旋盤女子高生

「よし、できた。次は・・・」



 今度は近くに置いてあった木製の棚から四角い金属の棒を何本か取り出すと私に見せてくれた。



「今更だけど、旋盤って言うのはこのワークを回してそれにこういう固い金属の刃物。バイトって言うんだけど、それを押し当てて削っていく機械加工なんだけど・・・」



「はい」



「削られる側と削る側があって、つまりそれにとって重要なのは金属の固さ。硬度ってやつ。削られる側の方が柔らかく、削るバイトの方が固いっていう感じ」



「なるほど」



 手渡されたバイトを指で押してみる。けれど固さなんか分からなかった。



「ここら辺の話もまた後だね。あおいちゃんが本当に興味が出て、本格的に旋盤をやろうって時にまた学べばいいよ、今回は僕が選んで固定しちゃうね」



 バイトを台に固定する。その姿、ワークとバイトの配置はまさに子供の頃後ろから見ていた旋盤台の姿そのものだった。



「それで、バイトを動かすためにはハンドルを回すんだけど、今日はとりあえず使うのはこの2つ。・・・縦送りってやつと横送りってやつ。これは説明するよりも自分でやった方が早いよ」



 私は佐藤さんに言われた2つのハンドルをそれぞれ回して見ることにした。少し下についているハンドルを回すとバイトは台ごと縦に動き、上についているハンドルを回すと横に動いた。



 なるほど。これで位置を調整していくんだ。それで送り込む量によってバイトが削る量が変わってくる。何となくわかった。あれだ、大根のカツラむきみたいな感じ。包丁は動かさない。動かすのは大根の方。みたいな。

 それでこれは包丁を入れ込む角度とか力とか、そういうのを細かく出来るんだ。



「じゃあ早速やってみようか」



「はい」



「とりあえず最初だから動かすのは横方向のハンドルだけ。少しづつ動かしてワークに当たったら音が変わる。その音を聞きながら少しづつ動かしていってね」



「はい、わかりました」



 手に汗が出ているのが分かった。それを作業着のズボンで拭き、少しだけ深呼吸をした。



「足元見えるかな?大きな踏む大きなペダルみたいなのが取り着いてるでしょ?これを踏むと旋盤は停止する。今回は僕も足を掛けておいてあげるから。怖いなって思ったあおいちゃんも踏んでね」



 佐藤さんは足を下にあるペダルに足を掛けてくれた。それを見て私も足を掛ける。



 スイッチを入れる。



 勢いよく旋盤は回り出す。私はゆっくりとバイトを送り込むと、ワークに触れるか触れる手前で停止させる。そこから更に慎重に、指先の感覚を頼りにハンドルへ力を入れると、バイトはついにワークへと到達。鉄が鉄に当たる音が聞こえて来た。



 静寂の中にある回転音の中。その中に金属音が響く。帰ってきたんだ、あの時、後ろから見ていた音が。そうか、あの時の手元はこうなってたんだ。削られた金属の切子。同じだ。同じように削れ、落ちていく。



 しばらく、振動、音、手の感覚、それらが感じる感覚を受けていると佐藤さんが「そろそろ止めるよ」といって、足のペダルを踏み込んだ。



 静寂が帰ってきた。



 私はハンドルから手を外し、その感触を確かめるようにしばらくじっとしていた。



 すると、どうしてなのだろうか、勝手に涙があふれてきた。涙は頬を伝い、おじいちゃんが立っていた場所へ流れ落ちていく。



「佐藤さん・・・わたし、ごめんなさい」



 泣いていて何を言っているのか私にすらわからなかった。それでも佐藤さんはただ、にこやかに笑ってそこに居てくれた。



 準備が出来ていなかった。心のどこかでおじいちゃんは帰ってくるって思ってた。



憧れた背中はいつか帰ってくると思っていた。それを今さっきまで私はそう信じていたんだ。だけど、もう帰ってこない。帰ってこないことが私の中でわかってしまった。



「あの時、泣けなかった。やっと、泣くことが出来た」



 私が落ち着くのを待ってくれていた佐藤さん。削ったワークを旋盤台から外し削った面を少しだけ見た後、私に渡してきた。



「これはあおいちゃんが残した結果。こいつをどうするかはあおいちゃん次第」



 私が削ったワーク。お世辞にも上手くはない。けれど、削られた金属は外の光に照らされて輝きを放っていた。



「・・・それと、外で1人待っている人が居る。会ってきたら?」



 と言われた。そんな話は聞いて無かったのだけれど、そうか、お母さんかおばあちゃんが待っているのか。そりゃそうだ、工場を久しぶりに動かすなんてことを佐藤さんが伝えていないはずがない。



 私はワークを持ったまま外に出ると、そこに居た人物は意外な人物だった。



「かなちゃん・・・?」



 そこにいたのはかなちゃんだった。私がどうしてここに居るのか聞こうとしたとき、かなちゃんは後ろに居る佐藤さんに目線を合わせた後、私に問いかけてきた。



「佐藤さんから話は聞いててさ・・・それで、あおいが気になって」



 私は何となく察することが出来たような気がした。



「じゃあ・・・ちゃんとお話ししたいから、今から私の部屋に行こう」



「うん」



 私はそれからかなちゃんに今までの事、バイトのこと、旋盤の事を全部話した。多分きっとかなちゃんは色々心配してくれてたんだと思う。



佐藤さんと私の繋がりはホームセンターの知り合いから聞いたみたいで、私が何をしようとしているのか佐藤さんが話をしたらしい。



 かなちゃんが気にしていた部分は一つで、私が遊ぶお金欲しさにバイトをしているって思ってたこと。でも、それが違ったこと。



 それを知った時、なんだか申し訳なくなってしまったらしい。



「ごめんね、あおい。私、なーんにも知らなくてさ」



「ううん、私も誰にも言うつもりは無かったから・・・」



「そういうところだよ・・・ねえ、その手に持ってるの見せてくれない?」



「いいよ」



 ワークをかなちゃんに渡すと、かなちゃんは削られた面をじっと見つめていた。「ほーん」とか「ふーん」とか言いながら見ていたが私の顔を見ながら



「ねえ、これどうやってやんの?やって見せてよ」



「あっ、え、うん!」



 その日、また工場はあの時と同じように、金属を削る音が鳴り響くことになった。