オレは、クジャクだ。
おっと、待て待て。
そこらの派手な青クジャクとは違う。一緒にするなよ。
オレは真っ白な羽の、神聖なる白クジャク様だ。
都会の片隅にある植物園が、オレの住処。
オレが自慢の羽をバサァっと広げりゃ、どんな客もスマホを構えて群がってくる。
「幸運が訪れる」
「神の使い」
「映える!」
人間どもは口々に騒ぎ立てる。
まあ当然の扱いだ。
この植物園に咲く、どんな花よりも美しい。
――そう。それがオレの日常だった。
広々とした園内を悠々と歩く。
恐れ多くもオレの餌を狙うカラスと牽制し合い、季節関係なく池で泳ぐ顔のカモをからかい、平和ボケした鳩に関しては相手にもしない。
つまり、オレはヒマを持て余していた。
梅雨の晴れ間。青い空を見上げる。
羽ばたきたいのに飛べない。
空を知らない鳥。
この大きな白い羽は鑑賞用。
ただ地面を歩く日々。
自由という言葉は、オレの辞書にはない。
――けれど、ある日。
オレの白い羽と同じくらい、色のなかった毎日。
その世界が、一瞬にしてカラフルに彩られたような、不思議な出来事が起きた。
昼寝から目覚めたオレは、羽を揺らしながら、いつもの散歩コースを進んでいた。
「あ、いたいた」
小柄な女が、オレの前にしゃがみ込んできた。
スタッフ用の紺色のポロシャツにチノパン。髪は一つに結ばれている。
――誰だ?
人間なんてのは、みんな同じ顔に見えるものだ。
そう、今までは。
しかし、彼女の目はまっすぐで、妙に印象に残った。
吸い込まれるような、深い色をしている。
「わぁ、本当に真っ白ね」
オレを見て、にっこりと笑った。
その瞬間、何かが、体の奥でぶわっと広がった。
言っておくが、それは羽毛じゃない。
胸のあたりが、今まで感じたことのない温かさに包まれる。
「キミ、この植物園のアイドルなんだよね?」
――アイドルってなんだ?
「私、今日からこの植物園に配属されたの。佐倉美咲。よろしくね」
クジャクであるオレに、自己紹介だと?
まるで、オレも人間であるかのような錯覚を起こさせる、自然で穏やかな接し方だった。
こんな風に接してきた人間は、今まで一人もいなかった。
名乗られたその名前だけは、風の音に乗って、はっきりと耳に残った。
――サクラ。
そう言ったな。
なのに、目の前に咲き誇っているのは桜じゃなくて紫陽花。
花の名前と季節がちぐはぐで、逆に強く印象に残った。
――あれ、紫陽花こんなに咲いていたか?
青や紫、ピンクといった色とりどりの紫陽花。
今までは背景でしかなかった紫陽花が、まるで世界中の光を集めたかのように、きらめき出した。
――ここは、こんなに美しい景色だったか?
「キミ、本当にキレイだね」
サクラは、オレにそっと手を伸ばした。
だけど――すぐにその手を引っ込めた。
「うーん。まだ早いね。失礼しました」
なんと、察しのいいヤツだ。
時々いるんだ。
オレが許してもいないのに、羽や頭を触ろうとする無礼な人間が。
自分だったらどうだ?
知らないやつに、いきなり頭だの尻だの触られていいのか?
それ、ハラスメントってヤツだろ。
オレは知ってるぜ?
時々、客のおやじがこぼしてるからな。
ともかく、クジャク界にも、距離感というものがあるからな。
――コイツ、気に入ったぞ。
あいさつ代わりに、特別に見せてやろうじゃないか!
バサァァッ!
オレは全身の白い羽を、めいっぱい広げた。
純白のレースのような羽が、風に乗ってふわりと揺れる。
周囲の空気が、一瞬で変わった。
これぞ、神の降臨だ!
「わぁ……」
サクラが、ぽつりとつぶやく。
その瞳は、オレの純白を映して、宝石のようにキラキラと輝いていた。
「まるで、おとぎ話に出てくる王子様みたい」
王子様……?
「じゃあ、キミのあだ名は『王子』だね」
人間ごときがオレを名付けるなど不遜千万――と言いたいところだが、このオレにふさわしい、実に品格のある呼び名じゃないか。
――うん、悪くない。
むしろ、その響きが心地よく、胸の奥に溶けていく。
そうだな。
これも運命の出会いかもしれん。オレが王子なら、おまえはお姫様にしてやろう。
なんなら、番にしてやろうか?
……いや、まだ決めるのは早いか。
「あ、待って」
サクラが、再び遠慮がちに手を伸ばした。
オレの頭の上を、そっと、なでるように指先が触れる。
彼女の指先から伝わる温かさは心地よいく、オレの心をさらに満たしていく。
「ほら、紫陽花の花びら。風に乗ってきたね」
にっこりと笑うと、手のひらに乗せた小さな青い花びらを見せた。
その花びらは、彼女の白い指先の上から、ハラリち花びらが風に舞う。
「またね」
色とりどりの紫陽花よりも、サクラの笑顔のほうが、ずっと眩しく、美しく見えた。
サクラとは、長い付き合いになりそうだ。
この予感は、きっと間違いない。そう、オレの白い羽が、そう告げていた。
おっと、待て待て。
そこらの派手な青クジャクとは違う。一緒にするなよ。
オレは真っ白な羽の、神聖なる白クジャク様だ。
都会の片隅にある植物園が、オレの住処。
オレが自慢の羽をバサァっと広げりゃ、どんな客もスマホを構えて群がってくる。
「幸運が訪れる」
「神の使い」
「映える!」
人間どもは口々に騒ぎ立てる。
まあ当然の扱いだ。
この植物園に咲く、どんな花よりも美しい。
――そう。それがオレの日常だった。
広々とした園内を悠々と歩く。
恐れ多くもオレの餌を狙うカラスと牽制し合い、季節関係なく池で泳ぐ顔のカモをからかい、平和ボケした鳩に関しては相手にもしない。
つまり、オレはヒマを持て余していた。
梅雨の晴れ間。青い空を見上げる。
羽ばたきたいのに飛べない。
空を知らない鳥。
この大きな白い羽は鑑賞用。
ただ地面を歩く日々。
自由という言葉は、オレの辞書にはない。
――けれど、ある日。
オレの白い羽と同じくらい、色のなかった毎日。
その世界が、一瞬にしてカラフルに彩られたような、不思議な出来事が起きた。
昼寝から目覚めたオレは、羽を揺らしながら、いつもの散歩コースを進んでいた。
「あ、いたいた」
小柄な女が、オレの前にしゃがみ込んできた。
スタッフ用の紺色のポロシャツにチノパン。髪は一つに結ばれている。
――誰だ?
人間なんてのは、みんな同じ顔に見えるものだ。
そう、今までは。
しかし、彼女の目はまっすぐで、妙に印象に残った。
吸い込まれるような、深い色をしている。
「わぁ、本当に真っ白ね」
オレを見て、にっこりと笑った。
その瞬間、何かが、体の奥でぶわっと広がった。
言っておくが、それは羽毛じゃない。
胸のあたりが、今まで感じたことのない温かさに包まれる。
「キミ、この植物園のアイドルなんだよね?」
――アイドルってなんだ?
「私、今日からこの植物園に配属されたの。佐倉美咲。よろしくね」
クジャクであるオレに、自己紹介だと?
まるで、オレも人間であるかのような錯覚を起こさせる、自然で穏やかな接し方だった。
こんな風に接してきた人間は、今まで一人もいなかった。
名乗られたその名前だけは、風の音に乗って、はっきりと耳に残った。
――サクラ。
そう言ったな。
なのに、目の前に咲き誇っているのは桜じゃなくて紫陽花。
花の名前と季節がちぐはぐで、逆に強く印象に残った。
――あれ、紫陽花こんなに咲いていたか?
青や紫、ピンクといった色とりどりの紫陽花。
今までは背景でしかなかった紫陽花が、まるで世界中の光を集めたかのように、きらめき出した。
――ここは、こんなに美しい景色だったか?
「キミ、本当にキレイだね」
サクラは、オレにそっと手を伸ばした。
だけど――すぐにその手を引っ込めた。
「うーん。まだ早いね。失礼しました」
なんと、察しのいいヤツだ。
時々いるんだ。
オレが許してもいないのに、羽や頭を触ろうとする無礼な人間が。
自分だったらどうだ?
知らないやつに、いきなり頭だの尻だの触られていいのか?
それ、ハラスメントってヤツだろ。
オレは知ってるぜ?
時々、客のおやじがこぼしてるからな。
ともかく、クジャク界にも、距離感というものがあるからな。
――コイツ、気に入ったぞ。
あいさつ代わりに、特別に見せてやろうじゃないか!
バサァァッ!
オレは全身の白い羽を、めいっぱい広げた。
純白のレースのような羽が、風に乗ってふわりと揺れる。
周囲の空気が、一瞬で変わった。
これぞ、神の降臨だ!
「わぁ……」
サクラが、ぽつりとつぶやく。
その瞳は、オレの純白を映して、宝石のようにキラキラと輝いていた。
「まるで、おとぎ話に出てくる王子様みたい」
王子様……?
「じゃあ、キミのあだ名は『王子』だね」
人間ごときがオレを名付けるなど不遜千万――と言いたいところだが、このオレにふさわしい、実に品格のある呼び名じゃないか。
――うん、悪くない。
むしろ、その響きが心地よく、胸の奥に溶けていく。
そうだな。
これも運命の出会いかもしれん。オレが王子なら、おまえはお姫様にしてやろう。
なんなら、番にしてやろうか?
……いや、まだ決めるのは早いか。
「あ、待って」
サクラが、再び遠慮がちに手を伸ばした。
オレの頭の上を、そっと、なでるように指先が触れる。
彼女の指先から伝わる温かさは心地よいく、オレの心をさらに満たしていく。
「ほら、紫陽花の花びら。風に乗ってきたね」
にっこりと笑うと、手のひらに乗せた小さな青い花びらを見せた。
その花びらは、彼女の白い指先の上から、ハラリち花びらが風に舞う。
「またね」
色とりどりの紫陽花よりも、サクラの笑顔のほうが、ずっと眩しく、美しく見えた。
サクラとは、長い付き合いになりそうだ。
この予感は、きっと間違いない。そう、オレの白い羽が、そう告げていた。

