俺はゾンビじゃないってば!~伝説級ネクロマンサーの恋~

「だから俺はゾンビじゃないってば~」

 ダッシュしても伝説級ネクロマンサーであるアリスを振り切ることなど出来るわけがない。
 だが幸運なことにアリスが繰りだすゾンビどもはよろめいて足が遅い。
 
「裕、結婚式はハワイであげようね♡」

「ゾンビとネクロマンサーがどんな結婚式をあげるんだよ~。神に誓うのか? どんな神に誓うんだよ!」

「もちろん仏式だよお」

「神も仏も人間の味方だよ!」

 ゾンビを振り切っても振り切っても次々とアリスはゾンビを生みだし繰りだしてくる。
 街中に死体なんてそうそうないって?
 とんでもない。ねずみ、ゴキブリ、鳩、猫、いたち。
 動物たちはどこででも死んでいくらしい。
 というか、ゴキブリのゾンビにだけは捕まりたくない!

 目指しているのはもちろん教会だ。ネクロマンサーの敵、聖職者がいるはず!

「あった!」

 子供のころに一度だけクリスマスミサに参加した教会!
 あのおじいさん牧師ならきっとアリスに勝てるはず!

「助けてください!」

 両開きの扉を叩き割るかという勢いで開けて教会に転がり込む。
 振り返るとゾンビたちは門前で立ち止まり右往左往している。

「ははは、どうだ! 神の力は偉大だろう!」

 カツ、カツ、カツ。

 音高く黒いハイヒールのかかとを鳴らし、アリスは教会に入ってきた。
 そうですよね~。ネクロマンサーって人間ですよね~‘。

「裕、せっかくだから、ここで結婚式を挙げようよ」

「神に愛を誓うなよ! ネクロマンサーが!」

「私だって、一人の乙女よ。ウエディングドレスに夢を持ってるの」

「どうしたのですか?」

 突然の女性の声に驚いて振り返る。
 教会の奥の扉から1人のシスターがやってきていた。
 天の助け!

「助けてください! このネクロマンサーに命を狙われているんです!」

「まあ。それは大変。では、100万円になります」

「は?」

「喜捨額は100万円でございます」

「え、なに? 教会が金取るの?」

「もちろんです。神に仕えるものだって人間です。お腹もすけば住居も必要」

前門のネクロマンサー、後門の金の亡者。俺の味方はいないのか!?

「お兄さん、イケメンだね! 助けてあげようか?」

横合いからかけられた声に振り向けば、そこには可憐な妖精がいた。

「助けて!」

「裕、だめ!」

アリスが叫んで俺と妖精の間に立ちふさがった。

「こいつ、悪魔だよ」

「悪魔って。ここ教会だぞ」

「目を凝らしてよく見て。ここが教会だなんて嘘っぱちよ」

言われた通り、目をすがめて室内を見渡す。輝いていたステンドグラスはひび割れて、並んでいた礼拝用のイスは割れたり腐り落ちたり。そしてシスターは

「悪魔じゃないか!」

頭がヤギ、体は人間。なんだっけ、バフォメット?

「裕、下がってて」

アリスは油断なく悪魔たちと距離をとる。

「ここなら私のシモベが大量にいるわね!」

勝ち誇ったようにアリスが叫ぶ。

「魂を失くしたものたちよ! 私が新たな力を授ける! 来い!」

ぼこりぼこりとなにか重いものが動く音がした。窓の外、墓地から大量の骨が顔を出し、土をかきわけ地上に出てきた。
彼らはあっという間に建物の中になだれ込んだ。
野生動物のゾンビと動きの速さが雲泥だ。

「ネクロマンサー、悪魔の力に勝てると思うの?」

アリスを嘲ったのは、さっきまでかわいらしい妖精の姿に見えていたが、今は巨大な蠅だ。

「悪魔ごとき、私の敵ではないわ!」

バフォメットがアリスを鼻で笑う。

「ネクロマンサーは黒い魔力。われらの仲間ではないか」

「ふふふふふ」

不敵に笑うアリスの顔は今まで見たどれよりも美しい。思わずみとれてしまった。

「これを見せてあげようか」

アリスは黒いワンピースの背中のジッパーをザっとおろした。むき出しになったその背中には不動明王の刺青が赤々と刻まれている。

「仏心の前に悪魔が勝てるものか!」

「アリス、お前、仏教徒なのかよ!」

あまりのことに叫んだが、アリスは俺をパッキリと無視した。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン!」

アリスが真言を唱えると、骸骨たちがわらわらと悪魔を取り囲んだ。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン!」

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン!」

骸骨たちはカタカタと顎骨を鳴らしながら真言を唱えていく。ていうか、のどがないのにどうやって声出してるんだよ!

そんなことより悪魔どもは冷ややかにアリスを見下ろしている。

「仏の力ってそんなもんなのね」

「痛くもかゆくもないな」

アリスは不敵に笑う。

「ここからが本番よ」

くるり振り返り、悪魔どもに背を向ける。

「まかりきませ、不動明王!」

ぼこり、とアリスの背中が膨張した。と思うと、不動明王の刺青が立体となってアリスの背から飛び出した。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」

骸骨たちの声が声明のように音域深く繰り返される。
実体化した不動明王は手にした剣を振り上げバフォメットに向かい振り下ろした。
なにが飛び出したのかわからない。
ただ、豪風が部屋に巻きあがり、竜巻のように渦巻き、バフォメットは風に巻かれて消えた。

「待って待って待って、やめて」

妖精だった蠅が懇願する。

「このまま消えたら地獄でサタン様になんて言われるか」

「こっぴどく折檻されたらいいわ」

アリスが冷笑を浮かべる。不動明王は力を見せつけるかのごとくゆっくりと剣を振り上げた。

「やめてー! 俺は……」

蠅の言葉は最後まで聞き取ることはできない。不動明王が巻き上げた風がすべての音を消し去った。蠅はそこにいたのが嘘のように存在を消した。

「ふう。片付いたわね」

アリスが言って、埃を落とすように手をぱんぱんと叩く。不動明王はずしんずしんと足音高くアリスに近づき、その背に吸収された。

「裕、ケガはない?」

問われて体を見下ろしてみた。埃だらけだが体はなんともない。

「大丈夫だよ」

「良かった」

アリスがにっこりと笑う。ドキッと胸が跳ねた。なんだよ、こんなかわいい表情もできるんじゃないか。

「お願いがあるんだけど」

「なに?」

「背中のジッパー、上げてくれない?」

そう言って背中を俺の方に向ける。白い肌、赤く燃える不動明王の光背が鮮やかに映える。かわいらしい笑みでほだされそうになったけど、アリスはやっぱりアリスだ。
しかしジッパーを上げるくらいはしてやらないと。
命の恩人だ。

「あ……ん」

ジッパーに手をかけるとアリスが小さく喘いだ。

「すてき……。裕、もっと……」

「触ってもないのに喘ぐなよ!」

「だって、裕がこんなに近くにいてくれるんだもの」

ジャっと音高くジッパーを上げると、くるりと振り向いたアリスは黒い笑み、見慣れた顔に戻っている。

「責任とってね」

「は?」

「乙女の素肌を見たんだから。お嫁にもらってよね」

「なんだよ、それ! 俺が脱がしたわけじゃないぞ!」

「私は裕を助けるために脱いだのよ」

「う……。それはそうだけど」

「ほら、ほら、ほら」

アリスは俺の手を取り、胸に押し付けた。

「ああん、いい……。裕、もっとお」

「だから! 勝手に喘ぐな!」

アリスから手をもぎはなし、背を向けて建物から出る。門前には野生動物たちのゾンビがゴソッと待ち構えている。あのゴキブリゾンビも、もちろんいる。

「あの、アリスさん」

「なあに?」

「あの動物たちをどけてくれませんかね」

「なんで?」

「帰れないからです」

「わかったわ」

アリスが俺の手を握る。

「連れて帰ってあげる」

「ありがとう」

「私の屋敷に」

「……そうじゃなく! 俺の家に帰りたいの!」

「え! ご両親に紹介してくれるの? うれしい!」

「そうじゃなくて!」

いや、そうだな。両親に合わせるのもいいかもしれない。

「じゃあ、行こうか」

「うん!」

うきうきとスキップするアリス。ゾンビたちは三々五々どこかへ消えていく。骸骨たちは自分の墓に戻っていく。

「緊張するなあ、裕のご両親に会えるなんて」

「そうかそうか」

にこやかに返事する俺と満面に笑みを浮かべるアリス。はた目には仲良しアベックに見えるだろう。
俺がアリスをだまそうとしているなんて、誰にもわかるまい。俺の両親が狼男と吸血鬼だと知った時のアリスの顔が見ものだ。
人間であるアリスが太刀打ちできる相手ではない。

「そうだ、手土産がいるね! ちょっと寄り道したい」

「いいよ、手土産なんて」

両親にとってはアリスは大ご馳走だ。

「この近くに献血センターがあるの」

「え?」

「それと満月せんべいもいいよね。お父様が喜んでくださるんじゃないかな」

「え、ちょっと待って」

アリスは小首をかしげる。かなりかわいらしいが、そんなこと考えてる場合じゃない。

「なに、その手土産のチョイス」

「狼男のお父様は満月がお好きでしょうし、吸血鬼のお母さまは血がお好きでしょ」

「なんでうちの両親のこと知ってるんだよ!」

「有名だよ、こっち界隈では」

「どっち界隈だよ!」

「どっちって」

アリスはかわいらしく笑う。

「モンスター界隈」

「ネクロマンサーは人間だろ!」

「私、サキュバスだから」

「は?」

「夢魔なの。だから裕くらいの魔物じゃないと満足できないのよね」

「は?」

アリスは俺の手をぎゅっと握る。

「幸せにしてあげるから、ダーリン♡」

俺は、俺は!

「人間の女の子が大好きなんだー!」

むなしく響く俺の声。アリスは聞こえないふりをしてつないだ手をぶんぶんと振った。