Q.鷹宮、どうして俺を選んだの?

「んー……」
 翌朝、俺は教室でスマホと睨めっこしていた。
 机に頬をつけただらけた姿勢で、画面をスクロールしていく。
 俺の検索履歴は、「硬式テニス ルール」「硬式テニス コツ」「硬式テニス 用語」……っていう状態だ。
 片っ端から検索をかけ、挙げ句の果てにはAIにまで手を出した。
『球技大会があるのにテニスができるようになる気がしない。どうしたらいい?』
 なんて、聞いてしまう始末だ。
 なんとかルールだけでも覚えようと唸っていると、前の席から山田が覗き込んできた。
「ルールなんて、球技大会では気にしなくていいだろ。テニスは十一点先取って決まってんだから」
「それはスポーツが好きなやつの言い分だよ」
 俺のスポーツ全般への不理解を舐めてもらっちゃ困る。
「最初に相手コートに向かって打つのが『サーブ』、それを返すのが『レシーブ』……これくらいしかテニスの知識ねぇんだよ」
「それわかってりゃ、なんとなくでいけるって」
「練習する時に話が通じなくて、鷹宮が困るかもだろ」
「悠斗って真面目~」
「自分が空振りするたびに鷹宮のファンに舌打ちされる未来が、俺には見えてんの」
 想像するだけで首がゾワゾワする。
 なんとしてでもラケットでボールを打ち返せるようにならないと。
 俺の言葉を聞いた山田は、やれやれと肩をすくめてきた。
「女子のことなんて気にすんなよ。文化部のお前をパートナーに選んだのは、他ならぬ鷹宮だぞ。球技大会で勝つ気ないんだ」
「俺に失礼だぞ山田。一応俺のこと、テニス経験者だと思ってたみたいだし。勝つ気ないは言いすぎだろ」
 想像以上にテニスができてなくて、鷹宮が驚いていたのを思い出す。
 おそらく鷹宮は、運動神経がいい自分の基準で「経験があるならテニスができる」と思って俺を選んだはずだ。
 でも山田は人差し指を立ててチッチッチと振る。
「よく考えろって。このクラスで勝ちたいなら、運動神経抜群の俺や野球部の谷をパートナーに選ぶだろ」
「お前、その自信どっからくんの」
「あのな、俺たち運動部はお前とは逆なの。球技大会でカッコつけることに命懸けてんだよ。授業もなくて最高だろ」
「流石に主語がデケェよ」
 呆れ笑いをしても、山田には通用しなかった。グッと拳を握りしめて腕を曲げている。
(バスケ部って、やっぱ筋肉がつくんだな)
 力こぶを眺めて、俺はそんなどうでもいいことを考えてしまう。そういえば、鷹宮も筋肉質な体をしてたなぁ。
 俺がツンツンと力こぶをつつくと、山田は唇の片端を上げてドヤ顔になった。
「俺は絶対に大活躍して、球技大会の後に川崎さんに告白するんだ」
「頑張れー」
 ダメなフラグが立ってる気がするとか、発想が小学生みたいだとか。
 色んな言葉を飲み込んで、俺はとりあえず応援した。
 それから、自分をパートナーに選んだ鷹宮に想いを馳せる。
「仮に運動部全員が球技大会でカッコつけたいならさ。ますます鷹宮が俺を選んだ意味がわかんねぇな。元々カッコいいから目立ちたい欲が無いのか?」
「遠回しに俺のことカッコ悪いって言ったなお前ぇ」
「言ってねぇって! 痛い痛い!」
 山田が両手で俺の頭をがっしりと掴んで、プレスしてきた。頭蓋骨がギシギシいってる気がする。悪ふざけなのにまぁまぁ痛い。
「ギブギブ!」
 笑いながら机をバンバン叩いていると、ふと顔に影が落ちた。
「……雲雀野」
「あ、鷹宮。おはよう」
 鷹宮が俺たちを見下ろしてたんだ。
 わざわざ俺の席までやってくるってことは、用事でもあるんだろう。
 俺は机から体を起こして、鷹宮に顔を向ける。
 山田も俺から手を離した。
「おー、鷹宮じゃん」
 朗らかに挨拶をする山田は、俺の手からスマホを取り上げた。その拍子に光った画面を、鷹宮に突きつける。
「見てくれよ、悠斗って真面目で健気だと思わないか? スーパースターのお相手に選ばれたせいで、朝からスマホと睨めっこしてんだぞ」
 鷹宮はポーカーフェイスのまま、俺のスマホを見つめた。それが驚いて固まっているように見えて、俺は山田からスマホをバシッと取り返す。
「山田、言い方考えろって。鷹宮が悪いことしたみてぇじゃん」
「自分が目立つのわかってんのに、運動苦手な奴をパートナーに選んだんだぞ。そういうの、俺は良いことだとは思わねぇけど?」
 そりゃそうなんだけども。
 山田は笑ってるけど、棘のある言い方を止めない。俺のことを心配してくれてるんだろう。
 鷹宮の眉がぴくっと反応した。
「それは」
「おーい山田ー! 先輩来てるぞー!」
 鷹宮が口を開くのとほぼ同時に、廊下の方から声がした。「先輩」という単語を聞いた山田は即座に立ち上がる。
「すぐいきまーっす!」
 俺たちと話していたことなんかなかったかのようだ。机と机の間を早足で縫うように歩き、山田は廊下の方へ出て行ってしまった。
 俺と鷹宮は、ポツンと窓際に取り残される。
(嘘だろ? こんな気まずい空気にしといて、放置してっただと?)
 冷や汗をダラダラ流しながら、俺はスマホをそっと机に伏せた。
 何か言わなければと思うけど、脳の言葉を司る部分が完全に機能停止してしまっている。だからだろう。
「……悪い、迷惑だったか」
 鷹宮がこう言ったとき、一瞬なんのことだか分からなかった。
 ポカンとしていると、鷹宮は気まずそうに補足してくれる。
「俺がお前をダブルスのパートナーに指名したの、迷惑だったか?」
「え? いやぁ……」
 どう返事をしたものか。
 正直に「そうです大迷惑」っていえる度胸は俺にはない。
「どうせ、どの種目に当たっても恥を晒すことにはなってたしな。迷惑ってことはねぇよ」
「そうか」
 俺が言ったことだけどさ。恥晒すことになるって部分、ちょっとは否定してくれよ鷹宮。
 俺はゴクっと唾を飲み込んだ。迷惑であることを否定した上で、やっぱり気になることは聞いておこう。
「でもちょっとびっくりはした。……どうして俺を選んだんだ?」
 よし、本音をオブラートでぐるぐる巻きにできたぞ。たぶん!
 今度は鷹宮が返事に困る番だった。腕を組んで黙ると、しばらくしてから口を開く。
「……テニス部の練習は、ずっとコートが使えるわけじゃない。二面しかないし、女子と男子両方いるからな」
「うん……?」
 なんの話をしてるんだ?
 確かにテニス部の人数は多いし、全員コートに入るのは無理だろうけど。
 それが俺をパートナーに選んだことと何か関係あるんだろうか。
 俺はひとまず疑問を心にしまって、鷹宮に話の続きを促す。
「コートが使えない時、俺はよくあそこで壁打ちしてたんだ。昨日会った、裏庭のとこ」
「ってことは、もしや」
「お前の歌声、水曜日はいつも聞いてた」
「やっぱり?」
 俺は顔を両手で覆った。
 恥ずかしすぎて、もう二度と鷹宮のご尊顔は拝めないかもしれない。
 でも鷹宮のイケボはずっと降り注いでくる。
「去年から気づいてたんだけど……なかなか言い出せなかったんだ」
「なんでだよー。音漏れしてたなら教えてくれよー」
「お前に伝えたら、もう聞けなくなると思ってな。悪い」
「俺、もしかして今褒められてる?」
 顔を隠していた手が、自然と離れる。
 上目がちに鷹宮を見ると、涼しげな瞳が俺を見つめていた。
「褒めてる。お前の歌、ずっと聞いていたいって思って黙ってた」
「……っ!」
 柔らかくて深い声が、耳に留まって何度も響く。
 嬉しい。
 昨日も嬉しかったけど、今日はもっと嬉しい。
 顔が熱くなってくるのを感じながら、俺は口元をへらりと緩めた。
「そんなん言われたの初めてだ……すげぇ嬉しい」
「へぇ……初めて……」
 鷹宮が机に手のひらを置く。日焼けした男らしい手の甲に体重が掛かって、筋が浮いた。
 目線が近づく。
「気分がいいな」
 切れ長の目が、間近でふわりと細まった。
 俺の心臓がバクンッと大きく跳ねる。
(笑ってんの、初めて見たかも……)
 どうして顔が熱いのか、胸が騒いでいるのか、わからなくなってくる。
 褒められて嬉しいのとは違う何かが俺の中で暴れていた。
 一層耳触りが良くなった気がする声で、鷹宮は話を再開する。
「話が逸れた。それで、お前をパートナーに選んだ理由なんだけど」
「あ、ああ。うん……」
 そういえば俺の質問から始まった話だった。
 鷹宮の褒め言葉と微笑みに浮かれて、どうでも良くなってたな。
 俺が聞く姿勢になると、鷹宮はちょっと機嫌悪そうに眉間に皺を寄せる。さらに目線を外された。
(あれ? さっきまで優しい感じだったのになんで?)
 その疑問はこの次の鷹宮の言葉ですぐに解消される。
「いつも聞いてる綺麗な歌声の人……つまり、お前と話してみたかった。きっかけが欲しくて、雲雀野をパートナーに選んだんだ」
 窓の向こうを睨みつけている鷹宮の耳が赤い。どうやら照れているらしい。
(もしかして照れてると怖い顔になるのか!?)
 学園一のイケメンのかわいい一面を発見だ。
 俺は気持ちが上がって、逆にしどろもどろになってしまう。
「は、話すきっかけなんて……別に、いつでも話しかけてくれていいのに」
「相手から来てくれたら話せるんだけどな。自分から話しかけるってどうも難しくて……仲間内ではコミュ障って言われる」
「そうなのぉ?」
 意外だ。鷹宮は物静かだけど、人気者だからいつも人に囲まれている。その人たちとそつなく関わってるイメージだった。
 鷹宮はどこかバツが悪そうに頷く。
「そうなんだよ、実は。カッコ悪いけど、お前を指名するのも勇気がいった。……悪かったな。運動、苦手なのに巻き込んで」
「いやいや、そんな……」
 話したかったからなんて好意的なことを言われたら、悪い気はしない。
 運動音痴なのに目立つのは嫌だけど、鷹宮の気持ちが嬉しかった。それだけ俺の歌を気に入ってくれたってことだ。
 俺はグッと両手に拳を作る。
「鷹宮が選んでくれた理由を聞いたら、テニス頑張る気になってきたぞ俺」
「そうか、良かった……じゃあ、もう一ついいか?」
「う、うん」
 今度はなんだろう。
 落ち着かなくて、俺は手を机の下に隠してモジモジと動かす。
 いつもはポーカーフェイスの鷹宮も緊張してるみたいで、小さく息を吐いた。
「俺はもっと雲雀野と話したくて」
「いくらでも! そうだ。俺から話しかけたら、鷹宮は話しやすいか?」
「……っ」
 俺も仲良くなりたいって気持ちを込めたつもりだった。なのに鷹宮は、顔を片手で覆って俯いてしまう。
 急に距離を縮めすぎただろうか。
「えっと……鷹宮?」
「雲雀野が話しかけてくれるのは嬉しい」
「よかった」
 心底ホッとして、俺は椅子の背にもたれかかる。
 手のせいで表情は読めないし、視線も彷徨ってるけどな、鷹宮。
 でも、頑張って伝えてくれようとしている。
「あー……でも、そうじゃなくて……雲雀野」
「うん」
 やっと目が合った。俺は唇を引き締めて言葉を待つ。
「今週、土曜日の午後は暇か?」
 この聞き方なら、きっと何かに誘われるのだろう。
 俺はスケジュールを何も確認せず、ほとんど反射で首を縦に振った。