Q.鷹宮、どうして俺を選んだの?

 この世から消えてほしいものってありますか。
 俺はあります。
 今、黒板にデカデカと書いてあるもの。
 忌々しいその文字の前で、学級委員長の眼鏡が光る。
「五月に行われる球技大会の、種目振り分けをしまーす」
 ――球技大会。
 体育祭やマラソン大会と並ぶ、運動音痴の敵だ。
 
 青空が広がるうららかな春の日、校門付近に植わっている桜が風に舞っている。
 二年三組の教室の一番後方窓際席。
 そこに座る俺、雲雀野悠斗(ひばりのゆうと)からは桜が散る様子がよく見えた。
(桜と一緒に球技大会が散ってくれたらいいのに)
 薄紅の花びらを見て現実逃避していると、前の席の山田が俺の方を振り返った。
 さっきまで目の前にあった、白いワイシャツの背中に皺が寄る。
「悠斗~どれに出る~?」
「どれって……運動音痴が一番邪魔にならねぇやつ」
 バスケットボール、テニス、ドッジボール……白い文字で書かれた競技を、俺は睨みつけた。
 全部嫌すぎて滅。
 あからさまにやる気のない俺を、山田はケラケラと笑ってくる。
「去年のドッジ傑作だったもんなー! ボール避けようとして転んで、結局ボールが頭に落ちてくるなんてさ」
「うるさいうるさい。俺が運動音痴の自己紹介したことは忘れろ」
「ま、悠斗は合唱部だし。歌が上手けりゃ運動は音痴でもいいけどな」
 それはそうだ。歌を歌うのに運動神経は要らない。
 俺の機嫌が少し上向いたことを確認し、山田は種目決めに話を戻してくる。
「ドッジが嫌ならテニスは? 小学校の時に習ってたんだろ?」
「論外。一人ならいいけどダブルスだから二人で一チームだぞ。お前、俺と組みたいと思うか?」
 基本的にノリ良い山田だが、残念ながら苦笑いして流されてしまう。
 そうだよな、絶対負けるのわかってるやつと組みたくないよな。
 しかも俺がテニスを習ってたのは小三、四の二年間だけだ。ルールすらまともに覚えてない。
 俺は不貞腐れて机に突っ伏した。
「嫌な記憶はあるけど、やっぱドッジがマシか。さっさと当たって引っ込めばいいもんな」
「人数も多いし無難だよな。一緒にドッジしようぜ。攻撃は俺に任せとけって」
「運動神経いいやつは余裕だな。俺はもう合唱部らしく応援歌を歌う係、任せてほしい」
「そんな係はない」
 知ってた。つーか仮にあったとしても、一人で歌うのはさすがに勇気がいる。
 俺は机に頬を擦り付けた。このまま机と同化したい。
「……山田はバスケ部だろ。バスケにしねぇの?」
「バスケは、もう定員オーバーだよ」
 俺は目線だけ上げて、山田が親指で示す黒板を見る。
 バスケのところには二人しか名前が書いてない。でも、山田以外のバスケ部員の名前だ。
 うちの高校の球技大会では、所属している部活と同じ競技に出られる人数は一クラスに二人まで。
 おそらく山田は俺に合わせてバスケを見送ってくれたのだろう。
 山田はクラスのざわめきを聞きながら、俺の机に頬杖をついた。
「今選んでるのはテニスか。テニスといえば鷹宮だよな」
「あー」
 俺は廊下側端っこ、後ろから二番目の席へと顔を向けた。
 テニスの選手を決める今、クラス中に注目されている超美形。
 テニス部員の鷹宮俊(たかみやしゅん)だ。
 切れ長の目、高い鼻、男らしく薄い唇が、小さい顔にバランスよく収まっているのが横からでもわかる。加えて頭の形がいいことが際立つスポーツマンらしい短髪が爽やかだ。
 身長体重顔面偏差値が全て平均的な、ボサボサ癖っ毛モブの俺からすると、近寄りがたいの一言である。
 白いチョークを持った委員長は、鷹宮の勝ち組オーラに怯むことなく声をかけた。
「鷹宮くん、テニスお願いできる?」
 周囲から期待の眼差しを向けられても、鷹宮は眉ひとつ動かさない。
 そのクールさが俺は怖いと思うけど、女子はたまらないらしい。何やら楽しげに囁きあっている。
(やるって言わねぇな~。鷹宮、他の競技がしたいのか?)
 なんてぼんやり想像していると、ふと鷹宮の涼しげな目と俺の目が合う。
「ん?」
 目が合った? てことは、こっち見た?
 と思いきや、すぐ鷹宮が委員長の方を向いた。気のせいかもな。
「テニスに出てもいいけど……パートナーは俺が好きに選んでいいか?」
「もちろん! テニス部同士はルールで組めないことになってるけど、それ以外なら誰でも大丈夫!」
 委員長が食い気味にうなずくと、鷹宮は改めて俺を見た。
 間違いなく、こっちを見て口を開いた。
「じゃあ雲雀野がいい」
「へ?」
 俺の唖然とした声とともに、クラス全体の空気が凍る。
 ――なんで?
 誰も声に出さないけど、みんなの気持ちはひとつだろう。ずっとニコニコ眺めていた担任の先生も真顔になっている。
 でも鷹宮にとって空気は読むものではなく、ただ吸って吐くだけのものらしい。
 席を立ったかと思うと、俺の席の目の前までわざわざやってきた。
「雲雀野、俺のパートナーになってくれ」
 びっくりするほどの無表情でお願いされた俺は、何も考えられずに首を左右に振った。
「無理です」
 雲雀野悠斗、合唱部所属でパートはテノール。
 他には特筆すべきことがないモブなのに、鷹宮は一体何を考えているのだろう。
 さっぱりわからない。
 でもこれだけはわかる。
 学年一のイケメンによって、俺は窮地に立たされた。