俺は砂の撒かれたグリーンコートに座り込む。
フェンスにもたれ掛かって、手の甲で汗を拭った。
「疲れた……」
土曜日、鷹宮に誘われてやってきた場所は広い公園だった。
公園の隅の、フェンスで囲まれた一角。三面のテニスコートがあるそこで、俺は天を仰いだ。
「ぜんっぜん上達しねぇー」
真っ青な空で発光している元気な太陽が憎い。なんか嗤われてる気がする。
嫌な幻想に囚われるくらい、理想と現実の溝は深い。
ぐったりしていると、俺の頬にピタッと冷たいものが当たった。
「ひゃっ!」
思わず飛び跳ねると、背中のフェンスがガチャンッと揺れる。
「反応、良すぎだな」
ひんやり攻撃の犯人はもちろん鷹宮だ。凍らせたまま持ってきたらしいペットボトルを持って、涼しげに笑っている。
はっきり言って太陽より眩しい。
溶けかけて水滴のついたペットボトルに、俺は遠慮なく頬を擦り寄せた。
「びっくりしたー……でも気持ちいい」
慣れない運動をした体がひんやりと癒やされていく。
鷹宮はそのペットボトルを俺にくれて、自分は別のスポーツドリンクの蓋を開けた。
「雲雀野はちゃんと上達してる。ボール、ラケットに当たるようになってきてるしな」
「最低限すぎるー」
「でも進歩だ」
大きな手が俺の頭を撫でてくれる。
俺は撫でられる心地よさに目を細め、力を抜いた。
授業中は学校のテニスラケットを借りてたけど、今日は鷹宮の予備のラケットを使わせてもらってる。
なんだか持っただけで上手くなれそうだなぁと思ったけど、もちろんそんなことはない。知ってた。
隣のコートを使ってるおじさまおばさまたちが、俺の珍プレーを見ないふりしきれなくて微笑ましい顔になってる。
(道具が変わっても、俺は俺でしかないもんなぁ)
ペットボトルに口をつけると、凍ったスポーツドリンクの塊に邪魔されながら液体が流れ込んでくる。
喉から胸にかけて冷たいものが通ると、体がホッとした。
「もう今日だけで一生分運動したわ、俺」
「大げさ……って言いたいけど、雲雀野は本当に運動が嫌いなんだな」
「嫌いっていうか苦手っていうか」
俺と鷹宮はお互いに宇宙人だ。
運動に関しては一生共感できることはないんだろうなぁ。ちょっと寂しいけど仕方がない。
それでも鷹宮は俺の「運動が苦手」に踏み込もうとしてくる。
「好きなスポーツはないのか?」
「ない」
「ちなみに一番苦手なスポーツは?」
「跳び箱。四段が跳べるか怪しい」
「へぇ」
「漫画みたいな運動音痴だって思ったろ」
中学の時に言われた言葉で自虐すると、鷹宮は眉を顰めた。
「なんだそれ。思うわけないだろ」
「鷹宮って、運動音痴を馬鹿にしないよな。いいやつ~」
最初はイケメンで運動神経のいい鷹宮に見下されてると思ってたけど。
それも俺の「運動できるやつ」に対する偏見色眼鏡だったってわけだ。
液体部分を飲み切った俺は、ペットボトルを軽く振る。特に意味なくカラカラと乾いた音を響かせていると、鷹宮も同じようにし始めた。
カラカラの二重奏だ。
「人間なんだから得意不得意があって当たり前だ。俺は音痴だから雲雀野が羨ましい」
「音痴なのか!?」
「イメージ崩れるからカラオケとか行かない方がいいって友だちに言われたくらいだ」
鷹宮には意外な一面が沢山あるんだな。
そう思うとともに、そんなことを鷹宮に言ったやつになんだか腹が立った。
「なんだよそれ。歌は楽しけりゃなんでもいいんだよ」
心の底からそう思う。
そう思っているはずなのに、ちょっと後ろめたい自分がいる。
じゃあ俺はどうなんだって話。
「……って言いつつ、俺は色々気にするけど」
「コンクールなんかは勝負の世界だしな」
「んー……それもあるけど……俺、音が合ってるか自信なくてさー。隣に人がいるか、完全に一人の空間じゃねぇと上手く声が出ないんだ」
「あんなに上手いのに?」
「ありがとな」
鷹宮が本当に不思議そうに首を傾げてくるから、俺は笑ってしまった。
心底「上手い」って思ってくれてるのが伝わってきて嬉しい。
でも照れ臭くもあって、俺は冷たいペットボトルを目元に当てた。
「なぁ、鷹宮。お前はテニスの試合、緊張しないのか?」
「するに決まってる。特に公式試合はな。でも……」
鷹宮は俺のペットボトルに手を掛けた。視界が開けて、真剣な目が俺を見つめてくる。
「俺は見られてる方が燃える。期待以上のものを見せるから見てろよって思う」
「……カッコいい」
惚れ惚れするほど男前だ。見た目がどうでもよくなるほど、心がイケメン。
心の中に留め置けなかった俺の呟きのせいで、鷹宮がパッとペットボトルから手を離す。
「……っ!」
息を飲んだ鷹宮の顔が真っ赤だ。
二時間、俺の練習に付き合っても息を乱すことすらなかったのに。
(言われ慣れてるだろ? カッコいいなんて)
なんでこんなに照れてるんだ?
初めて言われたみたいに固まってしまった鷹宮を、俺はマジマジと見た。
(カッコいい……より、かわいいかも)
水滴まみれのペットボトルが俺の膝に落ち、ズボンを濡らす。コロコロとコートに転がっていっても、俺と鷹宮は動かない。
「あんま見るなって」
そう言って鷹宮が顔を逸らすまで、俺は貴重な照れ顔から目を離すことができなかった。
フェンスにもたれ掛かって、手の甲で汗を拭った。
「疲れた……」
土曜日、鷹宮に誘われてやってきた場所は広い公園だった。
公園の隅の、フェンスで囲まれた一角。三面のテニスコートがあるそこで、俺は天を仰いだ。
「ぜんっぜん上達しねぇー」
真っ青な空で発光している元気な太陽が憎い。なんか嗤われてる気がする。
嫌な幻想に囚われるくらい、理想と現実の溝は深い。
ぐったりしていると、俺の頬にピタッと冷たいものが当たった。
「ひゃっ!」
思わず飛び跳ねると、背中のフェンスがガチャンッと揺れる。
「反応、良すぎだな」
ひんやり攻撃の犯人はもちろん鷹宮だ。凍らせたまま持ってきたらしいペットボトルを持って、涼しげに笑っている。
はっきり言って太陽より眩しい。
溶けかけて水滴のついたペットボトルに、俺は遠慮なく頬を擦り寄せた。
「びっくりしたー……でも気持ちいい」
慣れない運動をした体がひんやりと癒やされていく。
鷹宮はそのペットボトルを俺にくれて、自分は別のスポーツドリンクの蓋を開けた。
「雲雀野はちゃんと上達してる。ボール、ラケットに当たるようになってきてるしな」
「最低限すぎるー」
「でも進歩だ」
大きな手が俺の頭を撫でてくれる。
俺は撫でられる心地よさに目を細め、力を抜いた。
授業中は学校のテニスラケットを借りてたけど、今日は鷹宮の予備のラケットを使わせてもらってる。
なんだか持っただけで上手くなれそうだなぁと思ったけど、もちろんそんなことはない。知ってた。
隣のコートを使ってるおじさまおばさまたちが、俺の珍プレーを見ないふりしきれなくて微笑ましい顔になってる。
(道具が変わっても、俺は俺でしかないもんなぁ)
ペットボトルに口をつけると、凍ったスポーツドリンクの塊に邪魔されながら液体が流れ込んでくる。
喉から胸にかけて冷たいものが通ると、体がホッとした。
「もう今日だけで一生分運動したわ、俺」
「大げさ……って言いたいけど、雲雀野は本当に運動が嫌いなんだな」
「嫌いっていうか苦手っていうか」
俺と鷹宮はお互いに宇宙人だ。
運動に関しては一生共感できることはないんだろうなぁ。ちょっと寂しいけど仕方がない。
それでも鷹宮は俺の「運動が苦手」に踏み込もうとしてくる。
「好きなスポーツはないのか?」
「ない」
「ちなみに一番苦手なスポーツは?」
「跳び箱。四段が跳べるか怪しい」
「へぇ」
「漫画みたいな運動音痴だって思ったろ」
中学の時に言われた言葉で自虐すると、鷹宮は眉を顰めた。
「なんだそれ。思うわけないだろ」
「鷹宮って、運動音痴を馬鹿にしないよな。いいやつ~」
最初はイケメンで運動神経のいい鷹宮に見下されてると思ってたけど。
それも俺の「運動できるやつ」に対する偏見色眼鏡だったってわけだ。
液体部分を飲み切った俺は、ペットボトルを軽く振る。特に意味なくカラカラと乾いた音を響かせていると、鷹宮も同じようにし始めた。
カラカラの二重奏だ。
「人間なんだから得意不得意があって当たり前だ。俺は音痴だから雲雀野が羨ましい」
「音痴なのか!?」
「イメージ崩れるからカラオケとか行かない方がいいって友だちに言われたくらいだ」
鷹宮には意外な一面が沢山あるんだな。
そう思うとともに、そんなことを鷹宮に言ったやつになんだか腹が立った。
「なんだよそれ。歌は楽しけりゃなんでもいいんだよ」
心の底からそう思う。
そう思っているはずなのに、ちょっと後ろめたい自分がいる。
じゃあ俺はどうなんだって話。
「……って言いつつ、俺は色々気にするけど」
「コンクールなんかは勝負の世界だしな」
「んー……それもあるけど……俺、音が合ってるか自信なくてさー。隣に人がいるか、完全に一人の空間じゃねぇと上手く声が出ないんだ」
「あんなに上手いのに?」
「ありがとな」
鷹宮が本当に不思議そうに首を傾げてくるから、俺は笑ってしまった。
心底「上手い」って思ってくれてるのが伝わってきて嬉しい。
でも照れ臭くもあって、俺は冷たいペットボトルを目元に当てた。
「なぁ、鷹宮。お前はテニスの試合、緊張しないのか?」
「するに決まってる。特に公式試合はな。でも……」
鷹宮は俺のペットボトルに手を掛けた。視界が開けて、真剣な目が俺を見つめてくる。
「俺は見られてる方が燃える。期待以上のものを見せるから見てろよって思う」
「……カッコいい」
惚れ惚れするほど男前だ。見た目がどうでもよくなるほど、心がイケメン。
心の中に留め置けなかった俺の呟きのせいで、鷹宮がパッとペットボトルから手を離す。
「……っ!」
息を飲んだ鷹宮の顔が真っ赤だ。
二時間、俺の練習に付き合っても息を乱すことすらなかったのに。
(言われ慣れてるだろ? カッコいいなんて)
なんでこんなに照れてるんだ?
初めて言われたみたいに固まってしまった鷹宮を、俺はマジマジと見た。
(カッコいい……より、かわいいかも)
水滴まみれのペットボトルが俺の膝に落ち、ズボンを濡らす。コロコロとコートに転がっていっても、俺と鷹宮は動かない。
「あんま見るなって」
そう言って鷹宮が顔を逸らすまで、俺は貴重な照れ顔から目を離すことができなかった。



