができる。この辺り一帯の領土はいずれ、結束して再び一つの国になります。このフォート伯の領地と我々の住まうルピンシアもいずれ同じ国になる」
ロンネルの言葉の意味がわからず、カレルが困惑の表情を浮かべた。
予見魔法を実際に見せた方が早いか。
そう思った時、フォート伯が「あっ」と声を上げた。
「ま、魔法陣が、空から……降りてきた?」
フォート伯が指差した先の空に目を向ける。
確かに魔法陣が雲から離れ回転しながら山頂にゆっくりと降りてきていた。
ごうごうと風の唸りを上げ、魔力は溢れんばかりで周辺の魔獣も蹴散らしているだろう。
「魔蟲と従魔契約魔法を交わし、魔蟲にリア様の魔力をまとわせ、魔法陣を描いているんです。魔蟲ごとまた地中に封印する気ですね」
「そんなことが……」
信じられない、とカレルが口を抑える。
「得意の闇魔法ならあれくら……、ごほん。時に、カレル様。あれだけ大きな魔法を使えば、偉大な魔女とはいえ疲弊します。リア様はあなたを治癒魔法士としてとても信頼されている。出迎えに行ってはいただけませんか?」
あっけに取られていたカレルがはっと我に返り、ロンネルを見上げる。
「そ、そうですね。私としたことが、あまりにも神秘的な魔法を前に、すっかり放心してしまってました。私もできることをしなくては」
そういうとカレルはフォート伯とロンネルに別れを告げ塔を降りて行った。
さりげなく売り込みも後押しもした。お膳立ては十分だろう。
ロンネルが雲が晴れてゆく空に目をやる。
「さて、リア様が味方になるか敵になるか、という話しですが」
ロンネルがフォート伯を見やる。
「我が一族は未来を予見する魔法を使う一族。予見魔法によって視る未来は些細な違いはあれど、概ね方向は同じもの。それなのに最近、予見魔法によって導きだされた未来が真っ二つに分かれたんです。巨大な影響力を持つ者の人生が変わるだけで、歴史が大きく枝分かれしてしまうことがある。その巨大な影響力というのは、時の権利者だったり名声ある者だったり、富ある者だったり。そしてあるいは巨大な魔力を持つ者だったり」
ロンネルが懐から何かを取り出した。
ちょうど手のひらに収まる大きさの透明な丸い玉で、その玉の中に金色の天秤がある。
「これは『星屑の天秤』。予見魔法に使う魔法具です」
ロンネルが星が見え出した夜空に玉をかざす。手のひらに魔力を込め魔法を詠唱すると、玉から光が放たれた。
「まだ五分五分か……」
不思議そうに見つめるフォート伯に、ロンネルが玉を見せる。
玉の中はキラキラと輝く金色の星屑が舞っていた。
その星屑が天秤の両方の皿に乗り、左右どちらに傾くでもなく均衡を保っている。
「これが、先々の予見結果ということですか……?」
天秤がどちらにも振れない五分五分。
フォート伯が天秤からロンネルに目を移すと、ロンネルがうなずいた。
「もともと国が建国された時に、リア様は宮廷魔法使いになるという予見でした。これは我が一族がみな同じく魔法で予見したもの。ですが今はこの通り。彼女がこの国にとって味方になるか、敵対するかによってルピンシアの立ち位置も大きく変わってくる。だからこうして旅のお供をして、見守っているのです」
「なぜ予見が急に変わってしまったのですか?」
「リア様が失恋したことがきっかけです。もっと言うと許嫁に振られたこと」
フォート伯は宙を見て記憶を辿った。
確かに許嫁との約束が破談になって旅に出ている、との報告は聞いた。そしてリアが恋人探ししか頭にないのもわかっていたが、それがまさか、先々の新たな国の建国にまで関わるとは。
「彼女が敵になる、というのはどうしてですか?」
「元々、ジュフレール家の魔女は代々嫌われ者だったんですよ。なんせ得意とする魔法は闇魔法です。人に嫌われれば嫌われるほどに呪い魔法や闇魔法が上達した。かつては男に冷遇されたことを恨み、国ごと滅ぼした魔女もいます。でもある魔女が大恋愛をしたことをきっかけに、気づいたそうです。恨み辛みを抱いて生きるよりも、愛に生きる方が良いと」
「はあ……」
「ただ愛というのは時に憎しみにも変わる。なんというか、極端な一族なんで困りますね。他の大陸の国にも我々と同じように予見魔法使いがいて、建国の妨害のために、許嫁を横取りしたのではないか、という憶測もあります。いずれにせよ、我々にとっては大迷惑な話しです」
ロンネルは腕を下ろし、玉を懐にしまった。
天秤がどちらにも振れないということは、カレルが運命を変える相手ではなかったということになる。
つまりこの恋は実らない。
「運命の相手を予見魔法で探すことはできないのですか?」
「何度もやってます。けれど張本人が気が多いので予見結果もころころ変わるんです」
惚れっぽいのは可能性が数多あるということで良いのだが。
「何かお力になれることがあればいいのですが」
「リア様に運命の相手が現れることを願っていてもらえれば」
フォート伯の厚意に感謝しつつ、ロンネルは塔を後にした。
これはまた荒れるな、と先を思いやられつつ。
塔の上の見晴り台からは魔蟲の集まる山がよく見渡せる。
ロンネルは横に立ったカレルを見た。ここならリアの活躍もよく見えるだろう。
空に蓋をするように深紫色の分厚い雲が重く垂れ込めている。その雲の中は稲光が走っていた。山頂では魔力が増幅している。
「ちゃんと本気を出したようですね」
ロンネルが腕を組み、湿った風に向かって立つ。
甘やかされわがままに育ったものだから、気分が乗らないといって戻ってくることもあり得た。
『家族だけでなく、他者にも思いやりと慈しみを持てる子になってほしい』
というのが彼女の両親の願いではあるが、家系が家系だけに難しいものだ。
リアのことだ。死んだら不死人魔法で生き返らせればいい、などと思ってそうだ。
「恐ろしいくらいの魔力をあの山に感じます」
カレルの言葉にロンネルは内心、感心した。
あの魔力がどれほどのものかわかるのなら、カレルもそこそこの魔法使いなのだろう。
「縁もゆかりもないこの土地を救おうとしてくださるのだから、あなた方には感謝してもしきれない」
天変地異のような光景を目の当たりにし、もはや自分たちの力だけでは対処しようがないことを悟ったのか、フォート伯がロンネルに言う。
「縁とゆかりはこれからできるので、ご心配なく。それに感謝にはまだ早い。リア様が今後我々にとって味方になるか、敵になるかはまだわからないので」
「今後?」
フォート伯がロンネルにどういうことか問い返そうとした時、山の上の雲に巨大な魔法陣が現れた。
くっきりと黒い円状に古代魔法文字が浮かび上がっている。
「あ、あれは……、魔法陣……!?」
カレルとフォート伯が塔から身を乗り出すようにして目を凝らす。
「封印の魔法陣……?」
ロンネルは首をひねった。
元凶がなんであれ、大きな魔法を元凶にぶち込んで終わりだろうと思っていた。わざわざ手のかかる封印魔法を使うということは。
「ああ、どうやら元凶は封印されていた古代の植物系の魔物だったみたいですね。そういえば魔力を持つ花が大昔に存在したと記録で見たことがあります。ベロック村に現れた魔獣の原因もこれでわかりました。大地に根を張る魔物ですから、その魔力に周辺の魔獣たちが反応して騒ぎ出していたんでしょう。魔獣や魔蟲たちは魔力に敏感ですから」
「植物系の魔物というと、花や木ということですか?」
カレルが驚いた顔でロンネルを振り返る。
「ええ。かなり巨大なね。根を生やす古代の植物魔物はやっかいでね。毒で農作物を枯らすし人でも動物でも何でも喰う。倒しても根が生きているといくらでも再生する。だから我々の先祖は根絶やしにするのではなく、地中に封印する魔法を用いたと言い伝えられています。そして長い年月をかけて、地の精霊に浄化させる」
「そんなおぞましいものに近づいて、リア様は大丈夫なのでしょうか……」
カレルが不安げな面持ちで遠く空をみつめた。
「心配には及びません。あの魔法陣は、リア様が目覚めかけた魔花を再び古の魔法で地に封印するためのものですので」
「リア様は治癒魔法士ではなかったのですか?」
これはいい食いつきようだ。案外、脈があるかもしれない。
「彼女はまだ若いですが、とても優秀な魔法使いで、ありとあらゆる魔法の使い手です。この大陸一、歴史に名を残す大魔法使いになる方です」
そしてロンネルは声を落とし、カレルだけに聞こえるよう囁く。
「ここだけの話、彼女はこの大陸で新たにできる国の宮廷魔道士になる方です」
「新たにできる国……?宮廷魔道士……?」
「はい。我が一族は先々を魔法で予見することができる。この辺り一帯の領土はいずれ、結束して再び一つの国になります。このフォート伯の領地と我々の住まうルピンシアもいずれ同じ国になる」
ロンネルの言葉の意味がわからず、カレルが困惑の表情を浮かべた。
予見魔法を実際に見せた方が早いか。
そう思った時、フォート伯が「あっ」と声を上げた。
「ま、魔法陣が、空から……降りてきた?」
フォート伯が指差した先の空に目を向ける。
確かに魔法陣が雲から離れ回転しながら山頂にゆっくりと降りてきていた。
ごうごうと風の唸りを上げ、魔力は溢れんばかりで周辺の魔獣も蹴散らしているだろう。
「魔蟲と従魔契約魔法を交わし、魔蟲にリア様の魔力をまとわせ、魔法陣を描いているんです。魔蟲ごとまた地中に封印する気ですね」
「そんなことが……」
信じられない、とカレルが口を抑える。
「得意の闇魔法ならあれくら……、ごほん。時に、カレル様。あれだけ大きな魔法を使えば、偉大な魔女とはいえ疲弊します。リア様はあなたを治癒魔法士としてとても信頼されている。出迎えに行ってはいただけませんか?」
あっけに取られていたカレルがはっと我に返り、ロンネルを見上げる。
「そ、そうですね。私としたことが、あまりにも神秘的な魔法を前に、すっかり放心してしまってました。私もできることをしなくては」
そういうとカレルはフォート伯とロンネルに別れを告げ塔を降りて行った。
さりげなく売り込みも後押しもした。お膳立ては十分だろう。
ロンネルが雲が晴れてゆく空に目をやる。
「さて、リア様が味方になるか敵になるか、という話しですが」
ロンネルがフォート伯を見やる。
「我が一族は未来を予見する魔法を使う一族。予見魔法によって視る未来は些細な違いはあれど、概ね方向は同じもの。それなのに最近、予見魔法によって導きだされた未来が真っ二つに分かれたんです。巨大な影響力を持つ者の人生が変わるだけで、歴史が大きく枝分かれしてしまうことがある。その巨大な影響力というのは、時の権利者だったり名声ある者だったり、富ある者だったり。そしてあるいは巨大な魔力を持つ者だったり」
ロンネルが懐から何かを取り出した。
ちょうど手のひらに収まる大きさの透明な丸い玉で、その玉の中に金色の天秤がある。
「これは『星屑の天秤』。予見魔法に使う魔法具です」
ロンネルが星が見え出した夜空に玉をかざす。手のひらに魔力を込め魔法を詠唱すると、玉から光が放たれた。
「まだ五分五分か……」
不思議そうに見つめるフォート伯に、ロンネルが玉を見せる。
玉の中はキラキラと輝く金色の星屑が舞っていた。
その星屑が天秤の両方の皿に乗り、左右どちらに傾くでもなく均衡を保っている。
「これが、先々の予見結果ということですか……?」
天秤がどちらにも振れない五分五分。
フォート伯が天秤からロンネルに目を移すと、ロンネルがうなずいた。
「もともと国が建国された時に、リア様は宮廷魔法使いになるという予見でした。これは我が一族がみな同じく魔法で予見したもの。ですが今はこの通り。彼女がこの国にとって味方になるか、敵対するかによってルピンシアの立ち位置も大きく変わってくる。だからこうして旅のお供をして、見守っているのです」
「なぜ予見が急に変わってしまったのですか?」
「リア様が失恋したことがきっかけです。もっと言うと許嫁に振られたこと」
フォート伯は宙を見て記憶を辿った。
確かに許嫁との約束が破談になって旅に出ている、との報告は聞いた。そしてリアが恋人探ししか頭にないのもわかっていたが、それがまさか、先々の新たな国の建国にまで関わるとは。
「彼女が敵になる、というのはどうしてですか?」
「元々、ジュフレール家の魔女は代々嫌われ者だったんですよ。なんせ得意とする魔法は闇魔法です。人に嫌われれば嫌われるほどに呪い魔法や闇魔法が上達した。かつては男に冷遇されたことを恨み、国ごと滅ぼした魔女もいます。でもある魔女が大恋愛をしたことをきっかけに、気づいたそうです。恨み辛みを抱いて生きるよりも、愛に生きる方が良いと」
「はあ……」
「ただ愛というのは時に憎しみにも変わる。なんというか、極端な一族なんで困りますね。他の大陸の国にも我々と同じように予見魔法使いがいて、建国の妨害のために、許嫁を横取りしたのではないか、という憶測もあります。いずれにせよ、我々にとっては大迷惑な話しです」
ロンネルは腕を下ろし、玉を懐にしまった。
天秤がどちらにも振れないということは、カレルが運命を変える相手ではなかったということになる。
つまりこの恋は実らない。
「運命の相手を予見魔法で探すことはできないのですか?」
「何度もやってます。けれど張本人が気が多いので予見結果もころころ変わるんです」
惚れっぽいのは可能性が数多あるということで良いのだが。
「何かお力になれることがあればいいのですが」
「リア様に運命の相手が現れることを願っていてもらえれば」
フォート伯の厚意に感謝しつつ、ロンネルは塔を後にした。
これはまた荒れるな、と先を思いやられつつ。



