◇◇◇
「見合い、ねぇ……」
頭領である景隆を前に、直景はため息とともにしみじみと言葉を吐き出した。
呼び出しに応じて屋敷へ戻ってみれば、開口一番に父親から告げられた降って湧いたような見合い話。
どういうことかと問いただすように同席する祖母を見遣れども、ババ様は肩をすくめるばかりである。
「お相手の駒女さんは薊岩のくのいちでな、ご隠居のお孫さんだそうだ」
聞いてもいないのに相手の情報をつらつらと述べる父の話を聞き流しながら、直景は人知れず天井を仰いだ。
薊岩は、楓谷とは異なる流派の忍の里である。
現在、頭領は不在。跡取りである男児に恵まれぬまま頭領夫妻が鬼籍に殉じたため、現役を退いたご隠居が里の代表に返り咲いたと聞く。
(その孫娘ってことは、亡くなった前頭領の一人娘ってところか……)
正式な書面での申し入れであることを鑑みるに、薊岩の本気が見てとれる。
孫娘に頭領の座を継がせぬのであれば、直系男児のいない薊岩に未来はない。
となれば力ある他里と縁を結び協力関係を築くか、もしくは権力者の庇護下に入るしか存続の道はない。
「まあうちとしては、承諾せずとも問題はないんだが、先々のことを考えるとな」
戦乱の世、生き残るためには他里との関わりは重要事項のひとつである。それが近しい里ともなればなおのこと。
「どうだ、直景」
「『どうだ』って言われても、俺嫌なんだけど~?」
あからさまに感情を顔に出して言う直景に、景隆も彼の返答はわかりきっていたことだろう。「だよなぁ」と小さくぼやいた景隆が、困ったようにため息をついた。
「そうは言ってもなぁ、お前もそろそろ身を固めねば」
「嫌だってば~」
楓谷の将来を考えれば、婚姻をもとに薊岩を取り込むのもひとつの手である。いわゆる政略結婚というやつだ。
とはいえ、頭領たる景隆自身があまり乗り気でないのは口調からもあきらかだった。
どうしたものかと頭をかかえる景隆が「顔合わせだけでも」と粘るのを、直景は首を横に振って拒絶する。
「だがあまり無下にもできんだろう? いままで特に関わりを持たぬようにしてきたが、同じ城下で任務にあたることも多い。ここらで良い関係を構築しておくというのも」
「だからって見合いじゃなくてもよくない? あっちの爺さんと親父が酒でも酌み交わしとけばいい話でしょ」
「それはまあ、そうなんだが……だが婚姻関係を結んでおいたほうがなにかと」
「景隆や」
平行線をたどる場の空気を一変させたのは、鶴のひと声ならぬババ様のひと声である。
すべてを見透かしたような視線と凛と響く鋭い声色に、景隆も直景も口をつぐんでババ様を見遣った。
「直景に見合いなどと……」
ババ様はわずかに首を左右に振った。
「ババは反対じゃ。薊岩なんぞ、昔から得体が知れんではないか。あそこのジジイなんぞは、狸以上の食わせものじゃぞ? そんなところから嫁をもらってみろ。いいようにされるのがオチじゃわい」
ババ様の言葉にさすがの景隆も返す言葉がない。
押し黙る息子を尻目に、ババ様は大げさなまでに息を吐き捨てた。
「それに、嫁取りをそう急がずともなるようになるわい。のう? 直景や」
そう言って、ババ様は静かに直景に視線を移した。
その意味ありげなまなざしに、直景はかすかに微笑んでみせる。
二人の無言の会話に気づかぬのは景隆だけで、彼は「おババまで……」とつぶやいて肩を落としていた。
「だいたい、おぬしも恋愛結婚じゃろうて。しかも祝言より先に直景をこさえよったしのぉ」
「うっ……」
こう言われてしまっては、もはや景隆に反論の余地はない。
見合い話を蹴って好いた女との間に既成事実を作ったのは若かりし頃のことである。
「ほっほっほっ、ほれ、なんとか言うてみぃ」
追い討ちをかけるババ様に対して、景隆は首をすくめて小さくなるばかり。
そんな父親を見かねたのか、直景はやれやれと息をついて腰を上げた。
「ま、親父の立場もあるしね。とりあえずの顔合わせには行ってあげるよ。結果どうするかは俺が決めるけど。それでいい?」
とたんにこくこくと首を上下させる景隆に、すかさずババ様が「直景! 景隆を甘やかすでない!」と一喝する。
頭領であろうともいくつになっても祖母に頭が上がらない父親に苦笑しつつ、直景は縁側から庭先へと軽々と躍り出た。
「それじゃ、ゆきちゃんが待ってるから俺行くよ~? あとのことは親父に任せるから、日取りとか決まったら教えて~」
「直景や、ついでに納屋から十二番の薬草を持っていっておやり。そろそろ足りなくなるころじゃろうて」
背中越しに聞こえたババ様の声に「はいは~い」と返事をして、直景は二人を振り返らぬままひらひらと手を振ってその場をあとにした。
それから三日後。
楓谷と薊岩、双方の合意のもとにおこなわれる見合いの日取りが、正式に決定した。
「見合い、ねぇ……」
頭領である景隆を前に、直景はため息とともにしみじみと言葉を吐き出した。
呼び出しに応じて屋敷へ戻ってみれば、開口一番に父親から告げられた降って湧いたような見合い話。
どういうことかと問いただすように同席する祖母を見遣れども、ババ様は肩をすくめるばかりである。
「お相手の駒女さんは薊岩のくのいちでな、ご隠居のお孫さんだそうだ」
聞いてもいないのに相手の情報をつらつらと述べる父の話を聞き流しながら、直景は人知れず天井を仰いだ。
薊岩は、楓谷とは異なる流派の忍の里である。
現在、頭領は不在。跡取りである男児に恵まれぬまま頭領夫妻が鬼籍に殉じたため、現役を退いたご隠居が里の代表に返り咲いたと聞く。
(その孫娘ってことは、亡くなった前頭領の一人娘ってところか……)
正式な書面での申し入れであることを鑑みるに、薊岩の本気が見てとれる。
孫娘に頭領の座を継がせぬのであれば、直系男児のいない薊岩に未来はない。
となれば力ある他里と縁を結び協力関係を築くか、もしくは権力者の庇護下に入るしか存続の道はない。
「まあうちとしては、承諾せずとも問題はないんだが、先々のことを考えるとな」
戦乱の世、生き残るためには他里との関わりは重要事項のひとつである。それが近しい里ともなればなおのこと。
「どうだ、直景」
「『どうだ』って言われても、俺嫌なんだけど~?」
あからさまに感情を顔に出して言う直景に、景隆も彼の返答はわかりきっていたことだろう。「だよなぁ」と小さくぼやいた景隆が、困ったようにため息をついた。
「そうは言ってもなぁ、お前もそろそろ身を固めねば」
「嫌だってば~」
楓谷の将来を考えれば、婚姻をもとに薊岩を取り込むのもひとつの手である。いわゆる政略結婚というやつだ。
とはいえ、頭領たる景隆自身があまり乗り気でないのは口調からもあきらかだった。
どうしたものかと頭をかかえる景隆が「顔合わせだけでも」と粘るのを、直景は首を横に振って拒絶する。
「だがあまり無下にもできんだろう? いままで特に関わりを持たぬようにしてきたが、同じ城下で任務にあたることも多い。ここらで良い関係を構築しておくというのも」
「だからって見合いじゃなくてもよくない? あっちの爺さんと親父が酒でも酌み交わしとけばいい話でしょ」
「それはまあ、そうなんだが……だが婚姻関係を結んでおいたほうがなにかと」
「景隆や」
平行線をたどる場の空気を一変させたのは、鶴のひと声ならぬババ様のひと声である。
すべてを見透かしたような視線と凛と響く鋭い声色に、景隆も直景も口をつぐんでババ様を見遣った。
「直景に見合いなどと……」
ババ様はわずかに首を左右に振った。
「ババは反対じゃ。薊岩なんぞ、昔から得体が知れんではないか。あそこのジジイなんぞは、狸以上の食わせものじゃぞ? そんなところから嫁をもらってみろ。いいようにされるのがオチじゃわい」
ババ様の言葉にさすがの景隆も返す言葉がない。
押し黙る息子を尻目に、ババ様は大げさなまでに息を吐き捨てた。
「それに、嫁取りをそう急がずともなるようになるわい。のう? 直景や」
そう言って、ババ様は静かに直景に視線を移した。
その意味ありげなまなざしに、直景はかすかに微笑んでみせる。
二人の無言の会話に気づかぬのは景隆だけで、彼は「おババまで……」とつぶやいて肩を落としていた。
「だいたい、おぬしも恋愛結婚じゃろうて。しかも祝言より先に直景をこさえよったしのぉ」
「うっ……」
こう言われてしまっては、もはや景隆に反論の余地はない。
見合い話を蹴って好いた女との間に既成事実を作ったのは若かりし頃のことである。
「ほっほっほっ、ほれ、なんとか言うてみぃ」
追い討ちをかけるババ様に対して、景隆は首をすくめて小さくなるばかり。
そんな父親を見かねたのか、直景はやれやれと息をついて腰を上げた。
「ま、親父の立場もあるしね。とりあえずの顔合わせには行ってあげるよ。結果どうするかは俺が決めるけど。それでいい?」
とたんにこくこくと首を上下させる景隆に、すかさずババ様が「直景! 景隆を甘やかすでない!」と一喝する。
頭領であろうともいくつになっても祖母に頭が上がらない父親に苦笑しつつ、直景は縁側から庭先へと軽々と躍り出た。
「それじゃ、ゆきちゃんが待ってるから俺行くよ~? あとのことは親父に任せるから、日取りとか決まったら教えて~」
「直景や、ついでに納屋から十二番の薬草を持っていっておやり。そろそろ足りなくなるころじゃろうて」
背中越しに聞こえたババ様の声に「はいは~い」と返事をして、直景は二人を振り返らぬままひらひらと手を振ってその場をあとにした。
それから三日後。
楓谷と薊岩、双方の合意のもとにおこなわれる見合いの日取りが、正式に決定した。

