極うま魔獣肉に魅了されたおっさん冒険者は辺境の町で訳あり美少女エルフと癒し食堂を始めたようです

 開店から順調に一週間が経ち、開店半額セールが終わると客足も少し落ち着きを見せ始めた。最初は魔獣肉料理を広めたい一心に頑張っていたが、よく考えれば俺はのんびり食堂経営を目指していたことを思い出したのだ。

「生活が出来ないほどに客が来ないのも困るが、こう毎日が満員御礼では休む暇もない。やはり週に一日以上は定休日をつくる必要があるな」

 そんなことをカールに話したら「店が休みだと俺はどこで飯を食ったらいいんだ?」と露骨に嫌な顔をされた。いや、この店が無かったときはどこかで飯くらい食っていただろうが……。そもそも店の方針を客に聞いた俺が馬鹿だったとアーネットに相談したら凄く喜ばれた。やはり、休みは大切だ。

「どうせ、俺も定期的に魔樹海の巡回もしなきゃならないから週に一日は完全に休みにする。そして、別の日にもう一日ほど夜だけの営業としよう」

 俺が休みの日を作りたかったのは巡回に加えてもう一つ理由があった。

「早速だが、次の休みの日は半日ほど魔樹海の巡回に充てるが、もう半日はやろうと思ってまだ手つかずの荒れた畑をどうにかしたいと思っている。せっかくある畑を使わないなんて勿体ないからな」

「それは良いですね。お野菜の収穫とかは私でも出来そうなので楽しみです」

 まだ、収穫はおろか荒れたままの畑だというのに気の早いことだと俺は苦笑する。だが、アーネットが初めて出会った頃の悲しい顔を見せなくなったことがとてつもなく嬉しく思えた。

 そして初めての定休日を迎えた俺たちは朝食を手早く済ませるとそれぞれの役割を果たすべく行動に移る。俺は当初から決めていた魔樹海の巡回をすべく槍を手に北門へと向かう。アーネットとホイップはその間に店内の大掃除をするとしていた。実は俺のいない間にアーネットは畑の雑草を抜くと言っていたのだが、あまりにも長く伸びた草に断念したのだ。

「それじゃあ俺は巡回に行ってくる。運が良ければ食材にも出会えることだろう。だいぶ町の人にも慣れてきただろうが、まだ一人で出歩くのは危険だから店内の掃除を頼む。ホイップが付いているので危険は少ないとは思うが、来客は午後から出直してくれと言えばいい」

「そうします。グラードおじさんも気をつけてね」

「ああ、言って来る」

 俺はそう言って魔樹海へ向けて出発したのだった。



「――さあ、グラードおじさんが帰ってくる前にお店のお掃除を済ませなくちゃ」

 私――アーネットは袖を捲りながらバケツに水を汲んでぎゅっと雑巾を搾るとまずはテーブルや椅子を丁寧に拭き始める。基本的に毎日営業が終わってから簡単に拭き掃除はしているので目立った汚れはないはずだ。

「一階のテーブルが終わったら二階の個室も綺麗にしないとな。あ、私の部屋もこの際だから一緒に掃除しておこうかな」

 こうしてみるとほんの数十席分の広さしかない食堂も私一人だと広く感じる。いつもはグラードおじさんやお客さんが一杯で凄く狭く感じる。テーブルや椅子を拭き終わってふと辺りを見回すといつの間にかホイップが椅子の上で丸くなって眠っているのが見えた。

「あー。せっかく拭いたのに毛がついちゃうじゃない。手伝ってとは言わないけど邪魔はしないでよね」

 私がそう言うとホイップはこちらをちらりと見て大きな欠伸をしたかと思うと椅子から飛び降りて入口にあるマットの上に寝そべった。

「わかってくれたのね。やっぱりホイップは頭がいいわね」

 私はホイップのいた椅子をもう一度拭くとバケツを持って二階へと上がっていく。水の入ったバケツは重く、半分に減らしておけば良かったと階段の途中で後悔する。
「お、重い。でも、ここで落としたら一階が大惨事になっちゃうから我慢しなくちゃ」

 私は慎重に水をこぼさないよう気を付けながら階段を上り切り各個室の拭き掃除を始めた。二階の個室に関しては私が料理を運ぶことがないのであまり入ることはなかったが、部屋の広さは私が寝ている部屋と同じだったので違和感は無かった。

「へぇ。同じ広さの部屋でもベッドとソファが無いだけでこんなにも変わるんだ」

 初めてじっくり見る個室は最大で八人ほど座れるテーブルと椅子が用意されており、壁際には荷物や料理を置けるスペースがとられていた。

「おっと、見とれているわけにはいかないわ。お昼にはグラードおじさんが帰ってくるんだから」

 私は一部屋ずつ個室のドアと窓を開けて風を通しながら掃除をしていく。その中で、ふと外の景色に目が向いた。それは午後から片付けようと話していた荒れた畑の姿だった。

「私にも女神様の祝福があればこのくらいの草は簡単に処理できたのに。どうして私には話しかけてくれなかったんだろう。私がなにか悪い事でもしたのかな?」

 ふと思い出した里での出来事は私の心を深く抉っていくようだ。不意に胸が苦しくなり私は手で胸を押さえながら床に膝をつくとそのまま床に倒れ込んだのだった。

 ――夢を見た。それはとても優しい夢だった。私のコンプレックスだった女神に見捨てられし無印の肩にはっきりとした文様が現れ、自在に魔法を操る姿。その傍には里の仲間――ではなく、笑うグラードおじさんとふわふわのホイップの姿。そうか、私は今が幸せなんだ。そう確信をしながら柔らかい感覚と共に現実へと戻された。

「気が付いたかにゃ?」

 目が覚めると私に寄り添うようにこちらを見つめるホイップの姿。そしていつも「にゃあ」としか聞こえないはずのホイップがはっきりと喋るのが聞こえた。

「ああ、まだ夢の中なんだ」

 私がそう呟くとそれを否定するかのようにホイップがまた喋りだした。

「夢じゃないにゃ。今までは主とだけ会話が出来たのだが、主が出かける前にお主とも会話が通じるようにと魔法をかけ直していったのにゃ。もしもの時に会話が出来るとそうでないのでは危険度が変わると言ってにゃ」

「凄い! ホイップがこんなにたくさん話をしてくれる。これからは眠るときもいろいろとお話が出来るのね! 凄く嬉しい!」

 私はホイップが喋ったことよりもその言葉を理解して話が出来るようになったことが嬉しくて仕方がなくて思わずホイップをぎゅっと抱きしめたのだった。



「――ただいま。帰ったぞ」

 俺が店の鍵を開けて中に入ると二階からスッと風の流れを感じた。ふと目を向けると二階の個室全室のドアが開いている。おそらく窓も開けて風を通してくれたのだろう。俺は一階にアーネットの姿を見ないので二階へと階段を上がる。

「アーネット?」

 順番に部屋を見ていくが彼女の姿は見当たらない。少しの不安が胸を覆うが、最後に見た彼女の個室で掃除に疲れたのであろう、ベッドにホイップと一緒に眠る姿を見てホッと胸をなで下ろしたのだった。