ジュフレールの魔女と星屑の天秤

 それからさっそく城を出て、街を離れ、山へと向かった。

 一人で行くと格好つけて言ったものの、結局、山までは従者に馬で送ってもらった。

 魔鉱石が採れる山だから採掘工が通るための道がある。魔法で防御してるとはいえ、夜中に魔蟲がうようよいる山を登るのは楽しいものじゃない。

 山道が途切れたところで従者と別れ、城へ返した。
 光魔法で作った丸い明かり玉を手の上に浮かべ辺りを照らしながら歩く。

「悪い蟲退散、キモい蟲退散」

 一人呟いてみたけど、当然のことながらどこからも返事はなく寂しい。やっぱり話し相手に誰かついてきてもらえば良かったな。

「男爵、魔蟲を追い払って」

 黒霧の渦から不死人(アンデッド)を呼び出す。
 大鎌を持った骸骨が、鎌を振り魔蟲を追い払った後を歩いて行く。

 そろそろ足が疲れたな、と思ったところで視界が開けた。山のてっぺんに着いたらしい。

 山頂はすり鉢状になっていて、植物はなく、土が剥き出し。底ではぐつぐつと煮立つ鍋のように粘りと熱を帯びた瘴気が沸いていた。


 おぞましいのはその中心。


 ドロドロの赤紫色の泥の中から、太い植物の茎が渦中の底から今にも首をもたげようとしている。

 底からは腹の底まで響く怨嗟(えんさ)の唸りのような不気味な音が聞こえ、背筋が寒くなる。

「どんな魔獣かと思ったら、アルラウネ(魔性の花)だったか」

 アルラウネというのは魔力を持った花なんだけど、花が咲くと禍々(まがまが)しい叫びと毒で一帯の植物を枯らし、生物を気絶させる。そして触手のように(つる)を伸ばし獲物を取り、すり鉢状の火口に引きずり込んで喰うっていう、怖い花。

 花や茎を切り落としても、根っこが生きている限り死なないから厄介で、古代の魔法使いたちは、花を封印することにした。


 ……っていうのを知っているのは、私が勤勉だからじゃなく、例の特質魔法のおかげ。ほんと便利。

「古代魔獣の封印魔法が解けかけてるのか」

 魔蟲が群れとなり煙のように溢れ出ているのは、花と一緒に封印されていた魔蟲も出てきたからだったのか。

 魔獣が暴れ出したのもこの花の魔力の影響だろう。
 この山で魔鉱石が採れるのも、花の魔力が大地に流れ出てるからに違いない。

 というか、何年生きてるの、こいつら。
 ただの虫でさえおぞましいのに魔蟲はさらにグロテスクな見た目。

 直視できなくて両手を交差し腕を掴み身ぶるいした。
 よくよく考えたらロンネルをここに送り込んで私は街と城を守る、でも良かったかも。

「やっぱ無理。きもい」

 一歩後退る。

 ……が、引き返す足が止まる。



 丘の上で見た、カレルの悲しげな横顔が頭を過ぎる。

 そして感謝してくれた人たち。

 魔蟲を怖がって泣く女の子。



 小さくため息をついた。
 魔力の強い魔物が跋扈《ばっこ》していた頃に魔法で封印された古代の魔花。
 古の大魔法使いたちさえ苦戦した魔花に、対抗できる魔法使いはここにはいないだろう。


 このまま戻ってもカレルもフォート伯も許してくれるだろうけど……。

 両手を広げ、天を仰いだ。
 重たい雲が垂れ込めている。
 蟲がブンブンうるさいし口開けて襲いかかってくるの気持ち悪い。



 眼を閉じて魔法を思い出すことに集中。

 そして。

 魔蟲たちに向かって宣言する。

「いいか、蟲ケラども。魔法契約を交わす。これから私の指示通りに飛ぶこと」