◇◇◇
里を見渡せる高台に堂々とたたずむ屋敷の一室で、直景と則影は横に並んで正座をしていた。
背中に物差しでも当てられているかのようにまっすぐに背すじを伸ばしている則影に対して、兄である直景は若干緊張感に欠けるように見えるのは気のせいではないだろう。
「よいかお前たち」
二人の正面に座しているのは、彼らの父であり楓谷の頭領でもある景隆である。
「ゆくゆくは、お前たちが中心となってこの里を導いていかねばならん。だが頭領になれるのは、どちらか一人。よりふさわしいほうが選ばれる。そのことを、よく胆に銘じておけ」
息子たちを呼び出した彼は、目の前に居並ぶ二人をしかと見つめながら、真剣な面持ちで言った。
「直景よ、長男だからといって、油断するでないぞ。則影も、兄を越えるようしっかりと精進するように」
「はい、ちちうえ」
「…………」
いつものように息子たちに言い聞かせている言葉に、すぐに返事をしたのは則影だけ。
直景はといえば、ひとつに結った襟足の毛先を指に巻きつけてはくるくるともてあそんでいる。
対照的な二人の反応に、景隆はついため息をつかずにはいられなかった。
「よいか? 兄弟互いに切磋琢磨して、って聞いておるのか! 直景!」
庭先で地面をついばんでいる小鳥を目で追う直景は、今にも鼻唄でも歌いだしそうな雰囲気である。
語尾を強めた父の言葉にようやくそちらへ顔を向けれども、彼には悪気もなければ反省もない。
「はいは~い。ちゃんと聞いてたよ。要はがんばれって話でしょ? じゃあ俺、これからゆきちゃんとこに遊びに行ってくるから~」
「こら直景! 話はまだ終わっとらん! 直景!!」
声を荒らげて引き留めようとしたところで徒労である。
ひらひらと手を振りながら部屋をあとにする長男に、頭領は再度ため息をつくしかない。
才能はあるのに一向にやる気を見せない我が子を叱咤激励しても、どうやら彼には響いていないらしい。
年齢に似つかわしくなく、こちらの思惑をのらりくらりとかわす彼はいったい誰に似たのやら。
「まったく……どうしたらやる気になってくれるのか……」
「頭領、少しいいか?」
景隆がどうしたものかと頭を悩ませていれば、廊下から低い声がかかる。
直景が開け放したままの襖の向こうから、無造作に束ねたざんばら髪に無精髭を生やした男が顔を覗かせていた。
「伊蔵か。どうした?」
「いやなに、大した用じゃねぇんだが、一応報告しといたほうがいいだろうと思ってな。ちょいと出れるかい?」
「すぐ行こう」
仲間であり、幼なじみであり、景隆がもっとも信頼する男からの報告である。
大したことじゃないと言いつつも、彼の表情は真剣そのもの。
急ぎ報告すべき案件だと判断したのだろう。本当に大した用じゃないなら、彼のことだから後回しにしたはずだ。
景隆は則影にひと言詫びを入れると、伊蔵のあとについて部屋から出ていった。
「…………」
「…………」
残されたのは則影と、部屋の隅に控えているババ様だけ。
なんとも言えない沈黙が流れる中、則影は先にババ様が動くのをじっと待っていた。
「……則影や」
「はい、ババさま」
あとに続く言葉が、今日のおやつはなにがいいかとか、兄のように遊びに行っても構わないとか、そういう他愛のない言葉だったらどんなによかったことだろう。
だがそうではないことは、則影をじっと射抜くようなババ様の視線が物語っていた。
「頭領はああ言うておるがの、わかっておるの?」
「…………」
ババ様の言葉に、則影は小さくうつむいた。
返事をしなかったのはせめてもの反抗である。
彼はまだ、己に課せられた運命を受け入れきれてはいなかった。
おそらくそれは、ババ様も感づいていることだろう。
しかしそれでもなお、彼女は孫に、否、楓谷頭領の次男としての則影に、何度も何度も言い聞かせてきた。
そして今日も、決められた単語の羅列をいつものように口にするのだ。
「『影』の字を持つ者は、みな等しくその定めを背負うておる。おぬしとて、例外ではない」
淡々と紡がれるその言葉が、まるで呪縛のように則影の心に絡みつく。
(わかってる……頭領を継ぐのは、にいさまだ……)
父は、どちらが次期頭領かという明言は避けている。それは、将来的に里を引っ張っていく二人を競わせ切磋琢磨させることで、忍としての力をつけさせるため。
だが、頭領を名乗れるのはどちらか一人だけ。
現頭領である父の字は『景』。
その座を継ぐであろう兄の字も『景』。
先代や先々代の名を調べてみたことはないが、その先の代の頭領たちもきっと『景』の字を持つのだろう。
そしておそらくその中に、『影』の字はない。
このことに関して父が言及したことはない。
だが物心ついた頃から、こうして則影だけがババ様に言い聞かされている。
「それが、『影』の名を継ぐ者の定め。よいな、則影」
「…………はい」
お前の気持ちなどお見通しだと言わんばかりの視線に、則影は小さく返事をすることしかできなかった。
里を見渡せる高台に堂々とたたずむ屋敷の一室で、直景と則影は横に並んで正座をしていた。
背中に物差しでも当てられているかのようにまっすぐに背すじを伸ばしている則影に対して、兄である直景は若干緊張感に欠けるように見えるのは気のせいではないだろう。
「よいかお前たち」
二人の正面に座しているのは、彼らの父であり楓谷の頭領でもある景隆である。
「ゆくゆくは、お前たちが中心となってこの里を導いていかねばならん。だが頭領になれるのは、どちらか一人。よりふさわしいほうが選ばれる。そのことを、よく胆に銘じておけ」
息子たちを呼び出した彼は、目の前に居並ぶ二人をしかと見つめながら、真剣な面持ちで言った。
「直景よ、長男だからといって、油断するでないぞ。則影も、兄を越えるようしっかりと精進するように」
「はい、ちちうえ」
「…………」
いつものように息子たちに言い聞かせている言葉に、すぐに返事をしたのは則影だけ。
直景はといえば、ひとつに結った襟足の毛先を指に巻きつけてはくるくるともてあそんでいる。
対照的な二人の反応に、景隆はついため息をつかずにはいられなかった。
「よいか? 兄弟互いに切磋琢磨して、って聞いておるのか! 直景!」
庭先で地面をついばんでいる小鳥を目で追う直景は、今にも鼻唄でも歌いだしそうな雰囲気である。
語尾を強めた父の言葉にようやくそちらへ顔を向けれども、彼には悪気もなければ反省もない。
「はいは~い。ちゃんと聞いてたよ。要はがんばれって話でしょ? じゃあ俺、これからゆきちゃんとこに遊びに行ってくるから~」
「こら直景! 話はまだ終わっとらん! 直景!!」
声を荒らげて引き留めようとしたところで徒労である。
ひらひらと手を振りながら部屋をあとにする長男に、頭領は再度ため息をつくしかない。
才能はあるのに一向にやる気を見せない我が子を叱咤激励しても、どうやら彼には響いていないらしい。
年齢に似つかわしくなく、こちらの思惑をのらりくらりとかわす彼はいったい誰に似たのやら。
「まったく……どうしたらやる気になってくれるのか……」
「頭領、少しいいか?」
景隆がどうしたものかと頭を悩ませていれば、廊下から低い声がかかる。
直景が開け放したままの襖の向こうから、無造作に束ねたざんばら髪に無精髭を生やした男が顔を覗かせていた。
「伊蔵か。どうした?」
「いやなに、大した用じゃねぇんだが、一応報告しといたほうがいいだろうと思ってな。ちょいと出れるかい?」
「すぐ行こう」
仲間であり、幼なじみであり、景隆がもっとも信頼する男からの報告である。
大したことじゃないと言いつつも、彼の表情は真剣そのもの。
急ぎ報告すべき案件だと判断したのだろう。本当に大した用じゃないなら、彼のことだから後回しにしたはずだ。
景隆は則影にひと言詫びを入れると、伊蔵のあとについて部屋から出ていった。
「…………」
「…………」
残されたのは則影と、部屋の隅に控えているババ様だけ。
なんとも言えない沈黙が流れる中、則影は先にババ様が動くのをじっと待っていた。
「……則影や」
「はい、ババさま」
あとに続く言葉が、今日のおやつはなにがいいかとか、兄のように遊びに行っても構わないとか、そういう他愛のない言葉だったらどんなによかったことだろう。
だがそうではないことは、則影をじっと射抜くようなババ様の視線が物語っていた。
「頭領はああ言うておるがの、わかっておるの?」
「…………」
ババ様の言葉に、則影は小さくうつむいた。
返事をしなかったのはせめてもの反抗である。
彼はまだ、己に課せられた運命を受け入れきれてはいなかった。
おそらくそれは、ババ様も感づいていることだろう。
しかしそれでもなお、彼女は孫に、否、楓谷頭領の次男としての則影に、何度も何度も言い聞かせてきた。
そして今日も、決められた単語の羅列をいつものように口にするのだ。
「『影』の字を持つ者は、みな等しくその定めを背負うておる。おぬしとて、例外ではない」
淡々と紡がれるその言葉が、まるで呪縛のように則影の心に絡みつく。
(わかってる……頭領を継ぐのは、にいさまだ……)
父は、どちらが次期頭領かという明言は避けている。それは、将来的に里を引っ張っていく二人を競わせ切磋琢磨させることで、忍としての力をつけさせるため。
だが、頭領を名乗れるのはどちらか一人だけ。
現頭領である父の字は『景』。
その座を継ぐであろう兄の字も『景』。
先代や先々代の名を調べてみたことはないが、その先の代の頭領たちもきっと『景』の字を持つのだろう。
そしておそらくその中に、『影』の字はない。
このことに関して父が言及したことはない。
だが物心ついた頃から、こうして則影だけがババ様に言い聞かされている。
「それが、『影』の名を継ぐ者の定め。よいな、則影」
「…………はい」
お前の気持ちなどお見通しだと言わんばかりの視線に、則影は小さく返事をすることしかできなかった。

