揺れがおさまるとロンネルが窓を開けた。
夜風が流れ込んでくる。
「魔力の増幅を感じますね。それも結構近い」
ロンネルの横に行き、外を見た。
ここは城の二階。窓の外には山々が連なる見渡しのいい景色が……と思ったら。明らかな異変が目に入る。
「ロンネル。あれ、なんだろう」
夜空の向こうに黒いモヤのようなものが見える。雲にしては低く、煙のような、形を成さないモヤモヤっとした塊が低い山の上で動いている。
「飛行魔蟲ですね、あれは」
ああ、やっぱり。
顔をしかめた。魔力からしてなんとなく察しはついていた。無数の魔蟲が集まっているんだろう。
そう思った矢先、窓の外から一匹の魔蟲が飛び込んできた。大人の拳ほどの大きさの魔蟲は、部屋の中に入る直前で無表情のロンネルに一撃で叩き落とされた。
「あの山、ベロック村の森と近いね。あそこに何かあるのかな。昨日、何か気づかなかった?」
昨日、森を抜けてべロック村に着いた時、魔獣がまさに村を襲撃していた。
ロンネルに魔獣を追い払うよう命じたら、無駄に張り切ったロンネルは大剣を振り回し村の魔獣を倒しつつ、今魔蟲がいるあたりの山の方まで追って行った。
「大地の魔力が乱れているようには感じま……」
その時、ロンネルの言葉を遮るようにドアを激しく叩く音がした。
「リア様!リア様!」
ドアを開けるなりフォート伯の従者が慌てて飛び込んできた。
「失礼します。リア様、領主様からの緊急のご伝言です。魔蟲の群れが街に向かっています。早く地下の方へお逃げください!」
リアとロンネルは顔を見合わせた。
——助けてください、じゃないんだね?
部屋を出て、従者に案内されるがままついて行った。
城内の敷地内には避難してきた街の人たちでいっぱいになっている。
地下へ降りる階段の手前で行列に並んでいると、小さな女の子が母親に手を引かれ、今にも泣きそうな顔をしている。
「怖いしキモいよね、虫。私も嫌い」
気持ち悪い大きな虫が飛んでくるんだもの。
泣きたくもなる。
なぐさめのつもりで言ったら、女の子がポロポロと泣きだしてしまった。
そしてふと隣りにいたロンネルの存在に気づき、女の子がロンネルにすがりつく。
「ロンネル様が街を護ってくれるんでしょ?街の人が言ってた」
女の子がロンネルを無垢な眼差しで見上げる。ロンネルがこちらをちらりと見た。
「私よりもこちらにいるリア様の方が頼りになりますよ」
ロンネルの視線を追って女の子がこちらを見る。頭からつま先まで見た後で。
「ロンネル様、お願い、助けて!」
私の話題などなかったかのように女の子がロンネルに懇願する。立場なさすぎて傷つくんですけど。
——はあ……。
旅に出る前の大失恋を思い出してしまった。
故郷ルピンシアは魔法使い一族が多くいる地域。その中でもジュフレール一族は歴史が古い魔女一族で一目置かれる存在。
ひいおばあちゃんが大恋愛の末に結婚して以来、生まれてくる子供には許嫁がいた。
そして私にも、生まれる前から結婚相手がいた。
その男の子は外見も好みだったし、幼い頃からよく遊んで気心も知れていた。ロンネルの一族が予見魔法で選ぶから、相性もいい。
幸せだった。大人になったらこのまま彼と結婚すると思ってた。
でも、そんな彼といつも通りデートしていたある日。
突然振られた。
理由は彼の家にたまたま遠くから遊びに来たご令嬢に、彼が惚れてしまったから。
男心ってわからないよね。
リアちゃんは僕が幸せにするからね、なんて言ってたくせに。
泣きながら謝られて、許さないなんて言えるわけもなくて。
後悔してもしらないからね。また寄りを戻したいって言っても無駄だから。
そう強がって破談を受け入れた。
私なら平気。モテるから大丈夫。その時はそう思った。
でもそれからしばらく経ってぽっかりと心に穴が空いたような気持ちになった。
寂しさなのか虚しさなのか喪失感なのかわからないけれど、とても辛い。
どうすれば良かったのかなって何度も考えた。
その答えも正解も、いまだ見つからないまま——。
先に地下へ避難して行った母娘を先に見送り、私たちも地下に向かう。
「リア様、どこへ向かっているんです?」
「どこって、地下でしょ」
「魔蟲は退治しないんですか?」
「昨日きたばかりの縁もゆかりもない街のためにあんな気持ち悪い蟲と戦う義理なんてないでしょ」
「そうではなく」ごほんとロンネルが声を落とす。「不謹慎な言い方ですが、これも好機ではないですか」
「どういうこと?」
「カレル様に良いところを見せる」
私は首を傾げた。
「あんな魔蟲退治したところで私の好感度上がる?私の作戦では彼の治癒院で手伝いをする。一緒の魔法使える治癒魔法同士でいた方が、親密になれると思うけど」
「確かに同じ魔法を使う者同志というのは親近感がわきます。が、地位と名誉と富のある者が、男女問わずモテるというのも普遍的な事実かと」
「地位と富と名誉?」
「この街を二度も救ったとなれば、名声は不動のものとなります。そんな英雄、いやヒロインの心を射止めた男の格も上がるというもの」
「うーん、カレルがそんな打算的な人とは思えないけど。『治癒魔法士同士という親近感』と『この街を救ったヒロイン』から告白されるのとではどっちが勝算高いだろう」
「それはもちろん」
ロンネルが確信を持って答える。
「両方です」
夜風が流れ込んでくる。
「魔力の増幅を感じますね。それも結構近い」
ロンネルの横に行き、外を見た。
ここは城の二階。窓の外には山々が連なる見渡しのいい景色が……と思ったら。明らかな異変が目に入る。
「ロンネル。あれ、なんだろう」
夜空の向こうに黒いモヤのようなものが見える。雲にしては低く、煙のような、形を成さないモヤモヤっとした塊が低い山の上で動いている。
「飛行魔蟲ですね、あれは」
ああ、やっぱり。
顔をしかめた。魔力からしてなんとなく察しはついていた。無数の魔蟲が集まっているんだろう。
そう思った矢先、窓の外から一匹の魔蟲が飛び込んできた。大人の拳ほどの大きさの魔蟲は、部屋の中に入る直前で無表情のロンネルに一撃で叩き落とされた。
「あの山、ベロック村の森と近いね。あそこに何かあるのかな。昨日、何か気づかなかった?」
昨日、森を抜けてべロック村に着いた時、魔獣がまさに村を襲撃していた。
ロンネルに魔獣を追い払うよう命じたら、無駄に張り切ったロンネルは大剣を振り回し村の魔獣を倒しつつ、今魔蟲がいるあたりの山の方まで追って行った。
「大地の魔力が乱れているようには感じま……」
その時、ロンネルの言葉を遮るようにドアを激しく叩く音がした。
「リア様!リア様!」
ドアを開けるなりフォート伯の従者が慌てて飛び込んできた。
「失礼します。リア様、領主様からの緊急のご伝言です。魔蟲の群れが街に向かっています。早く地下の方へお逃げください!」
リアとロンネルは顔を見合わせた。
——助けてください、じゃないんだね?
部屋を出て、従者に案内されるがままついて行った。
城内の敷地内には避難してきた街の人たちでいっぱいになっている。
地下へ降りる階段の手前で行列に並んでいると、小さな女の子が母親に手を引かれ、今にも泣きそうな顔をしている。
「怖いしキモいよね、虫。私も嫌い」
気持ち悪い大きな虫が飛んでくるんだもの。
泣きたくもなる。
なぐさめのつもりで言ったら、女の子がポロポロと泣きだしてしまった。
そしてふと隣りにいたロンネルの存在に気づき、女の子がロンネルにすがりつく。
「ロンネル様が街を護ってくれるんでしょ?街の人が言ってた」
女の子がロンネルを無垢な眼差しで見上げる。ロンネルがこちらをちらりと見た。
「私よりもこちらにいるリア様の方が頼りになりますよ」
ロンネルの視線を追って女の子がこちらを見る。頭からつま先まで見た後で。
「ロンネル様、お願い、助けて!」
私の話題などなかったかのように女の子がロンネルに懇願する。立場なさすぎて傷つくんですけど。
——はあ……。
旅に出る前の大失恋を思い出してしまった。
故郷ルピンシアは魔法使い一族が多くいる地域。その中でもジュフレール一族は歴史が古い魔女一族で一目置かれる存在。
ひいおばあちゃんが大恋愛の末に結婚して以来、生まれてくる子供には許嫁がいた。
そして私にも、生まれる前から結婚相手がいた。
その男の子は外見も好みだったし、幼い頃からよく遊んで気心も知れていた。ロンネルの一族が予見魔法で選ぶから、相性もいい。
幸せだった。大人になったらこのまま彼と結婚すると思ってた。
でも、そんな彼といつも通りデートしていたある日。
突然振られた。
理由は彼の家にたまたま遠くから遊びに来たご令嬢に、彼が惚れてしまったから。
男心ってわからないよね。
リアちゃんは僕が幸せにするからね、なんて言ってたくせに。
泣きながら謝られて、許さないなんて言えるわけもなくて。
後悔してもしらないからね。また寄りを戻したいって言っても無駄だから。
そう強がって破談を受け入れた。
私なら平気。モテるから大丈夫。その時はそう思った。
でもそれからしばらく経ってぽっかりと心に穴が空いたような気持ちになった。
寂しさなのか虚しさなのか喪失感なのかわからないけれど、とても辛い。
どうすれば良かったのかなって何度も考えた。
その答えも正解も、いまだ見つからないまま——。
先に地下へ避難して行った母娘を先に見送り、私たちも地下に向かう。
「リア様、どこへ向かっているんです?」
「どこって、地下でしょ」
「魔蟲は退治しないんですか?」
「昨日きたばかりの縁もゆかりもない街のためにあんな気持ち悪い蟲と戦う義理なんてないでしょ」
「そうではなく」ごほんとロンネルが声を落とす。「不謹慎な言い方ですが、これも好機ではないですか」
「どういうこと?」
「カレル様に良いところを見せる」
私は首を傾げた。
「あんな魔蟲退治したところで私の好感度上がる?私の作戦では彼の治癒院で手伝いをする。一緒の魔法使える治癒魔法同士でいた方が、親密になれると思うけど」
「確かに同じ魔法を使う者同志というのは親近感がわきます。が、地位と名誉と富のある者が、男女問わずモテるというのも普遍的な事実かと」
「地位と富と名誉?」
「この街を二度も救ったとなれば、名声は不動のものとなります。そんな英雄、いやヒロインの心を射止めた男の格も上がるというもの」
「うーん、カレルがそんな打算的な人とは思えないけど。『治癒魔法士同士という親近感』と『この街を救ったヒロイン』から告白されるのとではどっちが勝算高いだろう」
「それはもちろん」
ロンネルが確信を持って答える。
「両方です」



