「お姫様~次の化学の課題見せてくれ~」
「山田……その呼び方いい加減やめろよ」
二限目が終わった昼休み、俺はゲンナリと前の席を見た。
山田は俺が返事をする前に、机に置いてあった課題プリントに手を掛ける。しかもベーッと舌を出した。
「しばらくやめらんねぇよ」
「それが課題を見せてもらおうってやつの態度かよ」
「学年一のイケメンにお姫様抱っこされて退場して、試合棄権になったと思ったら……恋人になって戻ってきたなんてな。伝説のお姫様じゃん。イジらずにいられるか」
耳が痛い。
我ながら、どう聞いても噂話にならざるを得ない内容だ。
それでも俺は負けじと唇を尖らせる。
「もう六月になってんだぞ。二週間以上前のことを、いつまで擦るつもりだ」
「俺の失恋の傷が癒えるまで」
「……それっていつだよ」
プリントで顔を隠した山田が、ふざけてるのか悲しんでるのかわからない。
なんとも言えなくてため息を吐いていると、後ろから冷やかしの声が聞こえてきた。
「あはは、山田くん残念だったねぇ。川崎さんにまさか恋人がいたなんて」
「お前の犠牲で何人もの男が直接フられずにすんだ!」
「よっ! 英雄!」
三人組の男子に囃し立てられて、山田がプルプルと震える。
「ふっざけんなお前らぁあ!」
ガッタンと椅子を俺の机にぶつけて、山田が立ち上がる。手の中でぐちゃっとプリントが潰れた。
(俺の課題……)
三人に飛びかかる山田を横目に、女子達は「またバカやってる」と笑ってる。
山田が机に置いていったプリントの皺を伸ばしながら、俺は苦笑いするしかない。
「……しばらくは八つ当たりに付き合ってやるか」
「優しいな雲雀野」
低めの柔らかい声が急に近くなる。
それとともに後ろから温もりに包まれて、俺はビクッと体が跳ねた。
「た、鷹宮!?」
「雲雀野は字が綺麗だな」
「あ、ありがとう……じゃなくて、いきなりどうしたんだよ」
「何が?」
「何がって、お前なぁ」
鷹宮がバックハグなんてするから、注目の的になってるんだよ。
「人の視線が針だったら、俺は今ハリネズミになってるぞ」
「お前は本当に面白いな」
「……まぁいいや。頑張って慣れる」
付き合い始めてから、鷹宮は驚くほどくっついてくる。
嫌じゃないんだけど、とにかく目立つんだよ。
でも鷹宮は、他人の目なんて気にしない。
恥ずかしくても、諦めるしかないんだろうな。
開き直った俺は、プリントをヒラヒラと見せた。
「お前はちゃんと化学の課題やってきたか?」
「あったかそんなの」
「あったけど!?」
「冗談だ。化学より古典教えてくれ」
「古典な、了解。ノート持ってこいよ」
聞こえているはずなのに、鷹宮は動かない。
俺の頭に顎を置いて、声のトーンをわずかに上げた。
「昼休みに教えてくれ」
「え? 今日、昼練ないのか? 一緒に弁当食えるじゃん!」
鷹宮が昼休みに一緒なんて、付き合ってから初めてだ。
単純な俺は嬉しくて声が弾んでしまう。
胸の前にある鷹宮の手に触れると、ギュッと握ってくれた。
「今日、雨だから昼練なくなった」
「梅雨に感謝~」
「……たまに休むか」
「ん?」
「なんでもない」
何か聞き逃してしまったけど、鷹宮が指先を絡めてきたから意識が逸れた。
長い指の動きに合わせて、俺も指を開いたり閉じたりする。
「あ、そうだ鷹宮! 聞いてほしいことが」
「教室でいちゃつくな」
まるで地獄の底から這い出てきた鬼のような声が、俺の言葉を遮った。
前の席にぬるりと山田が戻ってきて、ジトーっとこちらを見てくる。
「イチャイチャ厳禁」
「山田ー! 羨ましいからって邪魔すんなよー!」
俺や鷹宮が何か言う前に、さっきの三人が山田の肩を叩いたり、頭を撫でたりと絡んでいた。
そうしている内にチャイムが鳴って。鷹宮の温もりが背中から消えてしまう。
(こればっかりは慣れないかもしれない……)
ちょっと離れるだけで寂しくて、席に着く鷹宮を目で追う。
するとばっちり目があって、優しく微笑んでくれた。
うん。幸せだなぁ。
「山田……その呼び方いい加減やめろよ」
二限目が終わった昼休み、俺はゲンナリと前の席を見た。
山田は俺が返事をする前に、机に置いてあった課題プリントに手を掛ける。しかもベーッと舌を出した。
「しばらくやめらんねぇよ」
「それが課題を見せてもらおうってやつの態度かよ」
「学年一のイケメンにお姫様抱っこされて退場して、試合棄権になったと思ったら……恋人になって戻ってきたなんてな。伝説のお姫様じゃん。イジらずにいられるか」
耳が痛い。
我ながら、どう聞いても噂話にならざるを得ない内容だ。
それでも俺は負けじと唇を尖らせる。
「もう六月になってんだぞ。二週間以上前のことを、いつまで擦るつもりだ」
「俺の失恋の傷が癒えるまで」
「……それっていつだよ」
プリントで顔を隠した山田が、ふざけてるのか悲しんでるのかわからない。
なんとも言えなくてため息を吐いていると、後ろから冷やかしの声が聞こえてきた。
「あはは、山田くん残念だったねぇ。川崎さんにまさか恋人がいたなんて」
「お前の犠牲で何人もの男が直接フられずにすんだ!」
「よっ! 英雄!」
三人組の男子に囃し立てられて、山田がプルプルと震える。
「ふっざけんなお前らぁあ!」
ガッタンと椅子を俺の机にぶつけて、山田が立ち上がる。手の中でぐちゃっとプリントが潰れた。
(俺の課題……)
三人に飛びかかる山田を横目に、女子達は「またバカやってる」と笑ってる。
山田が机に置いていったプリントの皺を伸ばしながら、俺は苦笑いするしかない。
「……しばらくは八つ当たりに付き合ってやるか」
「優しいな雲雀野」
低めの柔らかい声が急に近くなる。
それとともに後ろから温もりに包まれて、俺はビクッと体が跳ねた。
「た、鷹宮!?」
「雲雀野は字が綺麗だな」
「あ、ありがとう……じゃなくて、いきなりどうしたんだよ」
「何が?」
「何がって、お前なぁ」
鷹宮がバックハグなんてするから、注目の的になってるんだよ。
「人の視線が針だったら、俺は今ハリネズミになってるぞ」
「お前は本当に面白いな」
「……まぁいいや。頑張って慣れる」
付き合い始めてから、鷹宮は驚くほどくっついてくる。
嫌じゃないんだけど、とにかく目立つんだよ。
でも鷹宮は、他人の目なんて気にしない。
恥ずかしくても、諦めるしかないんだろうな。
開き直った俺は、プリントをヒラヒラと見せた。
「お前はちゃんと化学の課題やってきたか?」
「あったかそんなの」
「あったけど!?」
「冗談だ。化学より古典教えてくれ」
「古典な、了解。ノート持ってこいよ」
聞こえているはずなのに、鷹宮は動かない。
俺の頭に顎を置いて、声のトーンをわずかに上げた。
「昼休みに教えてくれ」
「え? 今日、昼練ないのか? 一緒に弁当食えるじゃん!」
鷹宮が昼休みに一緒なんて、付き合ってから初めてだ。
単純な俺は嬉しくて声が弾んでしまう。
胸の前にある鷹宮の手に触れると、ギュッと握ってくれた。
「今日、雨だから昼練なくなった」
「梅雨に感謝~」
「……たまに休むか」
「ん?」
「なんでもない」
何か聞き逃してしまったけど、鷹宮が指先を絡めてきたから意識が逸れた。
長い指の動きに合わせて、俺も指を開いたり閉じたりする。
「あ、そうだ鷹宮! 聞いてほしいことが」
「教室でいちゃつくな」
まるで地獄の底から這い出てきた鬼のような声が、俺の言葉を遮った。
前の席にぬるりと山田が戻ってきて、ジトーっとこちらを見てくる。
「イチャイチャ厳禁」
「山田ー! 羨ましいからって邪魔すんなよー!」
俺や鷹宮が何か言う前に、さっきの三人が山田の肩を叩いたり、頭を撫でたりと絡んでいた。
そうしている内にチャイムが鳴って。鷹宮の温もりが背中から消えてしまう。
(こればっかりは慣れないかもしれない……)
ちょっと離れるだけで寂しくて、席に着く鷹宮を目で追う。
するとばっちり目があって、優しく微笑んでくれた。
うん。幸せだなぁ。



