野々をはじめ、直景も則影もおもわず間の抜けた声をこぼした。
なにを言い出すかと思えば、花売り、つまり花街での諜報任務がないと不満を言うのだから変な声が出るのも無理はない。
「そりゃさ、野々みたいにいい体じゃないかもだけどさ……」
釈然としない表情で、雪乃は自分と野々の体を交互に見比べる。
いくら戦闘技術は雪乃のほうが上だと言われても、女性的な肉体美では野々には勝てないのは重々自覚している。
だがやはり、くのいちにしかできない諜報活動を任されないことに対する不満も少なからずある。
「早くから花売りに出てる子もいるのにさ、わたしは一度も任されたことがないんだもん」
「あ、それは兄さんが、いった!?」
瞬間的に鈍い音が二回ほど聞こえたと同時に、則影が言葉を切って息を詰まらせた。
なにかを言いかけていたはずが、彼はどういうわけか身をよじって苦悶の表情を浮かべている。
「直? 直がどうしたの?」
「なんでもないのよ。雪乃は気にしないでいいの」
訝しむ雪乃に対して、言葉を返したのは野々だった。
あきらかに作り笑顔を浮かべている彼女は、なにやら意味ありげな視線を直景に向けている。
「えー、気になる! どういうこと!」
にこにこと微笑みあったまま視線を交差させる野々と直景。そして乾いた笑いをこぼしながらそっと視線をそらした則影。
三人はきっと、自分の知らないなにかを知っているのではないかとの疑惑が、雪乃の中にふつふつと沸き起こる。
話の流れからすると、それは自分に花売りの仕事が任されない理由であるような気がしてならない。
「もったいぶらずに教えてよ!」
別に理由を聞いたところで、自分の実力不足ならば仕方がない。よりいっそう鍛練に励めばいいだけのことである。
野々が根負けしてくれることを期待しながら、雪乃は「ねぇねぇ」と親友を催促した。
一方の野々はといえば、意味深な笑顔を表情に張りつけたまま、ついっと直景に視線を飛ばしていた。
「それはね~」
食台に片肘をついたまま、直景が口をひらく。
ようやく理由を教えてくれるのかと雪乃が勢いよく振り向けば、彼は形のいい唇の両端を引き上げていた。
「ゆきちゃんに、色気が足りないってことなんじゃない?」
「はあ!? はっ倒すわよ!?」
直景の口から放たれた言葉に、雪乃は間髪入れずに彼の顔面に向かってこぶしを突き出した。
軽々と大きな手のひらに受け止められたことすら腹立たしい。
「まあまあ雪乃、落ち着いて」
「止めないで、野々。今日こそはこいつとケリをつけてやるんだから!」
今日という今日は日ごろの鬱憤を晴らしてやらんとばかりに、雪乃はもう片方のこぶしを直景に向けた。
案の定そちらの手も直景の手のひらに捕らえられるが、望むところである。
雪乃は長椅子に座ったまま、ひねった腹に力を入れてぐいぐいと直景の両腕を押した。
「なに笑ってんのよ! 腹立たしいわね!」
「ゆきちゃんじゃ俺には勝てないって~」
「そんなのわかんないでしょ!」
歯を食いしばりながら懸命に直景の体を押そうとする雪乃に対して、当の本人は表情も体勢も崩さず笑っているだけである。
余裕すら見えるその態度が余計に雪乃を煽っていることに、彼は気づいているのだろうか。
「雪乃さんは実戦向きですから、必然的にそっちの任務が多くなるんですよ」
両手を重ね合わせたまま押し問答を繰り広げる二人に、さすがに則影も仲裁に加勢することにしたらしい。
もとはといえば自分が迂闊な発言をしようとしたせいなのだから、火消しに加わるのは当然である。
「ほら、雪乃さん、野々ちゃんみたいに頭脳派じゃないですし」
「則!? わたしがバカだって言ってる!?」
しまったと思ったときにはすでに遅し。どうやら火に油をそそいでしまったらしい。
隣から「ばか……」と小さく脇腹を小突く野々に、則影ももはや苦笑いを返すしかない。
「実際そのとおりじゃ~ん。ハイ、ゆきちゃんばんざ~い」
「はあ!?」
直景に掴まれたままの両手が、されるがまま頭上へと上げさせられる。
長さが違うせいでめいっぱい伸ばされた腕にひっぱられるようにして、雪乃の上体は力の法則に従って直景のほうへと傾いていく。
「ちょ、ばか! 倒れっ……!」
「ハイ、捕まえた~」
慌てる雪乃をよそに、直景は倒れ込んできた雪乃の体をいともすんなりと受け止める。
逃がさないとばかりに背中に腕をまわせば、雪乃がくやしそうな表情を浮かべて直景を見上げていた。
「……むかつく」
「うんうん、ふてくされてもかわいいね〜」
「相変わらず仲良しで安心したわ」
「仲良くなんてない! 誰がこんなやつと!」
「お前たちうるさい。外まで丸聞こえだぞ」
力任せに直景の胸板を押し返した雪乃がそう叫ぶのと同時に、藍色の暖簾がめくられる。
現れた人影に全員がそちらを振り向けば、弥助があきれ顔で盛大にため息をついていた。
「ったく、この騒ぎは何事だ?」
「弥助! 聞いてくれる!?」
「聞かなくていいよ~」
「なんですって!?」
「あーもういい。わかった」
そのやりとりだけで、弥助はめんどくさそうな気配を察知したらしい。
「よくない!」とのたまう雪乃の声には聞こえないふりをして、彼はあしらうようにして二人に向かって両手を払った。
「おかえり、野々。騒がしくて悪いな」
「いつものことでしょ?」
そう言って首をすくめる野々に、弥助は短く「そうだな」と返して直景の隣に腰を下ろした。
奥へと追いやられたせいで「せまい!」と文句を言う雪乃とにこにこと笑みを浮かべる直景を横目に、弥助は半分ほど残った鍋に箸を伸ばす。
「弥助さん、千代ちゃんは一緒じゃないんですか?」
則影が藍色の暖簾のすきまから通路を覗く。
一緒に来ると聞いていたのだが、その姿が見当たらないことに全員が小首をかしげた。
「つわりがひどいらしくてな。本人は来たがったんだが、家で寝ているように言ってきた」
なんでもないことのようにそう言った弥助だが、眉間にはしわが寄っている。
直景の「こんな堅物のどこがいいんだろうねー」というひと言に、弥助は黙って彼に視線を送った。
なにを言い出すかと思えば、花売り、つまり花街での諜報任務がないと不満を言うのだから変な声が出るのも無理はない。
「そりゃさ、野々みたいにいい体じゃないかもだけどさ……」
釈然としない表情で、雪乃は自分と野々の体を交互に見比べる。
いくら戦闘技術は雪乃のほうが上だと言われても、女性的な肉体美では野々には勝てないのは重々自覚している。
だがやはり、くのいちにしかできない諜報活動を任されないことに対する不満も少なからずある。
「早くから花売りに出てる子もいるのにさ、わたしは一度も任されたことがないんだもん」
「あ、それは兄さんが、いった!?」
瞬間的に鈍い音が二回ほど聞こえたと同時に、則影が言葉を切って息を詰まらせた。
なにかを言いかけていたはずが、彼はどういうわけか身をよじって苦悶の表情を浮かべている。
「直? 直がどうしたの?」
「なんでもないのよ。雪乃は気にしないでいいの」
訝しむ雪乃に対して、言葉を返したのは野々だった。
あきらかに作り笑顔を浮かべている彼女は、なにやら意味ありげな視線を直景に向けている。
「えー、気になる! どういうこと!」
にこにこと微笑みあったまま視線を交差させる野々と直景。そして乾いた笑いをこぼしながらそっと視線をそらした則影。
三人はきっと、自分の知らないなにかを知っているのではないかとの疑惑が、雪乃の中にふつふつと沸き起こる。
話の流れからすると、それは自分に花売りの仕事が任されない理由であるような気がしてならない。
「もったいぶらずに教えてよ!」
別に理由を聞いたところで、自分の実力不足ならば仕方がない。よりいっそう鍛練に励めばいいだけのことである。
野々が根負けしてくれることを期待しながら、雪乃は「ねぇねぇ」と親友を催促した。
一方の野々はといえば、意味深な笑顔を表情に張りつけたまま、ついっと直景に視線を飛ばしていた。
「それはね~」
食台に片肘をついたまま、直景が口をひらく。
ようやく理由を教えてくれるのかと雪乃が勢いよく振り向けば、彼は形のいい唇の両端を引き上げていた。
「ゆきちゃんに、色気が足りないってことなんじゃない?」
「はあ!? はっ倒すわよ!?」
直景の口から放たれた言葉に、雪乃は間髪入れずに彼の顔面に向かってこぶしを突き出した。
軽々と大きな手のひらに受け止められたことすら腹立たしい。
「まあまあ雪乃、落ち着いて」
「止めないで、野々。今日こそはこいつとケリをつけてやるんだから!」
今日という今日は日ごろの鬱憤を晴らしてやらんとばかりに、雪乃はもう片方のこぶしを直景に向けた。
案の定そちらの手も直景の手のひらに捕らえられるが、望むところである。
雪乃は長椅子に座ったまま、ひねった腹に力を入れてぐいぐいと直景の両腕を押した。
「なに笑ってんのよ! 腹立たしいわね!」
「ゆきちゃんじゃ俺には勝てないって~」
「そんなのわかんないでしょ!」
歯を食いしばりながら懸命に直景の体を押そうとする雪乃に対して、当の本人は表情も体勢も崩さず笑っているだけである。
余裕すら見えるその態度が余計に雪乃を煽っていることに、彼は気づいているのだろうか。
「雪乃さんは実戦向きですから、必然的にそっちの任務が多くなるんですよ」
両手を重ね合わせたまま押し問答を繰り広げる二人に、さすがに則影も仲裁に加勢することにしたらしい。
もとはといえば自分が迂闊な発言をしようとしたせいなのだから、火消しに加わるのは当然である。
「ほら、雪乃さん、野々ちゃんみたいに頭脳派じゃないですし」
「則!? わたしがバカだって言ってる!?」
しまったと思ったときにはすでに遅し。どうやら火に油をそそいでしまったらしい。
隣から「ばか……」と小さく脇腹を小突く野々に、則影ももはや苦笑いを返すしかない。
「実際そのとおりじゃ~ん。ハイ、ゆきちゃんばんざ~い」
「はあ!?」
直景に掴まれたままの両手が、されるがまま頭上へと上げさせられる。
長さが違うせいでめいっぱい伸ばされた腕にひっぱられるようにして、雪乃の上体は力の法則に従って直景のほうへと傾いていく。
「ちょ、ばか! 倒れっ……!」
「ハイ、捕まえた~」
慌てる雪乃をよそに、直景は倒れ込んできた雪乃の体をいともすんなりと受け止める。
逃がさないとばかりに背中に腕をまわせば、雪乃がくやしそうな表情を浮かべて直景を見上げていた。
「……むかつく」
「うんうん、ふてくされてもかわいいね〜」
「相変わらず仲良しで安心したわ」
「仲良くなんてない! 誰がこんなやつと!」
「お前たちうるさい。外まで丸聞こえだぞ」
力任せに直景の胸板を押し返した雪乃がそう叫ぶのと同時に、藍色の暖簾がめくられる。
現れた人影に全員がそちらを振り向けば、弥助があきれ顔で盛大にため息をついていた。
「ったく、この騒ぎは何事だ?」
「弥助! 聞いてくれる!?」
「聞かなくていいよ~」
「なんですって!?」
「あーもういい。わかった」
そのやりとりだけで、弥助はめんどくさそうな気配を察知したらしい。
「よくない!」とのたまう雪乃の声には聞こえないふりをして、彼はあしらうようにして二人に向かって両手を払った。
「おかえり、野々。騒がしくて悪いな」
「いつものことでしょ?」
そう言って首をすくめる野々に、弥助は短く「そうだな」と返して直景の隣に腰を下ろした。
奥へと追いやられたせいで「せまい!」と文句を言う雪乃とにこにこと笑みを浮かべる直景を横目に、弥助は半分ほど残った鍋に箸を伸ばす。
「弥助さん、千代ちゃんは一緒じゃないんですか?」
則影が藍色の暖簾のすきまから通路を覗く。
一緒に来ると聞いていたのだが、その姿が見当たらないことに全員が小首をかしげた。
「つわりがひどいらしくてな。本人は来たがったんだが、家で寝ているように言ってきた」
なんでもないことのようにそう言った弥助だが、眉間にはしわが寄っている。
直景の「こんな堅物のどこがいいんだろうねー」というひと言に、弥助は黙って彼に視線を送った。

