失敗した。
完全に俺はやらかしてしまった。
口の中に広がる苦味に絶望した俺は、チョコクリームが詰まったドーナツを齧る。
クリームのまったりした甘みと、まぶしてある砂糖の甘みが俺を救ってくれた。
「ミセドでも、ブラックコーヒーって苦いんだな」
当たり前だろって自分でツッコミながら、俺はカップに入った黒い液体に眉を顰める。
体を動かすと小腹が減るだろ?
公園を出た俺たちはその小腹を満たすために、駅前のドーナツ屋に来た。
カフェも兼ねたチェーン店は、子供から大人までたくさんの人たちで賑わっている。
ラッキーなことにカウンター席が空いてたから、鷹宮と並んで座ったところだったけど。
俺はすごすごと立ち上がった。
「砂糖とミルクもらってこよ」
「なんでブラックにしたんだ」
「なんでって……」
鷹宮にすらツッコまれた。
お前がブラックコーヒー頼んでたから、なんかジュース頼むのが子供っぽく感じたんだよ。
「……ちょっとカッコつけた。悪かったな」
「ふ……」
「なんだよー笑うなよ」
「かわいいと思って」
キュン、と体のどこかがうずく。
またそんな、優しい顔で笑いやがって。
「なんだよ鷹宮、すげぇ俺のこと好きじゃん」
「……まぁ……そうだな」
肯定すんなよな。恥ずかしい。
はにかんだように笑う鷹宮が直視できなくて、俺は立ったまま動けない。
これはもう、ふざけないとやってられないぞ。
「さすが、ずっと俺の歌聞いてただけあるな。ファンだなファン」
「あー……なるほど……そうだな。そういう気持ちもある」
「あ、あるのか?」
自分で言ったくせに、俺の方が驚いてしまう。
だって鷹宮は頬杖をつくふりをして口元を隠してる。つまり、明らかに照れてるくせに、誤魔化さないで真っ直ぐ答えてきたんだよ。
俺の方がドキドキしすぎて耐えきれなくて、逃げるみたいに砂糖とミルクをとりにいった。
(なんか、調子狂うな……深呼吸深呼吸)
俺はセルフサービスのスティックシュガーとコーヒーフレッシュを二つずつ掴んで席に戻る。
座り直すと鷹宮と肘が当たって、慌てて引っ込めた。
鷹宮は俺の手元を見て、またくすっとする。
「よっぽど苦かったんだな、コーヒー」
「ん……砂糖もミルクも一つずつじゃあこの苦みに太刀打ちできなかった」
「甘党なんだな。覚えとく」
鷹宮は俺に興味をもってくれている。
たぶん、自惚れじゃないと思う。
俺はそんな鷹宮からの矢印を、うまく受け止められないでいた。
「……た、誕生日は、購買の板チョコでよろしく」
「チョコ好きそうだもんな」
「見ての通りな」
俺の皿に乗ってるのは、チョコ系ドーナツのフルコースだ。
チョコクリームドーナツ、チョコでコーティングされたドーナツ、生地がチョコのドーナツ。
喋ってるうちに砂糖が落ちて、コーヒーに波紋ができる。カップから立ち上る湯気が香ばしい。
「コーヒー、匂いはすごく好きなんだけどなー」
ミルクも投入して、かき混ぜ棒でぐるぐると混ぜる。
そんな俺を横目に、鷹宮は一番プレーンなドーナツを手に取った。
「雲雀野、去年の文化祭のこと覚えてるか?」
「ん? うん」
詳しくは覚えてないけど、俺のクラスがお化け屋敷をしたことは覚えてる。飾り付け、結構大変だったっけ。
でも鷹宮が話したいのはクラスの出し物のことじゃなかった。
「体育館で合唱部が歌っただろ?」
「歌った歌った。客席、ガラガラだったけど」
「はは、そうだったな。俺はプログラムを見て、聞きにいったんだ」
「来てくれてたのか~ありがとうな」
賑やかしに来てくれた山田たちのことは気づいたけど、まさか鷹宮が来てくれていたとは。
鷹宮はドーナツを頬張りながら、記憶を探るように目線を左上に向けた。
「俺は毎週水曜日、お前の歌を聞いてたからな。知ってる曲が始まった時、ワクワクしてたんだけど……いざソロが始まったら、お前の声じゃなかった」
「先輩が歌ってたよな。俺なんかより断然上手くて、びっくりしたろ?」
「どっちが上手いかとか、俺には分からなかった。でもいつも聞いてたのと違ってなんか……」
鷹宮は言いにくそうに口を閉ざし、またドーナツを食べる。ごくんと喉仏が動いた。
「俺は自分で思ってるより、雲雀野のソロが聞けるのを期待してたみたいだ」
「ほ、本当にファンじゃん」
「だから、そう言ってるだろ?」
全身の血管が膨張してる気がする。
俺の歌を、こんなに楽しみにしてくれてる人がいるなんて。
それは、すごいことなんじゃないだろうか。
「こんなカッコいいやつに褒められたら、調子に乗っちゃうな」
「調子に乗れよ。自信持て」
鷹宮が唇に弧を描く。
こんなに笑うやつだったんだな。
カッコよくて、優しくて、人気者で……そんなやつが俺の歌のファンだって。
「頑張るしかないな。今年はソロ歌うぞ」
「楽しみにしてる」
「テニスも頑張るからなっ」
こいつのためならなんでもできる気がしてきた。
女子が怖いだけだったけど、もう関係ない。
絶対に、球技大会では鷹宮の隣で勝ちたい。
人生で初めてスポーツに対して前向きになった俺は、大口を開けてチョコクリームドーナツを口に放り込んだ。
「雲雀野」
「んむ?」
口に広がる甘みに幸せを感じていると、鷹宮がこっちに手を伸ばしてきた。
「気合い入りすぎて、砂糖ついてる」
鷹宮は笑いながら俺の頬に触った。
砂糖を拭う指先が熱くて柔らかくて。
友だちとか、ファンとか、人気者への憧れとか。
そういうのとは違う感情が俺の中に広がっていった。
でもこれって……なんだっけ。
完全に俺はやらかしてしまった。
口の中に広がる苦味に絶望した俺は、チョコクリームが詰まったドーナツを齧る。
クリームのまったりした甘みと、まぶしてある砂糖の甘みが俺を救ってくれた。
「ミセドでも、ブラックコーヒーって苦いんだな」
当たり前だろって自分でツッコミながら、俺はカップに入った黒い液体に眉を顰める。
体を動かすと小腹が減るだろ?
公園を出た俺たちはその小腹を満たすために、駅前のドーナツ屋に来た。
カフェも兼ねたチェーン店は、子供から大人までたくさんの人たちで賑わっている。
ラッキーなことにカウンター席が空いてたから、鷹宮と並んで座ったところだったけど。
俺はすごすごと立ち上がった。
「砂糖とミルクもらってこよ」
「なんでブラックにしたんだ」
「なんでって……」
鷹宮にすらツッコまれた。
お前がブラックコーヒー頼んでたから、なんかジュース頼むのが子供っぽく感じたんだよ。
「……ちょっとカッコつけた。悪かったな」
「ふ……」
「なんだよー笑うなよ」
「かわいいと思って」
キュン、と体のどこかがうずく。
またそんな、優しい顔で笑いやがって。
「なんだよ鷹宮、すげぇ俺のこと好きじゃん」
「……まぁ……そうだな」
肯定すんなよな。恥ずかしい。
はにかんだように笑う鷹宮が直視できなくて、俺は立ったまま動けない。
これはもう、ふざけないとやってられないぞ。
「さすが、ずっと俺の歌聞いてただけあるな。ファンだなファン」
「あー……なるほど……そうだな。そういう気持ちもある」
「あ、あるのか?」
自分で言ったくせに、俺の方が驚いてしまう。
だって鷹宮は頬杖をつくふりをして口元を隠してる。つまり、明らかに照れてるくせに、誤魔化さないで真っ直ぐ答えてきたんだよ。
俺の方がドキドキしすぎて耐えきれなくて、逃げるみたいに砂糖とミルクをとりにいった。
(なんか、調子狂うな……深呼吸深呼吸)
俺はセルフサービスのスティックシュガーとコーヒーフレッシュを二つずつ掴んで席に戻る。
座り直すと鷹宮と肘が当たって、慌てて引っ込めた。
鷹宮は俺の手元を見て、またくすっとする。
「よっぽど苦かったんだな、コーヒー」
「ん……砂糖もミルクも一つずつじゃあこの苦みに太刀打ちできなかった」
「甘党なんだな。覚えとく」
鷹宮は俺に興味をもってくれている。
たぶん、自惚れじゃないと思う。
俺はそんな鷹宮からの矢印を、うまく受け止められないでいた。
「……た、誕生日は、購買の板チョコでよろしく」
「チョコ好きそうだもんな」
「見ての通りな」
俺の皿に乗ってるのは、チョコ系ドーナツのフルコースだ。
チョコクリームドーナツ、チョコでコーティングされたドーナツ、生地がチョコのドーナツ。
喋ってるうちに砂糖が落ちて、コーヒーに波紋ができる。カップから立ち上る湯気が香ばしい。
「コーヒー、匂いはすごく好きなんだけどなー」
ミルクも投入して、かき混ぜ棒でぐるぐると混ぜる。
そんな俺を横目に、鷹宮は一番プレーンなドーナツを手に取った。
「雲雀野、去年の文化祭のこと覚えてるか?」
「ん? うん」
詳しくは覚えてないけど、俺のクラスがお化け屋敷をしたことは覚えてる。飾り付け、結構大変だったっけ。
でも鷹宮が話したいのはクラスの出し物のことじゃなかった。
「体育館で合唱部が歌っただろ?」
「歌った歌った。客席、ガラガラだったけど」
「はは、そうだったな。俺はプログラムを見て、聞きにいったんだ」
「来てくれてたのか~ありがとうな」
賑やかしに来てくれた山田たちのことは気づいたけど、まさか鷹宮が来てくれていたとは。
鷹宮はドーナツを頬張りながら、記憶を探るように目線を左上に向けた。
「俺は毎週水曜日、お前の歌を聞いてたからな。知ってる曲が始まった時、ワクワクしてたんだけど……いざソロが始まったら、お前の声じゃなかった」
「先輩が歌ってたよな。俺なんかより断然上手くて、びっくりしたろ?」
「どっちが上手いかとか、俺には分からなかった。でもいつも聞いてたのと違ってなんか……」
鷹宮は言いにくそうに口を閉ざし、またドーナツを食べる。ごくんと喉仏が動いた。
「俺は自分で思ってるより、雲雀野のソロが聞けるのを期待してたみたいだ」
「ほ、本当にファンじゃん」
「だから、そう言ってるだろ?」
全身の血管が膨張してる気がする。
俺の歌を、こんなに楽しみにしてくれてる人がいるなんて。
それは、すごいことなんじゃないだろうか。
「こんなカッコいいやつに褒められたら、調子に乗っちゃうな」
「調子に乗れよ。自信持て」
鷹宮が唇に弧を描く。
こんなに笑うやつだったんだな。
カッコよくて、優しくて、人気者で……そんなやつが俺の歌のファンだって。
「頑張るしかないな。今年はソロ歌うぞ」
「楽しみにしてる」
「テニスも頑張るからなっ」
こいつのためならなんでもできる気がしてきた。
女子が怖いだけだったけど、もう関係ない。
絶対に、球技大会では鷹宮の隣で勝ちたい。
人生で初めてスポーツに対して前向きになった俺は、大口を開けてチョコクリームドーナツを口に放り込んだ。
「雲雀野」
「んむ?」
口に広がる甘みに幸せを感じていると、鷹宮がこっちに手を伸ばしてきた。
「気合い入りすぎて、砂糖ついてる」
鷹宮は笑いながら俺の頬に触った。
砂糖を拭う指先が熱くて柔らかくて。
友だちとか、ファンとか、人気者への憧れとか。
そういうのとは違う感情が俺の中に広がっていった。
でもこれって……なんだっけ。



