鷹宮と過ごした休日から一週間くらい経ったころのことだ。
「雲雀野くん、最近すっごくいい感じだね! 声出てるし音もしっかりしてる~」
パートリーダーの先輩に褒められた!
(鷹宮ーっ……俺、褒められた!)
頭に浮かんだのは、「ファンだ」と言ってくれた鷹宮の顔。
鷹宮にすぐに言いたい!
部活のみんなと解散してすぐ、俺はスマホを取り出した。連絡アプリのLIMEを起動して、テニスボールのシンプルなアイコンをタップする。
『お疲れ! あのさ、今日先輩に……』
ここまで打ち込んで、俺は手を止める。
「……直接言ったら……あいつの顔が見られるな」
鷹宮、「よかったな」って笑ってくれるんじゃないか?
穏やかな顔と声を想像するだけでニマニマが止まらない。
俺は深く考える前に、テニス部へと足を向けた。
――が。せっかく来たテニスコートはがらんとしていた。
「そりゃそうか。テニス部も終わってるか」
夕陽に照らされるグリーンコートはどこかもの寂しい。
ボールは一つも落ちてなくて、ネットも緩めて片付けてあった。完全にお仕事を終了している。
残念だけど、帰るしかない。
(やっぱLIMEするかぁ……んー、明日教室で言った方がいいか)
早く鷹宮に伝えたい気持ちと、顔を見て言いたい気持ちがせめぎ合う。
迷いながら校門へ向かう俺は、実は気持ちが沈んでいた。さっきまでのウキウキが完全に萎えている。
だからだと思う。
校門を抜けてすぐ、俺の口からは弱々しい声が出た。
「そもそも鷹宮、こんなこと報告されても困るか?」
「こんなことってどんなことだ?」
「部活で先輩に褒められたんだよなー」
「報告してくれたら嬉しいからしてくれ」
「そうか、じゃあ…………待て待て待て」
俺はようやく、誰かと会話していることに気がついた。遅ぇよ。
焦って隣を見て少し目線を上げる。
俺と同じ白いワイシャツに黒いズボンの制服。リュックとテニスラケットを肩にかけた鷹宮が、涼しげな顔で立っていた。
「お疲れ、雲雀野」
この一言だけで、俺の気持ちは回復した。
でも心臓はバクバクだ。
驚きすぎたせいで素直になれなくて、俺は唇を尖らせる。
「なんで鷹宮がここにいるんだよ」
「さっき部活が終わったんだ」
「ついさっき行ったテニスコート、もぬけの殻だったけど」
「部室で着替え終わったとこ」
「あ、そっか。なるほど」
合唱部と違って、着替えっていうワンクッションがあるのか。
鷹宮が着替えをしてるとこを想像して、俺は急にドキドキしてしまう。
落ち着け俺。体育の時に見てるだろ。
特別なことなんて、何もないぞ。
俺が一人で悶々とし始めたことなんて知らない鷹宮は、柔らかく見下ろしてくる。
「テニスコートのとこまで来てくれたのか」
「ん……まぁ」
「褒められたことを俺に教えるために?」
「……子どもみたいだと思ってるだろ」
「まさか。LIMEくれたらよかったのに」
そりゃそう思うよな。
わざわざテニスコートまで会いに行くほどのことでもないし。でもさ。
「そうなんだけど……えっと、今から言うこと笑うなよ」
「任せろ」
真顔で頷かれたら、信じるしかない。
俺はグッと拳を握りしめる。頭ひとつ分高いところにある、端正な顔を見上げた。
「顔見て褒めて欲しかった」
よかった……誤魔化さずに言えたぞ。
照れくさいし、胸の奥がむず痒いけど。
鷹宮は目を見開いて、歩道で立ち止まった。
「俺に?」
「他にいるかよ」
「……」
無言になった鷹宮は、大きな両手で顔を覆ってしまった。
俺はピンときて、鷹宮に人差し指を向ける。じわじわと頬が熱い。
「あ! 笑ってるだろ!」
「笑ってない」
「じゃあ顔見せろよお前ー」
手首を掴んで顔から引き剥がそうとする。でも動く気配がなくて、俺は奥歯を噛み締めた。
「鷹宮、力強すぎ……!」
めげずに引っ張り続けていると、なんとかちょっと動いた!
と思ったその瞬間、俺の体は温もりに包まれた。
「え……っ」
ふわりと制汗剤の爽やかな香りがする。
鷹宮に抱きしめられたと気づいたのは、数秒後だった。
「た、鷹宮……?」
何が起こってるんだろう。
どんどん鼓動が速くなって、なんだか息苦しい。
「悪い雲雀野。顔が緩みすぎて見せられない」
「や、やっぱり笑ってんじゃねぇか」
「ちょっと違う……あー……もう。話せば話すほど堪らん」
鷹宮は頬を俺の頭に擦り寄せてきた。
いい声が耳に直接吹き込まれて、背中がゾクゾクしてしまう。
「た、鷹宮が何言ってるかわかりません」
「勇気出して声かけて良かったって、噛み締めてるとこ」
「そ、そうか……?」
説明してくれても、よくわからない。
でも真面目な鷹宮の言葉は、俺を素直にする力があるみたいだ。
嬉しくなって、俺は広い肩に顎を乗せる。
「じゃあさ、これからも仲良くしてな?」
「一生してくれ。……約束だぞ」
ようやく鷹宮が顔を上げた。
至近距離で視線が絡み合う。
でも俺はすぐに顔を伏せた。落ち着かなくて、逞しい腕の中で体をよじる。
でも鷹宮は逃がしてくれそうにない。
(夕陽ー! 俺の顔が赤いのを誤魔化してくれー!)
心の中で祈りながら、俺は意を決して顔を上げる。
「た、鷹宮って……友だちみんなにそんなこと言うのか……?」
「雲雀野は友だちじゃないだろ」
「え」
な、仲良くなったと思ってたの俺だけか?
ショックなんだけど!!
思っていることが顔に出たらしい。
鷹宮がハッとしたような顔になった。
「あー……その……嫌な意味じゃなくて」
言葉を探すように視線を彷徨わせ、鷹宮は唸る。
スッと息を吸う音の後、俺を抱きしめる腕に力がこもった。
「お前はもっと、特別」
心地いいバリトンボイスが鼓膜を震わせた。
(特別って……親友?)
頭をよぎった言葉は、ちょっと違う気がした。
上手く言えないけど、俺は違う何かを期待してる。
俺は鷹宮の背中に腕を回して、抱きしめ返した。
「じゃあ、特別仲良くするか」
「……伝わってないな」
「なにが?」
俺は俺の心に踏み込んで欲しくて聞き返す。
あとちょっとで答えが出そうなんだ。
でも鷹宮は腕を緩めてしまった。
「なんでも。またちゃんとやり直す」
「あ……おい」
離れていく温もりを追いかけて一歩踏み出すと、ぽんっと頭に手を置かれた。
「お前が先輩に褒められて、よかったなって話」
そうじゃないだろ。絶対違うだろ。
言い返したいのに、鷹宮が優しく微笑んで頭を撫でてくれるもんだから。
俺は誤魔化されることにした。
(……ちゃんと、俺も考えよう)
鷹宮にばっかり言わせてちゃいけない。
この熱くてむず痒い気持ちに名前をつけないとな。
大きな手に頭を擦り寄せて、俺は目線だけ鷹宮に向ける。
「鷹宮も褒められたら教えてくれよ」
「お前に直接褒めてほしい」
「おー、任せろ。えらいえらい」
「適当すぎだろ」
両肩をバシバシ叩いたら、不服そうに言われてしまった。
俺はまぁまぁ、と適当に流して鷹宮から体を離す。
「えらいついでにアイス買おう」
道路の向こう側に見えるスーパーを指差すと、鷹宮は頷いた。
お互い、この話は一旦おしまいだ。
手が触れ合わない距離を保ち、俺たちは信号が青になるのを横断歩道で待つ。
「雲雀野は何食べるんだ」
「ゴリゴリちゃん」
「チョコじゃないのか」
「安いじゃん」
そんなどうでもいい話が鷹宮とできるのも楽しくて。
また一緒に帰ろうって誘おうと、こっそり誓った。
「雲雀野くん、最近すっごくいい感じだね! 声出てるし音もしっかりしてる~」
パートリーダーの先輩に褒められた!
(鷹宮ーっ……俺、褒められた!)
頭に浮かんだのは、「ファンだ」と言ってくれた鷹宮の顔。
鷹宮にすぐに言いたい!
部活のみんなと解散してすぐ、俺はスマホを取り出した。連絡アプリのLIMEを起動して、テニスボールのシンプルなアイコンをタップする。
『お疲れ! あのさ、今日先輩に……』
ここまで打ち込んで、俺は手を止める。
「……直接言ったら……あいつの顔が見られるな」
鷹宮、「よかったな」って笑ってくれるんじゃないか?
穏やかな顔と声を想像するだけでニマニマが止まらない。
俺は深く考える前に、テニス部へと足を向けた。
――が。せっかく来たテニスコートはがらんとしていた。
「そりゃそうか。テニス部も終わってるか」
夕陽に照らされるグリーンコートはどこかもの寂しい。
ボールは一つも落ちてなくて、ネットも緩めて片付けてあった。完全にお仕事を終了している。
残念だけど、帰るしかない。
(やっぱLIMEするかぁ……んー、明日教室で言った方がいいか)
早く鷹宮に伝えたい気持ちと、顔を見て言いたい気持ちがせめぎ合う。
迷いながら校門へ向かう俺は、実は気持ちが沈んでいた。さっきまでのウキウキが完全に萎えている。
だからだと思う。
校門を抜けてすぐ、俺の口からは弱々しい声が出た。
「そもそも鷹宮、こんなこと報告されても困るか?」
「こんなことってどんなことだ?」
「部活で先輩に褒められたんだよなー」
「報告してくれたら嬉しいからしてくれ」
「そうか、じゃあ…………待て待て待て」
俺はようやく、誰かと会話していることに気がついた。遅ぇよ。
焦って隣を見て少し目線を上げる。
俺と同じ白いワイシャツに黒いズボンの制服。リュックとテニスラケットを肩にかけた鷹宮が、涼しげな顔で立っていた。
「お疲れ、雲雀野」
この一言だけで、俺の気持ちは回復した。
でも心臓はバクバクだ。
驚きすぎたせいで素直になれなくて、俺は唇を尖らせる。
「なんで鷹宮がここにいるんだよ」
「さっき部活が終わったんだ」
「ついさっき行ったテニスコート、もぬけの殻だったけど」
「部室で着替え終わったとこ」
「あ、そっか。なるほど」
合唱部と違って、着替えっていうワンクッションがあるのか。
鷹宮が着替えをしてるとこを想像して、俺は急にドキドキしてしまう。
落ち着け俺。体育の時に見てるだろ。
特別なことなんて、何もないぞ。
俺が一人で悶々とし始めたことなんて知らない鷹宮は、柔らかく見下ろしてくる。
「テニスコートのとこまで来てくれたのか」
「ん……まぁ」
「褒められたことを俺に教えるために?」
「……子どもみたいだと思ってるだろ」
「まさか。LIMEくれたらよかったのに」
そりゃそう思うよな。
わざわざテニスコートまで会いに行くほどのことでもないし。でもさ。
「そうなんだけど……えっと、今から言うこと笑うなよ」
「任せろ」
真顔で頷かれたら、信じるしかない。
俺はグッと拳を握りしめる。頭ひとつ分高いところにある、端正な顔を見上げた。
「顔見て褒めて欲しかった」
よかった……誤魔化さずに言えたぞ。
照れくさいし、胸の奥がむず痒いけど。
鷹宮は目を見開いて、歩道で立ち止まった。
「俺に?」
「他にいるかよ」
「……」
無言になった鷹宮は、大きな両手で顔を覆ってしまった。
俺はピンときて、鷹宮に人差し指を向ける。じわじわと頬が熱い。
「あ! 笑ってるだろ!」
「笑ってない」
「じゃあ顔見せろよお前ー」
手首を掴んで顔から引き剥がそうとする。でも動く気配がなくて、俺は奥歯を噛み締めた。
「鷹宮、力強すぎ……!」
めげずに引っ張り続けていると、なんとかちょっと動いた!
と思ったその瞬間、俺の体は温もりに包まれた。
「え……っ」
ふわりと制汗剤の爽やかな香りがする。
鷹宮に抱きしめられたと気づいたのは、数秒後だった。
「た、鷹宮……?」
何が起こってるんだろう。
どんどん鼓動が速くなって、なんだか息苦しい。
「悪い雲雀野。顔が緩みすぎて見せられない」
「や、やっぱり笑ってんじゃねぇか」
「ちょっと違う……あー……もう。話せば話すほど堪らん」
鷹宮は頬を俺の頭に擦り寄せてきた。
いい声が耳に直接吹き込まれて、背中がゾクゾクしてしまう。
「た、鷹宮が何言ってるかわかりません」
「勇気出して声かけて良かったって、噛み締めてるとこ」
「そ、そうか……?」
説明してくれても、よくわからない。
でも真面目な鷹宮の言葉は、俺を素直にする力があるみたいだ。
嬉しくなって、俺は広い肩に顎を乗せる。
「じゃあさ、これからも仲良くしてな?」
「一生してくれ。……約束だぞ」
ようやく鷹宮が顔を上げた。
至近距離で視線が絡み合う。
でも俺はすぐに顔を伏せた。落ち着かなくて、逞しい腕の中で体をよじる。
でも鷹宮は逃がしてくれそうにない。
(夕陽ー! 俺の顔が赤いのを誤魔化してくれー!)
心の中で祈りながら、俺は意を決して顔を上げる。
「た、鷹宮って……友だちみんなにそんなこと言うのか……?」
「雲雀野は友だちじゃないだろ」
「え」
な、仲良くなったと思ってたの俺だけか?
ショックなんだけど!!
思っていることが顔に出たらしい。
鷹宮がハッとしたような顔になった。
「あー……その……嫌な意味じゃなくて」
言葉を探すように視線を彷徨わせ、鷹宮は唸る。
スッと息を吸う音の後、俺を抱きしめる腕に力がこもった。
「お前はもっと、特別」
心地いいバリトンボイスが鼓膜を震わせた。
(特別って……親友?)
頭をよぎった言葉は、ちょっと違う気がした。
上手く言えないけど、俺は違う何かを期待してる。
俺は鷹宮の背中に腕を回して、抱きしめ返した。
「じゃあ、特別仲良くするか」
「……伝わってないな」
「なにが?」
俺は俺の心に踏み込んで欲しくて聞き返す。
あとちょっとで答えが出そうなんだ。
でも鷹宮は腕を緩めてしまった。
「なんでも。またちゃんとやり直す」
「あ……おい」
離れていく温もりを追いかけて一歩踏み出すと、ぽんっと頭に手を置かれた。
「お前が先輩に褒められて、よかったなって話」
そうじゃないだろ。絶対違うだろ。
言い返したいのに、鷹宮が優しく微笑んで頭を撫でてくれるもんだから。
俺は誤魔化されることにした。
(……ちゃんと、俺も考えよう)
鷹宮にばっかり言わせてちゃいけない。
この熱くてむず痒い気持ちに名前をつけないとな。
大きな手に頭を擦り寄せて、俺は目線だけ鷹宮に向ける。
「鷹宮も褒められたら教えてくれよ」
「お前に直接褒めてほしい」
「おー、任せろ。えらいえらい」
「適当すぎだろ」
両肩をバシバシ叩いたら、不服そうに言われてしまった。
俺はまぁまぁ、と適当に流して鷹宮から体を離す。
「えらいついでにアイス買おう」
道路の向こう側に見えるスーパーを指差すと、鷹宮は頷いた。
お互い、この話は一旦おしまいだ。
手が触れ合わない距離を保ち、俺たちは信号が青になるのを横断歩道で待つ。
「雲雀野は何食べるんだ」
「ゴリゴリちゃん」
「チョコじゃないのか」
「安いじゃん」
そんなどうでもいい話が鷹宮とできるのも楽しくて。
また一緒に帰ろうって誘おうと、こっそり誓った。



