ジュフレールの魔女と星屑の天秤

 予定、いや、作戦変更。

 地下に向かうのをやめ、フォート伯がいる部屋へと急ぎ案内してもらった。フォート伯がいるのは領主様用の部屋じゃなく、城の西の端にある蔵書室とのこと。

 従者が扉をノックし、部屋へと入っていく。
 後に続いて入ると、広々とした部屋に本棚がたくさん並んでいた。

 戦士風魔法使いもたまには良いことを言う。
 愛する人と名声、両方を手に入れるという、ロンネルの作戦を採用することにした。
 
 俄然やる気が出てきた。
 今回はなんだかいけそうな気がする。
 
「リア様、ロンネル様」

 部屋の奥に大きなテーブルがあった。数人の老人たちと共にテーブルを囲み、難しい顔をしていたフォート伯がこちらに気付き、顔を向ける。

 テーブルの上には本や地図が乱雑に置かれている。周りにいる老人たちは識者かな。魔蟲の対策方法を話し合ってたところみたいだ。

「地下へお連れするよう従者に命じたはずですが」

 フォート伯が駆け寄ってくる。

「うん。というか()いていい?なんで私を頼らないの?」

「と言いますと?」

「私はルピンシアでも指折りの大魔法使いって言ったよね。普通、魔法でなんとかしてって頼らない?」

「ああ、そのことですね。頼りたい気持ちがないと言えば嘘になります。ですが、魔法が使えるからといって無闇に頼っていたのでは領主は務まりません。まずは相手を調べ対策を立て、その上で必要であればあなた方にも協力を仰ぐべきだと思いまして」

 へえ、と思わずロンネルと二人感心してしまった。
 フォート伯って思ったよりはるかにちゃんとした領主だった。領民の信頼も厚いわけだ。

「すぐにあれやっといて、これやっといてという誰かさんとは大違いですね」

 ロンネルがぼそっと呟く。うるさいよ。

「今、ちょうど魔蟲について話し合っていたところです」

 そういってテーブルを囲む三人のおじいちゃんをフォート伯が紹介してくれた。領地の紋章のついた長いローブを来たおじいちゃんたちは、『フォートの三賢者』って呼ばれる、おかかえ魔法使いだそうだ。

 街をぐるりと囲む防壁、北、東、西、をそれぞれ防御魔法で強化しているらしい。南は川があるので東西の魔法使いが分担。ちなみに見た目は三人とも白髪白髭でほとんど見分けがつかない。

「数匹程度なら森で遭遇したという報告はありますが、あれほどの数となるとどうすればいいのか」

 フォート伯がテーブルの上から本を一冊取り上げ、ペラペラとめくる。魔蟲について調べていたとこらしい。 

「魔力を持つ蟲は普通の虫よりも凶暴で毒を持つ。獣型の魔獣に比べたら一匹一匹はたいしたことはないが、群れを成すのが厄介、ということでして。どうしたものかと」

「魔蟲退治は昔から光魔法で無力化するのが有効じゃ」

「じゃが、陰に逃げ込まれたら光は届かない。街中の魔蟲退治にはそれでは対処しきれんじゃろう」

 テーブルを囲む東西担当の賢者おじいちゃんがそれぞれ意見を言う。

 私はテーブルに近づき、トン、と手をついた。賢者おじいちゃんたちが言葉を止めこちらに注意を向ける。

「魔蟲は確かにやっかいだけど、それより大きな問題は魔蟲が出てきた原因だね」

 テーブルの上に広げられた地図に目を落とす。
 街とその周辺の森や山が描かれた地図。私はベロック村の辺りを指差した。

「この辺は最近になって急に魔獣が出てくるようになったんだよね?」

 地図の上の指を滑らせる。

「さっき窓から見たんだけど、ベロック村の向こうのこの山の上に異常な数の魔蟲が群れていた。群れの下に何か元凶となるものがあるんじゃないかな。その元凶をつきとめないと」

「元凶ですか。それを突き止め対処すれば、魔蟲の群れの襲来も抑えれるということですね」

「そう。ちなみにさっきそっちのおじいちゃんが言ってたように、魔蟲は光魔法で弱らせることができるよ。煙か水蒸気を街中に発生させて、光魔法の魔力を込めて充満させれば全体的に弱体化させられる。弱ったところを兵士たちで叩き潰せばいい。光魔法と水魔法は?」

 おじいちゃんたちに使えるかどうか、顔を向ける。

「もちろん、光魔法は得意中の得意じゃ」
「水魔法ならワシが」
「ワシは両方」

 街に入ってきた魔蟲たちはおじいちゃんたちと兵士に任せよう。
 
「それじゃ、この魔蟲が集まってる山には私が一人で行く。勝算を上げるために」

 フォート伯と三賢者が「えっ」と声を上げて驚く。

 私はロンネルに目配せをした。
 ロンネルも同意見とばかりに頷く。勝算というのは、もちろんこの領地を危険に晒す根源に勝つことじゃない。

『恋』の勝算だ。


「さすがにお一人にお任せするのは……」

「言ったよね、私は偉大な魔女だって。元凶がなんであれ、方法は魔法を使うつもり。周りに人がいると気兼ねなく大きな魔法が使えないでしょ」

「……我々がご一緒すると足手纏いになるわけですね」

 下に見るような言い方になっちゃうけど、そのとおり。でもプライドより領民の安全を優先する心優しい領主は素直に受け入れた。

「わかりました。相手が魔獣や魔蟲であるなら貴方のお力をお借りする方が勝算は高そうです。我々は後方援護に回ります」

「で、さっそく一つ、フォート伯に頼みがあるんだけど」

 こほん、と咳払いをする。

「なんでしょう、どんなことでも言ってください」

「カレルのこと。彼を城に呼んでほしい。それで、その……、街のみんなのために頑張るって私が言ってたって伝えて」

 ちょっと最後の言葉はさすがに恥ずかしくて声が小さくなった。

「もちろんですとも……!」

 フォート伯は感動に目を潤ませて力強く答えた。そんなフォート伯をロンネルは冷めた目で見ている。ちょろいとか思ってそう。

「後は任せたよ、ロンネル」

「はいはい。というか……」

「じゃあ、行ってくる!」

 ロンネルが余計なひと言を言う前に遮って部屋を後にする。

 街のために魔獣の襲撃に一人立ち向かう少女。
 魔法が使えるとはいえ、か弱い少女が一人で魔蟲の群れに向かったとなれば、優しいカレルは心配してくれるに違いない。
 ドキドキする。
 これが恋の駆け引きってやつね。