Q.鷹宮、どうして俺を選んだの?

 一回戦から絶体絶命の大ピンチだ。
 足がコートにくっついたみたいに離れない。
 ドクンドクン……嫌な音を立てる心臓を、俺は手で押さえた。
 点を取られた俺のために、鷹宮が駆け寄ってきてくれる。けど、申し訳なくて顔が見られない。
 俺は俯いたまま、弱々しい声を出した。
「ごめん鷹宮……俺、一球も打ち返せなくて」
「相手は片方がテニス部員なんだ。簡単に返せなくて当然だろ? 気にするな」
「でも、もう九対十だぞ。あと一点で負けちまう」
「大丈夫。俺が取り返すから」
 鷹宮は肩を叩いて励ましてくれる。自信満々の微笑みが眩しい。
 焦ってる感じもなくて、本当に優しかった。
 俺は少し肩の力が抜けて、ネットの向こうに並ぶ二人を見る。
(片方はテニス部、もう一人はバレー部だっけ。本気で勝ちにきてんな)
 最悪なことに、次は相手チームのサーブだ。テニス部員のオーバーアームサーブが怖すぎる。
 すごい勢いでボールが飛んできて、俺は手も足も出ない。
 レシーブが鷹宮の番で本当に良かった。
(鷹宮が打ち返した後、また俺に飛んでくるんだろうなぁあ)
 この試合中、ずっとそうだ。
 相手チームときたら本当に容赦がない。
 俺にばっかりボールを集めてきた。
(ダメだ落ち着け)
 目を閉じて、深く息を吸う。
 頭の中に酸素が回って、試合前の鷹宮の声が蘇ってきた。
『球技大会が終わったら、話したいことがある』
 ラケットを握る手に、グッと力が入る。
 瞼を上げて、相手コートに集中してる鷹宮の背中を見つめた。
 せっかく鷹宮が練習に付き合ってくれてたんだ。
 カッコ悪すぎるところばっかり、見せてたまるか。
「一球だけでも……一回だけでも……」
 ブツブツと呪文のように唱える。
 一回だけでも返したい。
 練習したかいがあったって思いたい。
 相手の手からボールが離れ、高く上がる。
 鋭い音がしたかと思うと、鷹宮が高速で打ち返していた。
(来る!)
 目でボールを追って、身構える。
 鷹宮が返したボールが、相手から離れるような変な跳ね方をした。
 想定外だったのだろう。相手のラケットが、ボールを捉えた瞬間にブレる。
「届くかも!!」
 咄嗟に声が出た。
 こっちに向かってきたボールが大きなアーチを描く。俺にでも見えるスピードだ。
 俺は必死にボールを追いかけた。
 コーナーギリギリにボールが落ちて、跳ねる。俺はそこに向けて、力いっぱいラケットを伸ばした。
「うわぁ……っ」
 バランスを崩して、コートの上を体が滑る。
 体にザザザッと衝撃が走った。
 その時、奇跡が起きる。
 ボールが俺のラケットに当たったんだ。
 それにちゃんと、相手コートに向かっていく。
 へにょへにょボールが、ネットに引っかかって――
「入った!」
 声を上げたのは鷹宮だった。
 俺はすぐには何が起こったのかわからなくて、ポカンと口を開けてしまう。
 首を動かして、審判のそばに置いてあるスコアボードを見る。
 数字が十対十に変わった……!
「入ったぁ」
 たかが一点、されど一点だ。
 コートを囲んで応援していた生徒たちがざわめく。
「ボール入った! 入った!」
「ラッキーね!」
「やったー!」
 たくさんの声を聞いて、じんわりと胸が熱い。
 カッコいいとは言えない一点だけど、口角が上がるのが止まらない。
 こけたまま感動している俺に、鷹宮が手を差し伸べてくれた。
「初得点だな、おめでとう」
「ありがとな。……想像以上に嬉しいな」
「だろ? いい顔してる」
 立ち上がらせてくれた鷹宮が頬に触れてくる。
 指先の温もりに、トクンと胸が跳ねた。
 あからさまに固まった俺に、鷹宮は目を細める。
「十対十で同点だ」
「うん……次で、終わりだよな」
「ああ、サーブで決めてやる。お前にはもうボールは来ないから、安心して見ててくれ」
 自信に満ち溢れた声だ。
 俺は「カッコいい」と、また呟いたつもりだったけど。
 上手く声にならなくて、ただ口をパクパクさせてしまった。
(鷹宮はああ言ったけど、ちゃんと集中しないとな)
 ……なんて、俺のやる気は必要なかった。
 鷹宮のサーブは、猛スピードで相手のコートに突き刺さる。
 相手チームは微動だにできないまま、試合終了の笛が鳴った。
 ワッと歓声が上がる。
 鷹宮は本当に、サーブだけで最後の一点を入れたんだ。
「鷹宮! 勝っ……!」
 俺は鷹宮の方に足を踏み出そうとして、すぐ止まる。急に太ももが痛くなったんだ。
「なんで……げっ」
 足を見下ろすと、ハーフパンツの下から血が一筋流れ出ていた。
(さっきこけた時に擦りむいてたのか。必死過ぎると気づかないもんだな)
 痛かったけど、俺はひとまず無視することにした。
 一回戦で勝ったことの方が圧倒的に大事だ。
 と、思ったんだけど。
 いつの間にかすぐそばに来ていた鷹宮は、見たことない顔をしてた。
「雲雀野! 怪我してたのか!?」
 声も表情も、「焦ってる」って書いてあるみたいだ。
 俺はできるだけ心配かけないようにしたくて、軽く笑う。
「かすり傷だよ。今の今まで気づかなかったくらいだ。大したことねぇって」
 ハーフパンツを捲って、怪我してるところを鷹宮に見せる。範囲は広いけど、想像通り浅い傷だった。
「な? 大丈夫……ぉおっ!?」
 安心した鷹宮の顔を見ようとしたのに、俺の体が揺らぐ。
 足が地面から離れて、心臓が飛び出るかと思った。
「た、鷹宮!?」
 信じられないことが起こった。
 鷹宮が俺を横向きに抱き上げたんだ。
「鷹宮くんがっ!」
「お姫様抱っこしてる!!」
 勝利した時とは違う黄色い声が、コートの外から響いてきている。
 もちろんマイペースな鷹宮は、そんな声は気にしてない。
「保健室にいくぞ」
「あ、ありがとな。でも俺、歩けるから降ろしてくれ」
「ダメだ。無理しない方がいい」
「かすり傷だって。なぁ鷹宮」
 俺の声が聞こえないみたいに、鷹宮は歩き出してしまった。
 すぐに降りたいけど、しっかりと抱き上げられていて結構高い。つまり、飛び降りるのは怖い。
 それに鷹宮が真剣な顔で心配してくれてるから、ちょっと嬉しかったりしてさ。強く抵抗できなかった。
 鷹宮はコートを出る時に、黄色い声を上げていた女子たちに声をかける。
「保健室に行ってくるから、もし次の試合に間に合わなかったら棄権にしといてくれ」
「え、棄権……? 俺、このくらいならほっといても」
「手当ては要る。棄権にならないように急ごうな」
「わ、ま、待て鷹宮! やっぱ俺、歩けるってぇ!」
 俺を抱えたまま鷹宮が地面を蹴った。
 重い筈なのにまぁまぁスピードが出てて、俺は鷹宮にしがみつく。
 球技大会中の生徒たちの注目を浴びながら、俺たちは運動場を突っ切る羽目になったのだった。