雲の糸

 起き上がると肉体がついてこなかった。
 立ち上がり、後ろを見下ろすと目を閉じた自分の身体が病院のベッドに横たわっている。


 ふん、やっぱり死んだのか。


 まあいいさ。
 こりゃ死ぬなと思ったし、別に驚きはしない。
 
 生まれた時から親に捨てられ、ガキの頃から喧嘩っ早いし、警察沙汰も数知れず。
 みんな俺のことなんて死んでくれって思ってたのは知ってんだよ。
 どうせ俺みたいなのは地獄行きだ。
 それは別にいいとして。

 これからどうするか、だ。


 辺りを見回しても、何もない。迎えの死神さえいない。


 おいおい、放置か?
 この世に未練なんかないのに地縛霊か?


 とりあえず病室を出て屋上に行ってみた。


 みつけたぜ。


 雲が(ほど)けて空から垂れ下がる一筋の糸。


 その糸の先端はちょうど俺の頭の上あたりで途切れている。


 手を伸ばし糸を掴んだ。
 すると糸がゆっくり上にひっぱられ、足が浮く。
 なんつーか、省エネだな。
 ま、霊体で体軽いからこれで十分か。

 しかし昇って行くってのは意外だ。
 まさか天国にでも行くのか?


 ふと下を見ると病院の屋上に人がわらわら集まってきた。
 老若男女、どこから()いて出たのやら、そいつらが俺の足をつかむ。
 足首を引っ張られ、上昇していた糸が止まりピンと伸びる。


 これ以上は糸が切れる……!


「馬鹿野郎!引っ張るんじゃねえ!!」
 

 俺は叫んだ。

 「いいか、お前ら!一列に並べ!それで肩車で繋がれ!一番下のやつから登ってこい!おい、糸!!ちょっと待ちやが……!」

 その時、ぷつん、と糸が切れた。

「あ」

 真っ逆さまに落ちながら、俺は笑った。
 しくじったな。
 俺は、まあいい。
 どうせ地獄行きだ。

 そういや、最期に助けた川で溺れたガキ、無事だったかな——。


————

「どうですかね、彼。ああ見えて一度も自分のために暴力を振るったことはないんですよ。少々口は悪いですが」

 雲の下を覗き込んでいた女性が顔を上げた。背中には白い羽、頭の上には金色の輪が浮いている。

「うん。こういう人、嫌いじゃないよ」

 隣にいた白い顎ヒゲに柔和な顔つきの老人が答える。

「判定は?」

 女性が聞く。老人は楽しそうに目を細めた。

「天国行きで」